第23話 〜『頬』の『痛み』と『ノリツッコミ』〜
ボクの周りには何も無い。目の前にはただ白い景色が広がるだけ。
「……? 此処は…?」
どれだけ歩いても何一つ変化が無い。それ以前に歩いてる感覚すら乏しい。
この空間は何なんだろう? ん〜…現実ではない気がするんだけど。
「おい」
どうしたらいいかなぁ? このまま一生此処から出られないなんて嫌だし……
「おい! 無視するなって!!」
「何ですか? さっきからもう」
後ろからしつこく声を掛けられたので振り返ると…
「よう。久し振りだな」
同世代くらいの男の子が立っていた。
どこかで見た事あるような気がするけど……分かんないや。とりあえず無視して出口を探そう。知らない人に付いていくと危ないしね。
「ちょっ! 今反応したろ? さらに無視して去ってくなって」
「はぁ…。貴方誰ですか? お会いした事は無いと思いますけど」
もうあまりにしつこいので話を聞く事にしたよ。上手くいけば此処から出る方法を教えてもらえるかもしれないしね。
「分からないか? 俺だよ! 俺!!」
「このまえ家に電話をしてきたオレオレ詐欺の人ですか?」
「そうそう。貴方のお孫さんが事故の加害者になってしまいまして……て、違うわ!!」
うわぁ…ノリツッコミだよ…。しかも立場が警察っぽいから、オレオレ詐欺じゃなくなってるし。
「俺だよ! 天領朱実!! お前の親父だって!」
「ボクの父は亡くなった時でもこんなに若くありませんでした。だから今十代な訳がありません。では」
このまま話していても不毛な気がしたので、自称《天領朱実》さんを無視して歩きだす。
今回何故かボクが冷たいキャラになってない? 気のせいだよね? うん、やっぱり気のせいだよ。気にしない、気にしない。
「『では』じゃねぇ! 頼むから信じてくれよ!」
「はぁ…。それなら何か証拠でもあるんですか?」
「ん…証拠、証拠……。えーっと…お前の母親は霞で、結婚前の姓は朝比奈。妹の名前は亜梨香」
う〜ん…母さんの結婚前の姓を知ってるのは昔から親しい人くらいだからなぁ。でも、それだけじゃ父さんとは……
「まだ信じられないって顔だな? じゃあ…お前は悠真んトコの太陽ちゃんと許婚だろ?」
「!?」
「小さい頃しか会った事がないから分からないが、悠真と杏奈さんの娘なんだからかなりの美人だろ?」
「なんでそこまで……。本当に父さんなの?」
いくらなんでも身内でしか知らない事をそこまで知ってるって事は……
「だから、さっきからそうだって言ってるだろうが。
しかし懐かしいぜ。許婚の話は急に霞が言い出してな。みんな元気か?」
「う、うん。元気だよ。母さんなんて、昨日もお酒呑んでボクに絡んできたし」
「ハハハッ。あの女性も変わらないな。飾らない所も昔のままだ」
懐かしそうに目を細めながらそう言う父さん…らしき人。
「それより急にどうしたの? 何かあった? 何故か凄い若く見えるし…」
「まぁそれには色々と事情があるんだよ。その為にこうやってお前の夢にも現れたんだしな」
色々な事情って……まぁ敢えてツッコむような事はしないけどさ。父さんも聞いて欲しくなさそうな雰囲気だし、だいたい予想もつくしね。……って!
「これ夢なの!?」
「なんだ、気付いてなかったのか? 頬を抓ってみろよ」
『発想が古いな』とか考えつつも、父さんに言われた通り頬を抓ってみると……
「痛い……」
普通に痛かった。痛くないと思ったから、本気で抓っちゃった所為でほっぺたがヒリヒリする……
「ハハハッ! いくら夢でも痛いものは痛いって事がこれで分かったな」
だ、騙された。目の前で笑い転げるこの人とか、夢の中では何しても痛くないとか言ってた人の言葉は嘘だったんだね。
ていうか、今までいろんな人から聞いていたイメージと今目の前に居る父さんの印象に凄く差が有るんだけど…。
まぁ母さんの話は惚気が入ってるから置いといて。悠真さんや杏奈さんの話によると、いつも母さんに振り回されて周りの男子からは嫉妬の目が……うん。自分の事のようで非常に心苦しいです。
「まぁお前は俺の息子だからな。周りからの扱いはそんなものだろう」
「なっ…」
何で父さんまでボクの考えてる事が分かるのさ!? エスパー夫婦ですか!?
「いや、俺に霞みたいな力は無いよ。今のはお前の顔にそう書いてあっただけ」
表情を見ただけで考えてる事が分かるのも凄いと思うんだけど…。それともボクが分かり易いだけ?
「っと……そろそろ時間だな」
「時間…って何が?」
「あぁ。もう帰らないといけないんだよ。お前もそろそろ起きないとな」
「?」
何で父さんに起きるタイミングの見極めが出来てるんだろう? やっぱりエスパー?
「ハハ。起きたらそのボーッとした顔はしないようにな」
「ボーッとしてて悪かったね!」
「悪い悪い。でも俺の経験からの助言だ。気をつけろよ? っと、長くなったが……じゃあな」
「うん。じゃあね」
そのまま父さんの姿は霞んでいき、それと共にボクの意識も無くなっていった。
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「ん……う…ん……」
体が重い…。ていうか此処何処だっけ? 何も思い出せないし、視界もぼやけて……
「綺羅君、おはようございます」
「なつ…め……さん?」
後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこには柔らかな笑みを湛えた美人校医さんが立っていた。
…そっか。確かボクは睡眠薬入りのコーヒーを飲んだんだっけ。
「棗さん? 何で睡眠薬なんて……」
「すみません。霞さんから『眠らせでもしないとスムーズにメイクが出来ないからね。睡眠薬でも飲ませちゃいなさい♪』という指示を受けたので……。でも…可愛いと思いますよ?」
一瞬申し訳無さそうな表情になったけど、すぐに笑顔を取り戻した棗さん。うん、やっぱりどんな表情でも美人だ。……じゃなくて!!
「母さんの指示って…。それに可愛いってどういう事ですか?」
「ふふっ。鏡を見れば分かると思いますよ?」
……ヤバイ! 何となく自分の置かれた状況…というか状態が分かった気がする。でも、まさかだよね? だってボクですよ? 極々普通の少年Aですよ? そんな訳ないよね? そんな自分の考えが間違いであるように願いながら、後ろを振り返っていた体を元に戻し、恐る恐る鏡を覗いてみると……
「……ウソ?」
案の定鏡の向こうには女の子になった自分が居た。いや、でもこれ違う女性じゃない? 結構可愛いし、全然ボクと似てないしさ。話の流れから勘違いしちゃったけど、たぶんこの人はガラス越しに座ってるだけなんだよ。そうだよ、そうに決まってる。
「流石朱実さんと霞さんの息子さんですね。メイクしていた私も、貴方がどんどん可愛い女の子になっていくので驚きましたよ」
やっぱりこの女の子はボクなんですね……。女の子の肩越しに棗さんが居るから、さっきの時点で気付いてはいたんだよ。でも自分がそんな状態だって事を認めたくなくて……。
「あら、可愛くなったわねぇ〜。どう? 女の子に変身した気分は?」
この状況を作り出した張本人母さんが何処からか現れ、楽しそうに喋りかけてきた。
人がブルーな気持ちになってるのに、この女性は……。
「良くないよ! どうせ全部母さんの指示なんでしょ?」
「もちろん♪ やっぱり私の目に狂いは無かったわね」
認めちゃったよ…。いや、否定されても信じるのは無理だけどさ。それでも多少は否定して欲しいというか何と言いますか……。
「元々中性的な顔立ちではあったからね。メイクをすれば女の子にも見えるんじゃないかと思ってたのよ。ここまで可愛くなるとは思わなかったけど♪ これなら専属モデルの娘達にも引けを取らないわ♪」
そんな事言われても、なにも嬉しくないんですが…。将来的にも性別を変える気も無いし、モデルをやる気も無いから至って不必要なスキルだよ。
「だからといって貴方はイケメンな訳ではないからね。そこはちゃんと自覚しておきなさいよ?」
「…大丈夫。それは良く分かってる事だから」
ボクはナルシストでもないし、自分の事はそれなりに分かってますから。…メイク1つで女の子に見えるって事は知らなかったけどさ。
「さぁ〜て、じゃあ私は他の子達の様子を見てくるわ。 棗?」
「はい」
「綺羅の服を選んであげて。そうね……まずは10着くらいかしら。それで選び終えたら1つ着させて、そのままスタジオに連れてきてね?」
「分かりました」
う〜ん、阿吽の呼吸って感じだね。母さんは『言わなくても大丈夫だろうけど』みたいな話し方だし、棗さんも『勿論です』って応えてる様に見える。
「綺羅、ちゃんと棗の言う事を聞くのよ?」
「うん。ところでボクの女装に対する拒否権は?」
「無いわ。じゃあね♪」
「……はい」
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今ボクはウズヒ、賢、未来の3人と一緒に居て…まぁいつもの4人って事ね。撮影の方はまだ準備が整っていないらしく、ボク達4人は只今休憩中。
「しかし…お前本当に綺羅か? 未だに信じられないぞ?」
「……俺もだ」
さっきから未来と賢からずっと疑いの目で見られてます。その気持ちはよぉく分かるよ。でも、あんまり見ないで欲しい。誰よりもボク自身が信じられてないからね。
「私は一目見た時に綺羅君だって分かったよ♪ 胸が私より大きかったのはショックだけど…」
「こ、これは偽物だから。ね?」
ウズヒが本当に残念そうな表情で俯いたのでフォローを入れたけど……微妙だよね。
最近ウズヒが胸の大きさをかなり気にしてる節があるんだよね。女の子って皆そうなのかな? ……ボクは女装してるだけだから! 本当の女の子じゃないから分からないよ!!
「それにさ。ほら、ボクって胸はあんまり大きくない方が好みだから」
「…うん。ありがとう♪」
ふぅ。何とかウズヒが笑顔に戻ってくれたよ。まぁボクの所為でこんな事になっちゃったからね。フォローするのは当たり前なんだけど、今の発言は……
「お前さ…。フォローしたいのは分かるけど、今のは変態みたいだぞ?」
「…やっぱり未来もそう思う?」
「ああ。ものすごく」
もう少し言葉を選べば良かったね…。まぁウズヒが元気になってくれれば、それで十分なんだけどさ。
それにしても…みんなレベルが段違いだよ。プロの人がコーディネイトした事で、元々上の上って言われる容姿が特上になってる。……表現がいまいち? 何とか雰囲気で感じて下さい。
で、そのまま雑談で時間を潰す事10分。ようやく母さんがボク達の所へやって来て、
「長い時間待たしてごめんなさいね。やっとセットの準備が整ったから来てくれるかしら? スタッフの皆に貴方達を紹介したいの」
と言うので、スタッフさんが集まっているというセットへ移動。
うわぁ〜。雑誌の撮影ってこんなに多くの人でやってるんだ。ちょっと緊張してきちゃったな…。沢山の人に見られてて恥ずかしいし、問題を起したりしたら此処に居る全員の人に迷惑かける事になるのか…。……不安です。
「さて…此処に居る人達でウチのスタッフは全員ね。じゃあ今から今日モデルを担当してくれる子達を紹介するわ。まず桜井太陽ちゃん。知ってる人も居ると思うけど、彼女は去年の『ミス謳歌』よ」
ウズヒの紹介を聞いたスタッフの人達から『おぉ〜』というような驚きの声が上がる。その反応に少し照れてるウズヒがまた可愛い! そういえば『ミス謳歌』はテレビとか雑誌の業界からも注目されてるって話を前に聞いた気がするな。よく考えたらウズヒってかなりの有名人? いやぁ〜すごいねぇ〜。
「桜井太陽です。色々と至らない所も有ると思いますが、今日1日よろしくお願いします♪」
「ウズヒちゃんのモデル名はローマ字でuzuhiよ。みんなもそう呼ぶように。それで次は…未来ちゃんね」
母さんの紹介と同時に未来が一歩前に出る。何となく未来は楽しそうな雰囲気だし。あ、因みにボク達は今横一列に並んでますのでよろしく。
「佐久本未来って言います。今日は楽しみながら一生懸命頑張りたいです。よろしくお願いします!」
「未来ちゃんもウズヒちゃんと同じで雑誌にはローマ字のmiraiで載ってもらう事になってるわ。続いて今回唯一男の子として載ってもらう愛川賢人君」
含みの有る言い方に聞こえるのはボクだけ? 確かに今ボクは女の子の格好をしてるから、そういう言い方になるんだろうけどさ……
「……どうも、愛川賢人です。……よろしくお願いします。……自分で言うのも何ですが、口数が少ないのは気にしないで下さい」
「ふふっ♪ そういう事だから♪ 彼は名前の賢人から2文字を取ってkenで載ってもらうわ。そして最後にこの子ね。この子は私の息子の天領綺羅よ」
母さんがボクを見ながら『息子』と言った瞬間、ウズヒの時とはまた違った驚きの声が上がった。
まぁそれが普通の反応だよね。一見普通の女の子にしか見えないし。って自分で言うのもおかしいか。
「天領綺羅です。一応男です。あ、この格好は決して変な趣味とかじゃ有りませんよ?」
ボクが笑いながら冗談っぽくそう言うとみんなも笑ってくれた。
ふぅ…。取り敢えず笑いがとれて良かったよ。今ので笑いがとれなかったら、今日此処で過ごす時間が苦痛以外の何物でもなかっただろうからね。
「ふふっ♪ 今回綺羅が女装しているのは私の意見を取り入れてもらったからなの。この子は普段のままだと極々普通の男の子なのよ。でも女装すればこの通り。結構イケてるでしょ?」
母さんの問い掛けにそこに居たボクを除く全員が首を縦に振った。う〜ん…何か複雑……。はっ!? この複雑な気持ちが乙女心?ってボクは男です!! ……この1人ノリツッコミは何?
「じゃあ今回はこのメンバーで頑張っていくわね♪ みんなよろしく♪ あ、最後に綺羅のモデル名だけど……」
母さんはそこで一旦話を止め、ボクの方を見て満面の笑みを浮かべた。
「この子は……akemiとして頑張ってもらうわ。これで私の話は終わりよ。さぁ撮影を始めるわよ! みんなそれぞれの仕事を始めて!」
その号令を聞いたスタッフの人達が各々の持ち場に移動し始める。ウズヒ達もカメラマンらしき人に呼ばれていったけどボクは……
「母さん…akemiって……」
「あら? 気に入らない? 私的には一生懸命考えた名前よ?」
「いや、でもそれは父さんの……」
母さんが今も想い続けてる男性の名前だから……
「いいのよ。私は貴方にその名前で頑張って欲しいし、あっくんもきっとそう言ってくれるわ。もしその名前を重く感じるなら、軽くなるまで一生懸命頑張りなさい。大丈夫、貴方なら出来るわ」
「母さん……」
「ほら、分かったならウズヒちゃん達の所へ行きなさい。貴方が居ないと撮影が始められ無いでしょ」
「うん。頑張ってくるよ!」
歩き出してウズヒ達の所へたどり着くまでの十数歩の間、先ほど見た夢の事を思い出し、
(あの夢に父さんが出てきたのはボクに『頑張れ!』ってメッセージを届ける為だったのかもしれないな……)
という思いが心の中に浮かんできた。
最後に少し格好いい事言っても、ボクは女装中なんだよね…。かなり残念すぎる状況だよ……。
akishi「いやぁ〜しかし一度消えた文章をもう一度書くのは疲れるよ」
朱実「そうなのか?」
akishi「そりゃそうだよ。作者の中では、君が2回も本編に出てるような感覚だからね」
朱実「俺が出ると疲れるのか?」
akishi「当たり前じゃん♪」
朱実「お手数かけてすいませんね!!」
akishi「全くだよ。と、まぁ冗談は置いときまして」
朱実「冗談かよ!!」
akishi「出来るだけ早く更新したいと思っているので、これからもよろしくお願いします。では、また次回♪」
朱実「俺を無視して終わりやがった……」