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06

・前回の悪戦転移

 ディアーヌを追ったキイ達三人。

 出会い頭の戦闘では不覚を取るものの、ディアーヌによる全力戦闘の許可により、キイは制限を解放され、変身、蜘蛛人間を圧倒しその足を切り落とすことに成功する。

 だが、止めを刺そうとした瞬間、ディアーヌ達が蟻人間の襲撃を受け、その隙を突いた蜘蛛人間により不意打ちを受け敗北。ディアーヌを攫われてしまった。

 ダメージにより苦戦を強いられるキイだったが、そこに増援のシュウと騎士団が到着。

 彼らに蟻人間の相手を任せ蜘蛛人間を追ったキイ達は、下水施設の奥深くの謎の地下神殿にて、ついにディアーヌを発見。大魔神を復活させよると言う男爵の企みに、キイは首をかしげるのだった。


「どういうことですかキイ、邪神では無いのですかっ!?」

「違うですよ。ハマの守護神です?」

「破魔の守護神…… 善なる神なのですね」

「違うです、人間の――――」









 城塞都市アンバー。

 謎の地下神殿にて。


「シャッハアアアアアアッ!!」

「キィーッ!」


 キイの斧とビリスの蜘蛛足が打ち合い、小爆発を起こす。切り落とされたはずの足は、すでに復活しているようで、お互いに先ほどのダメージは引きずっていないらしい。

 しかし、互角に打ち合うも一時のこと、制限を解除されたキイが徐々にビリスを圧倒していく。


「さあ、観念するすよ男爵」

「潔く裁きを受けるですよー」


 杖とメイスを構えたククルとレナが、男爵に迫る。

 しかし、男爵はにたりと笑みを浮かべて、懐剣を引き抜くとディアーヌに突きつける。


「観念するのは貴様らだ。そっちの奴も動くな!!」

「あちゃー」

「卑怯な……」

「キッ!?」


 思わず二人は動きを止め、それに気を取られたキイもビリスのラッシュに吹き飛ばされ、壁際に叩き付けられる。


「フヒャヒャ、残念だったな。さあ、大人しく―――― ブヒャ!?」


 男爵は驚愕の表情をうかべ、己の胸を見下ろした。ぬらぬらとした血に染まった剣先が、ゆっくりと引き抜かれて行き、ごぼり、と血の塊をを吐いて倒れる。


「言ったはずだぞ、男爵。これ以上は許さぬと」


 気だるげな若い男の声に、その場の全員の視線が吸い付けられ、そこから放たれる圧倒的な気配に誰一人動くことが出来なかった。


 赤だ。


 クリムゾンレッドの全身鎧(スーツアーマー)にサーコートを纏い、カイトシールドと長剣を携えた騎士のような姿だった。


 ただ、それが赤く染めただけの鎧ではないのもまた明らかだった。

 全身を覆う装甲は板金を曲げて叩き出した物とは異なり、筋肉のような複雑な形状をしていて、半ば透き通りルビーを削り出したかのようだった。


 何よりも異なるのは、その頭部だ。

 口元から頭部に一体化するように生えた野太い一本角が、先端付近で二股に分かれ、その先でさらに二股になり、天をついていた。

 言うなれば、擬人化したカブトムシだ。


「ゴフ、ゴヒャ……」


 口元から血をこぼしゼイゼイと息をつく男爵の頭に足を乗せ、甲虫人間が冷淡に告げる。


「大人しく言われた通りに踊っておれば、潰すまでも無い小物として飼い続けてやったものを。あのような偽書の内容を真に受けて、我らに牙剥こうとした己が浅はかさを恨むがいい」


 ぐしゃり、と男爵の頭が踏みつぶされる。


「父上ッ!? 貴様ああああっ!!」


 我を失って飛びかかるビリスを、甲虫人間はカイトシールドでそれこそ虫でもはたくかのように吹き飛ばす。


「ビリス。何故このような男に従う。此奴(こやつ)は、貴公を己の失態を拭うために生け贄として実験に差し出したのだぞ? それに、貴公には罪を問わぬ。我と共に来て、雷爪(ライトニング・クロウ)に帰順せよ」

「黙れ…… それでも、父上は愛情をくれたのだ。たとえ、私が幼き頃の一時の気まぐれであったとしても、それに私は救われたのだ。父上の役に立つというのならば、この身が異形の怪物にされようとも、一向に構わんっ」


 足下をふらつかせながら、ビリスが立ち上がる。しかし、ただ盾に叩かれただけだというのに、その体からはぼたぼたと体液、青い血がこぼれる。


「シャッハアアアアアアッ!!」


 ビリスが打ち出した蜘蛛の糸を、甲虫人間は鮮やかな太刀筋で切り払う。

 赤い光を宿した長剣が、虚空に美しい残像を残す。


「無意味なことはよせ。賢者の石(ワイズマン・コア)すら持たぬ貴公では我には勝てぬ。そもそも、此奴が父で無ければ、貴公が辛い思いをすることも無かったのだぞ?」

「シャシャアッ 黙れぇっ 父上を殺めた貴様は絶対に許さん!」


 吐きかけられた消化液を盾の一振りで吹き飛ばし、四本の蜘蛛足のラッシュを長剣一本のみで捌く甲虫人間。


「残念だ。貴公のような忠厚い人間にこそ、我に仕えて欲しかったのだがな……」


 受けに徹していた甲虫人間が、初めて攻めに回った。


 盾を前にしての突進攻撃(シールドチャージ)。ドン、と石畳を割るほどの踏み込みから、どっと空気さえも押しのけてビリスをはじき飛ばす。

 ビリスもかろうじて身を守ろうとするものの、蜘蛛足と腕を全て使った全力防御などまるで無意味。蜘蛛足も腕もあっさりと打ち砕かた。

 ビリスが壁に叩き付けられた衝撃は石壁にクレーターを穿つほど。それだけに止まらず、さらに甲虫人間に向かって跳ね返る。すでにビリスの意識は朦朧としており、何が起きたのか理解出来ていなかった。


 そして長剣が一閃。

 それで、終わりだ。

 あまりにも圧倒的な速度、膂力、剣技の冴えだった。

 胴で真っ二つにされたビリスが、どさりと転がった。




   ※   




「さて」


 くるりと振り向いた甲虫人間に、出口近くまで下がっていたディアーヌ達は思わず身構えた。キイだけが一歩前に出て三人をかばっている。

 蜘蛛人間と甲虫人間が争っている間に、キイが切断刃でディアーヌの戒めを解き放っていた。


「先ずは、不作法をお詫びしよう、姫。愚物とはいえ我らが末端の不始末、申し訳ない」


 剣を治めた甲虫人間が、手のひらを肩に当てて頭を下げる。その完璧な優雅さは、王国貴族の正式な作法であった。


「貴方は、いったい何者なのですか?」


 ディアーヌが思わず問いかける。このような異形の怪物が、貴族の作法を使いこなすなど思いも寄らなかったからだ。


「これはこれは、重ねがさねの御無礼申し訳無い。我は、雷爪(ライトニング・クロウ)四賢人(フォーセイジズ)が一人、深紅の紅玉(ディープクリムゾン)。以後、お見知りおきの程を」


 蜘蛛人間を一刀両断するほどの暴威を誇る存在の思わぬ紳士的な態度に、キイ以外の三人は思わず警戒を緩める。


「雷爪とは何なのです? 何故、わたくしを攫おうとしたのですか。本当に邪神を蘇らせようと言うのですか?」


 ディアーヌが一歩前に出るが、キイがそれを遮る。

 得体の知れない存在とは言え、話が通じるというのならば出来るだけ情報を引き出しておかねばならない。甲虫人間は論外としても、蟻人間でさえ普通の衛士では手に余る。こんな連中が集まって国家転覆を狙われれば、ひとたまりも無い。


「そう警戒することは無い。姫には指一本触れぬ事を、我が名にかけて誓おう」


 肩をすくめて、甲虫人間は続ける。


「雷爪とは、この世界の未来を憂える識者達の集い。そして、姫の身柄を預かろうとしたのは、雷爪の理念に共感してもらえるのでは無いかと会談を持とうとしただけのこと。邪神復活も王都でのクーデターも、愚物の忠誠を試すための戯れにすぎぬ」


 その言葉に、ディアーヌはまなざしを厳しくする。

 その戯れとやらのせいで、何人もの護衛が犠牲となったのだ。領内の神官では治療しきれず、手足を失った者もいる。


「残念ですが、わたくしがそのような組織の理念に共感することなどあり得ません。貴方の言う戯れのせいで、少なからぬ命が失われたのですよ!」

「それに、戦で命を落とすのとどれほどの違いがあると? 護衛であれば、命がけで主の命を守るのは当然のこと。誉れにこそ思え、何ら恥じることはあるまい。それに、真正面から会談を申し込んだとして、貴方は詳細も相手も明かされぬ会談に応じるとでも?」


 ディアーヌの強い言葉に、甲虫人間は涼しい声で答える。

 確かに、兵士や護衛などといった戦闘員が命をかけるのは当然のことだ。それを前提に、給料を貰っている。

 しかし、だ。


「護衛だけの事を言っているのではありません。最初にわたくしを襲撃した賊は、身元を調べてみればただの一般人でした。それはどうなのですか? いずれも、行方不明となったものばかり。雷爪は、一般人を攫って手勢にしているのではありませんか?」


 戦いが生業の人間が戦いで命を落とすのはまだ良い。

 しかし、ディアーヌと会談を持つためだけの襲撃で、しかも戯れと言い切られては話が違ってくる。何よりも、一般人を使い潰すかのようなことはとうてい看過することが出来ない。

 ディアーヌにとって、平民とは貴族を支えるべき掛け替えのない土台のような物であり、同時に貴族が守るべき存在であると考える。お互いがお互いのために奉仕する関係であり、どちらが欠けても今の王国という社会組織は成り立たないのだ。


「ふ。さすがはディアーヌ姫、お優しいことだ。しかし、平民が高貴なる存在に仕えるのは当然のこと。ましてや我らはこの世界の未来のために動いている。換えの利く平民風情の多少の犠牲はやむを得ぬ」


 なるほど、とディアーヌは心中で頷いた。

 甲虫人間の理屈に納得したのでは無く、この異形はそれなりの身分を持つ貴族であろうと当たりをつけたのだ。

 昨今の王国では、こう言った貴族偏重主義は若い世代に蔓延(はびこ)っていると聞く。

 蜘蛛人間の変身から考えて、甲虫人間も普段は人間の姿でいることは想像に難くない。

 そして、そんな歪んだ考えの者達が王国の貴族社会の裏側で暗躍しているということに暗澹とした気持ちになる。

 どうやら、雷爪(ライトニング・クロウ)という組織は、すでにそれなりの勢力を持っていると考えた方が良さそうだ。


「繰り返しになりますが、貴方(あなた)方の考えにわたくしが共感することはありません。お引き取りを」


 ディアーヌの断固とした意志を込めた言葉に、甲虫人間は「ふ」と笑いをこぼして肩をすくめた。

 ククルとレナもディアーヌの前に出て、いつ戦いが始まってもいいように武器を構える。


「ふふ、そう怯える事は無い。先ほど誓ったように、我は姫と護衛の二人には手を出さぬ。このまま出て行って貰っても構わぬし、姫がお望みであれば地上までお送りしても良い。だが……」


 甲虫人間は、長剣をすらりと抜き放ちキイを指す。


「貴公は別だ。たしか、キイと言ったか? ビリスは賢者の石(ワイズマン・コア)を持たぬとはいえ、我らの親衛隊となるべく”進化の秘術”を施された戦闘員だ。ただの戦闘員(アントワーカー)程度ならばともかく、彼を圧倒するほどの力の持ち主を見過ごすわけにはいかん。貴公は一体何者だ? 形を変えるその武器も、魔力を感じぬのに、鎖を断ち切るほどの切れ味を持つとは面白い」


 甲虫人間の口元の触角がしゃかしゃかと動き、眉間の宝珠がちかちかと瞬く。それに応じて、キイの触角もぴこぴこと動いた。


「何故、賢者の石(ワイズマン・コア)の気配があるのに、我の精神通信(テレパシー)に答えぬ。我の知らぬ所で四賢人の誰かが戦闘員を…… いや、我らの系列と言うには、姿が珍妙だな」

「未知のプロトコルによる通信要求を感知。攻性と判断しL7防火壁(ファイヤーウォール)遮断(ブロック)しました。解析(スキャン)中です?」

「ふむ?」


 キイの言葉が理解出来ず甲虫人間は首をひねる。

 ディアーヌはキイと甲虫人間を見比べた。

 キイの体格や骨格などは、あくまで人間が皮鎧ソフトレザーアーマーのようなものを身につけた姿に見える。

 しかし、甲虫人間のその姿は人型の外骨格生物としか見えず、人間とは明らかに異なる。


「答えよ、キイとやら。貴公は誰に作られた? よもや、我ら以外にも”進化の秘術”を持つ者が居るというのか?」

「その質問は、禁則事項に觝触する。解答は出来ないです」

「では、我と共に雷爪に来い。大人しくついてくれば、悪いようにはせぬ」

「ボクへの指揮権は、現在ディアーヌ様が保有しています」

「姫?」

「却下ですわ」

「ならば、やむを得ぬ。ここで貴公を倒さねばなるまい」


 甲虫人間からどっとあふれ出す威圧感に、ククルとレナは思わず膝をつく。ディアーヌは立ってはいたが、かろうじての状態であり、その膝は笑っていた。


 そんな女性陣を見て、甲虫人間はゆっくりと横へ歩き出す。キイもそれに合わせて、三人に戦闘の余波が及ばない位置へと移動していく。


「不意を打ったなどと言われては心外だ。姫、合図を」


 ぴたりと足を止めにらみ合う二人。

 甲虫人間は律儀にも、開始の合図をディアーヌに振ってきた。自身の優位を毛ほども疑っていない自信の表れだろう。

 ディアーヌは、覚悟を決めて右手を振り上げる。決闘を気取る甲虫人間には悪いが、最悪、キイが不利になるようなら加勢もやむなしだ。ククルとレナが何処まで動けるかは分からないが、魔法による牽制と治癒や障壁による援護を行えば、勝機を掴めるはずだ。


「キイ、全力戦闘を許可します……」


 空気がぴぃんと張り詰める。

 二人の間で火花を散らす闘気が目に見えるかのようだ。


「薙ぎ払えッ!!」

「KEYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッ!!」


 ディアーヌの手が振り下ろされる。

 それに答えて、キイがバネ仕掛けのように飛び出した。

 キイが破砕斧を振りかぶって一直線に突っ込む。トリガーはすでに引かれており、その斧刃には淡い輝きが宿っている。

 甲虫人間はそれを迎え撃つべく、赤いオーラを放つ盾を構える。あえてキイの一撃を盾に受けてのカウンターの突き狙いか。腰を落とし、弓を引くようにして長剣を引き絞る。


 打ち込まれた破砕斧の一撃に、どん、と赤い盾の表面が小爆発を起こす。甲虫人間はその衝撃に逆らわず、盾を引くのに合わせて体をひねって長剣を突き出した。


「なんと!?」


 しかし、これ以上は無いはずのタイミングで突き出された長剣が空を切った。

 頭上から響く金属音に、反射的に赤い盾を掲げて身を守る。


「キーッ!」


 キイは盾を叩く反動を使って宙に舞っていた。

 破砕斧形態フラクチャアクス・モードから破壊光線銃形態(ブラスタ・モード)に武器を組み替えながら伸身の宙返りを決め、空中から光線の乱れ撃ちを浴びせかける。

 甲虫人間を無数の小爆発が包み込み、その姿が爆炎に隠れる。

 キイはさらに半ひねりを加えて、甲虫人間に向き合う形で着地して油断無く構える。武器は切断刃形態サーベランスエッジ・モードに。


「これは驚いたな。あの一瞬に魔法の矢(マジック・ミサイル)をあれほど連射するとは。しかも、魔力を感じられぬとは、やっかいな」


 盾の一振りで炎を振り払い、無傷の甲虫人間の姿が現れる。


「やはり貴公は油断ならぬ。今度は、こちらから参るッ!」


 ダッシュからの横薙ぎを、キイは上半身を反らしながら一歩後退して回避。

 しかし、甲虫人間はさらに踏み込んで右下から斜めに斬り上げる。

 キイはそれを両手持ちの斬り下ろしで受けるものの、拮抗は一瞬。長剣同士に込められたエネルギーが爆発、押し負けて数歩下がる。

 そこをさらに甲虫人間が間合いを詰めて連撃を浴びせていく。


「どうやら、貴公は剣の腕は大したことがないようだな。それだけの能力を持ちながら、惜しい事よ」

「キッ!?」


 徐々に捌ききれぬ攻撃が増え始め、キイの体のあちこちでかすった長剣が火花を散らせた。

 冒険者ギルドのシュウに言われたように、戦闘技術の稚拙さがキイの足を引っ張っている。それに気づいた甲虫人間は、戦い方を威力よりも技巧重視のものに変えた。キイの攻撃を確実に盾で捌き、要所要所で小さく鋭く反撃する。キイの方もその優れた身体能力でかろうじて致命の一撃を回避してはいるが、敗北は時間の問題に見えた。


「ククル、レナ?」


 ディアーヌが甲虫人間に聞こえぬよう小さく呼びかける。

 しかし、その返事は(かんば)しいものでは無かった。二人の戦闘速度はあまりにも速かった。ククルが援護しようにも巻き込む可能性は高く、却ってキイに隙を生みかねない。レナの回復魔法は射程が短く、例え危険を承知で戦闘エリアに踏み込んだとしても、詠唱中に範囲外に移動してしまうだろう。せめて戦闘前に補助魔法(バフ)を掛けさせておくべきだったとディアーヌは唇を噛んだ。

 さらに。


「姫。先に言っておくが、この戦いに水を差すなら、そちらの護衛には容赦はせんぞ」


 あれほどの小声でも耳に届いたのか、甲虫人間が釘を刺す。


 定石(セオリー)としては、キイが健在なうちに撤退するべき状況だ。甲虫人間は、乱入には警戒しているようだが、こちらの動きを妨げるつもりはないらしい。今ならば、ディアーヌ達三人が無事に脱出出来る可能性は高い。

 しかし、とディアーヌは躊躇う。

 ククルとレナは、下水道に目印を残してきている。蟻人間との戦いが終わり、援軍がこの場に間に合えば、特に、キイをも手玉に取ったシュウが来てくれれば、戦況は好転するかも知れない。


 今、脱出すれば、キイは確実に倒されるだろう。当然、騎士団は脱出したディアーヌの保護を優先して、残されたキイを助けるために即座にここまで攻め入るとは考えられない。

 だが、甲虫人間の言葉を信じるのならば、ディアーヌには危険は無い。決着がつくまで踏みとどまっていても、脱出したとしても結果が同じであるならば、全員が助かるために、ぎりぎりまでここに踏みとどまって、援軍が来るのを待つべきだ。


 それが間に合うかどうかは運を天に任せるしかない。




   ※   




 キイは淡々と敵の長剣を防いでいた。

 防ぎきれぬ攻撃もあるが、致命にはほど遠い。

 身体能力(フィジカル)性能(スペック)はほぼ互角。体格と重量の分出力(パワー)は敵の方が上だが、最大速度(トップスピード)反応速度(レスポンス)はキイの方が高い。

 だが、このまま戦闘を続ければ、敗北は火を見るよりも明らかだ。

 キイには技巧(テクニック)が、圧倒的に不足していた。


 しかし、手はある。

 勝つことは出来ないが、ディアーヌ達を安全に脱出させるための方法がある。

 戦闘にリソースを裂かれながらも、ぎりぎりひねり出した処理能力でその手を進めていく。命令を遂行出来ないのは残念だが、体を張ってでも主人を守るのが戦闘員の絶対の使命だ。


「ディアーヌ様、今のうちに逃げて下さい。ククルさんもレナさんも」


 盾に打ち払われてごろごろと転がったキイは、甲虫人間に切断刃をつきつけるようにして立ち上がる。


「しかしっ!」

「姫様……」

「ディアーヌ様……」


 キイの言葉に思わず前に出ようとするディアーヌを、ククルとレナが両側から腕を掴んで止める。


「そうだな。貴公と我は敵同士、そうそう言葉では信じられぬだろう。姫、地上に戻るがいい。彼も、姫が気になって全力を出せぬだろう」


 そう言って攻撃の手を止める甲虫人間。


「……キイ、勝てるのですか?」

「無理です?」

「それでは―――― っ!?」


 どん、と足下を揺さぶる衝撃に思わずディアーヌは息を呑んだ。甲虫人間が、その巨大なカイトシールドの下端を石床に打ち付けたのだ。


「姫、男の矜持(プライド)を踏みにじるものではない。命を賭してまで主を守ろうという臣下の心意気、天晴れと言う他ないではないか。民草であれば一つの命に拘ることは美徳であろうが、貴族にそんな真似は許されぬ。それが理解出来ぬ姫ではないだろう?」


 敵から放たれた思わぬ正論に唇を噛むディアーヌ。

 しかし、ククルとレナに両腕を引かれ苦渋の決断をする。


「キイ」

「きーぃ?」

「至上命令です。必ず戻ってきなさい。命令拒否は許しません」


 キイは、左手に武器を持ち変えると、びしりと踵を打ち合わせ直立不動に。拳で一度肩を叩き、右手を高々と挙手。


「KEYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッ!!」


 敬礼を返すキイに、ディアーヌは一つ頷く。


「ククル、レナ。行きますわよ」


 (きびす)を返して下水道に向かう三人を、キイと甲虫人が見送る。

 しかし――――


「ふぁふぁふぁ。甘いですのう、深紅の紅玉(ディープクリムゾン)。このまま姫らを帰らせては、わしら雷爪(ライトニング・クロウ)の情報が漏れますぞ? このままお連れして、説得するべきじゃな」


 闇の中から響く老人の声に、ディアーヌたち三人は思わず足を止めてしまった。


蒼天の青玉セルリアン・サファイアか。それは出来ぬ。我が名に誓って、姫の無事を約束した。その代わりに彼が残る」

「ふぁふぁふぁ。貴公らしいのう」


 甲虫人間の言葉に答え、それは姿を現した。

 鮮やかな青色の鳥人間だ。

 その頭部は顔の半分を大きく曲がった嘴が占めていた。

 額の部分にはキイや甲虫人間と同じような宝珠が埋まり、触角の代わりに羽根が生えていた。

 目元と嘴の付け根だけ、鮮やかな黄色の羽毛が縁取っている。

 体つきは一応人に近い。しかし、体を覆う透き通る青色の羽根。

 その背には大きな鳥の翼を背負い、長い尾羽が伸びているのもうかがえる。

 足は膝から下が完全に鳥の足だ。


「しかし、手を出さぬと誓っただけで、守るわけではないのじゃろ? 貴公が手を出せぬのならば、わしが老骨に鞭打って働くとしようかの―――― おおっと、剣呑剣呑」


 キイが薙ぎ払った切断刃を、鳥人間は翼を一打ち、ふわりとバックステップで回避した。


「ディアーヌ様には、手を出させないです」

「ふぁふぁふぁ。これは変わった御仁ですのう。わしらの系列では無いようじゃが、確かに賢者の石(ワイズマン・コア)を持っておるようじゃ。深紅の紅玉(ディープクリムゾン)、貴公のお相手、少しばかり摘んでみても良いかの?」


 ぴこぴこと額の羽根を振って眉間の宝珠を光らせる鳥人間。

 キイもそれに応じるように触角を蠢かせる。


「よせ。そのような―――― ガッガッガッ!?」

「こ、これは何じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!?」


 膝をつき頭を抱える甲虫人間に、激しくヘッドバンキングをする鳥人間。

 二匹とも意味不明の声を吐き散らしながら悶絶する。

 一人、平然と立つキイの額の触角がぴこぴこと震え、宝珠がチカチカチカと忙しなく瞬いている。


 これがキイの奥の手だった。

 DDos攻撃。

 二匹の精神通信(テレパシー)なる通信形式を解析し、機能を模倣(エミュレート)。通信要求を受諾した瞬間に、無意味な大量の情報を一気に送信し続けることで二匹の処理能力を飽和させたのだ。

 複合式脳髄体コンポジット・ブレインユニットという機械の脳であるキイだからこそ出来た奇手であり、同時に、通信を切断するだけで回避される危険な手でもある。

 二匹がそれに気づき、通信を切断後、どれほどの時間で回復するかは分からない。

 キイは攻撃を続けながら、ディアーヌ達に呼びかける。


「みんな、早く逃げて。長くは――――」


 薄暗い玄室を、×の字に白光が引き裂いた。

 背中にそれを喰らったキイは、その衝撃でもみくちゃになりながら吹き飛ばされる。

 壁に打ち付けられ、ぼとりと落下。わずかに動く体のあちこちで、小爆発とスパークが発生する。


「何をやっている貴公ら。戯れが過ぎるぞ……」


 漆黒のその姿は、人の形を逸脱していた。

 頭部には巨大な三本角。額に二本、鼻先に一本。

 さらに後頭部から首の上まで伸びたフリル。

 全身を包む透き通る漆黒の外骨格。

 その手には、キイを襲った漆黒の巨大な両手剣。腰の左右にも片手剣を一振りずつ()いている。

 トリケラトプスの擬人化、恐竜人間だった。


夜闇の黒曜石ナイト・オブシディアンか……」

「ふぁ、ふぁふぁ。恥ずかしいところをお見せしましたな……」


 キイは身じろぎ一つせず倒れていた。その背中は大きく×の字に切り裂かれている。


「キイ……」


 よろよろとディアーヌがキイに歩み寄る。

 ククルとレナも、呆然と倒れたキイを見ていた。


「し、しっかりしなさい。この程度で……」


 ディアーヌは跪き、キイの肩を揺さぶる。


「無駄だ。我が十字連斬(クロスカリバー)を喰らって生き延びたものは居ない」


 思い足音を立てて歩み寄り、甲虫人間に手を貸しながら恐竜人間が言う。

 ディアーヌは、駄々を捏ねる子供のように首を振る。


「嘘よ。キイは、こんなことでは死ぬはずありません。キイ、目を覚ましなさい。命令ですわ……」


 ディアーヌの大きな瞳からぼろぼろと涙がこぼれる。

 気を取り直したレナが、キイに回復魔法を掛ける。

 キイの目は閉じられ、身じろぎ一つしなかった。

 三匹は、その様子を黙って見ていた。もはや戦闘は終わったのだと言わんばかりに。

 ディアーヌの心を、黒雲のような絶望が覆っていく。




「キイーーーーーーーーっ!!」




 だが。

 ディアーヌの悲痛な叫びに、答えるものがあった。


「これは?」


 淡い輝きがキイを包み込んでいく。

 その光は徐々にその輝きを強くしていき、やがて目も開けていられないほどの眩さになる。


 玄室全体を照らし出す白光の中で、”彼”が目覚めた。








・次回予告

 不意打ちを受けて倒されたキイ。

 しかし、ディアーヌの悲痛な叫びが奇跡を呼び起こした。


 光の中で目覚めた”彼”は何者なのか?

 三匹もの怪人相手に、活路はあるのか?


 次回も戦闘員の触角がうなるっ!


※次回更新は来週土曜日までに行う予定です。



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