04
・前回の悪戦転移
暗躍を始める謎の組織。
見え始めたディアーヌが付け狙われる理由。
はたして、雷爪の四賢人の真の目的とは?
そして、目を覚ました悪の組織の戦闘員キイは、ゴッドフィンガーポテトピーリングを炸裂させ、料理人達とメイド達を味方につけるものの、新たな刺客、親馬鹿伯爵と騎士団長の魔の手が迫る!
伯爵家別宅。
厨房にて。
「キー坊、芋の次はニンジンも頼む」
「きーぃ!」
キイの手に握られたニンジンが、見る見るうちに丸裸にされていく。
調理台の上には、綺麗に皮を剥かれ、乱切りにされたジャガイモが、ざるの上に山となっていた。
「キー坊! すまないけど、酒屋までお使いに行っておくれ。せっかく旦那様がいらっしゃるってのに、ワインが届かないんだよ」
「きーぃ!」
飛び込んで来たマーサに、くちびるをひん曲げたコック長が文句をつける。
「おいおい、マーサ。厨房の手を取るんじゃねーよ」
「何言ってるんだい! キー坊は料理人じゃ無いんだよ。あんたら、キー坊に自分の仕事を押しつけるんじゃ無いよ!」
両手を腰に当てコック長を怒鳴りつけるマーサ。
恰幅の良いその姿はなかなかに迫力がある。
「いえ、それを言ったらそもそも、キー坊は伯爵家の客人すから、お使いもアウトですよ」
「早いです。気味が悪いほどニンジンの皮がしゅるしゅる飛んでるですよー」
「きーぃ?」
言い争う二人にククルが突っ込みを入れ、我関せずとばかりにニンジンに挑むキイに、レナがあきれたように声をかける。
「うお、もう一籠終わったのか。若けーのが見たら自信なくすぜ」
「あらまあ、ククルちゃんとレナちゃん。どうしたんだい?」
「姫様がキイをお呼びなんです」
「へえ。じゃあ、そろそろ登録させるのかねぇ」
「ですです。お使いも出来るようになったそうですし、ディアーヌ様の残り時間を考えるといいタイミングですよ」
「そうかいそうかい。がんばってきなよ、キー坊」
「きーぃ!」
※
伯爵家別宅。
中庭の練武場にて。
「ふははははっ なかなかやるでは無いか、馬の骨ぇっ!!」
「きーぃ!」
騎士が振り回した大剣をすいっと躱したキイは、一歩踏み込んで手斧(のような武器)を胴に叩き付けた。
避けるのは不可能と判断した騎士は深く腰を落とし、分厚いスーツアーマーを信じてキイの一撃を真正面から受け止め――――
「ぐわっはあーっ!?」
そのまま五メートルも吹き飛ばされて、転がった。
騎士とキイの身長差は頭一つ分騎士が大きい。
身幅であれば、倍は違う。
鍛え抜いた大柄の肉体に、四十キログラム近い全身板金鎧を纏った騎士は、総重量二百キログラム近いだろう。
そんな鉄の塊と言ってもいい存在が、キイの腕の一振りで何メートルも飛んでいくのだから、理不尽この上ない。
「ククク、騎士アレジオを倒したか…… だが、アレジオは我が騎士団でも一番の小物」
「然り。あの様な馬の骨に敗れるなど、栄えある騎士団の恥さらしよ」
「いえ、お父様。騎士アレジオは時期隊長候補だと仰っていたではありませんか」
「だんちょー、流石に騎士アレジオが可愛そうすよ。病み上がりもいいところなんだから」
「ですです。治癒魔法をかけたとはいえ、あれだけざっくりやられたのですから、十分頑張ってるです」
お茶と菓子を用意された丸テーブルには、ディアーヌとその父であるデュルフェ伯爵が腰を下ろし、伯爵の背後には騎士団長が、ディアーヌにはククルとレナが護衛についている。
本来であれば、いかに伯爵令嬢のお付きとはいえ、伯爵本人に仕える騎士団長にこのような口を利けば只では済まない。
しかし、そこが伯爵家の奇妙なところで、別宅内では無礼講、というのが暗黙の了解であり、家令のセバスチャンが伯爵に苦言を呈したい場合などにもここが活用されていた。
勿論、無礼講だからといって度を超した振る舞いをしそうな者は別宅には配されないため、必然的に別宅には古参メンバーが詰めることになる。
結局の所、ディアーヌはキイの「人間じゃない」という台詞を、丸ごとスルーすることにした。
父には、キイは魔法の鎧を身につけて戦う魔法剣(斧?)士っぽいものだとごまかしてある。
妖精の輪のような転移罠を踏んでしまい、海の向こうにあると思われるニッポン国からこの国に飛ばされたらしいと。
ディアーヌの知る範囲では、「戦闘員」とは、兵士や騎士など戦闘のための人員を指す言葉であり、この国では特に特殊な職業では無い。
確かに、キイは人間としては規格外の戦闘能力を持っているのだが、人外魔境と呼ばれる高レベル冒険者の中には、装備の能力も合わせてとはいえ、真正面からソロでドラゴンと渡り合える聖騎士などが極まれにいたりもする。
獣人族や、妖精族のドワーフであれば、あれぐらいの腕力を持っていてもおかしくは無いし、巨人族ならばやすやすと凌駕する事だろう。
少なくとも、キイのあの温和で勤勉な性格であれば、社会の中で生きるのに不都合は無いだろう、という判断だ。
「それにしても、ニッポン国の戦士とは恐ろしいものだな。まあ、良いわ。アレジオをあそこまで手玉にとれるのならば、職能レベル5相当として冒険者ギルドに推薦状を書いてやろう」
「ありがとうございます、お父様」
職能レベルとは、冒険者ギルドが定めた十段階(1から10まで)の数字で表記される、個人戦闘能力の目安のことである。
冒険者ギルドに所属する際、実技試験によって判定されるのだが、日常的に命のやりとりが行われるだけに試験は慎重を期されており、全てをこなすにはどうしても時間がかかる。
そこで物を言うのが推薦状だ。
ある程度の実力者や有力者からの能力の保証により、試験の段階をいくつか飛ばすことが出来るのだ。
「いよおおおしっ! キイよ、今度はわし自らが稽古をつけてくれるわ!」
「きーぃ!」
「年寄りの冷や水だと思うんすけどね」
「ですです」
ノリノリで前に出る騎士団長を、二人が茶化す。
今日の伯爵家は平和そのものだった。
※
翌日。
冒険者ギルド新規受付カウンターにて。
「はい、書類はこれで結構です。では、この番号札を持って、戦技試験センターの受付に提出して下さい。実技試験と身体測定がありますのでお願いしますね。それが終わりましたら、忘れずに冒険者カード預かり証を受け取って下さい。カードは試験終了の翌日、午前十時からこちらの窓口で預かり証と交換できます。ここまでで何か質問はございますか?」
蜂蜜色の髪を綺麗に結い上げたエルフの受付嬢が、完璧な営業スマイルを浮かべて、丸眼鏡越しに上目遣いでキイに問いかけた。
「大丈夫です」
こっくりとキイが頷くと、受付嬢は笑みを深くしながらキイの手を取ると、丁寧に番号札を握らせた。
「では、こちらが番号札になります。本日は、ナタリーが承りました。明日、お待ちしておりますね、キイさん」
「きーぃ!」
キイは受付嬢に軽く手を振って、待合席に腰を下ろして雑談していたククルとレナの所に向かった。
「キイはなかなか侮れないすね」
「ですです。ナタリーさんの営業スマイルが崩れるの、初めて見たです」
三人が連れだってギルドの裏手に回り、指示された場所へ向かうと、戦技試験センターなる看板の掛けられた二階建ての建物と、二百メートルトラックほどの広さを持つ運動場があった。
「おう、お前が伯爵様推薦の登録希望者か」
建物から出てきた壮年の男が声をかけてきた。
白髪交じりの薄い頭髪と、顔に刻まれた笑い皺が年齢を感じさせるが、その体躯はきっちりと鍛えられた戦闘者のものだった。
「あ、影のギルマスだ。ちーっす!」
「こんにちは、シュウさん」
「きーぃ!」
「おう」
三人がそれぞれ挨拶の声をかけると、シュウと呼ばれた男はガリガリと頭を掻きながら人なつっこい笑みを浮かべる。
「姫様付のお前らが一緒に来てるってことは、なにか訳ありか。まあ、いい。あんちゃんは、そこの武器庫で練習用の武器とを皮鎧を選んできな。ちっと臭うかもしれんが、服だけで来た自分を恨めよ」
シュウの指示でキイは皮鎧をひとそろい身につけ、羽の部分が木で出来た大ぶりの片手斧を選んで向かい合った。
職能レベルを決めるための実技試験というのは、方法自体は模擬戦闘を行うだけの簡単なものだ。
たとえば、レベル5を目指す場合、教官役がレベル5であれば一勝一敗でもレベル5と認定される。二勝を取ればレベル6、二敗すればレベル4だ。
このレベルは、1で初心者、3で一人前、5で一流、7で達人、9で大陸最強、10は超人とされる。魔物の強さにも使用されており、レベルの合う教官が居ない場合は、昇格を目指すレベルの魔物を討伐することで試験とされることもある。
ちなみに、裏ギルマスと呼ばれるシュウの職能レベルは戦士レベル7。片手剣と丸盾を使ったオーソドックスな戦法を得意とし、伯爵領の騎士団の教練に借り出されるほどの実力者であり、剣の腕前は騎士団長に並ぶと言われている。
さらに言うなら、街の腕自慢やチンピラ程度は1か2、きちんと訓練を受ける警察的組織である衛士隊の平均レベルは3程度。毎日過酷な訓練を行う騎士団でも平均レベルは5である。
これに対して、伯爵家の護衛を蹴散らしたマッドグリズリーはレベル6とされている。護衛が弱いのでは無く、あの事件そのものが例外的な出来事だったのだ。
「はじめっ!」
審判役を買って出たククルが手を振り下ろした。
半身になって丸盾に上半身を隠したシュウに対して、キイは片手斧を振り上げて迷わず突っ込んでいった。
「ほう、こいつは早いな」
がりん、と斧が盾の表面を滑る。
シュウが体のひねりだけで打点をずらし、盾の丸みを使って衝撃を逃がしたのだ。
バランスを崩してたたらを踏むキイに対して、くるりと身を翻して木剣でぽこりと一撃を加える。
「一本!」
ククルがさっと右手を振り上げ、仕切り直し。
二本目もあっさりシュウが取った。
「あー、こいつはあれだな。技は大したこたないが、飛び抜けた能力値で強いって奴だな。武器技能をレベルで言えば3ぐらいなのに、能力値で補って5ぐらいの強さになってやがる」
全ての試験を終え、シュウがチェック用紙を眺めながらキイ達に告げた。
その言葉通り、身体測定での筋力や瞬発力などフィジカルな部分では、常人の五倍程度の数値をたたき出している。
「ま、いいさ。戦士レベル5合格だ。きちんと技を磨けば、まだまだ伸びるから油断するなよ。ほら、預かり証だ。明日、また受付に来な」
「良かったな、キイ」
「おめでとです。さっそくディアーヌ様に報告しましょう!」
「きーぃ!」
※
裏通り。
孤児院前。
「おにーちゃん!」
ふかふかの毛玉のような少女がキイに飛びついてきた。
長毛種の猫人族の子供のようだ。やせてはいるが、清潔な衣服を身につけており、きちんと世話を見てくれる人が居るようだ。
「キイ、いつのまに妹を作ったんすか?」
「ボクには妹は出来ないです」
「もう。子供の間違いなんて、良くあることですよー」
にまにまと笑うククルのお尻をレナがペちりと叩く。
「マリア、その人はビリスさんじゃありませんよ。すみません、みなさん」
孤児院から出てきたシスターが、猫の首をつまむようにして少女を抱き上げた。
「あれぇ? ビリスおにいちゃんと同じ匂いがするのに。おにいちゃんは誰なの」
首をかしげるマリアの頭をククルがなでながら言う。
「うっわ、さらさらすよ。にゃん子はこれだからたまんないすね」
「ククル!」
「ボクはキイ。ディアーヌ様の戦闘員で、今日冒険者にもなった」
「ぼーけんしゃ。すごいね!」
耳をぴこぴこ動かしてはしゃぐマリア。
少し困ったような笑顔を浮かべたシスターは、キイに頭を下げる。
「良く慰問に来て下さる方がいらっしゃって、マリアがとても懐いているんです。どうも、その方と間違えたみたいですね。本当に済みません」
「なるほど、若いのに奇特な方もいらっしゃるのですね」
「ええ、まったくです」
シスターは当時を思い出すかのように目を細める。
「何年か前のことですが、マリアが迷子になったことがありましてね。そのとき、偶然に保護して下さったのがビリスさんなんですよ。それ以来、何くれと無く心配をして頂いて。去年の冬にマリアが重い流行病に掛かったときも、神官様を手配して下って、おかげで一命を取り留めたんですよ」
「そのビリスさんって、そんなにキイに似てるんすか?」
「いえ、私はそうは思わないのですが、子供心になにか感じるものがあったのかも知れませんね。キイさんもお優しそうですし」
「違いないす」
シスターの腕に抱かれて見送るマリアに手を振って、三人は日が落ち始めてあかね色に染まる街並みを急いだ。
※
「もう一度、お願いできますか?」
「はっ 伯爵が視察中に落馬。意識不明の重体につき、至急登城されたし、との事です」
城からの早馬による伝令は、ディアーヌの心を大きく揺さぶった。
落馬事故は割と良くあることであり、それが原因で命を落とす貴族もまた多かった。
「分かりました。マーサ、支度を急いで。ククル達が戻ったら、キイも一緒に城へ寄越して下さい」
硬直したのはほんの一瞬。
動き出してしまえば、後は早かった。
ディアーヌは馬車に乗り込み、あかね色の空の下、城へ向かう道を急ぐ。別宅は城塞都市の中でも城からはそこそこの距離がある。
城に着くころには、周囲は闇の帳に包まれていることだろう。
※
「伝令です?」
キイ達が戻ったのは、ディアーヌと入れ替わるかのように殆ど差が無かった。
マーサから話を聞いて、首をかしげたのはキイだけだった。
「さっき厨房に顔を出したとき、いつもの先触れの人はカレー食べてましたけど、何も言ってなかったですよ?」
「え? マジすか?」
「まさか……」
三人は慌てて厨房に向かい、賄いを掻き込んでいた伝令を締め上げる。
彼が言うには、伯爵の帰宅予定に変更なし。
「馬を回しましょう。姫様は馬車なら、まだ追いつける可能性があります」
「ですです。キイは馬に乗れるですか?」
「たぶん、無理です」
「では、私と相乗りするです」
馬丁をどやしつけて二頭の駿馬を用意させ、三人は薄暗くなり始めた街路を急がせる。
只の行き違いであればいい。
しかし、その可能性は限りなく低いだろう。
※
がらがらと石畳を車輪が転がる音がする。
「そういえば、あの日も夜道を急いでいましたわね」
ろくに整地もされていない寂れた街道とは違い、平らにならされ石畳で舗装された街路は馬車のバネも利いて大分ましな乗り心地だった。
ここは伯爵領の城塞都市の中である。日が落ちても闇夜というわけでは無い。主要な大通りには、光の魔法を込められた街灯も並んでいるのだ。
だから、油断していた。
馬車が止まったというのに、いつまで待っても御者がドアを開けないことにいらだち、つい、自分の手でドアを開けてしまった。
「なんですの? ここは何処ですの?」
御者台に呼びかけるが、返事が無い。
思わず御者の肩を揺さぶると、そのまま倒れてしまう。
「ひっ」
気がつけば、御者の体に触れた手にはねっとりとした蜘蛛の糸が絡みついていた。
室内からランプを取って照らしてみると、御者の体にたかっていた小蜘蛛がわらわらと逃げていった。
ディアーヌはもはや恐怖に声も出せない有様だったが、なけなしの勇気を必死で振り絞ってランプで周囲を照らす。
「石切場?」
そこは城がある場所とは正反対の、すでに何年も前に放棄された採石場だった。
都市の城壁を作るために一時は多くの人々が仮設住宅に住んで働いていたと言われている。
ディアーヌの思考を恐怖と混乱がかき乱す。
考えたくない。
しかし、どう見ても自分は罠にはまってしまっている。
「ディアーヌ・デュルフェ。大人しく私についてこい」
ディアーヌは震える足に鞭打って、声の方へと振り向いた。
闇の中にぽつぽつと赤い光が浮かんでいた。
ランプの光は、そこにいたフードをかぶったローブ姿の男を照らす。
だが、おかしい。
ランプの光は、深くかぶったフードの奥までは照らせていなかった。
そして、赤く光るそこは、フードの奥、目のあるはずの位置だった。
しかし、目であるのならば、二つでなければおかしい。
それなのに、その赤い光は、四つも並んでいるのだ。
そんなもの、まるで、蜘蛛ではないか。
「姫様、伏せてっ!」
「ぐあっ!?」
ククルの声に反射的に身を投げ出したディアーヌの視界を、一筋のまばゆい光が切り裂いた。
キイが、武器が変形させて、魔法の矢のような光弾を連射したのだ。
ローブの男に直撃した光は、小爆発を起こして男を吹き飛ばす。
「大丈夫ですか、ディアーヌ様!?」
その隙にククルの鏡面迷彩で姿を隠したレナがディアーヌに肩を貸して、馬車を盾に出来る位置に引きずった。
さらにククルは、複数の光魔法を投射して視界を確保する。
その光が、ローブが燃え尽きた男の正体をさらけ出していた。
「うげぇ、これはちときついすね。獣人ならぬ、虫人すか」
「何なんですか。虫人間ですか。魔物ですか?」
さしものククルとレナも軽いパニックを起こしている。
男は、べきべきと体中をきしませながら、変化をしていた。
そこに居たのは、明らかな異形であった。
腰から下は異様に肥大し、蜘蛛の下半身を形作った。
残った人間の上半身も、びっしりと剛毛につつまれた外骨格生物のものに変わっていた。
その姿は、まさに直立する蜘蛛。
人間と蜘蛛を融合させ、とびきりの悪意を持って形作った――――
「化け物、ですわ……」
・次回予告
ついに、ディアーヌを襲った謎の怪物との戦いが始まる。
果たして、キイ達は勝てるのか?
怪物の正体はいったい何なのか?
次回も戦闘員の触覚がうなるっ!