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03

・前回の悪戦転移


 合体バズーカの超次元エネルギーと、DDの空間湾曲シールドの激突によって引き起こされた次元断層に飲み込まれた戦闘員。彼が飛ばされたのは、なんと剣と魔法の世界だった。

 彼が世界を渡った際に発生した余剰エネルギーの衝撃波が、偶然にもその場所で山賊の襲撃を受けていた伯爵令嬢ディアーヌの危機を救う。

 異なる世界の法則に混乱し戸惑う彼は山賊達の逆襲を受ける。しかし、それを見かねたディアーヌは自身の安全を二の次にしてまでも、彼を受け入れ導くことを宣言。

 指揮者としてディアーヌを認めた戦闘員は、戦闘形態に変異。山賊達をやすやすと打ち破ったのだった。






 オレの名前は神島(かしま)かずみ。

 無事に公立高校を卒業し、やっとの思いで合格した大学に入学するのを待つだけの、ごく平凡な若者だった(、、、)


 近所に住む可愛い幼なじみと同じ大学に通うために、無理だと笑われながらもなかなか頑張ったオレは、補欠合格ではあるが、なんとか狭き門に滑り込むことに成功したのだ。


 特筆出来る特技など、子供の手習いとして、近所に住む祖父に教えを受けた古武術ぐらいしか無い。不器用で、勉強も苦手だ。


 そんなオレを、彼女はいつも暖かく見守ってくれていた。おそらく、そう遠くない未来には、彼女と家庭を築き、平凡ながらも幸せな人生を送るのだろうと思っていた。


 ある日、そんなオレの日常は一変した。

 悪の組織によるアブダクトだ。

 奴らは人的資源を確保するために、二種類の行動を取る。

 ひとつは、将来の幹部候補を育成するための児童誘拐。

 もう一つは、使い捨ての戦闘員を確保するために、それなりに成長した人間を拉致するものだ。


 オレは全身を切り刻まれ、自由意志を奪われて、実験用戦闘員に改造されてしまった。


 機械の中に封じ込められたオレは、その日からずっと、何も出来ず、何も感じず、ただ暗闇の中で、憎悪だけを糧に生きている。



   ※   



 伯爵領。

 城塞都市アンバー内、伯爵家別宅にて。


 城に詰めて留守がちな父親の執務室で、彼女は思わず声を上げた。


「……なんですって?」


 報告書を受けとり、ざっと目を通したディアーヌは眉をひそめた。

 それほどに異常な事が記されていたのだ。


「この、溶けていたというのは?」

「はい。人間が、煮こごりのように骨も内臓もとろとろに……」

「牢屋の中には魔獣使い一人でした。そもそも、重犯罪者用の個室なのです」


 品の良い彫刻を施された執務机の前には、魔法使いのククルと神官のレナが並んで立っている。


「面倒なことになりましたわね。襲撃してきたのは山賊どころか、ただの平民でしたし……」


 生け捕りにした魔獣使いが、警備の厳重な牢屋の中で死亡したというのだ。

 状況は明らかに他殺。

 だが、その暗殺方法は人間にはおよそ不可能。

 しかし、魔物かと言えば、やはり答えは否。

 警備の厳しい重犯罪者用の牢屋に、誰にも気づかれずに魔物が潜り込むことなど、あるはずが無い。


 さらに、山賊と思われた者達のほとんどが、近隣の都市に住むごく普通の平民であることが判明した。

 彼らは、身を持ち崩したやくざな連中ではなく、ある日突然行方不明となっていた。

 そのうちの何人かは、そこそこの家柄を持つ若者であったことから、街の衛士隊や冒険者ギルドに捜索依頼が出されており、そのおかげで襲撃者達の身元が判明したのだ。


「あまりにも、不可解で突飛ですわね……」


 魔獣使いの言うことを信じるのならば、襲撃の黒幕は例の成り上がり貴族で間違いないだろう。

 しかし、ただの一般人であるはずの人々が、どうしてあんな手慣れた山賊のような襲撃方法を身につけていたのかが分からない。

 あれほどの魔獣が使えるのだ。人手が必要ならば、その辺に巣くうチンピラや盗賊どもを力でまとめた方が手っ取り早いに決まっている。


密偵(スカウト)の方からは、なにか回ってきていませんの?」

「お館様の密偵は、直接こっちには情報持ってこないから、もうちょっとかかると思いますよ」

「あ、ディアーヌ様。じつは……」


 レナがおずおずと手を上げる。


「なにかしら?」

「衛士隊と冒険者ギルドの方に資料の再調査をお願いしたのですが、子供の行方不明者が増えているそうなのです。孤児院から脱走する子供も多いのですが、その数は昨年の倍ほどに。特に公的資料で住民を確認できないスラムの方では、年端もいかない子供が何人も消えているという噂が……」


 ディアーヌはあごに手を当てて考える。

 もしも、この二つの誘拐事件が繋がっているとしたらどうだろうか?

 襲撃者達は、明らかに山賊のような振る舞いを見せていた。

 邪法とはされているが、精神支配の魔法は存在する。

 もっと手っ取り早く、何かに憑依されたとしても、人格が改変されたかのように見えるだろう。


 安易な労働力を集めるために人々をさらっているのだとすれば、一応は繋がる。

 だが、そんな事があの成り上がり貴族に出来るとは思えない。

 その背後には、もっと力を持った大物貴族が潜んでいる可能性が高い。


 しかし、だとすればそこまでして労働力を集めてどうしようというのだろうか?

 そもそも、それほどの悪企(わるだく)みを成立させられる程の大物貴族であるのならば、普通に私兵を雇ったり、税の減免を条件に労役を課せばいくらでも人は集まるのだ。

 後ろ暗いことをしたい場合でも、犯罪組織に金を握らせれば何とでもなるはずだ。


 そして何より、子供を集める理由が分からない。


「子供をそんなに集めて、どんなメリットがあるというのかしら……」

「え? そりゃ、手っ取り早いのは売春じゃないですか? 下衆野郎(ペドフィリア)は意外とどこにでもいますし」

「ククルは下品です。ディアーヌ様のお耳に入れていい話では無いです! 淑女たる者として――――」


 説教を始めたレナにククルのことは任せることにして、さらにディアーヌは思索に耽る。

 ククルの目の付け所は、ディアーヌに新たな可能性を見せた。

 金銭目当てであるとすれば、真の黒幕がただの犯罪組織であることも考えられるだろう。

 チンピラを利用するだけのつもりが、がっつりと弱みを握られていいように食い物にされる貴族もいないことも無い。

 だが。


「わたくしたちには、これ以上出来ることは無いのかも知れませんわね……」


 唯一の生き証人が牢内で暗殺され、手下もただの行方不明者であったとなると、例の成り上がり貴族を糾弾する(すべ)が無い。

 仮に全ての失踪事件が繋がっていて、犯罪組織が暗躍しているとしても、それを取り締まるのは騎士団や衛士隊の仕事であり、ディアーヌの出る幕など無いのだ。




   ※   




 闇の中。

 何処とも知れぬ地下室にて。


「ほう、魔獣使いの襲撃班は全滅したのか」


 けだるげな、若い男の声だった。


「信じがたいことに、マッドグリズリーは始末され、魔獣使いは生け捕りにされたそうだ」


 成人男性の低音が、不機嫌そうに響く。


「ふぁふぁふぁ、男爵に授けた手勢を倒すほどの手練れが護衛の中にいたとは、さすがは伯爵家。少々、見積もりが甘かったようですな」


 楽しげな老人の笑い声。


 円卓に配された四つの水晶球が、白、黒、赤、青、の異なる淡い光をそれぞれ灯しており、声はそこから響いていた。

 通信用の魔法の道具(マジックアイテム)である。


「で、男爵。仕事は済ませてあるのだろうな?」


 若い男の声が、断罪の響きを込めて問いかける。


「ははっ 魔獣使いの方は、昨晩すでに処理いたしました。どうか、平に、平にご容赦の程をっ」


 円卓の前には、その声達の放つ気配に圧倒され立ち続けることさえ出来ずに、地べたに口づけするほどの勢いで平伏した中年がいた。その様子は、欲にあかした不摂生な生活の果てにぶくぶくと肥えた体と合わせて、しゃがみ込んだガマガエルのようだった。


「ふぁふぁふぁ。愚か者を始末してくれたご子息に感謝することですな、男爵。多少の情報は漏れたものの、核心にはほど遠い。いやいや、彼はただの下男でしたかな」


 青い水晶から響くからかうような老人の声に、男爵は歯を食いしばる。

 伯爵令嬢は生け捕りせよ、というのが本来の命令であった。魔獣使いは追い込まれたことで暴走し、怒りにまかせて彼女を殺そうとして失敗、逆に捕らえられたのだ。


 そんな魔獣使いの口封じを行ったのが、彼の息子だ。

 若気の至りで手を出した端女(はしため)が孕んだ子だ。生まれたのが男子であったので、取り上げて下男として飼っていた。母親の方は産後の肥立ちが悪く、程なく死んでしまっていた。

 そんな存在に助けられたという指摘が、男爵のゆがんだ自尊心を傷つける。


「二度目だ。次は、無い」


 低い男の声が言い、黒い水晶から光が消える。


「貴君が忠誠を誓うというから、我らはその才を見極めるために色々なモノを貸し付けたのだ。これ以上の無能を晒すというのならば、貸し付けたモノを全て取り立てるしか無い」


 若い声が容赦なく切り捨て、赤い水晶も沈黙する。


「ふぁふぁふぁ。せいぜい励むことですな、男爵。今度は、下男だけでは済みませんぞ?」


 青い水晶の光も消え、部屋は白い水晶のぼんやりとした光だけが残っていた。


「ええい、無能どもが足を引っ張ったせいでっ!」


 男爵は声が消えたあと、平伏したままたっぷりと待ってから、床を叩いて立ち上がった。

 彼にしてみれば、自分が欲しいモノが手に入らないのは、部下が無能なせいであり、自身の考える作戦や指示に穴があるとは欠片も考えていなかった。


 鼻息も荒く地下室を出る男爵を、黒いローブと頭巾を纏った男が迎えた。


「父う―――― うぁっ!?」

「黙れ、バカモノがあっ!!」


 いきなり男爵が男を殴り倒した。


「貴様らのような無能のせいで、わしばかりが苦労をするのだっ! このっ このっ このおっ!!」

「お、お許しを。お許しを……」


 小さくうずくまって詫びる男を、男爵は一切の容赦なく蹴りつけた。

 ひいひいと許しを請う声と、肉を打ちすえる音がひとしきり続く。


「はぁ、はぁ。良いか、ビリスよ……」


 息を切らせた男爵は、ビリス、自分の息子の襟首を掴んで無理矢理立たせる。


「お前が直接ディアーヌを攫ってこい」

「しかし、それでは作戦に遅れが」

「黙れッ!」


 男爵は再びビリスを殴りつける。

 しかし、次の瞬間にはビリスを抱きしめ、切々と言い募る。


「わしにはもう、後が無いのだ。平民を攫うことなど、その辺のチンピラにでもやらせておけば良い。お前が頑張ってくれたおかげで、指定の数まであと少しだろう。なあ、ビリスよ。わが愛しき息子よ、良く聞け。ディアーヌが街に出ざるを得ぬように手配してやる。そこを狙ってあの女を連れてくるのだ。頼む、息子よ。わしにはもう、お前しか頼るモノが無いのだ。もしも、またあの女を攫うのに失敗すれば、雷爪(ライトニング・クロウ)四賢人(フォウ・セイジズ)はわしを許さぬだろう。たのむ、ビリスよ。わしを助けてくれ、わが最愛の息子よ……」


 ビリスには、頷くことしか出来なかった。


「分かりました。お任せを、父上」


 どれほど愚かだと思っても、この父を見捨てられなかった。

 ビリスにとっては、こんな男でも自分を引き取って育ててくれた恩人なのだ。

 たとえこの男にとってはただの戯れだったのだとしても、まれに与えられる菓子の甘さは子供心を満たしてくれたし、冷え込む夜に抱き上げられた膝の上の暖かさは本物だった。


 いずれにせよ、父の言うとおりだ。重要犯罪人用の牢に忍び込んで、魔獣使いを暗殺した事に比べれば、女を一人攫うなどビリスには遊びのようなものなのだ。




   ※   




 城塞都市アンバー。

 伯爵家別宅執務室にて。


「それで、彼はまだ目覚めませんか?」


 不毛な思考を切り上げたディアーヌが問いかける。

 襲撃があった日からすでに三日。

 彼は一度も目覚めず眠り続けている。


「あ、フリチンくんですか? メイドのマーサによれば、ベッドに寝かせたときのまま、寝返りひとつ打たないそうです。シモの方も、うんこはもちろん、黄色いのも白いのも出てないそうです」

「ククル!」

「ああ、ごめんごめん~」


 いつもの調子のククルとレナに思わず顔をほころばせたディアーヌは、報告書をまとめて未処理の箱に戻し、席を立った。


「怪我は残ってないのよね? 気分転換がてら、様子を見に行きましょうか」

「はい、ディアーヌ様。何度か治癒魔法もかけましたし、異常は無いはずです」

「まあ、あれだけ暴れたんだから、ただの疲労とかだと思いますよ?」


 三人は他愛の無いおしゃべりをしながら、執務室を後にした。


 あの日。

 生き残りの護衛を集めて必死で介抱するディアーヌたちの前に、伯爵家に仕える騎士達が姿を現した。

 ディアーヌの父である伯爵は、帰還予定時刻を大幅に過ぎても戻らない娘を案じて、手勢を捜索に出したのだ。

 ディアーヌ達は無事に保護され、ゼンラー男も彼女の口添えで伯爵家令嬢の命の恩人として、この別宅の客間の一室を与えられ、手厚い看護を受けている。


 自宅おしろに戻ったディアーヌから事の顛末を知った伯爵は、安堵のあまり彼女を抱きしめ、一頻りおいおいと男泣きをした。ようやく気を取り戻したかと思えば、ディアーヌ達を別宅に極秘裏に移動させ、しばらくの間、病気療養として身を隠すようにと指示、騎士団に別宅の厳重な警備を命令した。

 さらには怒りにまかせて男爵への宣戦布告を行おうと暴れだし、家中の者は伯爵をなだめるのに随分な苦労をした。


 さすがに、事実をそのまま伝える訳にはいかず、ディアーヌ達は彼の活躍を曖昧にぼかして、偶然通りかかった旅の冒険者ではないだろうか、と伝えている。


 冒険者、というのは魔物退治などの荒事を飯の種にする人々のことだ。

 各地から持ち寄られる依頼をとりまとめる職能組合、冒険者ギルドに所属し、そこに持ち込まれた依頼に沿って、数人でチームを組んで村落を襲う魔物を倒して回ったり、魔物素材や秘宝などを目当てに地下迷宮に挑んで一攫千金を狙うなど、わりとやくざな商売として有名である。


 しかし、そんな風評とは別に、有力者たちには、警備や護衛、都市を魔物の群れが襲撃した際の予備兵力として当てにされており、ギルドカードを所持する冒険者は一定の身分を保証されている。

 その登録条件は、名前を言えれば合格とされるほど簡素ではあるが、ギルドの掟を破った者は容赦ない制裁がかけられ、場合によっては刺客が差し向けられることさえもある。


 また、冒険者レベルと呼ばれるランキングによってその任務達成能力を、職業(ジョブ)レベルによって戦闘能力がギルドによって保証されており、指名依頼をする際の報酬の目安となっている。


 ディアーヌは、彼を冒険者として独り立ちさせようと考えていた。

 伯爵家の食客として面倒を見てもよいと父は言っていたが、彼が何かの加減で不作法を働き、ディアーヌが居なくなった後で伯爵家から放り出されるようなことが起きたとしたら、彼は簡単に路頭に迷うのではないかと心配だった。

 下男や執事見習い、あるいは手薄になった護衛として雇うことも考えたのだが、ディアーヌはあと一年もしないうちに輿入れする身である。女性であるククルやレナ、侍女達はともかく、男である彼を嫁ぎ先にまで連れて行くことは難しい。


「あら?」

「なんだか食堂が騒がしいですね」

「マーサの声も聞こえるですよ」


 三人が通りがかった食堂のドアが開ている。

 その中からは、メイドのマーサや、厨房の主であるコック長の声がこぼれていた。


「いやあ、何か出来ることは無いかって言い出したときは心配だったけど、この腕前なら心配ないねぇ」

「なかなかやるな、キー坊。ひょっとしてお前、料理人だったんじゃないか?」

「きーぃ!」


 無言で中をのぞき込んだ三人の視界に、メイドや料理人達に囲まれた彼の姿が見えた。

 腕まくりをした白いシャツとウェストコート、黒のトラウザース。執事用のお仕着せを身につけた彼は、手にしたペティナイフで器用にジャガイモを剥いていた。コック長が感心するだけのことはあり、一つ剥くのに数秒しかかかっていない。


「むう、料理男子ですか。ポイント高いですねぇ」

「いえいえ、命の恩人に芋剥きをさせて良いわけないですよう」

「それよりも、キー坊ってどこから出たのかしら?」

「そりゃ、鳴き声(?)じゃないすか?」


 ものすごい勢いで芋を剥き続ける仮称キー坊に、このままでは埒が明かないと三人は食堂へと踏み込んだ。


「貴方たち、ディアーヌ様の命の恩人に、何を――――」

「「「KEYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッ!」」」


 レナの叱責の声をみなまで言わさずに、仮称キー坊のみならず、メイドや料理人達までもが、ものすごい勢いで立ち上がり、ディアーヌに敬礼する。

 その異様な気配に思わず絶句する三人に、マーサが朗らかに笑いかけた。


「申し訳ありません、姫様。キー坊が、姫様を迎えるときはこうやって敬礼するんだって言うもので」

「はは。みんなでやると意外と楽しいな、これ」


 コック長までもが追随する。


「いえ、構いません。それよりも、キー坊って?」

「え? キイって名前じゃ無いんですかい?」

「あらまあ。姫様、ご存じなかったのですか?」


 首をひねるディアーヌに、二人も同じく首をかしげる。


「ぼくは、名前がないです。だから、キイでいいです。キーって呼ばれると、嬉しいです」


 直立不動の姿勢を崩さずに、彼が口を開いた。


「う、なんか可愛い感じすね」

「ですです」


 ククルとレナが言うように、彼は子犬を思わせるような真摯なまなざしでディアーヌ達を見つめた。

 年の頃は十五、六だろうか? 青年と言うには幼さが見え、少年と言い切るには体つきの柔らかさに欠ける。

 黒髪黒目で、顔の掘りは浅い。噂に聞く、極東の国の人種的特徴だ。


「楽にして良いですわ」


 ディアーヌの声に、キイは右手を下ろした。


「色々、お話ししたいことがありますの。キイ、ついてきなさい。マーサ達は、サロンにお茶とお菓子を手配して」


 再びキイ達はそろって奇声を上げて敬礼し、どっと笑いながらそれぞれの仕事に散って行った。


「ホント、うちってノリが特殊ですよねぇ」

「他家であれば、全員無礼討ちされても文句言えないです」




   ※   




「ニッポン、ですか。耳にしたことがありませんわね……」


 柔らかいソファに腰を下ろし、ディアーヌはキイの語る身の上を聞いていた。

 彼が言うには、ニッポンなる国で働いていたそうで、敵の襲撃を受けて爆発に巻き込まれ、気づいたらあそこに現れていたそうだ。


 しかし、彼の言う話には胡乱なところが多い。どんな仕事かなど、踏み込んだことを問えば、「禁則事項に觝触します」と答える。その禁則事項とやらを定めたのは誰かという問いかけにも同じ返事を返した。

 結局、ディアーヌはこう問いかけるしか無くなった。


「貴方は、何者なのかしら? あの、黒い姿に変わったのはどういう理屈なの? もしかして、人間ではありませんの?」


 聞き取りに疲れての冗談だった。

 ただの気分転換。ククルやレナ達の突っ込みを誘い、雰囲気を和らげようとしての台詞だった。

 しかし、帰ってきた言葉は無情なものだった。


「ぼくは、実験用ナンバーの戦闘員です。生物学的な意味では人間ではありません。しゃべることの出来る道具だと考えて下さい。あの姿は戦闘形態(バトルスタイル)です。現在、平均的成人男子のおよそ五倍の出力を持っています」




   ※   




 デュルフェ伯爵城。

 玉座の間にて。


「王都でのクーデター、か……」


 玉座に深く腰を下ろした壮年の男がつぶやいた。


「は。なにせ、情報を漏らした賊が死亡したため、密偵(スカウト)が裏付けに飛び回ってはおりますが、今しばらくは……」


 伯爵は不機嫌そうに報告書に目を落とした。

 魔獣使いが漏らしたのは、邪神復活の儀式によって王都を混乱に陥れ、その隙を突いて王の首をとり、王位を簒奪するという、あまりにも、荒唐無稽でおおざっぱな計画だった。

 そして、邪神復活の儀式の生け贄として選ばれたのが、彼の最愛の娘であるディアーヌだというのだ。

 こんな馬鹿げたことのために娘の命が狙われているなど、はらわたが煮えくりかえる思いだ。


「調査を急がせよ。多少目立っても構わん。愚かな男爵どもに、目に物見せてくれるわ……」

「御意」


 ぐしゃり、と報告書を握りつぶした伯爵は、騎士団長に退室を命じたがすぐに思い直した。


「ああ、待て」

「は」

「あの男の調査も急げ。いかに娘の恩人とは言え、あまりにも得体が知れぬ」

「確かに。マッドグリズリーを討ち取るほどの猛者であれば、他国の者であれど噂なりとて伝わっておりましょう。冒険者ギルドにも問い合わせてみます」

「うむ。よもやとは思うが……」

「姫をたぶらかして取り入ろうというような輩であれば、我ら身命を賭してでも彼奴を討ち取って見せましょう」

「ふ。頼もしい奴よ」


 伯爵と騎士団長。

 ディアーヌをこよなく愛する二人の親馬鹿は、にたりとした笑みをかわすのだった。





・次回予告


 素直なキイは使用人達にも可愛がられ、一人でお使いに出かけることも出来るようになっていた。

 ある程度の常識も身につけたと判断したディアーヌは、キイを冒険者ギルドに登録させるべく、レナとククルを使いに出した。

 そんな三人は、通りすがりの孤児院で一人の少女と出会う。


 一方、キイ達を送り出して久しぶりにのんびりとした休日を過ごすディアーヌの元に、急報が届く。


「伯爵が視察中に落馬。意識不明の重体につき、至急登城されたし」


 取る物もとりあえず、城へと急ぐディアーヌの馬車が再び襲撃を受ける。

 あの異形はいったい何なのか?


 次回も戦闘員の触覚がうなるっ!






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