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武武

 基本的に根っことなる中二設定についての説明は本編では殆どなされません。次話の「ウラ」で紹介するカタチになります。

 なのでなぁなぁで読んでいただければ幸いです。

「派遣のバイト?」

「うん。先週から始めたんだ」


 雄偉の声はわずかに弾んでいる。

 普段から百面相で知られる雄偉は喜怒哀楽が非常にわかりやすい。よく言えば裏表がなく、悪く言えば単純なのだ。

 なので、その顔を見れば今現在どんな心境なのかすぐわかる。

 この顔は話を聞いて貰いたい時の顔だ。ここは友人らしく自慢されてやろう、と志京。

 何も言わず話の先を促す。

 そんな友人の厚意を知ってか知らずか、雄偉は話し続ける。


「別に何かしたいってワケじゃないんだけどさ、もう僕らも高二だよね。あと半年もしたら、勉強漬けになっちゃうだろうから、いまのうちに色々チャレンジしてみたいな、って」


 はにかみ、照れながらもその顔には色濃く嬉しいという感情が出ている。


「それでバイト?」

「うん」


 二人してよれよれの上履きからくすんだ色のローファーに履き替える。志京のに比べると雄偉の靴は新品のように見える。こういうところにも性格は出るんだな、と意味もなく納得。


「まぁ、日雇いの方が勉強なんかとの折り合いも付けやすいだろうけど。なんてところ?」

「派遣って云ったら、武武もののべだよ。」


 さも当たり前、と云った口調で雄偉。


「もののべ?」

「えっ!? もしかして志京、武武知らないの?」

「そんな驚くことか? 派遣会社なんて高校生にゃあ縁遠い、とまでは云わないが知らなくて普通のような気もするが……」

「最近じゃ有名だよ。寧ろ社会人よりも僕らくらいの学生中心に話題になってるし」


 目を丸くしつつも、簡潔に説明してくれる。


「武武派遣会社っていって、まぁ普通の派遣会社なんだけど、誰でも簡単に登録できるし派遣先・派遣内容も『健全・安全・高待遇』で日当も悪くないから、高校生や大学生に人気があるんだよ」

「……逆に怪しくないか?」

「話だけ聞くとそう見えるけど至って健全な会社だよ。只その分制約みたいなのがあってね……、ココってランク制なんだ。」

「ランク制?」

「うん。一番下がFランクで、働きや派遣先の評価なんかに応じてEランク、Dランクに昇格できたりするんだ。」

「へぇ」

「正直いって、Fランクは他の派遣会社とそんなに変わらないんだけど、働きに応じて日当が上がるってなれば、みんな頑張って働くよね? だから、派遣先の企業からのウケも良い。何よりイマドキの若者ってこういうゲームみたいなこと好きだからね」


 確かに。RPGでいうレベル上げみたいだ、と志京は思った。


「あとはこの会社の登録方法が自社の運営してるSNSへの加入って感じになってて、友達増やすのが目的で登録してバイトはしない人なんかもいるみたいだよ。」

「SNS……? あぁ、フォンゲーとかニクシィとかか」

「そ、志京も入ってみれば?」

「めんどい」

「云うと思った」


 予想してましたよ、と雄偉は笑う。どうやらこの友人も本気で誘ったわけでもないらしい。

 話に出たフォンゲーもニクシィも志京はやっていない。

 どうにもそういったネットだのアプリだのといったモノは苦手なのだ。

 同じデジタルならテレビゲームなどのほうが楽しいし、それよりもやはり体を動かして運動するほうが性にあっている。

 そういえば最近はその運動もあまりしてないな、と少しお腹周りを気にしつつ運動場へと目をやる。

 運動場では野球部が談笑しながらキャッチボールやノックをしている。これじゃあ、万年地区予選一回戦敗退も頷けるな。

 筆箱と暇つぶし用の文庫本の入った軽すぎる鞄を振り回し、重みがないという違和感を打ち消しながら前進する推進力にする。


 ――ガツッ


 と、不意にバックの回転が止まる。それと同時に「きゃっ」という声。振り向いてみると志京のバックが見事なまでに女生徒の腹へと食いこんでいた。

 その両目は「クイコロシテヤル」とばかりに志京を睨み付けている。

「これは猛獣ダヨ、下手に動いたらシヌヨ」と、冷や汗を掻きだした志京とは対照的に、そんな猛獣に優しく声をかける雄偉。


「だ、大丈夫?桑原さんっ!」


 視線は志京に向いたまま、


「ええ大丈夫よ、篠田。有難う」


 険はあるがそれを雄偉に向けないよう注意しながら返事をする女生徒――桑原みりあ。志京は体感温度がどんどんさがっているような気がしてきた。

 そのまま――志京にとっては数時間にも感じられた――数秒が流れ、


「で、日策井。アンタは私に何か言うことはないわけ?」


 眉間にしわを寄せたまま強い語気でそう言ってくる。

 桑原みりあ。

 志京たちと同じ校章のついた制服を来ている通り、志京たちと同じここ樫月高校の更に同じく三年生である。一言で言えばちょっとキツメの美人である、というのが志京の印象なのだがどうやらそう思っているのは志京だけで雄偉をはじめとするその他大勢の樫月学生は勿論、教師連中からも「品行方正で誰にでも優しい模範的な生徒」だと思っているらしいが……無理だ。

 イメージ出来ん。


「あ~~~無事で何より、じゃ」

「待ちなさい止まりなさい行かせないわよ」


 学ランの襟首を物凄い握力と殺気を伴って握られたのはこれが初めてだ。

 それにしてもこの桑原女史、オレの心情をよく理解されてなさる。

 志京の今の心境は、待ちたくないし止まりたくないし一目散に帰りたい。そしてなによりまだ死にたくない。これに尽きた。


「人のお腹を殴っておいて逃げるんじゃないわよ」

「当てたのは悪かったよ。でも、カバンがぶつかったのを殴るとは言わないっ!」

「打ち所が悪けりゃ死ぬのは同じよ。もし私が死んだらどうしてくれるのよ」

「……えっ♪」

「いま、明らかに嬉しそうだったわねぇ! それって挑発してるのかしら? よしっ、その挑戦受けてやろうじゃない!」

「おいっ、なんだよ。両手ボキボキ鳴らすとかいつの時代の不良だよっ! ってか女の子がそんなことしちゃいけません。お前のこと『半分は優しさで出来ている』って言ってるヤツもいるんだぞ! そいつらのイメージを壊してやるなよ!?」

「あたしは、バ●ァリンかっ!? 他人の頭痛を助けてる暇なんかないわっ!? 自分のことで精一杯よ」

「むしろお前がオレの頭痛の素……って、やめてっ!? その今にも『歯ァ食いしばれ』といわんばかりの迫力に満ちた劇画タッチの顔は花の女子高生がしていい表情じゃないよ! その振り翳した握り拳を降ろして! ……ふぅ、そうそう女の子がグーパンチだなんて――って、違うっ! 拳を振り下ろす位置を下げてっていったんじゃないっ!? しかもこのままだとその拳は人類の半分(♂)の最大の急所に当たっちゃうから! やめて、女の子になっちゃう!」


 そんな志京の狼狽ぶりというかヘタレ振りをみたからか、やる気を削がれたみりあは嘆息し、手を放す。


「はぁ……もういいわ、馬鹿らしい。こんなことで無駄に体力つかいたくわ、これからバイトだし」


 それは大変だな。


「よし、じゃあ早く行け、そして二度と戻ってくるな」

「……どうしても私を怒らせたいわけ?」

「あっ、ヤベっ! 心の声と口に出す言葉を間違えた!」


 どこまでも馬鹿だった。


「そ、そんなことより桑原さんもバイトしてるんだねっ! 何処でアルバイトしてるの?」


 今一度、猛禽類の顔をしているみりあを食い止めようと、雄偉が話題を変える。

 ナイスアシスト雄偉、と今度こそ心の中だけで念じる。

 思いもしない話題を振られ、少しばかり戸惑いを見せるみりあ。


「え? 普通のバイトよ、日雇いの。武武って知ってる?」


 また、その話か。

 志京はすこし鼻白む。あまり興味のない話をこうして続けざまに聞かされるには意外とこたえる。しかし、反対に興味ありありな雄偉。


「あっ、桑原さんも武武やってるんだ。僕も最近始めたんだ、良かったらフレンド登録してよ」

「あら、そうなの? いいわよ。」


 そういって携帯を取り出し、卓越した指さばきで何かをし始めるが、メールと電話すらあまりしない志京にはよくわからなかった。

 というか、桑原がこんなに携帯とか使い慣れてるってのが意外だなー、なんて頭の端っこで小さな違和感を転がしつつ、二人のやりとりをぽけーと見てる。

 「ニックネームは?」とかそんなやり取りを経て、みりあがパタンと携帯を閉じた。


「これで完了……そ、それで日作井」

「ん?」


 二人が盛り上がってるなか、なにがなんやらで付いていけなかった志京にみりあが話かける。


「アンタとも……そ、その……フ、フレンズ登録してやってもいいわよっ!」

「いや、俺やってねぇし。つーか、そのフレンズ登録とかって何なんだよ……っておい、桑原どうかしたのか?」


 明らかに気落ちした様子のみりあを不審に思い、志京は声をかけるが返事はない。

 ただの屍のようだ。

 そうであって欲しい。

 切に願う。

 代わって、雄偉が説明してくれた。


「フレンズ登録っていうのは、武武に登録している人同士でお互いのプロフィールを確認出来るようにするシステムだよ。今流行りのSNSって云えばわかるかな?」

「聞いたことはあるがいまいちわからんなぁ」

「例えば、派遣先で一緒になった人とかで意気投合したり、また一緒に仕事したいなって思った人と連絡をとるための手段というか、メアドの交換みたいなものかな。あとは今の僕らみたいに元から知り合い同士で登録しておいて、『今度このバイトにいくけど一緒に働く人いない?』みたいに募集したりとか。……って、桑原さんDランクなのっ!?」

「まぁ、高校一年生の頃から時間を見つけては入ってたからね」

「凄いなぁ」


 説明しながら携帯で登録の確認をしていた雄偉が目を丸めて、声を上げて驚いた。

 普段から大人しい友人のその驚きっぷりが志京には不思議だった。


「Dランクがそんなに凄いのか? Fから始まってDだとふたつしか上がってないじゃんか。」


 2年近くやっていることを考えれば、寧ろ伸びていない方なのではないか、とすら思う。


「凄いことだよ。武武はさっき云った通り、ランクが上がればそれだけ待遇もよくなるからね。ひとつランク上がるだけで大分時間がかかるし、人数も減るんだよ。それにCランク以上の人間は契約上、武武派遣会社の社員って扱いになるし。Dランクっていうのはバイトとしては一番上なんだよ」


 尊敬を含んだ眼差しで雄偉がみりあをみやる。


「はぁ~、何気にすげぇのな、お前」


 意外な才能に志京も感心しきりだ。

 まさか成績優秀な(一般認識では)才女が、まさかバイトにも全力を注いでいたとは。


「ま、まぁ、武武でのバイトっていうのは大学進学の際にもちょっと有利になるし。それに実際に頑張って働くことは楽しいし、何が自分にあってて、どれが苦手なのかわかるし」


 同級生からの素直な称賛を受け取り、気恥ずかしそうに早口でまくしたてる。


「それより、アンタはどうなのよ? どうせ暇なんでしょ? だったら、篠田と一緒に武武でバイトしてみたら? 色々な業務があるし、案外やりたいこととか見つかるかもよ?」


 みりあから志京に向けられた言葉に雄偉も「そうかもね」と同意。

 そして二人の視線が自身に向っていることに少したじろぎ、


「俺はいいよ。別に金に困ってる訳でもやりたいことが見つからない訳でもないし」


 とやんわり拒否。

 しかし、それを聞いたみりあが少し怪訝そうな顔をする。


「『金に困ってない』って……アンタ遊びに誘われても、いつも『金が無いから』って断ってるじゃない」

「よく知ってるな」

「っ!? べ、別にちょっとこの間、聞こえちゃっただけよ」


 あわてたような声音でそういうみりあの顔には何故か赤みがさす。


「なんで怒ってんだよ……。まぁ、せっかく誘ってくれたのに悪いとは思うが、別に働きたいとも金使って遊びたいと思わないんだよなぁ」

「基本、志京と遊び時ってスポーツかテレビゲームだからね」

「……小学生の放課後みたい」

「少年の心を持っている、といってくれ」


 頭の後ろで腕組みをし、陸上部だがサッカー部だかよくわからないやつらが列になって走っているので、道を譲るように脇へとそれる。

 志京に習い、二人も道をあける。


「アンタ、日頃何してんのよ」

「別に。野良犬と遊んだり、知り合いにご飯連れてって貰ったりごっこ遊びしたり――」

「何よ、野良犬やごっこ遊びって……」

「それは……どうなのかな?」


 呆れたように口を明けるみりあと、眉を吊る雄偉。


「別に志京の日常にケチをつけるわけじゃないけれど、そういうことばかりしてるようなら、新しく興味を持てることを探すって意味でもいいかもよ? 別に武武で働かないにしてもなにかアルバイトとかしてみたら?」


 雄偉の気遣いがバシバシとダイレクトに伝わってきて、志京は有り難いやら困ったやらで苦笑するしかなかった。


「う~~ん、まぁ他人からすれば『どうでもいいようなこと』なんだろうし、日記にしたら一行で済んじゃうようなことだけど、それでも俺は毎日充実してるよ」


 ピリリリリリ。

 志京の携帯が音を鳴らす。携帯を操作し初めから設定してある無機質な着信音を止める。


「はいよ~。あぁ、どもども。ん~いや、別に大丈夫ですけど。あぁ、はいはい。了解っす。んじゃ」


 曖昧に頷いて、口早に会話と通話を切断した。


「用事でも出来たの?」


 雄偉が興味深けに聞いてきた。


「ま、遊びだけどな。……じゃあ俺急ぐから。また明日な~」

「ちょ、ま、待ちなさいよ!」


 みりあの静止の声に耳を貸すことなく志京は自らの放課後へと繰り出した。

 その先に待つものの価値は彼にしかわからない。

 


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