第五話 受け継がれる勇気
夜明けの太陽が森の木々を照らし出す。その隙間から差し込む光の柱を受け、盛り上がった土の山にクレアは摘んで来た花を添えて木の実を置いた。
小屋の前――。昨夜の惨劇を物語るように、そこには血飛沫が生々しく残っている。ギルテックから運んできた子ども達、そして、後を追ってきてジョージ達から返り討ちにあった数人の兵士の遺体を埋葬し終えたのは、つい先ほど。
ピートは小屋の傍に座って、無人になってしまったギルテックから取ってきた高級なお酒を飲み、スコットは小型ナイフで木板を作り、そこに一人一人の名前を彫って慰霊碑を象っている。そしてジョージは、綺麗な朝靄を浮かべる森の中をじっと見ている。
クレアは、デュークに押し込まれた隠し部屋から助け出したキャシーとキースと一緒に、少し大きめに盛り上がっている土の前で止まり、腰を下ろした。
『俺が待ってるのは……この国の平和だ。……戻りたいんだ、……もう一度。あの頃に……。そのために何かをしなくちゃいけないなら、俺はどんなことでもする。……どんなことだって』
クレアは小さく笑みを浮かべて土を撫でた。
「……そうだね。わかるよ、キミの気持ちは。……ボク達、目指すトコは一緒だモンね」
サワサワと土を撫で、グッと一掴み、握りしめた。
「……約束する。必ずボクがこの国を元に戻すから。……必ず。……キミの勇気は、ボクが受け継ぐ」
ゆっくりと手の力を抜いた、その隙間から土がこぼれ落ちていく。
キャシーが小さく泣き出すが、すぐに涙を拭った。その傍で、キースはグッと前を見据えている。
土が手の中からなくなると、クレアは腰を上げて「パンパンッ」とズボンで手を払い、それぞれ散り散りになっているジョージ達を振り返った。
「……、ねぇっ、訊いてもいいっ?」
少し大きめに伺うクレアを三人は振り返った。
「ボクってさ、邪魔っ? ……一緒にいない方がいいっ? いつかっ……ボク、……いらなくなる?」
最初は強めに、けれど段々と小声になっていく。キースはそんなクレアの様子を察してか、不安げに三人を見回した。
彼らはじっとしていたが、
「邪魔なときは多々あります」
ピートの素直な発言に「ガーンッ!」と、クレアはショックを露わに足をフラつかせた。それを見てピートは吹き出し笑う。
「けど、邪魔だと感じる時間より楽しいって感じる時間の方が多いですよ」
「楽しいですか?」
と、スコットは顔をしかめた。
「わたしはハラハラしている時の方が多いですけど?」
「お前は教育的指導ってヤツが多すぎるんだ」
酒瓶を振りながら方眉を上げるピートに、スコットは目を据わらせ、腕を組んだ。
「あなたがクレア様を甘やかすからでしょ?」
「甘やかしてるのはジョージの方だぜ?」
「……かわいいからな」と、ジョージは苦笑した。
「かわいいのはわかりますが、このまま男言葉が治らないのは困ります」
「いやぁ、それが案外いいんじゃないのか?」
「……いつか治るだろう」
「治るとは思えません。最近、得に反抗しますし」
「反抗期ってヤツか? 不良に走るかな?」
「……何事も経験だな」
「あなた達はどうしてそんなに悠長でいられるんです?」
「悠長って訳じゃないぜ? 俺もそれなりにクレア様の将来は考えてる。なあ、ジョージ?」
「……そうだな」
「あなた達はクレア様を立派に育てるという責任感はあるんですか」
「あるぞ」
「……多少は」
「大体ですね、あなた達は」
話が段々と逸れて三人の教育議論会が始まり、キャシーとキースは顔を見合わせ、クレアは目を据わらせて腰に手を置いた。
「ちょっとボクの質問はっ? ボク、いつかいらなくなるのっ? 一緒にいない方がいいのっ?」
三人はふてくされるクレアを見た。
「いらなくなるわけないでしょう。なんの為に今まで一緒にいたんですか」と、スコットは呆れ気味。
「クレア様がいらないならとっくの昔に見切り付けてますよ。そうしないのは、一緒にいたいからでしょーが」と、ピートは苦笑。
「……ずっと一緒にいますよ。……この命尽きるまで」と、ジョージは優しく微笑む。
そんな彼らを見て、キャシーとキースは安心したような笑みを浮かべた。クレアも同様、「……へへへっ」と嬉しそうに笑う。
「じゃあ、ボク、ずーっと三人の傍にいるから!」
「それはそれで困るか……」
ピートが腕を組み真剣考え込むと、
「せめてお嫁には行って欲しいんですが……貰い手はあるんでしょうか?」
スコットは不安げに眉を寄せ、ジョージはただ苦笑するだけ。
クレアは目を据わらせると、三人に近寄ってそれぞれの顔を見回した。
「いいか? ボクの傍にずっといろ」
「出た、クレア様の特権、命令口調」
ピートは冗談っぽく身動ぎ笑い、スコットは「はいはい……」とため息を吐く。
ジョージは小さく微笑むと、頬を膨らますクレアの頭を撫でた。
「……行きましょうか。……長居すると、また兵に出会しますよ」
「そうだね……。行こう」
クレアはジョージを見上げ、「……うん」と頷くと、キャシーとキースを振り返った。
「ワイズナーまで送ってあげるからね」
そう笑顔で言われて二人は顔を見合わせ、同時に首を振った。
「僕達、クレアと一緒に行きたい」
キースが身を乗り出し訴えると、キャシーも「うん」と頷いた。
「クレア、一緒にいちゃ駄目? ……一緒にいたいの」
戸惑いと真剣さを含めた二人の視線に、クレアは「ははは……」と情けなく笑った。
「そりゃぁね、ボクもキミ達といたいけど……、そういうわけにはいかないんだよ」
「どうしてっ? 僕が弱いからっ?」
「邪魔にならないようにするし、たくさんお手伝いするっ」
近寄るなりすがり服を引っ張られて、クレアは「うーん……」と困った顔でジョージを見上げた。
ジョージは優しく微笑み、キャシーとキースの頭を撫でた。
「……これからわたし達は危険な目に遭います。……あなた達二人を巻き込む訳にはいかないんですよ」
「ヤンチャなクレア様をお護りするので手一杯だからな」
ピートが笑いながら肩をすくめるが、タタッと駆け寄られたクレアにボフッ! と思いっきりお腹を殴られ、背中を丸めて小さく唸った。
スコットは「ったく……」と、知らんフリするクレアに呆れ、寂しそうに俯くキャシーとキースに微笑んだ。
「あなた達はワイズナーで立派に育ててもらいなさい。そして、デューク達、……仲間達の意志を継ぐんですよ」
二人は顔を上げると盛り上がった数個の山をゆっくりと振り返り、確かめるように見回した。――脳裏に浮かぶのは、彼らの笑顔。そして、どんなときにもめげなかった力強い眼差し。
クレアは「うん」と頷き、二人に近寄って肩に手を置いた。
「いいか? キミ達二人はこれからの世界に必要なんだぞ」
「男言葉はやめなさい」と、スコットに注意され、「……必要なんだよ?」とやり直す。
「だから……生きなくちゃいけない。ボクと一緒にいたら、命がいくつあっても足りないよ」
キャシーは苦笑するクレアを心配そうに窺った。
「……クレアも……いなくなっちゃうの?」
今にも泣き出そうと顔を歪められ、クレアはそっと頬を撫でた。
「大丈夫。ボクは死なないよ。……ベルナーガス最強の護衛が付いてるからね」
「俺が一番だな」と、背を伸ばして胸を張るピートに、「あなたは力だけです」と、スコットがさりげなく突っ返した。
「この前倒した数はお前より多かったぞっ」
「たった一人の差でしょ?」
子どものように睨み合う二人を背後に、クレアは笑顔でポンポン、とキャシーとキースの肩を叩いた。
「ボクのことは心配ないない。だから……キミ達は生きて、この国にまた平和が戻った時、……その時、ボクに力を貸して」
「……力を貸す、って?」
キースが小さく問うと、クレアはニッコリと笑った。
「ボクと一緒にこの国を豊かにしよう。これはボク達にしかできないことだ」
「……でも」
不安げに視線を落とすキースに、ジョージは「……ほら」と差し出した。キースは無言のまま、デュークの剣を受け取った。
「……今はまだ大きいだろうが、いずれ必ず追いつく。……今度は、お前がキャシーを護る番だ」
キースは微笑むジョージを見上げ、剣を見つめた。――所々刃が欠けて、錆びた剣。けれど、銀色の刃に映る自分の顔を見ていると、志しが剣に宿ろうとするかのように思える。
キャシーは、グッと両腕で剣を抱くキースから、クレアへと目を移した。
「……ワイズナーでお別れ?」
そろっと顔を覗き込まれ、クレアは「まさか!」と笑って首を振った。
「ボク達、友達だろっ? 友達同士はさよならなんかしないんだぞ!」
元気よく答えられたキャシーは、「……うん」と、寂しげな笑みを浮かべて頷いた。
「……そろそろ行きましょう」
ジョージはそう誘うと、まだ「俺の方が強い!」「そんな訳はないです!」と睨み合うピートとスコットを引っ張り連れ、荷物を抱え持った。
クレアは小屋の方、盛り上がっている土の山を一つ一つ見つめ、「……行きますよ」と導くジョージの声に、躊躇うことなくそこを後にした――。