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第四話 POWER VOICE

 焚き火の炎を消し、目が暗闇に慣れると、一度小屋の方に戻るべく足を進めた。

 ――デュークはその時、状況がわかることになるだろう。自分達では彼を押さえることは無理かも知れない。だが、生き残っているキャシーとキースが「行かないで」と言えば、彼はきっと留まるはずだ。……それを信じよう。

 デュークを先頭に、背後にはジョージ。二人の間に挟まれて歩いていたクレアは、前を歩くデュークの服を掴んだ。その感触に気付いたデュークは、足を止めることなく、クレアを軽く振り返って「なんだよ?」と訊いた。

「……わかってるな? ボク達の目的は同じなんだから、協力していくんだぞ?」

 真剣な表情で見上げると、デュークは「……はいはい」とため息混じりに同意する。彼の服を離して歩く足下に目を落とすクレアの頭を、ジョージは後ろから優しく撫でた。

 しばらく歩いていると炎の明かりが見えだし、デュークは足を速めた。開け放たれた場所に出ると、警戒していたスコットが肩の力を抜き、その背後に隠れていたキャシーとキースが「デューク!」と彼の名前を呼んで走ってきた。

 デュークが腕を広げると、二人は左右から彼に抱きついて顔を寄せる。

「心配掛けて悪かったな。もう大丈夫だから」

 そう優しく声を掛けるが、二人ともしがみついたまますすり泣くだけ。

 クレアは「よしよし」と二人の頭を撫でるデュークを見ていたが、視線を落とすとスコットに近寄って彼の前で腕を広げた。スコットは腰を下ろしてクレアを抱きしめて背中を撫で、頭を左右に振ったジョージを目で捉えて「……そうですか」と俯いた。

 クレアはゆっくりとスコットから離れると、悲しげに目を細める彼を見上げ、腕を撫でた。

「……スコットのせいじゃないよ。ボクはちゃんと、わかってるからね」

 スコットは寂しげに微笑んで、クレアの頭を撫でる。

「おぉー、戻ってきたか!」

 そう大声と共に小屋からピートが出てきて、クレアとジョージ、そしてデュークは振り返った。

「急いで戻ってきたらこんなことになってるし、どうしたモンだか、さっぱりだぜ!」

 ピートは訝しげに首を振りながら、通り過ぎる際にクレアの頭を撫で、ジョージの前で足を止めた。

「ワイズナーは大丈夫だ。思った通り、あそこならなんとか世話をしてくれそうだぜ。話も付けてきたし、里親も確認してきたからな。……それよりっ」

 ピートは焦るように腕を広げ、言葉を続けた。

「どういうことだかサッパリだ! 昔っからワイズナーとギルテックは繋がりがあるらしいんだよ。ギルテックの富豪の……なんて言ったっけな。バトンとか言う」

 デュークは、キースとキャシーの肩を撫でながらピクッと眉を動かした。

「そいつが次々とワイズナーに人を避難させてるみたいで。だから俺が行ったときも当たり前のように受け入れてくれたんだがな、そんな話し知らなかったから俺が疑われちまって」

 困り顔で身振り素振りで話すピートにジョージは少し目を細めた。

「……バトンという富豪は、ベルナーガスに荷担していたのでは?」

「はぁっ? 逆だ、逆! そのバトンってヤツが中心になって、ギルテックは反乱起こそうとしているんだと。ワイズナーも協力しているらしいんだが……そりゃ本当なのか?」

 訝しげにデュークに訊くが、デュークは目を見開いて愕然としているだけ。クレアも同じく唖然と話を聞いていたが、「……まさか!」と、咄嗟にデュークを振り返った。

「キミが今まで逃げ切れてたのはっ……」

 デュークは、大きく泣くキャシーとキースにしがみつかれたまま、息を震わした。

『けどさ、けど……、もしこれでビクターに何かあったら……、俺、どうしよう』

『バトンがいる。その時はバトンが助けてくれる』

「……嘘、だろ……」

 微かに漏れた言葉に、クレアは息を詰まらせ、隣に立つスコットの服をギュッ……と握った。

挿絵(By みてみん)

 ジョージは、様子のおかしいデュークの事情がわからずに顔をしかめるピートに再度問いかけた。

「……本当にバトンという富豪が反乱を?」

「あ、……ああ、そういう話しだったぜ? 数年前、その事がベルナーガスにバレかけたらしくてな、計画を隠し通すために、反逆者として、やむなく大勢の人が自ら犠牲になったらしい。それでなんとか事を落ち着けて、今、率先して引き継いでいるのがバトンってヤツだって。そいつのおかげで助かったヤツも結構いるらしくてな」

「……バトンは殺された」

 ジョージの静かな声に、話しを遮られたピートは「……なんだと?」と、更に顔をしかめ、スコットも少し眉間にしわを寄せた。そんな二人に何かを告げる訳でもなく、ジョージはゆっくりと、顔を地面に向けるデュークへ目を向けた。

「……バトンは、最後の最後まで子ども達をかばっていた」

 その言葉にデュークは不可解そうな顔を上げたが、ジョージは更に言葉を続ける。

「……助けようとしていたが、彼もそのまま犠牲になったんだ。その意味がわからなかったが……これで繋がったな」

 キャシーは息を詰まらせ、真っ赤な顔をデュークに向けた。

「ご、ごめんなさい、デュークっ……。ごめんなさいっ……」

 ポロポロと涙をこぼすキャシーを、デュークはゆっくりと見下ろした。キースも、キャシーと同じく大粒の涙をこぼし、彼の服を引っ張った。

「止めたんだっ……、……止めたっ……。でもっ……!」

 デュークは少し顔をしかめていたが、辺りを見回し、何かに気付いたのか、二人を押しやるように離して急いで小屋に駆け込んだ。

「……おい!! どこにいるんだ!!」

 すぐに聞こえる怒鳴り声と、何かをずらす音――。

「隠れるな!! ……イタズラはもういいって!!」

 戸惑いと焦りを含めた声に、クレアは顔を逸らし、目を閉じて俯いた。

「……なんでなんだ!! なんでこんな……!! ……なんでなんだァ!!」

 ドンッ!! ドンッ!! と、何度もどこかを殴る音が響く。

 ピートは少し目を細め、ジョージを振り返った。

「……駄目だったのか?」

 ジョージは何も答えず小さく頷いただけ。それを目で捉えた途端、キャシーとキースは崩れるように座り込んで、大声を上げ、泣き出した。「うわあぁぁー!!」と、二人の甲高い泣き声が木々に反射して、空高くまで轟く。耳の奥にまで届くその声にスコットは胸を締め付けられ、顔を歪めたが、小屋から出てきた人影を振り返ると表情を消して息を飲んだ。

 怒りに満ちた物凄い形相で、デュークは刃を剥き出しにした剣の柄を握りしめている。その拳は、どこかを殴ってできたのだろう、怪我で赤く滲んでいる――。

 クレアは「……っ!」と息を詰まらせて困惑げにジョージを振り返った。

 どうしたらいいのかわからない。止めるべきか、行かせるべきか。けれど、行ったところで無駄死にになるのは目に見えている。

 ジョージは、真っ直ぐ睨み歩くデュークをじっと目で追い、彼が隣を行き過ぎると口を開いた。

「……憎しみは本当の力を削ぎ落とす」

「……うるせぇ」

 デュークは低い声で反発しただけで誰とも目を合わさない。そのまま森へと足を向ける彼を止めようと、クレアは慌てて駆け寄り、前に立ちはだかって胸を押し、足を踏ん張らせた。

「馬鹿! キミが行ったって敵う相手じゃないんだぞ!!」

 ズルズルと地面を踏みしめる足が押され、それでもピンと突っ張った腕の先、両手で懸命に彼の胸を押す。だが、デュークは躊躇いもなくクレアの腕を掴み、力一杯引っ張り脇に放した。クレアは「キャッ!」と躓き掛け、危うく地面に倒れそうになった所をピートに抱き止めてもらった。そのままピートに支えられてデュークを振り返り、「デューク!」と名を呼ぶが、彼は振り返りもしなければ、その足を止めることもしない。

 クレアは再び止めようと慌てて彼に近寄り掛け、それをピートに止められた。――肩を掴まれ戸惑うクレアの目の前、デュークは足を止めると、前に立ち塞がるジョージを睨み上げた。

「……どけ。邪魔なんだよ」

 今までの生意気な態度とは違う。怒りを通り越して、まるで修羅のような冷たさがある。

 しかし、それでもジョージは熱くなることなくデュークを見つめた。

「……いかるのは結構だ。……だが、お前の怒りはお前自身を破滅に追いやる」

「うるせぇって言ってンだろ……」

「……お前がやらなければいけない事は敵討ちか? ……命を危険に曝す事か? お前はそんな事のために生き抜いてきたのか?」

 冷静な態度が気に障ったのだろう。デュークはグッ! と剣の柄を握りしめ、悔しげに眉を寄せるなりジョージを睨み食って掛かった。

「どうだっていいだろ!! こんな腐った世界なんか、もうどうでもいい!! こんなとこ……いっそのこと消えてなくなっちまえばいいんだ!!」

 怒鳴り声に近い声が闇夜に響き、泣いているキースとキャシーの声を掻き消すよう――。

「こんな世界、もう知らねぇよ!! 何もかもを奪うこんなトコ……!! こんなトコ滅んじまえばいいんだ!!」

 すべてを見放し、吐き捨てるように叫んだ後、グッと肩を掴まれて強引に振り返させられ、いきなりパンッ!! と、強く平手打ちを食らってそのままフラ付き地面に尻餅突いた。デュークは「……ってぇ」と顔を歪め、座り込んだまま、手を下ろしたスコットをキッとすぐに睨み上げた。

「なにすんだよ!!」

「……こんな世界でも、多くの人が生きている」

 視線を落とすスコットよりも先に、彼を見下ろしジョージが静かに口を開いた。

「……いつかを夢見て、懸命に生きている。……無意味かも知れない。何も変わらないかも知れない。……しかし、皆の思いは一つだろう?」

 クレアは悲しげにジョージを見上げた。

「……誰だってこんな世界は望んでいないんだ。……誰だって苦しみを抱えているんだ。……お前だけが全てを背負っているとでも思っているのか?」

「知ったような口を利くなって言ってンだろ!!」

 砂埃を上げて立ち上がるなり、ジョージににじり寄って紅潮した顔で睨み上げた。

「お前に何がわかるんだよ!!」

「……お前が見た目以上に小さな子どもだということはわかっている」

「ふざけんな!!」

 怒りにまかせて握っていた剣をジョージに向かって振り上げた。その瞬間、ザッと軽く擦れる音が聞こえ、クレアは「……っ!!」と息を詰まらせて硬直した。

「……例え正義の為だろうが、力ってのはな、一歩間違えりゃただの暴力なんだぜ?」

 素早くジョージの前に立ち、彼を後ろに押しやったピートは、左腕、破れた服から血を滲ませながら目を見開くデュークを真っ直ぐ見つめた。

「お前の気持ちが全くわからないワケじゃねぇさ。お前がそうして怒り狂いたい気持ちもわかる。だがな、それじゃお前、希望も何もねぇじゃねぇか」

 ピートは斬られた腕をかばうことなく、痛みに顔を歪めるでもなく、ジョージを背後にデュークと向き合い、軽く首を振った。怪我をしても尚穏やかな彼の雰囲気に押されてか、斬ってしまったことを悔やんでいるのか、デュークは身動き出来ずに息を震わし、瞬きを繰り返した。――怒りが消え、代わりに悲しみの色が濃くなっていく。

「お前が剣を奮えば誰かを護れる。お前にはそれだけの力があるんだ。その腕を仇討ちの為に汚す訳にゃいかねぇんだよ」

 諭すように優しく笑う、そんなピートを見てデュークは唇を震わした。

 次第に顔が紅潮しだし、肩が震え出すと、カラーン……と握り締めていた剣が地面に落ち、それと同時にデュークはゆっくりと項垂れて、荒くなってきた息を何度も深く吐いた。

「……俺は……誰も護れない……」

 掠れた声に、クレアは目を細めた。

「……誰も、護れない。……誰一人っ、……ずっと護れなかった!!」

 大声と同時に一気に目に涙が浮かび、頬を伝いこぼれ、グッと背中を丸めて拳を作った。

「それでも護れると思ってたんだ!! もうガキじゃない!! せめて俺より小さいヤツくらい護れると思ったんだ!! そのために俺は!!」

『いいか、デューク。……俺がお前を助けたのは、お前を巻き込む為じゃない。……デューク、いつかお前がきっと子ども達を引っ張って、この世界を豊かにしてくれる。お前にはそれだけの力があるんだ。信じろ』

 デュークは「うっ……」と言葉を詰まらせると、顔を歪め、ガクンッとひざまづいた。前のめりで地面に付いた手が土を握りしめ、丸めた背中がガクガクと震え出すと「うっ……、う……」とすすり泣く。

 スコットは傍に寄ると、腰を下ろしてデュークの背中を優しく撫でた。

「……戻り……た、かった……」

 途切れ途切れの弱い声に、クレアはそっと目を閉じた。

「ただ……それだけ、だったんだ……」

 息を詰まらせ、グッと土を握りしめていた手の力を抜くと、彼は地面におでこを付けて力なく項垂れた。

「……た……す、けて……くれ……。……た……助けて、くれ……」

 震える声がこもって聞き取り難い。しかし、クレアは目を開けるとジョージを見上げ、頷いた。

「行こう」

 真顔の彼女をジョージはじっと見返した。

「……また追われますよ?」

「いいよ、そんなの。……ボクにはジョージ達がいる。そうだろ?」

 試すような言葉にピートは間を置いて苦笑し、「やれやれ」と肩をすくめた。

「そうなるとは思ってましたがね。ま、それでいいでしょ」

 クレアは未だ肩を震わせるデュークに目を向けることなく、夜なのに空を赤く染める遠くを見つめた。

「……失くしたものは、もう戻らない。だったら、あいつらが好き勝手やって終わらす前にこっちからケリを付ける」






「おい! 金目の物は全部出せ! 持ってこい!」

 ドンッ! と無下に蹴られて声を出す間もなく地面に倒れ、這うようにそこから遠ざかる町人に誰も哀れみを向けることはない。――ギルテックの広場。数十名の兵士達が富豪達の家に入り込み、金品を奪い、庶民達からも金目の物を奪って集めていく。物が破壊される音に紛れて女性の泣き叫ぶ声、命乞いをする声、様々な音が混ざり合い、町に響いている。

 町人達は、広場の片隅に倒れている数名の遺体をそのままに、怯えた様子で目を逸らして横を行き来し、剣を奮う兵士達の横暴を見て見ぬふりをしているだけだ。

 一軒の家から炎が上がると、更に隣、そしてその隣へと火の手が上がる。端から見たら暴動でも起きているかのような光景だろう。

 ノーマン達は逃げる気も失せ、ただ座り込んでいる。富豪達は「金を渡すから命だけは!」と懇願し、庶民達は逃げる術もなく、恐れ戸惑う。

「元からここは臭かったんだ!」

 そう、兵士達の中でも位の高い士官が見下すように腰に手を置き顎を上げた。

「我々に楯突くとどうなるか、身を以て味わうがいい!」

 「フハハハッ!」と甲高く笑っていたが、「グアァッ!」と、男の苦しみもがく声が近くで聞こえて振り返った、その顔色が変わった。――騒々しさを増す周囲に構うことなく、クレアは手にテーピングをしながらゆっくりと路地から現れた。その左右後ろにジョージ達がそれぞれ剣を構えて、身動ぐ兵士達に睨みを利かせている。

「お前達に楯突いたらどうなるって言うんだ?」

 無表情にクレアが訊くと、士官は間を置いて「フッ」と嘲笑した。

「王子の名を語る不届き者か。……ノコノコ現れおって」

「答えろ。お前に楯突いたら、どうなる?」

「見ての通りだ」

と、士官は腕を広げてニヤリと笑う。

「町を潰す事になる。貴様らも同様。……飛んで火にいるなんとやら。まさかこんな所にいようとはな。わたしに出会ったことを地獄で後悔するがいいさ」

「……町を潰す、そう言ったな?」

 クレアはテーピングをした手をグッ! と握りしめ、大きく息を吸い込んだ。

「この町に住む者に告げる!! ギルテックはもはや再起不能となり廃墟と化す!! この町を捨て、新たな道を目指せ!!」

 クレアの澄んだ声に、町人達が逃げる足を止めて振り返った。

「ただ、諦めるな!! この町が廃れても、滅んでも、キミ達の思いは決して消すことなく灯し続けろ!! そうすれば必ず未来は開ける!! 諦めればそれで終わりだ!! 絶対に諦めるな!!」

 様々な音に紛れてはいるが、クレアの声は遠く、町の奥まで響いた。

 クレアは舌打ちをする士官を睨み付け、ビッ! と指差した。

「これからボク達はこのベルナーガスのイヌ共を叩き潰す!! みんなは恐れず別の町に行け!! ……いつか必ず、みんなが笑顔で再会出来る日が来る!! 信じろ!! 今までがんばってきたみんなの勇気、ボクが受け継ぐ!!」

「……我らを叩き潰すだと? たかがその人数でか?」

 士官は集まってきた兵士達を見て余裕の笑みを浮かべる。だが、クレアは真顔で言い切った。

「間違えるな。ボクの傍にいるのはベルナーガス屈指の護衛だぞ」

 ふざけるな! と言わんばかりに兵士達が一斉に斬りかかってくると、ピートは「うりゃぁ!!」と豪剣を奮い、兵士を薙ぎ倒してそのままの勢いで斬り掛かった。その傍でスコットも同じく、流れるような身のこなしで兵士の攻撃を避け、隙をついて体に剣を滑らせる。ジョージは二本の剣を左右に構え、その場からほとんど動くことなく、剣を振り上げ突っ込んでくる兵士のみをそのまま斬り倒した。

 クレアは身を低くすると、ダンッ! と地面を蹴って走り出し、自ら兵士に突っ込んだ。兵士は慌てて剣を低く構えるが、その戸惑いが命取りに。クレアは足下をすり抜けるなり、背後に回るその瞬間、勢いよく拳を突き上げて脇腹にメリ込ませた。兵士が呻き倒れるその間に、今度は傍にいた別の兵士の足首をめがけ、滑り込むようにして蹴り、素早く短剣を腰から引き抜いて倒れた瞬間に胸に突き刺す。

「ピート! スコット! 町の人達をクソ兵士から護れ!!」

 バッ! と顔を上げて大きく告げると、「はしたない言葉と男言葉はやめなさい!!」とスコットが怒鳴った。

 士官は次々にやられ倒される兵士達を見て身動ぎ、逃げ出そうと背を向け、咄嗟に傍を走っていた町人の男性を捕まえ喉元に剣を当てた。男は身の危険を感じて「う……!」と硬直する。その姿を見て、クレアは追い掛けようとした足を止め、舌を打った。

 士官は「……フッ」と薄ら笑いを浮かべている。

「ベルナーガスに戻って国王に報告してやる。またもや王子の名を語って暴れたとな」

「ボクがそんなことを恐れていると思っているのか? ……ボクを脅かしたいなら千の兵を用意しろ」

「貴様如きを相手に遊んでいる暇はないのだ」

「ボクを追い掛けてくる奴がなに言ってンだ。……その人を離せ」

「お前に命令される覚えはないぞ……?」

「……いいか? 情けを掛けてやろうと言ってるんだ。……その人を離せ」

「貴様に情けを掛けられるほどモウロクしとらんわ!!」

 町人の喉を掻っ斬ろうとして腕に力を入れるが……その表情が強張った。

 背後に立ったスコットは、無表情に、小さく囁いた。

「無垢な子ども達の命を奪い、苦しめた。あなたには死罰で償ってもらいましょう」

 スパッ! とスコットの腕が動き、士官は息を止めた。だが、次の瞬間には「ウガァァ!!」と地面に倒れてのたうち回る。士官が暴れるたびにふくらはぎから下、切れて無くなった付け根から大量の血が吹き出し、地面を赤く染めていく。ゴロンと転がった両足を見て、解放された男性は「……ヒッ!」と小さく声を上げ、無我夢中に逃げ出した。

 クレアは「……ムゴい」と、のたうち回りながら悲鳴を上げる士官を見下ろしていたが、戸惑い剣を構えるだけの兵士達を振り返り睨んだ。

「ボクはベルナーガスの王子、ブラッドだ!! みんなを苦しめるのは絶対に許さない!! 国王にそう伝えろ!!」

 兵士達は肩を震わすと、ワッ! と一斉に散って逃げ出した。その姿にクレアは「……情けない!」と言わんばかりに鼻から深く息を吐いて町を見回した。

 所々で火災が発生しているが、もう誰も消火活動はしない。そんな余裕がないのだろう、とにかくみんなが協力し合って、この町から逃げていく――。

 ピートは遠くから戻ってくると、ショック状態で痙攣を起こしている士官を見下ろし、剣の血を振り落とすスコットをため息混じりに横目で窺った。

「……トドメを刺してやれよ」

「いいえ、駄目です」

 厳しい表情で即答され、ピートは「……怒らせるとすぐこれだ」と、呆れ気味に肩の力を抜いた。

 クレアはゆっくりと辺りを見回していたが、足を踏み出し、騒々しい町人達を避けながら歩き出した。その後を、ジョージ達も付いていく。

「……」

 火事の炎に赤く照らされた、斬り殺された大小数人の遺体を前に、クレアは足を止めて目を細めた。

 ピートは剣を綺麗に拭って胸の前に構え、切っ先を夜空に向けた。スコットも同じく剣を掲げ、目を閉じる。

「……聖なる魂が天主に導かれ、安らぎに就くよう……」

 スコットの静かな声に、ピートも願うようにそっと目を閉じる。

 ジョージは、目を逸らさないクレアの肩に手を置いた。

「……埋葬しましょう」

「……、あの森に運んであげてもいい……?」

「……はい」

 ジョージは頷くと、ピートとスコットと三人で馬と台車を探しに行く。残されたクレアは、まだ騒々しさの消えない町人達を背中に、悲しげに目を細めた。

 ――幾度となく繰り返されるこの光景に慣れることはない。……慣れてしまったらお終いだ。

「……いつまで続くんだろうな……」

 そう小さな声が聞こえ、クレアは間を置いて「……そうだね」と答えた。

「……長くは続かないと思う。……ううん、続かせない。……そうだろ?」

「ああ、そうだな。……けど……犠牲は大きい」

「乗り越えるしかないよ……」

「……乗り越えられるか?」

「……、そうしてきたからね、平気だよ。……キミは?」

「そうだな……、どうかな……」

「乗り越えなくちゃ駄目だよ。……キャシーとキースの為にも」

 クレアは顔を上げて振り返った。

「これで終わりじゃない。……そうだろ?」

「……ああ」

 デュークは傍に立つ木にもたれながら、炎に赤く照らされた顔で小さく微笑んだ。

「これが始まり、だな……」

「そう、始まりだよ」

「……。なあ」

「ん?」

「お前、何者だ?」

「……。ボクはブラッド。……ブラッド・デロルト・ベルナーガス。ベルナーガスの王子だ」

「……じゃあさ、お前、いつか……この国を元に戻してくれるのか?」

「ボクはそのつもりで旅をしている。……国王を元に戻す、それがボクの使命だ」

「……、そうか、……わかった」

 デュークは頷くと、笑みをこぼした。

「……、ブラッド。……お前、……結構いいヤツだな」

 クレアは少し顔をしかめた。だがそれもデュークが地面に倒れたまで。彼が崩れるようにドサッ! と俯せに倒れると、「……デューク!」と目を見開きすぐに駆け寄った。慌てて彼の体を抱き上げ仰向けにしたとき、背中に回した手にヌルッとした感触があり、息を止めて手の平を見、顔を歪めた。

 クレアは戸惑いながらも、呼吸の落ち着いているデュークの顔を覗き込んだ。

「しっかり! ジョージを呼んでくるから待ってて!!」

 すぐに走っていこうとしたが、服を掴まれてそこから動けない。彼女の悲痛な視線を受けながら、デュークは「……いいんだ」と軽く頭を振った。

「もう……無理だ……」

 弱い声にクレアはカッ! と顔を紅潮させ、眉を吊り上げた。

「何馬鹿なこと言ってるんだ!! ここでくたばったら殴り殺すぞ!!」

「……こえーよ、チビスケ」

 クレアは傍に座って小さく笑うデュークの顔を覗き込み、彼の胸元の服を強く握った。

「耐えろ!! ここで死んだら元も子もないんだから!!」

「……大丈夫だ。……きっと、時代は変わる。……その時、こそ……」

 途切れ途切れの声に、クレアは息を震わして鼻の頭を真っ赤にし、目に涙を浮かべた。

「馬鹿!! ……キミがいなくなったら!!」

「……ごめん、な……」

 聴き取りにくいほどの小声と同時に、デュークの顔が悲しみに歪み、目尻からポロポロと涙がこぼれた。

「……信じなくて……、疑って、ごめん……。……俺が……馬鹿だった……、……ごめん……」

 クレアに向かって言っているのか――。その目はもう、どこを見ているのかわからない。

 クレアは目に浮かんだ涙をこぼすことなく、深く息を吐くと、微笑み、首を振った。

「……もういいよ、……もういいんだ。……キミは偉かったよ。……よくがんばったね……。ボクがここにいてあげるよ……。……大丈夫」

 両手のテーピングを剥ぎ取って、地面に倒れている手をそっと持ち上げ握るが、それを握り返す力がもう彼にはない。

 クレアは数回頷き、左手でギュッと彼の手を握り締め、もう片方、空いている右手で優しくデュークの額を撫でた。

「……キミはよくがんばった。……今まで本当にありがとう、デューク。……ボク……キミに会えて良かったよ」

 優しい笑みで告げるが、デュークはボンヤリとした目で遠くを見つめるだけ。眼光が衰え、ゆっくりとした呼吸の後、瞬きを一つすると目尻から小さな涙がこぼれた。唇が震え、その間から小さな言葉が漏れる。

「……も、……戻り、たかった……」

 クレアは顔を歪めてグッと歯を食いしばった。

「……戻りたかった。……も、もどり……た……、……」

 ふっと力が抜け、クレアは重くなったデュークの手を落とさぬよう、力一杯握りしめた。

 閉じられた目から涙があふれてこぼれ、目尻を伝って消えていく。まるで、最後の願いを伝えようとするかのように。

 視界がぼやけ、堪えていた涙が一気にあふれ出ると、クレアは顔を歪めて「……うあぁーっ!!」と夜空に向かって大声を張り上げ、泣いた――。






『……この国が元に戻ったら……俺、どうしようかな』

『どうって?』

『だってさ、俺、親もいないし、家もないし……身内いないから。……やっぱ、ノーマンのままなのかなぁ。ずっとあの森で暮らすしかないのかなぁ……』

『なんだ? 不満か?』

『不満って訳じゃないけど……』

『お前は本当に寂しがり屋だな。だからビクターも放っておけないんだ』

『べ、別にそうじゃないっ』

『心配するな。……俺が面倒見てやるから』

『……、え?』

『ビクターも俺の親友だ。お前は……差詰めビクターの息子って所か。……この国に平和が戻ったら、その時はお前もビクターも俺が引き受ける。安心しろ』

『……ホ、ホントに?』

『俺が信用出来ないか?』

『ううん! 信じる! ……ありがとうバトン! 俺……、この町に来て本当によかったよ!!』

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