第一話 大人なんか大嫌い!
時は建国歴153年。剣と王制が支配している時代。
ここは四方海に囲まれた小さな島国・ベルナーガス――。緑豊かなこの大地で生活を営む者達は、皆、幸せに包まれていた。民には恵まれた環境と安定した仕事が与えられ、不自由や不便さとはかけ離れていた。
だが、それはもう十数年前の話。
ベルナーガス国王・ゼフィスの変貌以来、この国を闇が覆ったのだ。
“娯楽を禁ずる”――
思いもよらない国からの令状に、民は驚き、困惑した。遊技はもちろん、歌も読書も学問も、酒も賭博も、誰もが「楽しい」と感じるもの全てが取り上げられてしまったのだから。
そんな条令を民が素直に受け入れる訳はなく、多くの者が団結し、反発した。しかし、結果は国兵による大量虐殺へと姿を変えてしまっただけ。
更に、多くの女性が犠牲になった。容姿の綺麗な者、知能の優れている者、人に特別な感情を抱かせる者。若い女性のほとんどが連れ去られてしまい、その後の消息を絶っている。国兵達によって連行される際、家族達は必死に引き留めようとしたが、国家の権力下にはどんなに強く叫んだ声も届かず、無力だった。そして、女性達を匿って抜き打ちの調査で見つかれば、同居の家族みんなが街人達への見せしめとしてその場で惨殺された――。
……妻や娘を奪われた男達は孤立していった。
優しさを放つ女性の存在が少なくなれば、争いの火種は増え、自然と空気は重くなり、活気は失われていく。
生き甲斐を無くした者の多くは、ノーマン(街を彷徨う孤独な浮浪者)となって朽ち果てていく。だがその一方で、富豪達は金の力で兵士を買収し、束縛を逃れ生きている。国王の支配下、富豪が居座り、一般庶民が言いなりとなり、そしてノーマンは家畜以下の扱いを受ける。これがベルナーガスの現状だ。
他国事とはいえ、隣国もこの惨事に黙ってはいなかったが、交流を装った会談を尽く断られ、為す術がない。一方的な押し付けは返って事を荒立てるだけだ。いや、それよりも、この期に乗じてベルナーガスの自滅を目論む国家の影もちらつく程。
民のことを第一に考え、心優しかったベルナーガス国王・ゼフィス――。
残忍なまでの変貌を遂げたその理由は定かではないが、愛息子、幼かったブラッド王子の事故死に原因がある、とも言われている。しかし、それはあくまで噂の範囲。事実は誰にもわからない。
ただはっきりしているのは、この国が今、まさしく暗闇の時代の最中にあるということだ――
海からは程遠く、木々に囲まれた町から離れた入り組んだ森の中――。無数に広がる枝の間からは真上に登った太陽の暖かい光が降り注いでいた。「いいお天気……」なんて、ホッと笑みを浮かべる余裕があればいいのだが、状況からしてそれは無理だ。
地上から170センチメートルほど離れた高さでユッサ、ユッサ、と伝わる振動。進行方向とは逆に向けられた視界は“目的地”からどんどん遠離っていく。
「……。ボクをどうするつもり?」
ふてくされて訊くと、その声を耳元で捉えた少年はなんでもないことのように瞬きをした。
「どうって?」
「……。どこかに売り飛ばす気?」
「なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ?」
訝しげに顔をしかめる少年の右肩、屈伸状態で担がれているクレアはムカッ! と眉をつり上げた。
「だって誘拐だぞこれッ!」
背中に回された両手首は布の紐で括られ、そして両足首も同じように縛られて自由が奪われている。完全に囚われの身だ。進行方向にお尻を向けているのでどこに行くのかもわからず、そのことが更に不快にさせた。
苛立ちを露わに体を捻って暴れると、彼女を肩に抱え持ち上げていた少年は「うるさいヤツだなー」と、落とさないように抱え直しながら不愉快げに眉を寄せた。
「助けてやったんじゃないか」
感謝しろ、そう言わんばかりの口調に、クレアは「ンもう!」と苛立ちを露わに口を尖らした。
「何言ってンだ! ジョージ達はノーマン買いじゃないってば!」
「人相の悪いヤツもいた」
「ピートはアレで普通なのーっ! もーっ!」
彼の名は出ていないが、共に旅をしている大人達、三人の“護衛”の中、真っ先に、あの、図体のデカい、無精ヒゲを生やしたピートの顔が浮かんだ。
クレアはバタバタと、自由のない両足を上下に振り動かし、睨み付けようと振り返ったが、自分を抱える少年の後頭部しか見えず、「くっそー!」と、不服げに眉をつり上げた。
「一緒に旅をしてただけだぞ! ジョージ達のトコに返せ!」
「お前は現実を知らないんだ。いい所に連れて行くって誘うのは口実で、本当はそのまま富豪達に売られるんだぞ。いいか、ノーマン買いっていうのはお前みたいな子どもを大人が」
ご丁寧に説明を始めるのを、「だから!」とクレアは遮った。
「そうじゃないって言ってるだろっ!」
「大人なんか信用するな。いつか裏切るんだ」
「ジョージ達はそんなンじゃないーっ!」
暴れる足がバスバスッと胸に当たり、少年はクレアをしっかりと掴み抱えたまま、うっとうしそうに横目でお尻を睨んだ。
「危ない所を助けてやったんだから感謝しろよ、このガキ」
「誰がガキだ!」
ムカッ! と、クレアは少年の頭に体をすり寄せ耳を捻り潰した。
「イテテテテッ! お前だチビスケ!」
「チビだと!?」
グリグリッ、と、体を捻って更に耳を潰そうとすると、少年は「調子に乗りやがって!」と形相を険しくして投げるように地面に下ろした。“落とされた”クレアは尻餅を突き、「うっ……」と、腰の痛みに顔を歪めた。後ろに縛られている手じゃ、そこを撫でて押さえることも出来ない。
少年は半べそを掻くクレアを見下し、ビッ、と鼻先を指差した。
「今度生意気な事をしたら俺が売り飛ばしてやるからな!」
クレアは目にうっすら涙を浮かべ、ギュッと口を一文字に結んで彼を睨み上げるだけ。少年はため息を吐くと、身動きできない彼女を再び肩に抱え、歩き出した。
――あっという間の出来事だった。
この森の中をジョージ、ピート、そしてスコットの三人と一緒に歩いていたら、突然、奇襲に遭ったのだ。状況が飲み込めなかったクレアはキョトンとしていただけ。油断をしていた訳ではないが、ジョージ達もそう簡単には手を出せず、投網に引っかかって身動き取れない状態の中、クレアを易々連れ去られてしまった。
その、奇襲の相手というのが……
「でも、良かったよねー」
斜め後ろから付いてくる少年が笑顔でクレアを見上げた。
「助けられるかわからなかったけど、がんばって良かった」
「何もしなかったくせに」と、傍を歩くもう一人の少年が軽く蔑むと、「そうそう」と別の少年が納得するように頷く。
「お前、いっつも後から出てくるんだよなー」
「そんなことないっ、ちゃんと戦ったっ。そうだよねデューク!」
クレアを抱える少年・デュークの服を掴んですがるように見上げると、彼は不安そうな目を向ける少年に微笑んで見せた。
「ああ、キースはちゃんと戦えた。偉かったぞ」
ほらね! と、キースが嬉しそうに胸を張ると、他の子ども達が「僕はっ?」と一斉に押し寄せてくる。
「みんなよくやった。がんばってくれたから、また一人、仲間が出来た」
優しいデュークの言葉に子ども達は大はしゃぎ。しかし、クレアは顔をしかめて、すぐデュークの後頭部を振り返った。
「仲間が出来たって、……それ、ボクのこと?」
「どうせ行くトコはないだろ。面倒見てやるよ」
「だからこれは誘拐だって言ってるだろ!!」
バタバタッ! と暴れるが、「みんな最初はそう言うんだよねー」と、笑顔で躱す子ども達の楽しそうな雰囲気にガックリと頭を落とし、脱力した。
「んもー……キミ達は一体なんなんだあぁ~?」
もう何がなんだかサッパリわからない。
吐息と共に半ば諦め掛けて訊くと、少年達が次々に言葉を発した。
「僕達はねぇ、自由なんだよ」
「みんなで好きに暮らしているんだっ、いいだろーっ」
「楽しいよね、大人はいないし」
「たっくさん本もあるんだぞっ、読み方、知ってるかっ?」
「絶対好きになれるから一緒に暮らそうよ。あんな大人達に付いて行っちゃダメなんだよ。怖い目に遭うからね」
みんな声がとても弾んでいる。時代が時代だけになかなかこういう子ども達と出会うことはなかった。だからこそ、本当はこの出会いを心から喜びたかったが――
クレアは「うー……」と、不可解げに眉を寄せた。
「つまり、大人抜きで生活してる、って事?」
「ああ、そうだ」と、当たり前のように頷くデュークに、クレアはそろっと、声を小さくして更に訊いた。
「……兵士に見つからないの?」
「逃げるのが上手いからな」
自信満々の声に、クレアは「ふうん……」と鼻で返事をする。
上手い、ねえ……。
何か引っ掛かるが、敢えてそのことを突っ込むことはせず。そんな空気に気付くこともなく、デュークは歩き保って横目を向けた。
「そのうちお前にも逃げ方を教えてやるから、とにかく今は俺達のことを信用しろ。じゃないと、足の縄も手の縄も解いてやらないぞ」
「おトイレの時は?」
「ションベンくらいそこら辺で出来るだろ」
ため息混じりで草むらを顎でしゃくる、その雰囲気を感じたクレアはキョトンとしていたが、意味を理解するなりムカッ! と眉を吊り上げて足をバタバタッ! と振り動かした。
「ボクは男じゃない! 女だぞっ!」
デュークは「はぁっ!?」と不可解げに方眉を上げ、頬を膨らますクレアを一旦地面に下ろして真っ正面からマジマジと、足の爪先から頭のてっぺんまでを見、胸を見た。――どう見ても年の頃10歳前後。着ている服は男物。髪の毛も短い。よく見てみると……みすぼらしい。
「って、わかんねーよ。胸もねぇしガキだし」
サラリと吐かれたクレアは怒り絶頂。反発しようと、繋がれた足のままピョンピョンとジャンプした。
「布を巻いてるんだ!!」
「へえー、そお?」
無関心っぽく鼻で返事をして、再びヒョイ、と肩に担がれたクレアは、悔しげに、半ベソ気味に顔を上げた。
「ジョージィー!! もぉいいからこいつ痛めつけてーっ!!」
怒鳴るような大声を伴い足をバタつかせるが、デュークは「はいはい」と無視を気取るだけで、結局、クレアの根気負け。「もう好きにして」と言わんばかりにグッタリと力を抜いた。
暴れ続けるのも馬鹿馬鹿しい。ここは大人しくして、ジョージ達が助けに来てくれるのを待つとしよう。きっと助けに来てくれるはず! そう考えると、幾分、気が楽になった。
――森の中は道という道はない。獣の通った後のような、草の分かれた道をたまに歩き、何が出てくるかわからないような鬱蒼とした中を歩き……。そして、真上に昇っていた太陽も傾きだした頃。傍を歩いていた子ども達が一斉に走り出し、クレアは「ん?」と顔を上げて振り返った。だが、お尻を向けているその先を見る事は出来ない。
「着いたぞ、ここが俺達の隠れ家だ」
地面に下ろされたクレアは一瞬フラついたが、グッと踏ん張って体を伸ばすとため息を吐きつつ見回した。
森に囲まれた狭い草原。木を伐採したのだろう、所々株が残った場所にボロ小屋が一つ。その脇には、水樽や薪が積み上げられている。
子ども達が手作りの武器を下ろし、「仲間が出来たー!」と小屋に入り込む姿を見つめ、クレアは再び、森に囲まれたこの場所を見回した。
「……みんなで作ったの?」
「まあな。ここは森の奥の方だし、兵士にも見つからない。安全なんだ」
首を回しながら答えるデュークに目を向けることなく、クレアは「ふうん……」と軽い返事をしてじっと森の奥を見つめた。
確かに、一番近い町からは離れているし、初陣で迂闊に入っては迷うような森だ。「安全」という言葉も、満更、嘘ではないようだ。
「近くに川もあるし食草もある。肉は獣を捕まえればいいからな、生活には困らないぞ」
背中に背負っていた武器を下ろすデュークに、クレアは不快な目を向けた。
「ボク、ここに居着くって言ってない」
「あっそ」
デュークは肩をすくめるだけで無視をする。
度重なる悪態に腹が立ったクレアは文句の一つでも言ってやろうと身を乗り出して口を開き掛けたが、
「この子が新しい子!」
と、小屋からゾロゾロと十数人の子ども達が出てきて「……ははは」と引きつった笑みを浮かべた。
歳は十歳前後、というところか。ほとんどが少年。と言うより、見る限り女の子はたった一人。デュークが一番大人に近い、リーダー的存在のようだ。
「ここにいるみんな、母親を殺された」
剣を小脇に抱えるデュークを、クレアは 「……え?」と表情をなくして振り返った。
「父親はノーマンになってどこかに消えた。俺達は、行く当ての無かった孤児の集まりってヤツだ」
「じゃあみんな……、元々はノーマンだったの?」
「ああ。ノーマン買いに遭った所を助けた奴らがほとんどだ」
「……そう、なんだ」
胸を締め付けられるような思いに襲われながらも、クレアは改めて子ども達を見た。形は質素で、薄汚い子もいるが、それでも表情は活き活きとして無邪気さも窺える。不幸な生活をしているとは思えない。
「お名前は?」
あどけない笑顔で聞いてくる背丈が同じくらいの少女に、クレアは微笑み、口を開いた。
「ボクはク」
「チビスケだ」
と、途中でデュークに遮られ、クレアはムカ! と彼を睨み付けた。
「ボクはクレア! チビスケじゃない!!」
再び怒りに火が付き、「こうなったら体当たりでもカマしてやる!!」と地面に足を踏ん張ったが、そんな彼女の周りを子ども達が取り囲んだ。
「クレア! 一緒に遊ぼう!」
子ども達に背中を押されるが、足を縛られているため身動きが取れない。「ち、ちょっと待ってっ……」と困惑していると、デュークがひざまづき、錆びた短剣で紐を切って足を解放した。同時に手の紐も切ってもらったクレアは、「ホッ……」と肩の力を抜いて、自由になった両手足を動かし解す。
「ボク、これで自由?」
生き生きとした表情で訊くが、デュークはニッコリ笑った。
「残念だったな」
そう答えて腰にぶら下げていた縄を外し持つと、軽く輪を作ってクレアの首にストンと落とし、側に立つ少女に余った縄の先を持たせた。端から見たら、まるで飼い犬とご主人様だ。
目を据わらせるクレアを無視して、デュークは少女に微笑んだ。
「慣れるまでしっかり見張っておけよ」
「うん!」
愉快そうに元気よく頷く少女を側に、クレアは「……こいつ、いつか絶対殺してやる」と、不敵な笑みを浮かべた――。
子ども達に代り番こでグイグイ縄を引っ張られ、行きたい所に行けず、無理矢理小屋の中を案内させられ、周りの森の中を歩かされ、いろいろな話を聞かされ……。クレアもさすがにヘロヘロになったが、しかし、子ども達は元気一杯だ。
陽が沈み、獣の遠吠えに内心穏やかではなかったが、焚き火を中央に「ここに座ってね」と勧められるままクレアは地べたに座った。遊び疲れを感じさせることもなく、みんなで手分けして準備をした夜食には野菜も肉も穀類も並べられ、クレアは少々驚いた。“子ども達のみでの生活”と聞けば楽しそうなイメージはあるが、しかし、相反して何かしらの不便も必ず存在するものだろう。食生活も不安要素の一つではあったのだが……。
町の民家でご馳走になるより、ここの方が若干豪華かもしれない。
クレアは渡された食器の上、その内容を見て「……へぇ」と感心するような声を漏らし、隣に座る“縄当番”の少女、キャシーに訊いた。
「このお野菜とか、自分達で作ってるの?」
「ううん、取ってくるの。いただきまーす」
笑顔でご飯を食べ出すと、他のみんなも「いただきます!」と食欲旺盛に掻き込む。クレアはポツンと一人、「……取ってくる?」と顔をしかめていたが、様子を察してか、デュークがスプーンを軽く振った。
「ノーマンのフリして町に入り込んで、畑から取ってくるんだ」
「……盗んでる、って事?」
「ああ、そうだ」
当たり前のように頷かれ、クレアは不可解げに眉間にしわを寄せた。
「それ、いけないことだぞ?」
「いけないこと?」
と、デュークは方眉を上げて、食事をしようとした手を止めた。
「こんな時代だぞ。何が正しくて何が悪いって言うんだ? 富豪の態度は? 国王のヤツは? 馬鹿共のいうことばっかり聞いてる町の連中は?」
責めるように睨むデュークに、みんなの食事の手が止まった。
しーんと静まり返り、重い空気が流れる中、それでもクレアは真っ直ぐな目でデュークを見つめる。
「ン、でも、物を盗むのは良くない……と、思う」
彼の言いたいことはよくわかる。わかるだけに堅いことを言いたくはなかったが、しかし、何度となく続いているのだろう悪事は見逃せない。だが、それでも強く言えずに言葉を濁し、その後で拗ねるように視線を斜め下に置くクレアに、デュークは深く息を吐いて食器を置き、目を向けた。
「いいか、チビスケ」
そう呼ばれてクレアはムッとするが、そんな彼女の様子を無視してデュークはスプーンで子ども達を差した。
「俺達がこうなった原因は大人にある。俺達はあいつらに見捨てられたんだぞ」
「……それはわかるけど」
「いいや、わかってねぇよ」
即座に返されて、クレアは口を噤んだ。
デュークは鼻から深く息を吐くと、ゆっくりと視線を地面に向けた。
「俺みたいなヤツならまだいい。なんとでも生きていける。自信はある。……けど、小さい奴らはどうなるんだよ?」
彼の周囲の子ども達が俯き、上目でそれぞれを窺い出す。中には悲しそうに視線を落とす子どもも――。
「こいつらを見捨てた大人は、こいつらを売り飛ばそうとする大人は敵だ。……あいつら大人がいるからこの国は腐った。お前は現状を理解していない」
何かを突き放そうと真剣に目を細めるデュークの様子に辺りの空気が更に重くなる。
クレアは沈んだ空気を感じながら、それでも、睨むデュークを真っ直ぐ見返した。
「けど、理由はどうあれ罪を犯しちゃいけない」
デュークに負けず劣らず、澄んだ声で強く発したクレアに子ども達の目が動いた。
「この時代が最悪だってわかってる。嫌な時代だって、ボクだってわかるし、そう感じる。でも、時代の波に呑まれてそれでいいの? 大人が悪い事したからキミ達も悪いことをするなんて、間違ってる。大人に立ち向かってこの生活を手に入れたんでしょ? その力があるなら、キミはもっと賢くなるべきだ」
真顔で諭すように言うが、デュークは「フン」と受け入れることなくそっぽ向いた。
「新入りのお前にはわかるもんか」
「そんなの関係ないだろ!」
投げやりとも取れる態度に眉をつり上げて身を乗り出すと、デュークは「はいはい」とあやすように肩をすくめた。
「ああ、チビはチビだから高い所が見えないんだよな? そういうことだ」
「キミはいちいち失礼だな!」
呆れ気味な態度にクレアは「こいつっ!」と怒りに任せて拳を握り締め、突っ掛かろうと腰を上げたが、隣りに座るキャシーに服を掴まれ、引っ張られるその動作と彼女の寂しそうな目を見て渋々座り直した。
デュークは怒っているのかふてくされているのか、もう何も言わずに黙々とご飯を食べ、「ごちそーさん」と、食器を置いて一人立ち上がった。
「見回りに行ってくる。すぐ戻ってくるから片付けておけよ」
数人の子どもが「うん」と返事をすると、デュークは小屋に入って武器を持ち、暗い森の中、松明もなく歩いていった。その背中を見送り、子ども達は「ホッ……」と肩の力を抜いた。
「デュークはすぐ怒るからなー」
そう一人が呟くと、みんなも「うんうん」と相槌を打つ。
クレアは「……ったく」と、気持ちを落ち着けようと深呼吸をして、俯いてなかなか食が進まないキャシーの顔を覗き込んだ。
「キミもデュークに助けてもらったの?」
「ここにいるみんながそうだよ」
と、別の子どもが口を挟んだ。
「みんなデュークに助けてもらったんだ。デュークはすごく強いんだよ」
「大人も逃げちゃうんだ。僕もいつか絶対デュークみたいになる」
「お前はムリーっ」
「なれる!」
「僕の方が強くなれるもんね。良くデュークから褒められるんだぞ」
「俺の方が強い!」
「僕の方だ!」
少年達がムキになって言い合いを始める騒々しい光景に、クレアは「やれやれ」とため息を吐いて、窺うだけのキャシーに首を傾げた。
「みんな、あいつのことが好きなんだね?」
キャシーはフォークを握ったまま、クレアに「うん」と笑顔で頷いた。
「キャシーはデュークが一番好きなんだよなーっ」
誰かが悪ふざけで告げると、キャシーは顔を真っ赤にして「違うもん!」と背筋を伸ばし大きく反発した。
「そんなことないもんっ。そんなこと言ってないもんっ」
食器を置いて身を乗り出し反論するが、少年達は頬を膨らませるキャシーをおもしろがってか、言葉だけでなく態度でもバカにし出す。
「言ってただろーっ」
「キャシーはデュークが好きーっ!」
「デュークが好きー! ギャハハッ!」
少年達に踊るように囃し立てられ、キャシーは口を噤んで目に一杯涙を浮かべる。恥ずかしさに耐える姿を見て、クレアは立ち上がるなり「こら!」と笑う少年達を叱って睨み付けた。
「いじめるな! 女の子はデリケートなんだぞ!」
「でりけーとって、なに?」
少年達が一斉にキョトンとした表情で首を傾げると、クレアは「うっ……」と身動いで、モジモジしながら目線を上に向け、小さく答えた。
「……繊細で傷付き易いってコトだよ。男の子と違って、女の子はそうなの」
「クレアも?」
そう問われて、クレアは目を据わらせつつ「……。ボクもっ」と答えるが、
「けどクレアは男じゃーん!」
「ギャハハハハッ!!」
と、馬鹿にされた挙げ句大きく笑われ、クレアは誰彼構わず一発殴ってやろうと突っ掛かった。だが、彼らは近寄ってきたクレアからサッと逃げ、「あっかんべーっ」と遠くから舌を出す。
……プッチーン。
とうとう堪忍袋の緒が切れ、「こンっのガキ共ーっ!!」と、逃げる少年達を追いかけ回した。
「クレアは男ッ。クレアは男ッ!」
「オトコオンナー!」
逃げながら馬鹿にする少年達。そして、拳を振り回し本気で追いかけるクレア。その光景にキャシーは吹き出し、お腹を押さえて笑った。――数えることが出来ないくらいの星の下、焚き火の炎が暖かく、欠けた月が冷たく見守る賑やかな時間だった。
それから見回りのデュークが戻ってくると、“遊び”疲れたみんなはすぐに就寝。クレアもキャシーに連れられ、少年達と一緒に小屋の片隅で身体を癒すことに。
そして夜も深まり、みんなが寝静まった頃……。
狸寝入りをしていたクレアは隣で眠るキャシーを起こさないように起き上がると首の縄を解いた。ソロ……と、足音を立てないようにイビキを掻く子ども達の間を歩き、微かに音の鳴るドアを開けて外に出ると「ふう……」と胸を撫で下ろし、夜空の訪問者の明かりだけを頼りに辺りを見回してタタタッ……と森の方に走り寄った。
「ジョージ? ピート、スコット、いる?」
「……ここに」
そう静かな声が聞こえると、三つの木の陰から男達が出てきた。クレアは笑顔で彼らに駆け寄り、大きく腕を広げて、その中の一人、白い衣装の上に二本の剣を携え、金色の長髪を後ろで束ねた長身のジョージに飛びついた。
「ビックリしたよー。助けてくれないんだもんー」
「……すみません」
しっかりと抱きついた腰にゴシゴシ顔を擦り寄せ拗ねるクレアを見下ろし、ジョージは微笑みながら頭を撫でた。
「……子どもを相手に真剣にはなれず……」
「お怪我はありませんか?」
さっぱりとした清潔感のある紳士風のスコットが片膝を付いて真顔で訊くと、クレアは少しジョージから離れ、顔を上げて頷き口を尖らした。
「怪我はないけど……馬鹿にされた」
「聞こえてました」
と、スコットの隣からピートが軽く腰を曲げつつ見下ろし思い出し笑いをする。
「オトコオンナだって」
そう言った途端、間髪入れることなくゲシッ! と足のスネを思い切り蹴られ、ピートは「ウッ!!」と呻って座り込み、そこを抱えるように背中を丸めて押さえた。
スコットが呆れて目を細める中、クレアは不愉快っぽく眉を吊り上げるも、すぐに寂しそうにジョージを見上げて彼の服を引っ張った。
「ボク、ジョージ達といたい。今から逃げる?」
「……そうですね。逃げてもいいですが……」
頭を優しく撫でつつ言葉を濁すジョージの代わりに、腰を上げたスコットが腕を組み、口を開いた。
「ここにいるのは子ども達ばかりですよね? 彼らをこのままここに残しておいていいものか、そこは問題だと思います」
「けど、上手くやってるみたいだよ?」
「そうとは限りません。この森を出た所にギルテックという町があるんですが、先程食料を買いに行った際、小さなノーマンに対して手配書が回っていたのを見たんです」
普段から真面目なスコットがいつも以上に険しい表情をしている。そのことに気が付いたクレアは、少し眉を動かした。
「……あの子達の?」
「そういうことですね。……遅かれ早かれ、このままではいずれ見つかってしまいます。そうなれば、彼らの命はありません」
真剣なスコットに、クレアは少し視線を斜め下に置いて考え込み、ジョージを戸惑い見上げた。
「ここから逃げろって、みんなに言おうか?」
「……それも考えましたが、しかし、どの道彼らに行く当てはないでしょう。かと言って、わたし達が面倒を見る訳にもいきません。……責任の掛かることですから、ここは慎重にならなくては」
「でも、このままじゃダメだよ」
クレアはフルフルと首を振り、視線を落とした。
「生意気な奴らだけど……殺されるのは絶対嫌だ」
「……それはもちろんです。出来る限りの方法を考えたいとは思いますが……」
「一人二人ならまだしも、あの人数ですからね」
ピートが足を撫でながらため息混じりに口を挟む。
「民家に匿って貰える数じゃない。こりゃぁ難題ですよ」
「それでも助けなくちゃ」
クレアは軽く首を振り、すがるようにジョージを見上げて服を強めに引っ張った。
「お願い。何か考えてあげて」
「……わかりました」
ジョージは微笑み頷くと、腰を少し低くしてクレアの柔らかい頬に手を当てた。
「……不便はありませんか?」
「……。ジョージといたい」
ヒシッと、わがまま染みた様子で腰に強くしがみつくと、ジョージは苦笑してクレアの髪の毛を解いた。
「……手立てを考えましょう。……次世代を担う彼らをこのままにしておく訳にはいきませんからね……」
「そうだな」
と、ピートは吐息混じりにゆっくり立ち上がって静かな小屋を見つめた。
「自分達で築き上げた楽園だろう。出来ればこのままそっとしておいてやりたいもんだが……」