第三十一話 中止×指輪×魔力
3/17 誤字訂正
――――side Rain
「何っ! それでは勇者フィーネと僧侶クラインが裏切ったと申すのか!?」
静まり返った謁見場に怒鳴り声が響き渡る。
「はい。同行していた魔術師アーニャもその二人によって殺されました。私の見解では……申し上げにくいのですが……その二人の手引きをした更なる裏切り者がこの中にもいるのではないか、と考えています」
この言葉が発された途端に場がざわめく。様々な喧騒が舞うこの謁見を誰が予想出来ただろうか。
そしてその渦中にいるレインは誰よりも冷静だった。
(もう賽は投げられた。後はコースケ、なるようになるだけだな)
「それでレインよ……裏切り者とは一体……?」
ケンプティアの王でさえも動揺を隠しきれていない。
そしてその周りも答えを聞き漏らすことのないように一斉に静かになりレインの二の句を待つ。
「名前までは分かりませんが、勇者と深く関わっているとなると、かなり地位の高い人間に限られるでしょう。そして我々は近々アルケディアとの大戦を控えています。裏切りの目的がスパイの可能性も大いに考えられます。しかし幸い宣戦布告はなされていません。ここは一旦戦争の準備を取りやめ、裏切り者を速やかに探しだし然るべき処罰を与えることを先決すべきです!」
先程とは比べられものにならないほど重臣達が騒ぎだした。
賛否両論の意見が飛び交い、王は眉にしわを寄せて明らかに訝しげな表情を見せる。
事態はここにきて急変したのだ。
スパイとなれば無視できる問題ではない。
もしかすると捕らえたミディアとの関連もあるかもしれないと王の不安は広がるばかり。
このまま戦争が始まっていれば明らかにケンプティア帝国が不利極まりなかった。
そしてケンプティア王は心密かに決意する。
「えぇい! 静まらんかッ!! レインよ、改めてよくぞ戻ってきた。そしてよくぞ教えてくれた。後は私に任せてそなたは休んでくれ」
「はっ!ありがたきお言葉。では私はこれにて」
レインはそそくさと謁見の間から立ち去り給仕に案内された部屋に入る。
そしてそこで幸介から受け取った指輪を眺め何やら葛藤を繰り広げていた。
(い、今から連絡するのは決して寂しいからじゃないんだからなっ! 報告するためだけだぞ。だから別にそんな慌てることなんかないんだ。うむ、そうだ。……でも少しだけ寂し……くなんかないっ! 気にしない気にしない、気にしないぞ……)
誰に向かって何の言い訳しているのか分からないが、レインは指輪に手をかけようとして……止めた。
(ん? そういえば使い方を聞いた覚えがない。これはまずいのでは……?)
何かスイッチみたいのが無いのか探しても特に目立ったものは見つからない。
仕方なく小さな声で指輪に呼びかけてみることにした。
「もしもし……? コースケ? 聞こえてるかー? 聞こえるなら返事を頼む」
すると間、髪を入れず幸介から応答が返ってきた。
『わりぃ、聞こえてるぞー。盗聴のことも考えて念話に切り換えるけどいいね? 俺に頭の中で話し掛けてくれば伝わるから。じゃ、一回切ってかけ直してちょうだいな』
レインは幸介に言われた通りに指輪を身につけた状態で頭の中で話し掛けた。
「(……これでいいのか?)」
すると少しレインの頭がキーンとして幸介の声が直接頭の中に入り込んできた。
『(うん、それでいいよ。最初は頭が痛いかもしれないけど我慢して。慣れたらなんともないから)』
「(分かった。それで早速報告したいと思う)」
『(いや、いいよ。俺指輪の使い方レインに説明し忘れたから始めから指輪のマイクをオンにしてたんだ。だから全て聞かせて貰った。ただレインの周りに誰もいなくなったときこっちから連絡しようと思ったんだけど……いきなりレインの感情っていうか一人葛藤みたいなものが流れ込んで来たからさ。一旦切って指輪を直したんだけどいつ入ればいいかタイミングがさっぱりで……)』
刹那レインはまるで雷に打たれたような衝撃を受け、膝から崩れ落ちた。
(き、き、き……聞いていたのかッ!? あれを? まさか……そんな……。終わった。こんなのそれこそ私はどうやってこれから生きていけば……生き恥だ!!)
『(……あれ? もしもしレイン? 確かに聞いてしまったのは悪かった。設定間違えて心の声まで聞こえるようにしてたんだ。慌てて調整したからほとんど聞いてないし……それに全く意味が分からなかったから大丈夫だよ)』
幸介にとってレインの葛藤の意味は分からなかったみたいだった。どうにかそれを伝えようとしたのだが、そんなのお構いなしにレインの精神状態はズタボロですでに何も聞こえていない様子。
幸介は指輪を媒介とせずに直接レインに話し掛けることが出来るがそうすると心の声まで問答無用に聞こえてしまう。なので指輪を媒介とすることで調節することが出来るようにしたのだが、その調節をうっかり忘れていたようなのだ。
ちょうどそこに給仕の少女がレインの部屋のドアを叩いて「レイン様ー。レイン様ー」と呼びかける。しかし返事がないので恐る恐る入ってみた。するとレインが俯せで床に突っ伏しているではないか。彼女は大慌てで医者を呼びに部屋を飛び出した。
レインは未だ悶えている。
――――change side Calm
レインの報告により裏切り者の疑惑が浮上してしまうというカルムにとって最も恐れていたことが起こってしまった。
そして彼女が出て行ったあと王はあろうことか裏切り者が見つかるまで戦争の延期を決めたのだ。
(こうなってしまっては彼女を始末したところであまり意味もありませんね。私としては今すぐにでも戦争をおっぱじめたいのですが……)
腕組みをしながら執務室への廊下を歩いていると一人の給仕の少女が何やら大急ぎでどこかへと走っている。
カルムはその少女を引き止めると事情を聞いた。
「一体廊下を走ってどうしたのです?」
少女は息を切らしながら答える。
「レイン様が、お倒れに、なられました!!」
「何とっ!? 急いでそこに案内してください! 私は回復系の魔法を使えます!」
(不幸中の幸と言ったところでしょうか。あまり意味は無いとは言ってもまぁ殺しておいて損はないですね。それにこれを機に誰かになすりつけてしまえば一石二鳥ですし)
そうしてカルムと給仕の少女はレインの部屋へと向かったのである。
――――change side Beiku
「ちょっと遅いよー。何してたのよベイク? 強者への道は厳しいんだよ!? 遊ぶ時間はないからね」
「すみません。ちょっと女の子にご飯奢ってまして」
「へえ。やるねーベイクも」
このこの、とわざとらしく肘でつついてみせる元勇者フィーネ。だがしかしまさか今裏切り者として摘発されたとは思っていないだろう。
「い、いやそんなんじゃなくて……もっと小さい女の子ですけど」
「……えっ?」
素で引いたフィーネは無意識に半歩下がってしまった。
「いやいやいやいや!! ち、違うからね! 思ってるようなこと全然ないから! 困ってたみたいだから助けただけだって!」
慌てて否定をしてもフィーネ師匠の目はまるでゴキブリを見るかのような目。
いや、それでは人間よりはるか昔からいるゴキブリ先輩に申し訳ないという感じだった。
彼らに出くわした時より酷い目だったと言っていい。
そしてその時僕は何か大きなものを失った。
〜脳内自伝「ベイク生きる」より抜粋〜
「あっ……そうなんだ……。うん……私は……し、信じてた……よ? ベ、ベベ、ベイクがそんなことするわけないもんね?」
「は、ははは……分かってくれたなら良かったよ……」
(はいっ、嘘ー!! 嘘決定ッ! 目が泳ぎまくりですから!? 右へ左へマグロのように眼球高速移動してるからね!? しかも残念ながら無駄に疑問形なのがそれを裏付けてる! そのあからさまな優しさが、逆に僕の心の奥深くに剣山を突き刺したごとく悲惨な状況に陥れていることに気づいて欲しいなッ!)
もはや乾いた笑いしか出ないベイクであったが、この話題から可能な限り早く抜け出したかったので修業の話にそっとすり替えておいた。
「おっほん! じゃあ前やった魔力の解放について話すね。そもそも戦闘タイプには大きく分けて三つあるの。
一つ目は魔法を使わない普通の剣士。戦闘中に自分の体一つで戦うタイプね。まぁ想像した感じ通りでいいよ。
二つ目に魔法使い。自らは武器を持たない代わりに魔法を使って攻撃したり、味方を補助したりいろいろするわ。
最後に魔剣士。これは自分で武器を持ち戦いながらも魔法も使うことが出来るタイプ。
細かくいけばかなりあるけど、だいたいこの三つのタイプに絞られるね。
ベイクも知ってると思うからそんなに言わないけどもうホント想像通りでいいよ」
フィーネが軽くタイプについて説明するとベイクは質問した。
「あのさ、僕は今まで魔法使えないから関係ないと思ってたんだけど……それなら魔剣士って有利じゃない? なんか剣士と魔法使いのいいとこどりみたいで。でもそのくせ魔剣士の人を滅多に見たことがないんだよなー。どうしてだろ?」
するとフィーネは待ってましたとばかりに咳ばらいをもう一度すると質問に答える。
「実はそこからが本旨なのです! というのもこの前やった魔力の解放。あれが鍵となるっ!!」
まるで自分が発見したみたいに嬉しそうに話すフィーネ。
「剣士は魔力を体内エネルギーに変換してそれを体に張り巡らせることで身体を強化することが出来、それにより戦闘能力がぐーんと急上昇するのだっ!! それをするために魔力の解放が必要になってくるんだよ。魔力の解放とは自分自身の魔力が入っていた入れ物から魔力を体内外に放出することを指しているの。剣士の場合は内側に解き放つんだね。
そして逆に外側に解き放つのが魔法使い。彼らは外側に放出した魔力を自然エネルギーに変換させて魔法を行使する。雷やら炎やら水やらにね。その魔力を自然エネルギーに変換する儀式として呪文があると考えてもらっていいよ」
「へぇーなるほどね。でも魔剣士はその両方が出来るんだからべつに有利かどうかってことに関係はないでしょ」
ベイクの素朴な疑問にフィーネはちっちっちっ、と人差し指を振る。
ベイクは内心イラッとした。
「それがねベイク、魔力は内か外どちらかに解放したら解放した魔力を反対側に移すことが出来ないの。
例えば100ある魔力のうち、半分の50を内側に解放してもう半分を外側に解放したとする。しかし70の魔力が必要な魔法を使おうと思ったときに外側には50しかない。そこで内側の魔力の20だけ外側に持ってくればいいかと思うんだけど、それが出来ないってことなの。
もちろん1000あるうちの外対内が50:50なら、残りの魔力は900あるから追加して70:50にすることが出来るよ。要は外から内、内から外に解放した魔力を移動出来ないってこと」
「ごめん。よくわかんないんだけど……」
首を傾げながら一生懸命考えるがベイクにはいまいちピンとこないようだ。
フィーネはちょっと嫌そうな顔をするがちゃんと教える。
「えーわかんないの……? まぁもっと具体的に言えば、二人とも魔力が100の、剣士と魔剣士が戦うとするでしょ? 剣士が100ある魔力のうち100全部を内側に振り分けて攻撃したとき、攻撃力は100。しかし魔剣士はこの時魔力を50:50に振り分けていたから魔法で防御しても武器で防御しても防御力は50しかないわけ。だから魔剣士は防御しきれずに負けるってこと。これが剣士か魔法使いなら内側か外側に100全部振り分けてるから防げるの。分かった?」
フィーネの説明にベイクはおおー!と大きく相槌を打って理解できた様子。
「魔剣士が人気ない理由は分かったよ。じゃあ僕はどっちにしようかなー? 今まで通りに慣れている剣士にしようか……いやいや念願だった魔法が使えるのも分かったしいっそ魔法使いになるって言うのも捨て難い。うわー悩むなぁ」
嬉しい悩みを頭で展開するベイクにフィーネは一つ付け加える。
「あ、言い忘れてたけどタイプは最初からだいたい決まってる」
「ガーン!」
「うおっ! 『ガーン』って言って落ち込む人初めて見た。というのも、難しく言えば魔力の放出には、体内外へのエネルギーの変換に使う魔力の消費率が人によって決まっているの。つまり内か外か魔力に放出するときそれぞれ魔力をエネルギーに変えるのを制限するフィルターみたいなのがあって、そのフィルターが薄い方を選ぶのが得策ってわけ」
「ごめん、度々だけど意味わかんない」
「んー……さっきの例でいくね。剣士向きの人は内側に放出する時はフィルターが薄いから100魔力を放出しようとして100全部を体内エネルギーに変えることが出来る。けど逆に外に放出するときにはフィルターが厚いから100放出しようとしても50しか体外エネルギーに変換出来ないんだよ。ちなみに残りの50は変換させる時に使用されて無くなっちゃう」
「あーなんとなく分かったよ。じゃあそうすると結局はもう魔力の多い人が強いってことだね」
「大きく出たね……まぁそういうことだけどそれだけが全てじゃないよ。もちろん体は普段から鍛えておくべきだし、馬鹿じゃダメ」
「やる気出ました。早速調べましょう師匠!」
「ふふっ、調子いいんだから」
そしてなんやかんやで結局ベイクは剣士に決まった。
ベイクは剣士として強くなる一歩をようやく踏み出したのだ。
――――side end