第二十九話 能力×実力×猛特訓
今回サラは出て来ません。
――――side Kuuberuhen
ケンプティア帝国の首都ランブルディアにある城下町。
他国と一戦を画するほど広大な領地にはその広さに相応しい大多数の民間人が住み、それぞれの生活を送っている。
国力もこの世界に数多く存在する国の中でトップクラスと言えるだろう。
そんな賑わう町の宿、その一室に一組の男女がいた。
その片割れの女――クーベルヘンはベッドの前で何故かチャイナ服を身に纏っている。
そしてこれまた何故か片手を頭の後ろ、もう片方の手を腰に当て――つまるところセクシーポーズたるものを椅子に座っている少年に見せ付けていた。
「どうですかマスター? チャイナドレスですよこれ。そして、ここのスリットの部分はなんていやらしいでしょうか。そそられますか? そりゃあそそられますよね」
「クゥったらどうしてこう……そのコスプレ? っていうのかな、そんな恰好を見せ付けるのが好きなのかな? そのことになると完全に性格変わっちゃうよね。僕には到底理解出来そうにないよ」
まだあどけなさが残っているように見える少年はため息をつく。
クーベルヘンはスタイルが素晴らしくよく、胸はそこまで大きいとは言えないがそれでも一般平均よりはふくよかで、スッとしたスリムなお腹、そしてお尻も程よくその存在を主張している。
そんな彼女がスリットを少しチラッとめくる仕種をするだけで間違いなく大抵の男性、もしかしたら女性までもが卒倒しかねないほどだ。
いつもは冷静沈着、本気で睨みつけたら蛇までも萎縮させてしまいそうな恐さをもつ彼女だが、ことコスプレに関してはガラリと雰囲気を変えてしまう。
その風変わりな彼女にマスターと呼ばれる少年が全くと言えるほど反応を見せないのは何もあそこが不全な訳ではない。
要するに慣れっこなのだ。いつものことだから、と少年が彼女を気にすることはない。
しかしクーベルヘンにはもう一つ性格の他に変わることがある。
「ワタシはいたって普通アルよ? マスター、これは趣味の範囲アルね。人を呆れた眼差しで見ないで欲しいアル」
そう、ご覧の通り口調まで服に見合った変化をしてしまうのだ。
これが彼女の特異体質、「順応する肌」である。
コスプレをすることによってそのコスプレにあった口調、能力に変化する彼女特有の能力。
ちなみにクーベルヘンの性格まで変わるのは、彼女がただ単に興奮しているだけであって別に彼女の能力とは関係ない。
ある惑星では稀に生まれながらにして人と異なる体質を持つ子供がいる。
その典型的な例が彼女、クーベルヘンなのだ。
「はぁ…… それにしても今戦争って絶妙なタイミングだよね。探し物にはうってつけだし。でも死んだらカード消えちゃうから早めに持ち主を探し出して、貰わないと」
「傭兵に参加したことでお金も貰えるアルし、一石二鳥アル」
「傭兵……と言えば参加者の中に、『人形』が二体混じってたね。そのうちの片方がご丁寧にわざわざ失格者全員の息の根止めてまわってたよ。ま、死んだ人の中にあれ持ってる人いなかったから良いんだけど」
「ワタシ……『人形屋』嫌いアル。あのデブ臭いし、汚いし、生理的に無理アル」
「僕もあんまり好きじゃないよ。何たってあの『ヒッヒッヒッ』って笑い方が格別に気持ち悪いからね。それにしてもあの会場にいた『人形』はまぁまぁの戦闘能力だった。買ったならかなりすると思うんだけど……まぁいっか。それにしても暇だから外遊びに行こうよクゥ。もちろんその服着替えてね」
「仕方ないアルね。……はい、では行きましょうかマスター。で、行き先はもう決めているのですか?」
一瞬にして普段着へ着替えたクーベルヘン。
その着替えの早さもある意味能力である。
「えっ? そんなの適当にぶらつくだけだよ。こんなに広いんだしさ、行く先々何かあるでしょ、きっと」
「全くマスターの無計画さと言ったら……」
言葉の割に微笑ましい表情を浮かべながら、クーベルヘンは今日も主君に付いていく。
――――change side Beiku
元勇者、フィーネと特訓をすることになったベイク。
生きるための訓練なので必死になるのは当然で、サボり癖の付いていた彼にとってはさあ大変。
ベイクは元の世界でいわゆる騎士養成学校を卒業しており、こっちに来ても大丈夫だろうと高を括っていた。
がしかし、学校で学んだことと実戦は全く違うことを身に染みて実感した。
不規則な動きをする奴もいたし、物理的な攻撃が効かない相手にも苦労させられた。
でも何とかギルドでちびちびと金を稼ぎ生きてきたし、少しなら貯金も出来始めたベイクは現状に満足してきていた。
欲を出してしまったのが今の状況を作り出したのは間違いないだろう。
「じゃ、早速始めよっか。まずはベイク、君の力量が知りたいな」
「そう言われても……何をすればいいのかわかんないんだけど」
フィーネとベイクは帝国をいったん出て近くのところにいる。
どうやらそこで特訓とやらを始めるらしい。
「何って、ほらベイクの後ろにいる蛙みたいなの。そいつを剣でも魔法でもいいから倒して」
ベイクは恐る恐る振り向くと、そこには人間より少し大きい巨大蛙が彼を睨みつけているではないか。
いきなり後ろに現れたので、ベイクは驚いて腰を抜かしてしまった。
「なーにやってんの。雑魚キャラ程度の気配の察知なんて楽勝でしょうが。知ってて振り向かなかったのかと思ってた」
フィーネはあからさまに呆れ顔をすると、ベイクに手を差し延べ起こしてあげた。
そうする間にも蛙はベイクとの距離をじりじり詰めて来ている。
「さ、さっきは油断しただけ。よし、行くぞ――って、うわっ!」
さっそく切り掛かろうとしたところに逆に蛙の方から飛び跳ねて来たので慌てて転げながら横に避けた。
後少し遅れていたら巨大蛙の下敷きになっていただろう。
間一髪で避けきると、すぐに体勢を整え手に握りしめている剣で反撃にかかる。
――がしかし、彼の剣は蛙の皮膚に弾き返され、傷一つ付けることが出来ない。
「な、ん、で、跳ね返るんだよっ!! おまけに表面がぬるぬるしてて手応えないし。こいつもしかして無敵ッ!?」
何度も何度も攻撃を重ねるが全くこれといったダメージを与えることが出来ない。
相手の攻撃が全く効かないのを良いことに、巨大蛙はベイクをなめきって片手で手招きをしている。
それを見たフィーネも両手を肩の高さにあげ首を振っている。つまりどうしようもないということだ。
するとどうやらベイクにもプライドがあるようで、蛙の挑発に絶対に仕留める、と怒り心頭に達していた。
そしてファイルからカードを一枚取り出し高らかに叫ぶ。
「くっ……僕を馬鹿にしやがって!! くらえっ! 『サンダー』!!」
ベイクから発せられた小さな雷が蛙に見事直撃した。
「よしっ!やったぞ! フィーネさんどうだった? これが僕の実力だよ!!」
一体どれがベイクの実力なのだろうか。
ことごとく剣での攻撃は無効化され、結局はカードの力に頼っただけ。
大抵の傭兵ならこんな痴態を女性の目の前で晒してしまったならあまりの恥ずかしさに今頃穴を掘って隠れているところだ。
その辺りベイクはある意味大抵の傭兵ではないと言い切れる。
「えっと……ベイク?後ろ後ろ」
ベイクはフィーネの指差す後ろに振り向くと――なんとまだあの巨大蛙が佇んでいるではないか。
しかも雷の当たった背中の辺りは少し焦げている程度だった。
怪我させられたことにイラッとしたのか蛙は明らかに怒った様子で大き過ぎる声を張り上げてゲコゲコ鳴いている。
一方ベイクは「そんな……」とその場にへたりこんで、成す術無しとすっかり意気消沈のご様子。
このままだと蛙に殺されてゲームオーバーになりそうなベイクを見兼ねたフィーネは、ため息を一つつき……一瞬――蛙を轟音と共に吹き飛ばした。
「……いい、ベイク? こいつの周りの物理攻撃を無効化する粘液は火に弱いの。だから最初に何でもいいから火属性で攻撃する。すると粘液が無くなるから後は適当に攻撃してたら勝手に死んじゃうよ」
「なりふり構わず蹴り殺したくせに……」
(何てパワーなんだよ。今度から絶対にフィーネさんは怒らせたらだめだ)
心の中で新たな決意を固めたベイクだった。
「あれ? 私の蹴りが見えてたんだ。動体視力はいいんだね。というよりどうしてサーチしなかったの? サーチは対魔物における戦闘の基本でしょ?」
サーチの魔法はいくつかに分類分けされている。
魔物の弱点を調べたり、辺りの地形を把握出来たりと、様々な能力があるが、サーチの程度によって使用する魔力の量や、詠唱の長さなども変化する。
魔物について調べる程度なら無詠唱でも問題ない。
「だって魔法は元の世界からからっきしなんだ。魔力が無いんだよ僕には」
触れてはいけないところだったのか、ベイクは「がーん」という音が聞こえそうなほど俯いた。
「そんなはずはないんだけど……だいたいこの世界ではプレイヤーに誰しも魔力が与えられているもの。ベイクからも感じるよ? ちょっと待ってて、魔力を測ってあげるから」
フィーネは手をベイクの肩に当てた。その手からは薄い光を発している。
「無いと言う割にはけっこーあるよ、魔力。魔術師でもいけるくらい」
「え゛? ……今までの苦労は何だったんだろう」
ベイクは自分に魔法が使えることが分かった嬉しさと、何でいままで気づけなかったのかという後悔で、えもいわれない気持ちになった。
「じゃあベイクは今まで物理攻撃が効かなかった魔物と出会ったときどうしてたの?」
「そんなの逃げてたに決まってるじゃないか」
見れば見るほど、聞けば聞くほど惨めになっていくベイクの印象にフィーネまで惨めになってきた。
何もそんなに胸張って堂々と言わなくてもいいのに……
彼の惨めさは留まるところをしらない。
「そう……なんだ。取りあえず今から魔法を使えるように特訓しよっか」
「魔力があるのは分かったよ。でも魔法の使い方が全く分かんない」
「焦りすぎ、ベイク。それを今から特訓するんだって。まずは自分の魔力を感じないと駄目だね。魔力って体を循環してるからその循環を感じてみるの。はい、目をつむって」
ベイクは言われた通りそっと目を閉じて、体から魔力の循環を感じ取ろうとするが全く分からない。
「フィーネさん全然感じ取れないんだけど。僕本当に魔力あるの?」
「流石にすぐには無理だったかな? あ、それとも魔力がどんなのか分かんないんだ。それなら今から私が自分の魔力をベイクに流すから、どんなのか感じ取ってみてね」
フィーネはベイクの手をとると、自分の魔力のゆっくり流し込んでいく。
しかしベイクはフィーネの魔力より手から伝わる体温の方を感じ取っていた。
(フィーネさんの手暖かくて柔らかいな。……っていかんいかん。魔力は……このズズズ……って入ってきてるやつかな?なんか変な感じだ。体が軽くなってくる)
フィーネは同じ様にゆっくりと魔力を流すのを止めて、ベイクの手を離した。
ベイクは目を閉じたまま魔力の循環を感じている。
やがてベイクは目を少しずつ開け、どこか満ち足りた表情をしている。
「うん、魔力が分かったよフィーネ。なんか体中に充満してる」
「良かったね。って言っても今やっと傭兵のスタートラインに立ったばかりだけど。それに何か敬称無くなっちゃったし。ま、これでようやく私たちの関係もスタートしたって感じかな?今はベイクは魔力を体から放出してる状態だよ」
「何かすごい。僕今なら何でも出来そうだよ」
「あ……でもそんなに解放し続けてたらいつか魔力切れになって……ってもう遅いか」
魔力切れになってパタッと倒れたベイクをフィーネはそっとお姫様抱っこをするとそのまま宿に帰って行った。
誰も見ていない彼女の横顔はどこか優しい微笑みだった。