第二十六話 裏切り×責任×命
クラインに後ろから刺された幸介はその場に倒れたのだった。
「全く…役立たずのクズだと思っていましたが予想外の速さでした。これでは計画を若干修正しなければいけません。フィーネ、逃げられる前に他を始末なさい」
クラインの言葉通りフィーネはアーニャの方を向く。
二人は恐怖に囚われ身動きが取れなくなっていた。
アーニャに一太刀。
彼女は悲鳴をあげる間もなく体を斬られ、血が勢いよく噴き出した。
彼女の体は倒れるように壁に寄り掛かりその場に崩れ落ちる。
そして……まもなく事切れた。
このままだと次はレインの番。
レインはあまりの力量差を目の当たりにしたからなのか、それとも信じていた仲間達に裏切られたからなのか全く動けず、その場で何か言いたいが言葉が出ず口をパクパクさせている。
フィーネが表情無き目をレインに向ける…その時だった。
「待ちなさいっ!!」
いつの間にかフィーネによって首がはねられたはずの魔王が元通りの姿で立っているではないか。
「お姉さんに言わなかったけど人はたくさん殺してきたよ。マゥはだてに魔王じゃないんだからね」
「……不死身なの…?」
フィーネは魔王は首が落ちていたのに元通りになっていることに戸惑い驚いている。
その間にレインは若干落ち着きを取り戻し、少しなら動けるようになった。
「ちっ…ここまで計画が狂うとは……仕方ありません。フィーネ、ここは一旦退きましょう」
フィーネとクラインはファイルを出しそれぞれ一枚のカードを使った。
「「『リターン』オンッ!!」」
「リターン」とは最後に入った町へとぶというスペルカードである。
二人は魔王城から消えた。
慌ててレインが追おうと同じくカードを取り出そうとするが……
「待って!」
マゥがレインを引き止める。
「何を待つと言うのだ!今追わなければ…今追わなければ…死んだコースケとアーニャは……」
「こっちお兄さんはまだ生きてるよっ!!」
「……何だとッ!?早く助けなければ!!」
二人は急いで幸介の元へ駆け寄る。
幸介の周りは血溜まりが出来ていた。
「これのどこが生きてるって言うんだ……血を出しすぎて致死量を超えているではないか」
「えっ?でも確かに命は消えてないと思ったんだけど…」
マゥは恐る恐る幸介の体を調べた。
「………ッ!!」
「どうしたんだ魔王」
「このお兄さん……傷が無いよ?」
「え?」
レインも幸介の刺されたところを見てみる。
血だらけで分かりにくいが、確かに服が斬られた後はある。
しかしその先の幸介の体に一切傷は無かった。
「これはどういうことなんだ……?」
「マゥもこんな人間初めて見るよ」
刺されたのに傷がない幸介の体。
謎は深まるばかり。
束の間、幸介の手がピクッと動いた。
二人は驚いてその場から少し離れる。
やがて幸介は目を開けると自力でゆっくりと起き上がった。
レインが喜びの声をあげる。
「コースケ!!」
「いやぁ…今のは本当に死ぬかと思った。お、レインと…魔王さんだったけ?それと……他は?」
「コースケ……クラインとゆうし、フィーネが……」
「やっぱり…裏切ったのか……確か俺はクラインに刺されたんだよな。……アーニャはっ!?」
何気なく聞いた一言で空気は一気に沈む。
絶句して今にも泣き出しそうなレインの代わりにマゥが幸介の後ろを指差して答えた。
「あのお姉さん、お兄さんの後ろだよ」
「そうか、いるならいるって……えっ?」
幸介が後ろを向くとそこには見るも無残な女性の遺体が壁に寄り掛かっていた。
「お姉さん…勇者さんに斬られちゃったの……」
マゥから真実を聞いた幸介は何の言葉も発さず急いでアーニャの元に行き、手をかざした。
手からポゥと光が出るとみるみるうちにアーニャの傷が塞がっていく。
しかし、アーニャが再び目を開けることは無かった。
「……なんで…?なんで目を開けないんだ……??俺の力は何でも出来るんだろ??だったら起きてくれよ…起きてくれ!…起きろよッ!!お願いだからッ!!」
幸介は必死にアーニャの肩を揺さぶる。
しかし彼女は頭を揺らすだけで何も反応はしてくれない。
「俺のせいだ……気づいてて…気づいてた俺が付いてたのに…死なせてしまうなんて……何調子のってたんだ俺はッ!!こんな力…あっても無くても俺は変わらないクズじゃないかッ!!くそっ!くそっ!くそおおぉぉぉッ!!!!」
「コースケ……」
レインはどうやって声をかければ良いのか分からない。
分からないが何かしなければならないと思い、後ろから幸介を抱きしめた。
抱きしめる手に力はなく、ただ温もりだけが伝わっていく。
「くそっ……くそっ……」
幸介は後悔の念を言葉にし呟く。
そして、レインがゆっくりと口を開いた。
「コースケ、お前はクズなんかじゃない。コースケがいなかったら私は二人の裏切りに気づく事もなく殺されていたと思う。だから自分を責めることはない。
もちろんアーニャのことは悔しい。けどそれはコースケが悔やむことではなく、私が悔やむべきことなのだ。コースケがそんなに悔やんだら私の憎しみが消えてしまうよ……
それに…本当は私が守ってやらねばならなかった。だが私の力不足なばかりに……
コースケのおかげで皮肉にも私がアーニャの代わりに生き残ってしまった。もう私は一度死んだ身。だから…だから次は私が命に代えてもコースケを守りたい。いや、絶対に守り通す」
レインは自然と言葉を口にしていた。
何を言っているのか正直自分でもはっきりしていない。
それでも…それでも何か言わなければならなかった、レインはそんな気がした。
彼は震えているのだ。
抱きしめた時、レインにその震えが伝わってしまった。
そして同時に感じる。
関係が少ない女性の為にそんなに悲しめる人がいるのだろうかと。
死ななかったとは言え、死んでもおかしくない状況になったのにも関わらず自分の痛みより他人を気にし、自分の不甲斐なさを嘆けるだろうかと。
少なくともレインはこの人生そんな人に出会ったことは無かった。
レインは今まで感じたことのない奇妙な感情に襲われた。
それが何かは分からない。
ただ、アーニャの敵を討つことが出来たなら、これからも一緒にいたい。
一緒にいたらその感情が何なのか教えてくれるかもしれない。
もしかしたら違う感情や生き方も分かるかもしれない……そう思った。
幸介はだんまりと俯いたままレインに抱きしめられている。
表情はわからない。
泣いているのかもしれない。
そんな幸介も少し経つとようやく落ち着いて話せるようになった。
「……ありがとな…レイン。でも俺の為に命を懸けるとか言わないでくれ。自分の命だけは大切にしてほしいんだ。俺は…もう…人が死ぬのを見たくない。お願いだ」
「……コースケ」
しんみりと、そして緩やかに時間が流れていく。
「あのー…お兄さんさん達?ラブラブなのは素敵だけど、いつまでハグハグしてるの?マゥはもう待ちくたびれたよ」
「「…………////」」
マゥはあくびをしながら二人の空間に入ってきた。
二人だけの時間に酔いしれていた幸介とレインは第三者の介入により、慌ててその抱き着いていた身を遠ざけ何も無かったかのように振る舞う。
しかし幼いマゥにとっては何故恥ずかしがるのか分からないご様子。
「む…こほんっ!そう言えば何故魔王は生きているのだ?確か首を斬られたはずでは……」
「マゥでいいよー。だってマゥは魔王だもん、不死身なんだよっ」
「……そういうものなのか、コースケ?」
「えっ?まぁ…本人さんが言ってるんだしそんなもんなんじゃね?」
どうやらそんなものらしい。
するとマゥがちょっと待ってと部屋の中のおもちゃ箱をがさがさ漁り始めた。
「えっと……あったあった!はい、これ。マゥと遊んでくれたお礼だよ」
そう言って二人に中に丸い薬みたいなものが入っている小さめの瓶を手渡した。
瓶は二人の手に渡るとカードとなる。
[魔王の不老薬 ランクSS
魔王とお近づきになれた印。これを飲むと、この世界にいる間だけ老けることはない。しかし不死ではない上、寿命もあるので注意]
「まぁこんなにこっちにいるとは思えないけど……ありがとマゥ。そういえばちゃんとした自己紹介まだだったっけ。俺はコースケ。で、こっちはレイン。殺されたのが……アーニャだ…」
「マゥだよ。えー…でもこの前20年こっちにいるってプレイヤーさんとお話したよ?結局マゥが殺しちゃったけど」
「そう…なのか。マゥ……お願いだからもう誰かを殺したりしないでくれ……」
するとマゥは突然声を荒らげた。
「マゥはただ遊んで欲しかっただけだもんっ!でもここにくる人達みんなマゥを殺そうとしてくるから仕方ないんだもんっ!!マゥだって何回も心臓刺されるの痛いんだよ……?」
「心臓を…それは痛いどころではないな……誰にでも事情はある…ということか。それにしてもクラインとフィーネめ…どうしてアーニャを……許せん!!」
「あの二人何かおかしくなかったか?あいつら殺気が全く無かった気がしたんだけど……だから後ろからは全く気づけなかったし…」
「そう言われればそうかもしれない……重圧感もどちらかというと不気味な感じだった」
フィーネとクラインの謎が浮かび上がっていく。
「でもそれは今は置いといて……まずはアーニャを弔おう」
幸介はアーニャの元に行くと彼女を優しく抱き抱える。
瞬間彼女は血まみれの体から汚れ一つ無い透き通るような綺麗な肌に戻った。
さらに同時に黒の露出度の高い魔道着から素朴だが純白のドレスに着替えられていた。
「コースケそれは?」
「わぁー!お姉さん綺麗!!」
「アーニャさ、少し派手だったけどいつも黒の魔術服しか着て無かったろ?最後ぐらいちょっとでも綺麗にしてやりたかったんだ」
「そう…だな。何だかんだ言ってもあいつは普通の女の子。おしゃれしたい時もあっただろうに……」
「何言ってんだ、お前だってそうだぞレイン。お前だって…普通の女の子なんだ。綺麗な服やアクセサリーで身を飾って、友達と楽しく遊ぶような幸せな生活を送れるんだ。こんな死と隣り合わせな生き方の方が異常なんだよ」
「……」
何も言えないレイン。
確かにそんな選択肢もあった。
しかし騎士として民を守ると決めて国に仕えていた。
だからすぐにそういう生き方を自分で選んだと言えると思っていた。
しかし幸介に改めて言われると言い返せなかった。
レインの中に少なからず疑問が生まれてしまったのだ。
もちろん誰かの力になること、その決意は変わらない。
だがこのまま国に就くことが正しいと言えるのだろうか。
とは言っても何が正しくて何が悪いかなんてその時にならないとわからないし、その時になっても分からないことなんてたくさんある。
国王が言った通りに魔王を倒しに行ったのはいいが、その魔王は狙ってくる人達を返り討ちにしただけでこれといった被害は出してないし、勇者と仲間には殺されそうになり現にアーニャは殺されたではないか。
レインは自分を騎士として全てを捧げた国に裏切られたも同然なのだ。
故に即答出来なかった。
返せる言葉はあったのにそれが出来なかったのだ。
それに、何より嬉しかった。
騎士として国の為に死ぬのが当然な中で、自分の命を何より大切にしてほしいなど今まで言われたことがない。
それが当たり前だと思っていた。
だが……
幸介がそう言ってくれると何故か涙が出るほど嬉しい。
マゥが割ってこなかったらあのまま涙を流していたに違いない。
レインは幸介の暖かさを感じれずにはいられなかった。
三人はアーニャを埋葬するため城の外に出た。
相変わらず中と外で雰囲気ががらりと変わるが、そんなことはもう誰も気にしていない。
幸介の能力で白い棺桶を作り、アーニャをその中へゆっくりと降ろす。
彼女はまるで死んでいないかのように安らかに、そして優しく眠っている。
最後の別れを済ますと、アーニャの入った棺桶は土の中に消えていき、やがてその姿は見えなくなった。
そして幸介とレイン、マゥも分からないままつられて何分か黙祷する。
それぞれは何を思っているのだろうか。
幸介はアーニャと付き合いは短いが初めて人の死というものに出会い、その重さを知った。
しかし彼らがここで思ったことを口にすることはないだろう。
やがてゆっくりと目を開け数秒の沈黙が流れる。
すでに日は暮れ始め夜が訪れようとしていた。
今回かなりぐだった感じになった気がする……
もっとまとめて書ければと思いました。
これは下手くそと思われても仕方ない…泣