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それで勇者



「…ナギ? 申し訳ありませんね…この中身はナギなのですよね」


「―あ、あの…」


「あなたには悪いのですが―暫し、この愚行をお許しください」


 もう訳が分からないのだが。

 アタシの胸にすがりついたまま、王妃さんは動かない。表情も角度的に見えない。



「…私は愚かでした。ウォーレンは―もうこの身体にはいないのですね。

…もっと早急に告げていれば…せめて私の気も済んだと言うのに…」



 ―ああ、髪めっちゃイイ匂い。

 …じゃなくて、


「王妃、さん…?」

「…ウォーレン」


 顔を上げた王妃さんの目は、きらきらと潤んでいて、

 アタシの頬をゆっくりと撫でた。


「貴方はいつも、そんな風に困惑した顔をしましたね。

『私は神の使い。色恋は禁じられております』―そんな風に断られて―」


 うわー…、何かアタシ悪者みたいじゃん。


 この身体の主は王妃さんとそんな関係でしたか!

 まずい、だからミニマム白ローブは止めたのか。もしかして勇者召喚に協力的じゃないのもコレの所為っすか。


 てか王妃さん、コレって浮気じゃね?



「……さて、未練は断ち切らねばなりませんね。

何時までも引き擦っていては公務に支障が出ます。」


 こ、公務?

 王妃に仕事ってあるの? 王の隣に座ってるだけじゃないの?


 あ、しかもアタシが用有りなのは王妃じゃなくて王だ。

 益々こんがらがった事に…。



「あ、あの」

「ごめんなさいナギ。あなたには関係もない私事なのに」


 離れた王妃さんは、変わらず優雅に微笑した。


「…あ、いや。それは大丈夫です。それより―えと、ご主人は居ますか?」


 王の呼称に困ったアタシだった。


「? 私は未婚ですが?」

「え、うっそ!!」


 え、えええ?

 …うわあ、そういや誰も王の事なんか言ってなかったな。陛下陛下って…。


 …ま、まさか………


「女王陛下…ですか」


「ええ。―自己紹介がまだ済んでおりませんでしたね。

私、この国を治めさせて頂いております、ディルア、リルグレイ・リドール23世と申します」


 でぃ、でぃるあ……?


「…あの、アナタを一体アタシは何とお呼びすれば―」

「お気に召すなら何とでも? いっそ呼び捨てでも構いませんよ。…ああ、大臣は煩いでしょうけれど」


 あのハゲ散らかした奴の事か。

 綺麗な…、えっと…陛下さん。…は、つかつかと玉座っぽい所に戻った。


「―靴を脱いでも構いません? 一日中此処にすまして座っているのには流石に肩が凝ってしまって」


 別に構わんが。

 黙ってアタシは頷いた。

 するりと、綺麗なお御足が靴という拘束具から抜け出る。

 …あれ、でも確か靴脱がない文化の中での『靴を脱ぐ』って行為は、パンツを脱ぐぐらい恥ずかしい行為なんじゃなかったっけ?



「あなたの本体はどんな者でしたか?」


「いや…陛下さんに比べればそれはもう…。ブスで禄でもない不良少女でしたよ。

ケンカしか脳がないよーな」


「―そんな事を仰らずに。…でも、生まれ持った身体と環境には愛着があったでしょう?」


 うーん…。まあ、無いっ言ったら嘘になるけど。

 だけど、それ程元の性別とか身体に未練はない。別にあの身体に自分なりの価値とか見い出してなかったし。


「…ナギ? 本当に貴女には申し訳ないことをしてしまいました。

召喚師によれば身体ごとという話だったのですが…どうやら、手違いで身体は向こうの世界に置いてきてしまったようですね」


 はぁあ、と。眉間に皺を寄せ、陛下さんが頭を抱える。


「…しかしながら、貴女には旅に出て魔王に打ち勝って貰わねばなりません。

…世界中の不安の高まりと比例して、勇者への期待も高まる一方です。

此処で貴女を送り返すなんて真似は出来ません…。

私は魔道には疎くて、…いや、正直全く白知の状態で、貴女を送り返せるかどうかすら分かりませんが…。

しかし、もし出来たとしても―其れだけは避けねば。最悪…この世界情勢にも関わらず、我が国を含んだ大戦が起きかねませんし…」



 なんか、もうコレが手違いで申し訳なくなってきた。

 いやいや、アタシの所為では無いんだけど。むしろアタシは犠牲者なんだけどさ。


「つまり、…我が国は後には引けない状勢です。

貴女には悪いのですが、…出来れば早急に、―そう、明日にでも旅へと赴いていただけませんか?」



 ……いや。

 ぶっちゃけ嫌だよ?

 だってやる気なら送り返せるかもなんでしょ?


 モンスターとの血みどろの戦いとかに身は投じたくないし。

 幾らコレがアタシの身体じゃなかったとしても、痛いモンは痛いだろうし。


 だけど、…だけどさ。


 帰ってもアタシはケンカ三昧の日々でしょ。

 帰んなくてもバトル三昧でしょ。

 ―それって別段大差なくね?


 それに、この陛下さんが色々困るのは…何か嫌だし。

 ―ああ、アタシのお人好し!

 らしくねぇぞこの!!


「…分かりました。」



 アタシが言うと、陛下さんがピンクに澄んだ視線を上げた。



「勇者として召喚されたからには…アタシだって頑張りますよ。

アタシ短気なんで、グズグズしてるヤツは嫌いなんです」



 顔を上げた陛下さんの表情がほぐれ、

 ゆっくりと、笑顔が作られる。


 …だから彼女は満面の笑みで



「―本当に、本当に恩に着ます。

ありがとう、ナギ」



 …それでアタシは、こんな風に笑ってもらえるなら勇者なんて容易い―なんて、思ってしまった。


 アタシは今まで、ロクな表情を見てこなかったから。

 笑うにしても嘲笑だったり。それは大体殴り倒して始末してたし。


 だから、誰かの為に戦うのも悪くないかな。…なんてね。



「では、明日の旅立ちに向けて―有らん限りの持て成しをしましょう。

世界を救う勇者に。

…そして、勇者にその身を捧げる、神の使いウォーレンにも」



 で、アタシはその晩、一生で一番豪華であろう晩ご飯を食べたのだった。


 味の方は…まぁ。

 元の世界の味覚センス及び価値観とは随分ズレてる感じでした。


 …そこだけはアタシの味音痴に感謝って事で。






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