そして異世界
お母さんはアタシが小さい頃に死んだ。
もともと両親は離婚していて、兄貴とアタシは母さんの方に引き取られた。
兄ちゃんはそんな状況なのに暴走族なんかに加入していて、しかも頭なんかやっていたみたいで。
小さい頃のアタシは兄ちゃんの顔もマトモに知らなかった。
それで、母さんは悩んでいたんだと思う。
母さんは働かなくなって、お酒に溺れていった。当然お金なんか無くなって、ウチはみるみる貧乏になっていった。
ある日、朝起きると母さんがいなかった。
アタシは家でずっと待っていた。ご飯が無いのも慣れていたし、普段と違うのは独りって事だけ。
―日が暮れて、たまにくるよく分からないお兄ちゃん来た。
…その人は、凄く怖い顔をしていて、
『母さんが…死んだ』
―そう、呟いた。
その日の夜は、その怖い人とカップラーメンを食べて寝た。
次の日も、起きたら誰もいなかった。
夜になって、暗くなって、知らないお兄さんが部屋にきた。髪の色が違ったから誰だか分からなかったけど、よく見たら昨日のお兄ちゃんだった。
いつもの服じゃなくて、きちっとしたズボンと白いシャツ。
でもそのシャツは赤く汚れていて、お兄さんの顔にも傷があって、ちょっと怖いのと心配なので分からなくなった。
『…凪、俺学校やめて働くよ』
どうしてわたしの名前を知ってるのか分からなかった。
『俺頑張るから―。凪、独りで寂しいだろうけど…』
わたしはいつもひとりだったから大丈夫だと言うと、何も言わずに抱っこされて、謝られた。
…―なんてことを、今思い出した。何故だろう。
多分、こんなに長い間ぐるぐるした白い空間に居るからだ。
夢を見ているような。
アタシの体が見えないのは、多分これがアタシが見ている映像だからだろう。
だけど夢では無いと分かる。アタシはずっと移動しているんだと。
と、突然視界が開けた。
「…どゅあッ!? ぎゃっふ!!」
…そして落ちた。
「…いって……。…んだよ…なにこれ、どんな状況?」
…あれ?
声が違ったような。今喋ったのアタシだよね?
痛いくらいの視線を感じて、恐る恐る見上げるとあんぐりと口を開けた数人の大人。
「…うぉ、ウォーレン様…?」
ウォーレン?誰?
そのアホ面かました大人達は皆さん白いローブのような者を着ていて、手には何やら怪しい分厚い本を持っている。
…あれ、何だろうこの感じ。
「…き、きっとどこか―! 違う場所に召還なされたんだ!! 皆探せ!!」
妙な団結力で周辺を探索し始めた。だがテンパっているらしく、壷の中とか絨毯の下とかを捜している。
…いやいや、勇者が人間ならソコには居ないだろ。
「あの…手伝いましょうか? …!!」
あれ、やっぱ声…
…しかもアタシが喋った瞬間、ローブの人達は一様に肩を跳ねさせた。
立ってみて分かったが視点も違うし。
なんか高いし。
「ちょ…嘘嘘嘘―」
若干焦って、薄暗い部屋から鏡を探した。
―あった。装飾過多なのは放っといて、それを覗き込んだ。
「…でぇええええーっ!!!?」
つい、力の限り叫んだ。
だって鏡に映ってたのはアタシじゃなくて、白髪の美形なおにーさん。
「テメェらどういう事だゴルァア!!!!」
声怖っ!!
うわぁ、声変わりしていらっしゃる。
アタシは手近な白ローブに掴み掛かった。
「うわぁああ!! おお落ち着きになられてくださいウォーレン様!! いや、勇者様!?」
「こりゃあどーゆー事だァ!? ああン!?」
「し、しばし! 暫しの御猶予を!!」
必死の形相で待てっつうんで、手を離してやった。
白ローブはさっさかと仲間の元に行って、何やらゴニョゴニョ話し合っている。
苛立ち100%で、腕組みでそっちを睨み付けていると、総勢3人の白ローブが一斉にこちらを向いた。
「「「申し訳有りませんでした勇者様ーッ!!」」」
そしてオールスライディング土下座。
「―謝るのは当たり前だろうが。…あのさぁ、そういうのは不要ないんだよ」
ああ、…アタシの声スゴく格好いい。
「いいから状況を説明しろ?」
びきん、と。
額に血管が浮いたのが分かった。




