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そんで異世界



 髪を染めて特攻服を着て、免許も持たずにバイクに乗って。


 何が楽しい訳でもない。

 だけど、俺は色んなモノに逆らいたかった。

 法律にも、大人にも、社会にも、常識にも。


 母さんに迷惑を掛けている事は分かっていた。

 だけど、そんな事は関係無いと思っていた。


 人を殴って、俺が勝つ。 力の―喧嘩の強さが全て。

 それは凄く都合が良く、凄く爽快な『法律』。


 次々と与えられた喧嘩を引き受けていたら、オレは何時の間にかとても偉くなっていた。


 家に帰る必要が分からなかった。帰る理由も無かった。

 何時の間にか妹が大きくなっていて、オレの事を不思議そうに眺めていた。

 ―ある時、激化した抗争の中で、母さんは攻撃の対象にされた。

 オレは仲間からの報告でそれを知って、迷った挙句に駆け付けた頃には、血塗れの母さんが倒れていた。


 飲んだくれていたのか、家の近所のコンビニで襲われて、

 病院に運ばれたが、…駄目だった。



 襲った奴らも死んでしまうとは思わなかったらしい。


 オレは大して母さんと話してすらいなかった癖に……やっぱり、親なんだと思った。


 母さんが死んで、オレはどうしたら良いか分からなくて、状況を理解できなくて、…兎に角、思い出したのは妹の事だった。


 家に帰ると、他人を見るような目でオレを見上げていて、

 母さんの死を告げても、大した反応を示さなかった。多分理解していなかったのだと思う。


 次の日、早急に葬式をした。金なんか無いので自治体の援助で、来た事も無いような制服を着て。

 刺々しい赤を黒く染めて、疎らにしか入らない参列客を眺めていた。



 その日。オレは敵対グループに殴り込みに行った。


 ―母さんを攻撃した奴ら。ケンカだけは最強だったから、頭もないような馬鹿を片付けるのなんか楽勝だった。


 オレは決めていた。こんな馬鹿げたことは辞めてやると。


 オレは自らの隊員を呼び出し、オレが隊を抜けることを告げた。



 当然反対する奴らの相手をする気力なんか、とうに擦り切れていて、


 オレは、気付いたら仲間全員を沈めていた。



 地面に倒れる人間達を見て、後戻りできないと―そして、やってやろうじゃないか、と、踏ん切りが付いて。


 オレは行った事の無い私立学校を辞め、バイトを始めた。



 話した事の無い妹に孤独を謝ると、いつものことだから―と、当然のように返されて、


 ……今更、同情と反省で、切ないという感情を知った。






 …なんて事を、今更思い出した。どうしてだろう。


 きっと、こんな気持ちの悪い浮遊感の中で、ずっと移動しているからだ。

 俺は何処に向かっているのだろう。これは一体何だろうか。



 と、突然光という『終わり』が見えて、俺は解放された。



「―でェっ!?」


 突然現れた床に叩き付けられる。



 …何だよ、この扱い…。



「この方が―!!」


 …その声を皮切りに、歓喜の色らしき歓声が上がる。

 状況が読めないんだけど。

 …あれ?ここ何処?


「…っとー、…俺、どうなっちゃったの?」


 と、頭を掻いた所で、髪の感触に違いを感じた。

 …あれ、こんなに柔らかかったっけ? 俺の髪。


「魔王様!」


 声のした方を向く。


 ―うおをッ!!!?


「「「我々、貴方様の誕生を心待ちにしておりましたぁあ!!」」」


 かなりの人数が俺の前にひれ伏している。

 うわぁ、懐かしいなこの連帯感。この尊敬。

 ……じゃ、なくて、


「…あのさ、魔王…って、まさかとは思うが俺の事?」


 誰か鏡持ってない?

 …何か、出来れば全身用のヤツ。


「勿論です。貴方様こそが我々の救世主。魔族の王、魔王様に御座います」


 ………うわぁ……。


 …せめて勇者がいいなぁ、…なんて、違うよな。其処じゃないよな思うところは。



「……俺ってば召喚されちゃった感じっすか」


「さすが魔王様、物分かりがお早い!」



 ……肯定された。


 わぁあ、これ現実ですか。


 …しかしまぁ…この魔法陣とか生贄とか、こんなモン在ったら嫌でもそう思うわ。


 ……さーて、どうしたモンかな…。



「…で、勿論帰らせてはくんないんでしょ。どうせ」


「誠に申し訳ありませんが…。我々魔族は大変危機的な状況でして―」



「魔族と魔王だろ? ちょっかい出さなければ勇者だって攻撃してこないよ」



 一番偉いのだろう同い年位の青年が、鮮血のように赤い目を見開く。


「そんな―とんでもない!

勇者一行は何故か魔王誕生を目ざとく聞き付けてやってくるんです!!

人間の先鋭ばかりを集めて!!」



 …いやいや、ちょっと待て。



「…魔王さえ召喚しなければ勇者も来ないじゃん。…それって」


「それはいけません! 我々はヒトに変わってこの世界を支配せねば!!」


「…それさえ諦めれば永遠に安泰なのにな…」


 まぁ、気持ちは分かる。俺も中心的グループになりたかったし。


 …ビッグになるって事は、政治とか治安とか色々大変になるんだぞ? お前らわかってんのか?



「…で、さぁ。勇者がどうせ勝つんだけど、負けた俺はどうなるの? まさかお陀仏?」

「た、戦う前から決めつけないでください! 勝ちます!…いや、ていうか勝って下さいよ!!」


「いやいや…もう決定事項だって…。ゲームはプロローグから魔王の惨敗が決まってんだよ」


「よく解りませんが貴方の思う結果にはなりません!なにせ今回の魔王は貴方様なんですから!!」


 と、根拠の分からぬ力説と共に、群集からまばゆい拍手が上がる。


 …あと、えっと、ちょ、ちょいタンマ。


「…ちょ、ちょっと待って。何?今までの魔王ってそんなしょうもなかったの?」


 眼前の奴は、群衆を落ち着けてから、畏まって俺の質問に答える。


「…いえ、異世界から魔王様を召喚したのは初めてでして。

我々が悉く連敗を記している理由は一体何なのか。真剣に考えた結果がコレに御座います。

我等は毎度の魔王となった者に敗因があると睨みました。大抵は権力目当てか、力ずくでしたので。

その点、今回は完璧に御座います!! 異世界からいらっしゃった方なら権力も関係ありませんし、皆も待ち望み賛同した方ですから反対派も出来ないでしょう!」


 おお〜!!…と、また盛大に拍手。

 ……ああ、何か随分期待されちゃってるって事かな。詰まるところは。


「…で、この身体は俺自身のモンなの?…何か違う気がするんだけど」


「そのお身体は此方で魔力を結集し、作製した身体です。只今は貴方様の物に違いありませんが、その身体が滅びようとも魂は異世界の本体に帰るだけで、貴方様に弊害はありません」


 …う〜ん、なかなかやるなこいつら。


 頭が回るというべきか。


「…でもさぁ…やっぱり悪は嫌だよ」



 ―散々聞いといて、結局の所それが俺の本音。

 悪は嫌。

 誰もが言うであろう、俺の価値観。


「そんな―!!」

「罪もない村を特攻したり、そこの村娘を浚って殺すように命令したり。…そういう、無関係者に牙を剥くような事は嫌いなんだ」


 …直接的な関係のない母さんが死んだように。

 あれ以降、勝ちに執着して手段を選ばないような事は―嫌悪するようになった。

 そして、俺はそれを間違いとは思わない。…だから、それは俺の中の『法律』なのかも知れない。


「…我々は、自分等を悪だとは思っていません」


 ―ひどく沈んだ青年の声。

 …しかし―その迫力というか、確信に迫った色には、…若干たじろいだ。


「正義だとは世辞にも言えない。…それは分かっています。分かっていますし、言うつもりもありません。

…しかし、では『悪』とは一体何でしょうか。

罪もない魔物を、鍛練と称して虐殺する勇者が『正義』ですか。

何かと迫害を受け、世界の暗い片隅に追いやられた魔族が逆転を狙う事が『悪』ですか。

…それは結局、多数決。多くの者に利益の出る事が『正義』として扱われる。…それだけでは無いでしょうか」



 ―それは…、

 ………それは


「…その点では、確かに我等は『悪』かも知れない。…それは皆、重々自負しております。

―が、それでも我々は自らの正義を信じて戦わねばなりません。…一般ではなく、世界ではなく、我々の『正義』を信じて、戦わねばなりません」


 …そう、言われてしまえば。

 農薬を散布し虐殺を繰り返す農家は、害虫にとっての『悪』。

 野菜を食い荒らし利益を妨害する害虫は、農家にとっての『悪』。


 敵はいつだって悪であり、悪だから敵になる。都合の悪いことは個人の悪であり、それが集まれば、国家なり、人間なりの公式な『悪』に変わる。


 …逆に、こちらの正義はあちらの悪。そんな場合もあるだろう。

 当然、貫いた正義は頑固な悪になるだろう。



 …人間側の正義が勇者なら、魔族側の正義が魔王。


 ―言うなれば、魔王は魔族の勇者…かも知れない。



 勇者と言うだけで持て囃される。…一方で魔王と言うだけで恐れおののかれる。


 ……確かに、それは好かん。


 きっと一般の正義である勇者は、こんな事考えもしないだろう。


 ……それもまた腹立たしいな、この野郎。



 ―畜生

 ―やってやるよ。



「…―はい…?」

「やってやるよ。魔王。」


 久しぶりだ。この、血の沸く感覚。

 ―凄く、期待しているって言うのか。


「―魔族の正義って奴、貫いてやろうぜ」



 また、青年が目を見開いた。






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