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少年



 巨人が空気を震わして叫び―…いや吼えて、青い身体がぐらつく。


『倒れるけど―!?』


「分かっている」


 ジードが剣を手放し、倒れる巨体を回避するように飛び退いた。


 直後、仰向けにサイクロプスは沈む。


 長い地響きが鎮まった頃には、アタシを含めた全員が、巨人が二度と起き上がらない事を覚っていた。



『倒、し―…、っうあッ!?」


 言い掛けた所で、身体が前に引っ張られる感覚。


 と、同時に遠退いていた視覚情報が脳いっぱいに広がり、それらは思い出したように色味を帯びた。



「―あ、れ…?」


 指の先から爪先まで、今は確かにアタシの意のままで。


 …また、入れ替わった。


「―すごい!! スゴいじゃないですか!!

一人でサイクロプスを倒しちゃうなんて!!」


「え? あ、……え?」


「最初から本気を出さなかったのは様子を窺っていたからですかっ!?」



「いや、…えっと」


「尊敬ですぅっ! だって、だってボクは一人でなんか倒せなくて―っ!

…倒せ、なくて……」



 とんでもなく物凄い勢いは急激に削がれ、途端に少年は下を向いてしまった。



「…あれ。少年、それケモノミミ?」


 渋い茶髪の頭からは、一対のシュンと垂れた耳が生えていた。

 よく見れば背後には尾のような物がもっさりと。

 それもまた哀しげに低空飛行している。


「へ…? あ…はい。

だってボク、マニール族ですから」


 ま……マニ…何だって?



『―マニール族。半獣で身体能力の優れた種族だ』


「え、なに。それって萌え的な何かなの?」


『…………はぁ?』


「あ、ごめん何でもない」


 いやだって萌の定番じゃんケモノミミ。


 それにこの少年は小学生かせいぜい中一ぐらいにしか見えないし。

 何ですか、ショタにケモノミミ。意図的ですか、けしからん。


 …けしからん!!



「あのー、独り言…?」


「―あ、……あ〜…そう、…そう。…あのー…持病の虚言症で」


「えぇッ!?」



 伏せられていた耳がピンッと立った。……面白い。

 ジードが口を挟む。


『―いやその設定は止めておけ。…後々面倒だ』


「えー…。じゃあ何て」

『……。……言ってしまえば良いんじゃないのか。素のまま』


「……お前、めんどくさくなったろ」

『なった。別に構わんだろ、やましいことでもあるまい』


 まぁ…そもそもアタシの所為じゃないしな。もとはと言えば白ローブ達のミスが原因だし。


 陛下さんとの打ち合わせとは違うが…


 …まぁ…―いっか。



「…―あのさぁ、…ウォーレンって奴知ってる?」


「有名な方ですよね。このあいだ噂で聞きました」


 本当に有名だな。


「オレ、その身体に憑依してる勇者です」


「……え、」



 少年が、もとからでかい眼をさらに見開いた。 そしてお決まりの、


「えぇぇえぇぇーーっ!?」


 …今気付いた。少年の瞳が三日月みたいに猫みたい。…いや…何も今言わんでも良かったか。



「じゃ、じじじゃじゃっ…!! じゃあ…っ!?

あなたが勇者様っ!?」


 キタよキタこの反応。


「一応」


 ジードが戦っちゃったから、今んとこ勇者の使命は果たせてないが。


「あ…」


 少年の動物じみた瞳に、ハイライト3乗分ぐらいの光が溢れた。


「あっこがれるなぁあ〜っ。すっごいなぁあ、かっくぃいなぁぁあ!」



 さながら仮面ライダーに憧れる幼児のようななんちゃらかんちゃら。


 にしても可愛いじゃねぇか何だコイツ。何なんだこのピュアハート。



 やんばい。すんごくツボった。



「―ボクっ! 勇者様みたいな立派な戦士になりたいんです!!」



 ……え、


 いやちょっと待て立派な戦士?


 立派なゴリマッチョの中年に成長した少年を即座に想像したアタシは、早急に想像図を握り潰した。



「いやいや絶対止めといた方が良いよ!!

オススメしません!てかそんな残酷な事出来ません!!」



「えー……そんなぁ…。一体どうして?」



 駄目だよこんな可愛い子が…。絶対駄目。


「それにアンタまだ子供でしょうが。戦いなんか危ないです、NG」


「……だって倒せないもん―1人でサイクロプスなんか……」



 …え、…ちょっとおばさん話が分からないな…。何の話だ?


『―恐らく、成人の試練として設られた儀式の様な物なのだろう。

それを乗り越えた時に大人として認められる。

…実に良く有る話だ』


「ああ…なるほど」



 アレでしょ。ドブ川飛び越えたら仲間みたいな。やんなかった?

 ……あれ、ちょっと違うか。



「じゃあ倒しちゃまずかったのかな。少年の相手だったあの巨人」


 独り言の様に呟くと、少年が両手を振った。


「い…いえ!とんでもない!! 助けていただかなかったら死んでいるところでした」


 まぁ…確かにヤバげだったし。

 …しかしアレ倒したの、アタシじゃないんだよな…。


 少年が、遠慮気味に上目遣いで見上げてきた。可愛いぞ。



「…あの、それで勇者様。――なぜエンジェイ族の姿で……」


 上手く行かなかったから『召還失敗』なのかな。これ。



「…うん〜…。事故ってゆーのか…詳しくはよく分からんが」


 本当に良い迷惑だ。



「あんまり不便はしてないけどね」


『―勝手な事を言うな。私は非常に不便な状態を強いられているのに』



 …そうか。ジードはそうだったな。

 自分の身体なのに動かせないんだもんね。


「分かってるよ。

オレだって自分の身体の方が勝手が良いよ」


『しかし…何故さっきは私が替われたのだろうな』



「…あれ?ジードにもわかんないの?」



『分からん。私が替われたらと歯痒く思った時に―前方に強く引かれる感覚を得て…。

…気付いたら主導権を握っていた

ナギは、何か心境の変化などはなかったのか』




「……。……死にたくないと思ったよ」



 実に真面目な口調とトーンは、ジードの声に凄く似合っていて、本当はこんな使い方をする声帯なんだと思った。



「オレも替わりたいと思った。

オレが戦ったら勝てない。少年も助からない。

ジードがもし替われたら、きっと強いんだろうなー…ってね」



 成程、と、ジードの声が響く。



「…あ、あのぅ」


 はっ、すっかり忘れてた少年の事。



「あっ、いや、ごめん。

…えっと、これまでもこれからもこんな風に一人で喋ってるかも知んないけど…。

頭がおかしい訳じゃないから安心して」


「あ、い…いいえ。大丈夫です。

勇者様だもん、ボクには理解できない通信手段を持っているんですよねっ!? きっと!!」



 わお、それは便利な言い訳。


「まぁそんな感じかな」



 ……さてさて、そろそろ移動を再開した方が良いのかも知れない。

 野宿とかはあんまりしたくないから、なるべく早く到着したいし。



「……じゃ、そろそろ行くとするわ。元気でね少年」


「えっ…あっ、ちょっと待って下さいよう! まだお礼も済んでいないのに!!」



「え、別に良いよそういうの。

助けたのって成り行きだし。死にたくないから戦ったらキミを助けちゃっただけ」


「意図しないのに人助けを出来るなんて――さっすが勇者様っ!!」



 え、何だよ何なんだこの展開は。


「此処は是非っ!! ボクの村の方でおもてなしさせて下さい!

何にもない場所ですがお泊まりぐらいはできますから!!」


「いやいや大丈夫だよ。

そんな気ィ使わなくてもいいからさ」


『いや、肖れる物には肖っておけ。

野宿しなくて済―…少年の好意を無碍にするわけにはいかないだろう』



「アンタは相変わらず汚ねぇな」



 しかし少年の村か…。

 少年と同じ種族だろ? …あれ、もしかしてもしかしなくても、村人全員ケモノミミ?

 わあぁあ。気になる。



「…じゃあ、…ちょろっとだけなら」



 …好奇心という誘惑に負けた。


「ええ、ぜひぜひっ!!」



 頭の中では、浦島さんのお歌が流れるのだった。







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