電源〜遊んでいる神々
この作品は、たまたま電車に乗ってる時に思いついた作品です。流されていくように、誰かに動かされているように見えたので小説に使えるなと思い、書きました。
私たちは、誰かに動かされている。
誰かはわからないが。
幼い頃からそんな奇妙なことを考えるようになった。
私はおとなしい子供だったが知的好奇心が強く、中でも「この地球はどうやってできたのだろうか」と考えるのが好きになった。
地球は、誰が作ったのだろうか。
自然発生なのかな。神の仕業なのかな。
漠然と妄想が走った。
友達が少ない分、友達は頭の中だけだった。脳内の「友達A」とも言える存在だけが、唯一の友達であった。友達Aは、遊べる時と遊べない時がある。日によって性格が違うので、少し怖くなる。
周りとは合わないというより、合わないように仕向けた自分がいる。人付き合いが苦手だからである。
時々、自分の意思とは反対に動いていることがある。
自分でも少し怖くなる。
――そんな友達もいなかった自分が、特別なものを見たのは、たまたま電車に乗った時だった。
ベルトコンベアーのように、汗だくの人々が流れていく。
機械的に流されていく。逆流することができないのであろう。怖いから。家族という守るべきものがあるから。
それを見て、自分は、なんとなく違和感を覚えた。
なぜ流されていくのだろうか。それは会社からの圧力や、家族などの期待からかもしれない。
だが私は、誰かに動かされているのではないかと、その時ふと思った。
それは地球上の生物ではない、得体の知れない者が。
そこから私は、「誰かに動かされているのか」を考えるようになっていった。
会社や家族からの圧力ではない、何か違ったものに動かされていると思うのだ。些細なことで、私の興味は「創始者」や「誰に動かされているのか」というものに視点が一点になった。
*
そこから、私は大学で「創始者学」という、まだ名の知れてない学問を研究していた。
大学になっても、脳内の友達Aとの会話は続いていた。
「もっとハキハキしろよ」
脳内Aが語りかけていた。
自分の中にあるはずなのに、感情が真逆で驚いている。ここ最近になって真逆になり始めたのである。なぜだか見当もつかず、気にも留めなかった。
私は、ふと気がついたことがある。
宇宙はゲームのようである、と思うのだ。宇宙は膨張をしていて拡大しているが、「箱」という意味ではゲームと同じだと思ったのである。
明日からこのことを論文に書いていこう。そう思った。
*
しかし、翌朝目を覚ますと、気温が50度という異常な温度になっていた。
「意図的に遊ばされている」
その時、ふと思った。
地球全体、住める場所はどこにも無く、人々は死んでいった。
もしかすると、神はゲーマーのような存在であり、私たちは遊ばれている道具なのかもしれない。
主人公は、息を引き取る前にそう思った。
宇宙というゲームが、そこで電源を落とした。
プレイヤーという名の神様が、次に電源を入れるのは、当分先になるだろう。




