「私の方が可愛い」と婚約者を誘惑した令嬢が、翌日から大人しくなった理由
なぜか私をライバル視する令嬢がいる。
「カトリーヌ様は、公爵令嬢だからといって美しいわけではないんですね」
誰がいつ美しさを競っていたのかしら?
そうでなくても失礼すぎるけど……。
「ユリア様、美容の授業だから美しく見せることは大事だけれど、自分をより美しく見せることで他人より美しくあることが目的ではないのよ?」
私の通っている貴族の子女が通う学園では、刺繍や美容、茶会作法などは令嬢のみが受ける授業になっている。
令嬢のみが受ける授業では、別のクラスの令嬢と一緒に授業を受けることになる。
ユリア嬢はそんな別のクラスの令嬢で、私は存在も知りませんでした。
「あらカトリーヌ様、刺繍された布にシワが出来ていますわ。気づきませんでしたの? 直した方がいいですわよ」
シワなんてちょっとだけじゃない……。
刺繍の授業では、誰にも指摘されないミスを指摘される。
ユリア嬢の刺繍が私より上手かったから言い返せなかったわ。
「ユリア様、ありがとう……ございます!」
イライラが滲み出るような言い方になってしまったわ……。
公爵令嬢として、未来の王妃として、授業では教えられないけれど、絶対にやってはいけないことだったわ。
「カトリーヌ様! あの男爵令嬢のユリアをあのままにしていていいんですか!? 私たちはカトリーヌ様が馬鹿にされているのが耐えられません!」
ほら、こうなるでしょう?
私のお友達の令嬢たちを怒らせてしまったわ。
公爵令嬢のカトリーヌ・ヴェルネスは男爵令嬢のユリア・ロゼルナにイラついている。
それだけでも、私をユリア嬢より格下だと見るものもいるのだから、隙を見せてはいけなかったわ。
「今までにお会いしたことのない方だから面白く拝見していたんですよ。でも、そんな風に思われてしまうのね。今後は気を付けますわ」
「まあ、そうですわね! あんな無礼な方と会う機会など公爵令嬢のカトリーヌ様にはありませんものね」
とりあえずこの場は納められた。
もう二度とイライラを見せてはいけないわね。
こんなことでユリア嬢に報復することになるなんて、それこそ同格と扱っているようなもので、公爵令嬢としての威厳が保てないわ。
その後もユリア嬢は私をライバル視した発言を繰り返したけれど、笑顔で受け流していたら、周りにも公爵令嬢をライバル視する痛い男爵令嬢と見られるようになっていった。
ここまで、どれだけの精神力を使ったか……。
ユリア嬢の方もさすがに当初の余裕はなく廊下ですれ違っても私を睨みつけるように、敵意を隠さなくなってきていた。
「ご機嫌よう、ユリア様」
余裕の笑みで私は横をすり抜ける。
けど——この状況が既に男爵令嬢を意識しているようで、内心のイライラは止められない。
本当にあなたなんて私は興味がないのよ。
私に勝ったと思うならどうぞご勝手にそう思っていればいいでしょう。
あなたが私をライバル視しているようなアピールを周りにするから、対処しなきゃいけなくなってるのよ!
——いえ、違うわね。
容姿が整ってなければ、周りの人たちが勝手にライバルになんてならないと排除してくれるのよ!
でも、容姿が整っているから、ライバルになってもおかしくないと周りも見る。
決してユリア嬢が特別美しいわけじゃないけど、度胸さえあれば公爵令嬢のライバルと言われる程度の容姿ではあるのよ。
——美しさを競うつもりがなくても、勝手に競わされるのが貴族社会なんだわ。
「カトリーヌ」
目の前に見目麗しい男性が立っていた。
アレクサンドル・グランフェル、この国の王太子だった。
「あなたはいいわね。誰もあなたと美しさを競おうなんて思う人がいないもの……」
誰もが負けを認める美貌。
ライバルになるとしたらお父上の国王様だけだわ。
「美しさなんて競うものじゃないだろう? 君が俺の婚約者になったのは美しいからじゃないんだから……」
私はアレクサンドルを睨みつけた。
「その言い方だと、私が美しくないみたいじゃない」
「……」
なぜ、無言になるのかしら?
——そんなやり取りを学園でしてしまうなんて、うかつだったわ。
ユリア嬢に私とアレクサンドルが不仲だと思わせるのには十分だった。
ユリア嬢がアレクサンドルに近づいていると噂になっていた。
ただの男爵令嬢が王太子に話しかけるなんて、いくら学園の中でもあってはならないことだった。
私のライバルと見られていることがユリア嬢の自信になっているんだわ。
「カトリーヌ様より、私の方が可愛いもの」
アレクサンドルと話した後のユリア嬢が言っていたらしい。
だからなんだって言うのよ——!
「アレクサンドル様が、『君がユリア嬢か……』って言ったらしいわよ」
「え? アレクサンドル様はユリア様を知っていたの? 確かに可愛いけど……カトリーヌ様はどうなさるつもりなのかしら……?」
周りの声がうるさ過ぎるわ。
アレクサンドルが私以外を選ぶわけがないのに——!!
分かっていても、イライラするわ。
私が、アレクサンドルに相応しい公爵令嬢でいるために、どれだけのことに耐えて努力していると思っているの!?
ちょっと可愛いくらいで私のライバルになったつもりになられたら困るのよ。
「カトリーヌ様……どうしますか……?」
私のお友達の令嬢たちが言う。
「そうね……明日、ユリア様とはちゃんとお話ししないといけませんわね」
全く面倒だけど……ちゃんと分からせないといけませんわ……。
——翌日。
「ユリア様、ちょっとお話しがありますの」
私とお友達の令嬢が声をかけると、
「……っ!!」
ユリア嬢は、驚いて怯えた顔をする。
「も、申し訳ありません……!」
そう言ってサッとユリア嬢は行ってしまう。
「え……」
私たちは唖然とした。
何があったの?
ユリア嬢はそれから、人が変わったように大人しくなった。
美容の授業も、刺繍の授業も、ユリア嬢クラスとの合同の授業では、ユリア嬢を見かけないと思ったら、教室の隅に座っていた。
気になって私が話しかけると、怯えて謝り出すので近づかないようにしている……。
嬉々として王太子のアレクサンドルにちょっかいを出していたはずなのに、一体何が……?
考えられるのは、アレクサンドルがユリア嬢に何かしたということ——。
例えば、自分の正体を見せるとか——。
『どうして分かったんだ!?』
巨大な狼が無邪気に驚いている。
「分かりますよ、ユリア様があんなに怯えていたのは化け物でも見たからでしょう」
『化け物じゃない……』
アレクサンドル様が拗ねて言うけど、3メートルはありそうな巨大な狼を見たら化け物だと思うわ。
王家の秘密を知らなければ——。
上位貴族だけが知っている王家の秘密——狼の神の末裔だということだ。
普段は人間の身体と狼の身体を自在に操れるが、満月の夜だけは狼になってしまう。
ただ一人、番だけが満月の夜でも、彼を人間に戻せる。
アレクサンドルの番が私だった。
「番の私以外をアレクサンドルが選ぶわけないのに、馬鹿なユリア様……」
私はアレクサンドルの美しい毛並みを撫でた。
『クーン……』
アレクサンドルが悲しい声を上げた。
「どうしたの?」
『何度も言ってるのに、カトリーヌが信じてくれないからだ……』
ああ、またあの話。
『俺は番だから君を好きなんじゃない、君だから好きなんだ』
アレクサンドルが言う。
何度も聞いた話だけど……。
『痛い痛いっ!』
私にお腹の毛を思い切り引っ張られてアレクサンドルが叫ぶ。
「美しいから好きになったじゃないって言ったり、私の良さを否定されてる気がするんだけど……!」
『カトリーヌは、誰よりも美しいです!』
アレクサンドルが涙声で言う。
「無理矢理言わせたみたいでスッキリしない……」
『無理矢理言わされた』
アレクサンドルが人間の姿に戻った。
せっかくもふもふを楽しんでいたのに。
ギュッとアレクサンドルに抱きしめられた。
「カトリーヌは俺のために家族と離れて頑張って公爵令嬢になろうとしてくれているんだ。美しさや番だからとか関係なく、可愛いすぎるだろう」
アレクサンドルの人間の時の身体もあったかくて気持ちいい。
「うん、私は頑張ってる……!」
王太子の番だと言うことが分かって、平民だった私は公爵家の養女になった。
アレクサンドルの妃になるためだ。
平民の時とは違う貴族の生活は大変で、泣きそうになることもあるけど……。
「アレクサンドルが全部分かってくれるから頑張れる……」
アレクサンドルが私を抱きしめながら頭を撫でてくれた。
「カトリーヌは偉い偉い」
私が最近感じていたイライラは落ち着きました。
この人が、私の番で良かった。




