第99話:開梱不能の希望、届けられた「心」
配送ルートは完全に遮断され、物流は絶望という名の闇にパッキングされた。
アレスが振り下ろす「真理の定規」――それは、クレイエル連合という物語そのものを、この世界から永久に欠落させるための終止符。
カイトの光は消え、ゼロの計算は崩れ、タムの義手は沈黙する。
そして、誰よりも強くあろうとした白銀の鎧――リナとセレスさえも、かつてない水圧、否、それ以上の「暴力」に押し潰されようとしていた。
「……終わりよ。私のパッキング、ここで解けてしまうの……?」
リナが虚空を見つめ、セレスが最期の祈りを捧げた、その刹那。
全大陸のワープゲートを支配していたアレスの魔力に、あり得ない「ノイズ」が走る。
それは、帝国のロジックでも、物流の法則でもない。
ただ一人の女が抱き続けた、狂おしいほどの「執着」と「誇り」。
「……相変わらず、情けない顔をしてパッキングされてるじゃない。リナ」
爆煙を切り裂き、絶望の包囲網を内側から食い破って現れたのは、かつて「最高の敵」として野に下った、あの白銀の閃光。
誰もが死を予感したクレイエルの空に、今、世界で最も可愛げのない「再会」の音が響き渡る。
物語は、誰も予測し得なかった「規格外の資材」の乱入により、再び激しく転がり始める。
クレイエルの空は、もはや光を通さない絶望の膜でパッキングされていた。
アレスが掲げた『真理の定規』。その先端に凝縮された黒銀の光は、この世のあらゆる物質を「不備」として消去する、文字通りの終焉。
地面に伏したタムは、もはや指一本動かすことができない。カイトの意識は闇に沈み、ゼロの瞳からは光が消えていた。そして、アレスの眼前に立つリナの白銀の鎧は、全身に走る亀裂から火花を散らし、内側のセレスが悲鳴を上げることさえできないほどの「圧」に支配されていた。
「……さらばだ、リナ。……貴様の『不備』を、ここで完遂してやる」
アレスが定規を振り下ろそうとした、その刹那だった。
――ガギィィィィィィィィィン!!
鼓膜を突き破るような硬質な金属音が、静止した絶望を内側から粉砕した。
「……な、に……!?」
アレスの瞳が、驚愕に見開かれる。
彼の絶対的な一振りを、真横から割り込んで「受け流した」白銀の閃光。
爆煙を切り裂き、舞い散る火花の中に立っていたのは、かつてこの世界のどの組織にも属さず、ただ一つの執着のために野に下った、あの女騎士だった。
「……相変わらず、情けない顔をしてパッキングされてるじゃない。リナ」
不敵な、どこまでも傲慢で美しい笑み。
ガリアは、アレスの凶刃を自らの白銀の長剣で抑え込んだまま、背後にいるリナへと視線だけを投げた。
彼女の首元には、かつて深海でリナから「受領印」として託された、あの血の小瓶が、かつてないほど激しく赤く脈動している。
「ガリア……!? どうして……あんた、自由になったんじゃ……」
リナの声は掠れていた。だが、その瞳には驚きと共に、心の底から湧き上がるような「憤り」が灯り始める。
「自由? ええ、自由よ。だから私は、私の規律に従って、世界で一番気に入らない女を助けに来てやったのよ」
ガリアはアレスの力を力技で押し返すと、一気に間合いを詰めて剣を振るった。
「誰が勝手に、この女を壊していいと言ったのかしら。このリナの『中身』を剥ぎ取って検品するのは、この世で唯一、私だけの特権なのよ!!」
「……不純物が」
アレスが冷徹に呟く。彼はガリアの一撃を空間の歪みで受け止めようとするが、ガリアの剣気はそれを「物理」で食い破った。
「不純物? 結構な褒め言葉ね! 私はね、規律を捨てて、ただ一人の女を追いかける『執念』だけで、帝国のワープ網を逆走してここまできたのよ。あんたの腐った理屈で、私の想いがパッキングできると思わないことね!!」
ガリアの猛攻。それはかつて聖騎士団を震え上がらせた、一点の隙もない「完璧な円」の剣技に、野に下って得た「獣の獰猛さ」が加わった、極致の暴力。
アレスでさえ、その予測不能な「執着の剣」に対し、初めて一歩、後退を余儀なくされた。
「……さっさと立ちなさい、リナ! あんたのパッキングは、こんな男に中身を覗かれただけで溶けてしまうような、そんな安い素材だったかしら!?」
ガリアの叫びが、リナの魂を内側から叩き起こす。
鎧の中で、沈黙していたセレスの心臓が、再び力強く脈動を始めた。
「……はぁ……、はぁ……っ!」
リナの肺に、灼熱のような酸素が戻る。
視界を覆っていた死の影が、ガリアの放つ白銀の剣気によって強引にパッキング解除(霧散)されていく。目の前では、かつてのライバルであり、今の自分を繋ぎ止める「最高の敵」が、アレスの凶刃を真っ向から押し返していた。
その背中は、聖騎士団という檻を捨てたあの日よりも大きく、そして眩しかった。
『……リナさん。……届きましたわ。ガリアさんの、あの狂おしいほどの「規律」を越えた想いが……!』
鎧の深部で、セレスの意識が覚醒する。
瀕死だった超電導の心臓が、ガリアの剣鳴と共鳴し、かつてない純度の魔力を噴き上げ始めた。
「ガリア……! あんた、本当に、可愛げのないタイミングで来るんだから……!」
リナが、折れかけた大剣を杖代わりに、震える足で立ち上がる。
鎧の亀裂から溢れ出すのは、もはや火花ではない。それは、ガリアという劇薬によって強制的に引き出された、リナ・セレスの「真実の熱」だった。
「あら、感謝の受領印でも押してくれるのかしら? ……そんな暇があるなら、その鈍った剣を研ぎ直しなさい! 私の視界に、そんな無様なあんたをパッキング(投影)し続けないで!」
ガリアはアレスの『真理の定規』を激しく弾き飛ばすと、踊るように身を翻し、リナの傍らへと着地した。
白銀と、新生した白銀。
かつて関所で、そして深海で刃を交えた二人の剣士が、今、絶望の王を前にして肩を並べる。
「……二人の不備が並んだところで、結末は変わらん」
アレスの冷徹な声。だが、その瞳には初めて、計算外の事態に対するわずかな「不快感」が宿っていた。
アレスが指先を鳴らすと、帝国のワープ網を通じて供給される魔力が、巨大な死の針となって二人を包囲する。
「セレス、演算全開! ガリア、あんたの動きに合わせるわよ……二度と言わないから、よく聞きなさい!」
「……フン、言われなくても分かってるわよ。あんたの呼吸なんて、目を閉じていても手に取るようにわかるわ!」
激突。
それは、物流の合理性も、アレスの絶対性も超越した、純粋な「執着」の暴風だった。
ガリアが地を蹴り、アレスの死角へと神速で踏み込む。アレスがそれを迎撃しようとした瞬間、リナの光翼が爆ぜ、正面から空間そのものをパッキング解除(粉砕)しながら突っ込む。
「遅いわッ!!」
ガリアの剣が、アレスの腕の装甲を削り取る。
「そこよッ!!」
リナの剣が、その傷口へセレスの極大魔力をデリバリー(叩き込む)。
二人の連携には、一切の打ち合わせも、ゼロの軍略さえも介在しない。
あるのは、数千回、数万回と繰り返した模擬戦の記憶。そして、互いの「正しさ」を否定し合い、高め合ってきた魂の受領印。
アレスが構築した完璧な防御壁が、二人の「噛み合わないはずの共鳴」によって、音を立てて瓦解していく。
「バカな……。私の演算を、この程度の『感情』が上回るというのか……!」
アレスが初めて声を荒らげた。
その背後で、ガリアに時間を稼いでもらったタムが、血を拭いながら立ち上がる。
彼の目には、二人の女剣士が作り出した「一筋の配送ルート」が、鮮明にパッキング(映し出)されていた。
「……リナさん、ガリアさん。……その道、……確かに受け取りました」
タムの義手が、最後の魔力を絞り出す。
アレスの絶対的な支配は、ガリアという「最高の不純物」の乱入によって、今、致命的なパッキングミス(綻び)を起こしていた。
「……ガリア! 最後まで私について来なさいよ!」
「抜かしなさい! 先に行くのは、私に決まってるでしょ!!」
白銀の二つの閃光が、アレスの胸元へと突き刺さる。
絶望に染まったクレイエルの空に、かつてないほど激しく、美しく、そして可愛げのない「希望の火花」がパッキング(凝縮)された。
第99話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
絶望の淵に白銀の閃光として現れたガリア。彼女の乱入は、アレスの冷徹な支配を物理的に食い破るだけでなく、沈みかけていたリナとセレスの魂に「最高の燃料」を投下してくれました。
規律を捨ててでも守りたい「敵」がいる。そんなガリアの不器用で熱すぎる執着が、アレスの計算を狂わせ、反撃の配送ルートをこじ開けました。これこそが、効率や論理だけでは測れない「想いの積載量」の力と言えるでしょう。
しかし、アレスとの死闘は今まさに最高潮。そして、この戦いの果てには、エキスポで浮き彫りになった世界の歪み、そして未だ影に潜む「お父様」という発送人との対峙が待ち受けています。
記念すべき第100話。
『世界に一つの不在届、あるいは再起動の号令』。
アレスという巨大な障壁を突破し、タムたちは新たな「配送ルート」へと踏み出すことができるのか。
物語は終わらない。むしろ、ここからが本当の意味での『ラストマイル』の始まりです。




