第98話:最速の不在届、あるいは再来のアレス
「便利」という名の光が強まれば、その影に潜む「リスク」もまた、より深く、より鋭くパッキング(凝縮)される。
交易都市が誇る数万のドローンが空を埋め、帝国の超長距離ワープゲートが大陸の距離をゼロに変えた。エリュシオン博覧会を経て、世界はかつてないほど密接に、一ミリの隙間もなくパッキング(統合)されたはずだった。
だが、その完璧な物流網こそが、最悪の「不備」を招き入れる扉となる。
「……接続、完了。……大陸全土、受領印を確認」
クレイエルのガレージで、ゼロが満足げに端末を叩く。その傍らでは、リナとセレスがいつものように賑やかな不協和音を奏でていた。
平和。それは、積み上げられた丁寧な仕事の成果。
しかし、その静寂を切り裂いたのは、帝国のワープゲートから発せられた、聞いたこともない不吉な「軋み音」だった。
世界中を繋ぐための「道」が、内側から強引にパッキング解除(こじ開け)される。
帝国の技術者が絶叫し、ワープの術式が真っ赤な血の色に染まっていく。
そこに現れたのは、かつてタムの右腕を奪い、リナの肉体を壊し、セレスという少女の存在意義を嘲笑った、あの「暴力の最高傑作」。
「――ハハハ、素晴らしい。この『道』は実に歩きやすいな、梱包師」
世界が繋がったからこそ、絶望は最速で届く。
物流の利便性が生んだ、唯一にして最大のリスク。
アレスという名の「最悪の不在届」が、今、平和なクレイエルの空へとデリバリーされる。
「ちょっとセレス! あんた、さっきから私の喉を使って勝手にタムにアプローチしないでって言ってるでしょ!」
リナの怒鳴り声がクレイエルのガレージに響き渡る。だが、その声の余韻が消えるより早く、彼女の喉から、水晶のように透き通った、だがどこか楽しげな別の声が滑り出した。
『……不可解な抗議です、リナさん。私はただ、タム様の疲労度を検品(観察)し、肩揉みの提案という最も論理的なソリューションを提示したに過ぎません(セレス声)』
「それを私の体でやるのが問題なのよ! しかも『お疲れですか、タム様(甘いトーン)』って、セレス、あんた絶対わざとキャラ変えたでしょ!」
『……ノイズがひどいですね。それは私の音声モジュールが、タム様の好みの周波数に自動でパッキング(最適化)された結果ですわ』
リナは自分の喉を両手で押さえ、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。そんな「一人二役」の痴話喧嘩を、タムはガーディアンの洗車をしながら苦笑いで眺めていた。
「……平和ね。私のアイギスが、今日一日の平和指数を九九・八パーセントとパッキング(予測)したのも頷けるわ」
ゼロが端末から視線を上げずに呟く。
エキスポで公開された各国の技術は、ゼロの手によってクレイエル連合のシステムへと統合されつつあった。帝国のワープ技術による資材の超速調達、交易都市のドローンによる広域集荷。世界は今、一人の梱包師と一人の軍師を中心に、理想的な「循環」を始めようとしていた。
だが、その「完璧」という名のパッキングが、突如として内側から爆ぜた。
――ピキィィィィィィィィィン!!
大気を引き裂くような、高周波の不快な音が世界を支配した。
「……な、何!? アイギスの警報が……全大陸のワープゲートが『強制逆流』している!? バカな、帝国のパッキング(暗号)を外部から解除するなんて、物理的に不可能よ!」
ゼロの叫びと同時に、クレイエルの中心広場に設置された「親善用ワープゲート」が、禍々しい赤黒い魔力の脈動を放ち始めた。
その脈動が一段と高まった瞬間。
ドォォォォォォォォォォン!!
ゲートそのものが内側から粉砕され、鋼鉄の破片が礫となって街を襲う。
土煙の中からゆっくりと歩を進めてきたのは、全身を鈍色の重装甲で包み、三年前よりもさらに「暴力の密度」を増した一人の男。
「……カカカ! 久しぶりだな、ゴミども。……丁寧な箱庭遊びの最中に、少々『乱暴な荷物』が届いた気分はどうだ?」
その声を聞いた瞬間、タムの右腕――黒鉄の義手が、激しく火花を散らした。
忘れるはずがない。
自分の誇りを踏みにじり、セレスをなぶり殺した、あの悪夢そのもの。
「……アレス……ッ!!」
タムの声は、怒りと、そして三年前の「敗北の記憶」に震えていた。
アレスはニヤリと唇を吊り上げ、世界中を繋いでいる「魔導通信網」を、素手で掴み取るような動作を見せた。
「礼を言うぞ、梱包師。貴様らが世界を一つにパッキング(接続)してくれたおかげで、私はわざわざ歩く手間が省けた。……この『道』を使えば、私は一瞬で、あらゆる場所へ『死』をデリバリーできる」
アレスが指をパチンと鳴らす。
瞬間、空を飛んでいた交易都市のドローンたちが、一斉に機能を停止し、炎を上げて街へと墜落し始めた。
世界を繋ぐための道が、アレスの「暴力」を拡散させるための神経系へと書き換えられていく。
「……アレス! 戻ってきたというの、あの死海から……!」
リナが剣を抜く。セレスの魔力が、彼女の意志を待たずして最大出力でパッキング(励起)される。
「ああ、戻ったとも。貴様らがくれた『屈辱』という名の荷物を、何倍にも膨らませてな。……さあ、検品を始めようか。……この平和な世界に、私の暴力(完成品)がどれだけの『不備』を見つけ出すかを!」
アレスが踏み出した一歩。ただそれだけで、クレイエルの大地が悲鳴を上げてパッキング解除(爆砕)された。
三年前の彼は、ただの「暴力の塊」だった。だが、帝国のワープゲートを内側から食い破り、世界の魔導ネットワークを「神経」としてジャックした今のアレスは、世界そのものを自らの「外装」へと変貌させていた。
「……来るわ! 全員、迎撃パッキング開始!!」
ゼロが叫ぶ。彼女の背後には、エキスポで解析した他国の最新技術を統合した自律兵器群――「アイギス・レギオン」が浮遊していた。
「カイト、前線維持! エドワード、帝国のワープ座標を逆算してアレスの重力をパッキング(固定)しなさい! アルウェン、精霊の加護を全回路へデリバリー!」
「了解だッ! ――三年前の貸し、利子をつけて返してやるぜ!」
カイトが吠える。彼の聖剣は、エリュシオンの鍛冶技術と自らの執念によって「光の質量兵器」へと進化していた。黄金の光刃が空間を断ち切り、アレスの鈍色の装甲へと叩きつけられる。
同時に、エドワードが最新の魔導狙撃銃を引き絞る。「フォッフォ、老いぼれのデリバリー、受け取ってもらいますぞ!」
超高密度の空間圧縮弾がアレスの足元で炸裂し、彼の周囲の重力を一万倍にパッキング(増幅)した。
ドォォォォォン!!
砂塵が舞い、クレイエルの大通りが跡形もなく消え去る。だが、その絶望的な破壊の渦の中から、アレスの嘲笑が響いた。
「――温いな。この程度の負荷、私の『完成』を揺らすノイズにもならん」
アレスが『真理の定規』を一振りした。
ただそれだけの動作で、ゼロが展開していたオートマタの軍団が、一瞬で「ただの鉄屑」へとパッキング(圧縮)され、エドワードの重力場はガラス細工のように粉砕された。
「きゃああああっ!?」
アルウェンの悲鳴。彼女が精霊たちと紡いでいた守護の結界が、アレスの放つ「暴力の波動」によって内側から腐食していく。
「……セレス、行くわよ! 私たちが止める……!」「……了解です、リナさん。……魂の出力、臨界突破パッキング!!」
リナの剣が、セレスの青白い魔光を纏ってアレスの喉元へと迫る。三年前、なぶり殺された少女の魂が、今、復讐の火花となって爆ぜる。
だが、アレスは動かない。
彼はリナの剣を「指先一本」で受け止めた。
「……リナ、セレス。……二つの不備を合わせても、出来上がるのは『大きな不備』だと言わなかったか?」
アレスが指先に力を込める。
パキン、と嫌な音が響いた。リナの愛剣が砕け、その破片が彼女の鎧を、そして肉体を容赦なく切り裂く。
「がはっ……!? あ、が……っ」
「リナさん!!」
タムが叫び、黒鉄の義手を突き出す。
「衝撃梱包――最大出力!!」
三年前、アレスに亀裂を入れたあの一撃。だが、アレスはそれを避けることすらしない。
ドォォォォォン!!
タムの拳がアレスの胸板に直撃する。だが、手応えがない。
タムが放った衝撃は、アレスの身体を伝い、背後のワープネットワークを通じて「世界中の物流拠点」へと転送・分散されてしまったのだ。
「……今の私は、世界そのものとパッキング(接続)されている。……私を打つということは、この世界を打つということだ。……貴様に、世界を壊す覚悟があるか? 梱包師」
アレスの裏拳がタムの顔面を捉えた。
バキ、という鈍い音と共に、タムの視界が真っ赤に染まり、彼は数十メートル後方のガレージまで吹き飛ばされた。
「タム……様……っ!」
駆け寄ろうとするアルウェンの足を、アレスの魔力が蛇のように縛り上げる。
「カイト、お前の光は眩しすぎる。……検品(修正)してやろう」
アレスの手がカイトの頭を掴む。黄金の輝きを放っていた勇者の光が、アレスの黒銀の魔力に飲み込まれ、ドロドロとした絶望へとパッキング(変質)していく。
「あ……あ、あああああぁぁぁ!!」
カイトの絶叫がクレイエルの空を裂く。
ゼロの端末は火花を噴き、演算はエラーで埋め尽くされた。
「……計算が……合わない……。こんなの、物流の概念を超えているわ……。……逃げて、タム! 全員、パッキング解除して逃げなさい!!」
だが、逃げ場などどこにもなかった。
街のワープゲートからは、アレスの意思に従った「死の軍勢」が次々とデリバリーされ、クレイエルは完全に封鎖された。
地面に伏し、血反吐を吐くタム。
折れた剣を杖代わりに、立ち上がることすらできないリナ。
精霊の加護を失い、蒼白な顔で震えるアルウェン。
誇りを吸い取られ、瞳から光を失ったカイト。
そして、自らの軍略が通用しない絶望に涙を流すゼロ。
アレスは、壊れかけたガレージの前に立ち、泥にまみれたタムの頭を踏みつけた。
「……さて。……配送完了だ。……三年前の続き、今度こそ完璧にパッキング(トドメ)してやろう」
アレスが『真理の定規』を高く掲げる。その先には、すべてを無に帰す「消滅の光」が凝縮されていた。
タムの意識が遠のく中、耳の奥で、セレスの途切れ途切れの悲鳴が響く。
(……ごめんなさい、みんな。……僕のパッキングが……甘かった……)
絶望がクレイエルを飲み込もうとしたその瞬間――。
世界のどこからも、救いの受領印は届かなかった。
第98話をお読みいただき、誠にありがとうございます。
成長したクレイエル連合の総力を以てしても、世界とパッキング(融合)したアレスの暴力はあまりにも圧倒的でした。
カイトの誇りが砕かれ、リナとセレスが再び窮地に陥り、そしてタムが三年前と同じ絶望の淵に立たされる……。これほどまでに絶望的な配送状況は、物語史上初めてかもしれません。
「物流の敵」となったアレスを前に、全員が命の火を消されようとしているラストマイルたち。
果たして、この「絶望の確定申告」を覆す奇跡の再配達(逆転劇)は存在するのでしょうか。
次回、第99話。
『開梱不能の希望、あるいは届けられた「心」』。
死の淵でタムが見るものは、かつて自分が届けてきた「誰かの笑顔」か、それとも――。
物語はいよいよ、終焉か、あるいは真の覚醒か。
次回の更新まで、この衝撃を皆様の心にパッキング(保持)してお待ちください。




