第96話:真実の受領印
海上都市アクア・パルスを包んでいた漆黒の障壁が、昇り始めた朝日の光に焼かれ、ゆっくりとパッキング解除(霧散)していく。
だが、物理的な暗闇が晴れても、世界を覆う「情報の闇」はいまだ深いままだった。
エリュシオン本国、聖なる戴冠の間。
そこでは、エレナ王女の死を偽装した反逆者たちが、何食わぬ顔で玉座への「不当な積載」を完了させようとしていた。
物流が止まり、通信が断たれた数時間。世界はその「空白の伝票」に書かれた嘘を、真実として飲み込もうとしている。
「……待ちなさい。私の前で、勝手に物語を締めくくらないで」
満身創痍のアイギス・プロトの中で、ゼロは自らの神経を、都市の基幹放送タワーへと直接パッキング(接続)していた。
彼女の脳を駆け巡るのは、世界中に張り巡らされた数兆の魔導通信網。
敵のハッカー集団が幾重にも張り巡らせた「情報の壁」を、彼女の知性は、あたかも紙細工のように冷徹に、そして情熱的に切り裂いていく。
隣には、ボロボロになったガーディアンのハンドルを握るタムがいる。
背後には、王女を守り抜いたカイトの大剣と、リナの誇り、エドワードの知恵、そしてアルウェンの祈りがある。
これは、もはや競技ではない。
一国の存亡と、物流の正義を懸けた「最終配送」。
お届け物は、泥に汚れながらも決して折れなかった「真実」。
宛先は、嘘に惑わされている世界中の一〇億人。
そして受領印を押すのは、他でもない――未来を託された、あなたたち自身だ。
「……タム、準備はいい? 私が世界の『窓』をこじ開けるわ。……あなたは、その一瞬の隙間に、彼女の声をパッキング(デリバリー)しなさい!」
クレイエル連合、最後の荷解きが始まる。
世界が息を呑み、真実が朝焼けと共に全土へ同時配送される、伝説の瞬間の幕が上がる。
「……脳内温度、上昇中。……視覚情報の八〇パーセントを遮断。……残りの全リソースを、第ハ層の魔導プロトコルにパッキングしなさい!」
アイギス・プロトのコックピットは、もはや正常な空間ではなかった。ゼロの全身から発せられる熱気で空気が歪み、コンソールからは火花が散っている。彼女は自らの神経を放送タワーの基幹回路へ直接接続し、一人で「世界の検閲」と戦っていた。
「セレス! 帝国の検閲ハッカーどもが、私の信号に『ノイズ・パッキング』を仕掛けてきているわ。……無駄よ。一秒間に一億回の暗号変更? ……そんなの、私の演算スピード(歩幅)には追いつかない!」
ゼロの指先が、目に見えない光の鍵盤を叩く。
エリュシオン本国の反逆者たちが操作する巨大な通信サーバー。そこには、真実を隠蔽するための「偽の壁」が幾重にも築かれていた。だが、ゼロはその壁のわずかな「論理的隙間」を見逃さない。
「タム! 放送タワーの地下三階、物理的な『手動スイッチ』があるはずよ。……そこをオンにしない限り、私のデータは世界へデリバリー(送信)できない。……三分以内に、そこへ辿り着きなさい!」
「了解しました、ゼロさん! ……カイトさん、お願いします!」
タムが叫ぶと同時に、ガーディアンの屋根を蹴ってカイトが飛び出した。
地下へと続く重厚な防護シャッター。そこには、反逆者に買収された私兵たちが、魔導重機を並べて待ち構えていた。
「――運送屋の行く手を塞ぐんじゃねぇ! この荷物は、世界中が待ってんだよ!」
カイトの大剣が、重機をその装甲ごとパッキング解除(両断)する。
「リナ、左の連中を任せたぜ!」
「言われなくても! ――私の邪魔をする奴は、まとめて受領拒否(ぶっ飛ば)してあげるわ!」
リナの剣撃が、地下空間に猛烈な衝撃波を巻き起こす。二人の「盾」が道を切り拓き、タムはその最短ルートを、一〇〇分の一秒の無駄もなく駆け抜けた。
その頃、放送タワーの最上階。
エドワードは、震えるアルウェンの肩を抱きながら、タワーの外部アンテナを物理的に調整していた。
「フォッフォッフォ……。この角度、この魔力の指向性。……かつて私が、戦場で情報の『ラストマイル』を繋いだ時と同じ感覚ですな」
「……頑張る。……エレナ様の声、……お空の精霊さんたちに、全部パッキング(伝達)してもらうんだから!」
アルウェンの純粋な祈りと、エドワードの熟練の技が、ゼロの作り出した「情報の種」に翼を与える。
「……パッキング、完了。……タム、スイッチを!」
地下最深部。タムの義手が、黄金に輝くレバーを力強く押し下げた。
その瞬間、海上都市アクア・パルスから、一条の極大の光が天空へとパッキング(射出)された。
「――さあ、世界中のモニターを見ている愚か者たち。……検品(真実の確認)の時間よ!」
ゼロの絶叫と共に、世界中の魔法水晶、街頭モニター、さらには反逆者たちが進行させていた「偽の戴冠式」のライブ会場の全画面が、強引に上書きされた。
映し出されたのは、泥に汚れ、服は破れ、それでも誰よりも気高く立つエレナ王女。
そして、彼女を支える、誇り高き「ラストマイル」たちの姿だった。
「――全チャンネル、パッキング完了(強制接続)。……ノイズ率〇・〇一パーセント以下。……さあ、世界中があなたを待っているわ、エレナ王女」
ゼロの声は、もはや極限の疲労で掠れていた。アイギス・プロトのモニターに映る彼女の指先は、過負荷で細かく震えている。
だが、その執念が、世界の通信網という巨大な怪物を完全に飼い慣らしていた。
世界中の広場、家庭、そして王宮のホール。
あらゆる場所に設置された魔法水晶が、一斉に同じ光を放つ。
そこには、タムの肩を借り、朝日に照らされて立つエレナ王女の姿があった。
「……エリュシオンの民、そして、私の声を聴いている世界の皆様。……私は、エレナ・エリュシオン。……ご覧の通り、健在です」
彼女の静かな、だが凛とした声が、大気そのものを震わせて世界中にデリバリーされる。
反逆者たちが流していた「王女病死」の偽情報を、その存在自体が根底から否定していく。
「……今、私の背後にあるのは、エリュシオンの未来を盗もうとした者たちの醜い野望です。……彼らは物流を止め、情報の空白を作り、人々の信頼を隠蔽しようとしました。……ですが、彼らは一つだけ、大きな『検品ミス』を犯しました」
エレナは、隣に立つタムを誇らしげに見上げた。
「……この世界には、どんな暗闇の中であっても、必ず『想い』を届ける者たちがいる。……たとえ道が断たれようとも、彼らが新たな道を開拓し、真実を運び届けてくれる。……私は今、その誇り高き配送員たちの手によって、ここに立っています!」
エレナが掲げたのは、タムが届けたあのオルゴールだった。
ゼロが事前に仕込んでおいた魔力抽出プログラムが作動し、オルゴールの底部に隠されていた「先代国王の真なる遺言」が、ホログラムとなって空中に投影される。
そこには、反逆者たちの実名を挙げ、彼らを排斥するよう命じる、まぎれもない国王の署名と魔力刻印が記されていた。
「――チェックメイトよ、三流の役者ども」
ゼロが不敵に笑い、エンターキーを強く叩いた。
その瞬間、反逆者たちの隠し口座の記録、密談の音声、さらには王女拉致の証拠映像が、全世界の主要メディアへ一斉に同時配送(一斉送信)された。
世界中で、地鳴りのような驚愕の声が上がる。
本国の戴冠式会場では、民衆が怒号を上げ、偽の王を取り囲んだ。
情報の闇に守られていた悪意は、ゼロが放った「真実の光」によって、跡形もなくパッキング解除(粉砕)されたのだ。
「……やったな、タム! 最高のデリバリーだぜ!」
カイトがタムの背中を叩き、リナが安堵の息を吐いて大剣を収める。
「……本当、人騒がせな仕事だったわね。……でも、まぁ、悪くない受領印(結果)じゃない」
騒動が落ち着き、朝日が完全に昇りきった海上都市の港。
クレイエル連合の面々は、祝賀会の準備が進む喧騒を避け、自分たちのガーディアンの傍で静かな時間を過ごしていた。
だが、その平穏を破ったのは、ドレスの裾を翻して走り寄ってきたエレナだった。
「タム様……っ!」
エレナは、驚くタムに再び勢いよく抱きついた。
「……先程は、……皆様に見られている前でしたので、控えめなパッキング(表現)に留めましたが……。……私、もう二度と、あなたを離したくありませんの!」
「えっ、ええと……エレナ様?」
タムが困惑して固まる中、エレナは彼の頬を両手で包み込み、耳元で熱く、だがはっきりと告げた。
「……エリュシオン王族には、命を救われた際、その相手に生涯を懸けて『お返し』をするという、絶対のパッキング(盟約)がございます。……タム様。……これからは公務ではなく、私の専属の、……いいえ、私だけの騎士(配送員)になっていただきたいのですわ!」
そして彼女は、周囲の視線も構わず、タムの唇に情熱的な「エリュシオン流」の接吻をパッキングした。
「――っギャァァァァァァァァ!! だからダメだって言ってるでしょーがぁぁ!!」
リナの絶叫が、静かな港に響き渡る。
「ゼロ! あんた、なんで止めないのよ! 演算ミスでしょ、これ! 完全な積載オーバーでしょ!」
「……無理よ。……恋の変数なんて、私のアイギスでもパッキング(予測)できないわ……」
ゼロは、真っ赤な顔をしてタブレットを逆さまに持ちながら、フラフラと現実逃避を始めていた。
「フォッフォッフォ。……これは、次の荷物の配送先は『幸せの絶頂』になりそうですな」
エドワードの笑い声と、タムの真っ赤になった顔、そしてエレナの幸せそうな笑顔。
物流博覧会の優勝旗よりも、どんな金貨よりも輝かしい「未来」という名の荷物を、彼らは確かにその手にパッキング(獲得)していた。
「……さて。……タム、次の伝票よ。……宛先は、私たち自身の『これから』。……配送、開始できる?」
ゼロの問いかけに、タムは照れながらも、力強く頷いた。
「――はい! どこまでも、お届けします!」
走り出したガーディアン。その轍が描く道は、まだ見ぬ明日へと、どこまでもパッキング解除(解放)されて続いていくのだった。
ついに全種目と陰謀を突破し、物語は最高のハッピーエンドを迎えました!
ゼロの圧倒的な情報戦と、タムの誠実さが勝ち取った「真実の受領印」。そして最後にリナを絶叫させたエリュシオン流の情熱的なお返し……。クレイエル連合らしい、賑やかで熱い幕引きとなりました。
物語はここで一区切りとなりますが、タムとゼロ、そして愉快な仲間たちの「ラストマイル」は、これからも続いていきます。




