第95話:奇跡のパッキング
目の前に立ちはだかるのは、物理法則という名の絶望。
背後に迫るのは、一国の運命を飲み込もうとする漆黒の悪意。
隔てられた壁の向こう側で、王女の祈りは今、風前の灯火となっていた。
「――不合理? 冒涜? ……そんな言葉で、僕たちの配送は止まらない」
タムが握りしめるのは、かつて届けた「信頼」の旋律。
ゼロが導き出すのは、死地を加速へと変える「勝利」の数式。
そして、仲間の全霊が、ガーディアンを音速の向こう側へとパッキング(射出)する。
これは、ただの救出劇ではない。
世界を欺く偽りの受領印を打ち砕き、真実という名の荷物を、夜明けの海へとデリバリーするための聖戦。
「……届いてください、エレナ様。……あなたの心は、まだここにある!」
夜の海を切り裂き、奇跡を現実へと書き換える。
ラストマイルの誇りを懸けた、最終突撃の幕が上がる。
「……計算不能。……物理法則が、私の数式を拒絶しているわ……!」
アイギス・プロトのコクピットで、ゼロは血の滲む唇を噛み締めていた。
目前に迫る、厚さ一メートルの完全閉鎖隔壁。激突まで残り三秒。ガーディアンの速度では、激突した瞬間に全メンバーが肉塊へとパッキング(圧縮)される未来しか、彼女の演算機は映し出さない。
「タム、止まりなさい! 今の出力じゃ、壁に穴を開けるどころか、私たちが消滅するわ!」
ゼロの叫びが無線を震わせる。だが、タムの瞳は、助手席に置かれた『神晶のオルゴール』だけを見つめていた。
「いいえ、ゼロさん。……このオルゴールは、エレナ様の『心』そのものです。……そして、心には、壁なんて存在しません」
タムが義手をオルゴールに触れさせた瞬間、狂っていたはずの不協和音が、一点の濁りもない純白の旋律へと変化した。オルゴールから放たれた目も眩むような魔力光が、ガーディアンの装甲を青白くコーティングしていく。
「……!? オルゴールの魔力周波数が、ガーディアンの駆動振動と完全にパッキング(同期)した? ……まさか、物質の分子結合を一時的に緩めて、透過するつもりなの!? ……不合理よ、そんなの物理学への冒涜だわ!」
「理屈は後です! ゼロさん、……僕たちを、信じてください!」
タムはアクセルを限界まで踏み抜いた。
衝撃はなかった。
ガーディアンは、巨大な鋼鉄の壁を、まるで「水」の中を潜り抜けるように透過した。背後で物理法則が悲鳴を上げ、隔壁が分子レベルの摩擦熱で真っ赤に溶け落ちる。
「――パッキング解除(壁面突破)! 行けぇ、タム!」
カイトが吠え、ガーディアンはそのまま、夜の海へとダイブした。
ドォォォォォン!
凄まじい水飛沫と共に、海面に突き刺さるガーディアン。しかし、沈まない。アルウェンが全魔力を解き放ち、タイヤが着水する瞬間に、厚さ数メートルの『永久凍土の道』を海の上に生成し続けていたからだ。
「……捕捉! 前方二キロ、逃走中のコンテナ高速艇を確認!」
ゼロが、涙を拭う暇もなくモニターを叩く。
「奴ら、本気で外海へ逃げるつもりね! 逃亡ルート上に『魔導機雷』を大量散布。……タム、今の速度じゃ追いつけない。……三〇秒以内に、最高速度を一五〇パーセント上乗せ(ブースト)しなさい!」
「無茶を言うな! エンジンが焼き切れるぜ!」
カイトが叫ぶが、ゼロの瞳には、かつてないほど鋭い「勝機」が宿っていた。
「焼き切れる前に、届ければいいのよ! ……リナ、エドワード! 私がマーキングした機雷を、三、二、一の合図で同時に撃ちなさい! ……爆風を『加速の翼』にパッキングして、タムを……音速の向こう側へ叩き込むわよ!」
「フォッフォッフォ……。ゼロ殿、最高に刺激的な積載案ですな」
エドワードがライフルを構え、リナが大剣を正眼に構える。
夜の海。荒れ狂う波。そして、浮遊する数千の機雷。
クレイエル連合の「命を懸けたバトン」が、今、最後の一撃へとパッキング(収束)される。
「……脳内演算、一二〇パーセント。……視界のノイズをパッキング解除(強制排除)! 見えなさい……一ミリの狂いもない、『勝利の軌道』が……!」
ゼロは、アイギス・プロトのコックピットの中で、もはや呼吸さえ忘れていた。彼女の網膜には、荒れ狂う波間に浮遊する数千の魔導機雷が、死の刻印のように青白く浮かび上がっている。
敵のコンテナ高速艇は、すでに水平線の彼方、外海へと続く「封鎖線の門」に差し掛かっていた。そこを抜けられれば、王女の行方は永遠にパッキング(隠蔽)される。
「タム、加速を開始しなさい! ……一〇秒後に第一機雷群に接触する。……三、二、一……エドワード、今よ!!」
ドン、という腹に響く衝撃波が夜の闇を揺らした。
エドワードが放った魔導狙撃弾が、ガーディアンの直後、わずか三メートルの位置にある機雷を正確に撃ち抜いた。
凄まじい爆風と、海水を蒸発させるほどの熱量がガーディアンの背中を叩く。
「ぐぅ……っ! カイトさん、姿勢制御を!」
「分かってらぁ! アルウェン、氷の厚さを三倍にしろ! この爆風を全部『前への力』にパッキングしてやる!」
カイトが大剣を海面に突き立て、舵として機能させる。ガーディアンは爆風という名の「見えない翼」を得て、海面を滑る弾丸と化した。
時速三〇〇キロ。四〇〇キロ。
もはや景色は色の帯と化し、タムの視界は極限の集中へとパッキングされていた。
「リナ! 次の機雷群よ! 右舷前方三〇度、三連続爆破でガーディアンを強制的にホップさせなさい!」
「任せなさいっての! ――『黄昏の残響』、最大出力でパッキング解除(解放)!!」
リナが大剣を振るうたび、海面で連鎖爆発が起こる。その衝撃で、数トンの重量を誇るガーディアンが、重力を嘲笑うかのように海面を跳ね、敵艇の真上へと飛び上がった。
「――捕捉! タム、飛びなさい! コンテナのハッチを、あなたの『配送員としての意地』でパッキング解除(破壊)するのよ!」
「……行きます!!」
タムがガーディアンから身を乗り出す。
荒れ狂う海風が全身を叩き、波飛沫が視界を奪う。
下方では、敵の武装兵たちが驚愕の表情で空を見上げ、一斉に魔導銃を構えていた。
「……邪魔、だ!!」
タムの義手が、過負荷でオレンジ色の熱光を放つ。
彼は空中で身を翻し、急降下。その重力加速度のすべてを右拳にパッキングし、敵艇のコンテナ・ハッチへと叩きつけた。
バキィィィィィィィィィン!!
鋼鉄の扉が紙細工のようにひしゃげ、火花と共に吹き飛ぶ。
暗いコンテナの内部。そこに、猿轡をされ、鎖で繋がれたエレナ王女の姿があった。
恐怖に震える彼女の瞳が、月光を背に舞い降りたタムを捉える。
「……エレナ様。……お待たせしました。……『想い』の続きを、届けに来ました」
タムが鎖を義手で引きちぎり、エレナをその細い腕にパッキング(抱擁)した瞬間。
敵の首領が、執念深く魔導キャノンを至近距離から向けた。
「……死ね、クソ運送屋が!」
「――不採用よ、その結末は!!」
上空から、ゼロのアイギス・プロトが、流星のような速度で急降下してきた。
彼女は機体のシールドを限界まで展開し、タムとエレナを包み込むようにして、敵の砲撃を真っ向からパッキング(遮断)した。
「……ゼロさん!」
「……ふん。一秒でも遅れたら、私の計算式が汚れるところだったわ。……タム、受領印をもらいなさい。……この、世界で一番価値のある荷物のね」
タムは、震えるエレナの手に、自分の手を重ねた。
「……タム、様……。……ああ、……本当に、……届けてくださったのですね……」
エレナの瞳から溢れた涙が、月の光に輝く。
タムの手で猿轡を外された瞬間、エレナは堰を切ったように泣き出し、そのまま彼の胸へと激しく飛び込んだ。
「タム様……! 怖かった……、本当に、怖かったですわ……!」
細い腕でタムの首にしがみつき、彼の体温を確かめるように何度も顔を埋めるエレナ。そして彼女は、涙に濡れた瞳でタムを見つめると、エリュシオン王族に伝わる「命の恩人への最上の謝意」――すなわち、唇への深い接吻を迷うことなく捧げた。
「――っ!? ちょっ、ちょっと待ちなさいよアンタたちぃぃ!!」
通信モニター越しにその光景を検品(目撃)したリナが、鼓膜を突き破るような絶叫を上げた。
「なっ、何してんのよ王女様! それ、物流業界のガイドライン違反でしょ!? 職権濫用でしょ!? タム、あんたもされるがままになってんじゃないわよ!」
リナの驚愕を余所に、エドワードは「フォッフォ、これぞ若さのパッキングですな」と呑気に笑い、ゼロは「……計算外よ、あんな非論理的なコミュニケーション……」と顔を真っ赤にしてフリーズしている。
当のタムは、突然の「エリュシオン流」の洗礼に、石像のように固まったまま、朝日の中でただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
海上都市の遥か彼方、水平線から朝日が昇り始める。
それは、偽りの王による支配を照らし出し、真実をパッキング解除(白日の下に晒す)する、勝利の夜明けだった。
タム、ゼロ、リナ、カイト、エドワード、アルウェン、そしてセレス。
満身創痍の「ラストマイル」たちが、夜明けの海を背に、王女を連れて帰還する。
彼らの背負った荷物は、もはや一国の王女だけではない。
「物流とは、信頼を届けること」という、何物にも代えがたい「正義」だった。
限界までの熱量、そしてゼロの知性とタムの執念が結実した救出劇、いかがでしたでしょうか。海を越え、壁を穿ち、音速で王女を奪還した彼ら。しかし、物語はまだ終わりません。
本国で進む「偽の王」の戴冠式。この真実を世界にパッキング(配信)し、正当な王座を取り戻すための、本当の「最終配送」が始まります。
次回、第96話。
『真実の受領印、あるいは世界への同時配送』。
全メディアをジャックし、クレイエル連合が世界中に「王女の無事」をデリバリーします。




