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第94話:残光のデリバリー

歓喜は一瞬にして、底知れぬ静寂へとパッキング(封印)された。

 海上都市アクア・パルス。世界中の賞賛を浴びた栄光の舞台は、突如として外部との繋がりを絶たれた「情報の監獄」へと変貌する。

 物流が止まる。それは、世界の呼吸が止まることと同義だ。

 通信が途絶え、人々が混乱に陥るその暗闇の隙間で、歴史という名の荷物が、密かに、そして残酷に書き換えられようとしていた。

 消えたエレナ王女。残された、不協和音を奏でるオルゴール。

 そして、偽りの受領印(声明)を掲げ、エリュシオン王国の玉座を狙う見えざる手。

「……待ってなさい。私の計算から、逃げ切れると思わないことね」

 ゼロの瞳に宿る、冷徹なまでの執念の光。

 タムが握るハンドルに込められた、静かな、だが決して折れない怒り。

 これは、公式の競技ではない。賞賛も報酬も約束されていない。

 それでも、一人の配送員として、一人の「守り手」として。

 彼らは夜の海上都市を、弾丸となって駆け抜ける。

 奪われた「想い」を、もう一度パッキング解除(奪還)するために。

 暗黒のラストマイル、その追撃の幕が上がる。

第2種目『マルチポイント・デリバリー』。ゼロの圧倒的な指揮によってクレイエル連合が「完全勝利」をパッキングした瞬間、スタジアムは地鳴りのような歓声に包まれていた。

 だが、その熱狂は、あまりにも唐突に断ち切られる。

 ――バチッ。

 不快な魔法音と共に、アクア・パルスの空を彩っていた祝祭の光が、すべて同時にパッキング解除(消失)された。

 「……停電? いや、魔力供給が完全に遮断されたのか?」

 タムがガーディアンの窓から空を見上げると、そこには星空ではなく、都市全体を覆い尽くす漆黒の「魔導障壁」が展開されていた。

 「……嘘でしょ。外部ネットワークとの同期リンクが完全に死んでいるわ。……衛星通信も、海底ケーブルの魔力信号も、すべて強制的にパッキング解除(切断)された」

 アイギスのコンソールを叩くゼロの顔が、モニターの予備電源に照らされて青白く浮かび上がる。

 「これじゃあ、私たちが勝ったというニュースさえ、一歩も外へ出られない。……今、この都市は世界から切り離された『空白地帯』になったのよ」

 混乱が広がるスタジアム。その中でタムの「検品眼」が、貴賓席の異変を捉えた。

 「……エレナ様がいない」

 先程まで満面の笑みで拍手を送っていたはずのエレナ王女の姿が、かき消えるように消えていた。そこに残されていたのは、彼女の護衛騎士たちの骸と、床に転がり、狂ったような不協和音を奏でる「神晶のオルゴール」だけだった。

 「カイト、リナ! 貴賓席へ! エドワードさんはアルウェンを連れて予備電源の確保を!」

 タムの指示が飛ぶ。チーム・クレイエルは、勝利の美酒を味わう間もなく、実戦のパッキング(武装)へと移行した。

 貴賓席に駆けつけたタムの手が、オルゴールを拾い上げる。

 「……熱い。魔力が逆流している。……これは事故じゃない。……計画的なパッキング解除(拉致)だ」

 

 その時、都市全域の放送スピーカーが、ノイズ混じりの声を吐き出した。

 『――親愛なる配送員の諸君。……そして、世界の観客諸君。……しばらくの間、このアクア・パルスを「休養パッキング」させていただく。……世界中の主要な物流会社がここに集まっている今、外の世界は「情報」という名の血液を失ったも同然だ』

 「……そういうことか。連中、世界の『目』を塞いだんだ」

 カイトが拳を固める。

 「物流が止まれば、情報も止まる。情報の空白地帯ができれば、その隙に何をやっても……例えば一国の王族を殺してすり替えても、数日間は誰も気づかない」

 ゼロが震える手で、タブレットに表示されたエリュシオン本国の魔導信号を解析する。

 「……最悪よ。本国から『エレナ王女は急病により、公務を叔父の摂政に委託する』という偽の受領印(公式声明)が出ているわ。……これじゃあ、彼女がここで消されても、外の世界では『病死』として処理される」

 タムは、壊れかけたオルゴールを強く握りしめた。

 「……配送員は、荷物を待つ人の想いを繋ぐのが仕事です。……その想いを、偽物の受領印で踏みにじるなんて……僕は、絶対に許さない」

 「……タム。計算したわ。王女を乗せたと思われる黒いコンテナの移動ルート。……座標をあなたの義手にパッキングする。……ただし、現在の都市は完全な暗闇。センサーも地図も役に立たない。……それでも、行くの?」

 タムは無言でガーディアンのエンジンを始動させた。

 「ゼロさん。……僕の目には、彼女が届けてくれた『信頼』という名の光が見えています。……配送、開始スタートです」


 「……見失わないで。奴らの移動速度は時速一二〇キロ。海上都市の地下搬送路パイプラインを逆走しているわ!」

 アイギス・プロトの狭いコクピット内で、ゼロは予備電源の微弱な光を頼りに、自身の脳を直接都市の残存魔力網へとパッキング(接続)していた。

 過負荷で鼻血が滴り、視界が明滅する。だが、彼女は指一本動かさず、意識だけでタムのガーディアンに最短の「追跡ルート」を送り続けていた。

 「タム! 三〇〇メートル先、右の防壁を突き破りなさい! そこを通れば、地下ドックへショートカットできる!」

 「了解……! カイトさん、衝撃に備えてください!」

 「おうよ! 荷台の固定はパッキング完了だ! 行けぇ、タム!」

 ガーディアンが、厚さ数センチの鉄扉を真っ正面から粉砕する。

 火花が暗闇を散らし、機体は迷路のような地下搬送路へと躍り出た。

 その視界の端、高速で移動する無機質な漆黒のコンテナ車両が、一条の赤い尾灯を残して走り抜けるのが見えた。

 「――捕捉ロックオン! あのコンテナの中に、エレナ様がいる!」

 タムの叫びと同時に、敵車両のハッチが開き、数機の自律型配送ロボットが射出された。

 それは配送用とは名ばかりの、殺傷能力を持った「追跡排除機」だ。高速走行するガーディアンに対し、魔導レーザーが雨のように降り注ぐ。

 「――邪魔よ! タムの進路をパッキング(妨害)させない!」

 リナが走行中のガーディアンの屋根に立ち、大剣『黄昏の残響』を横一文字に振り抜いた。

 突風がレーザーを散らし、追随するロボットを一刀両断にする。だが、敵もさるもの。狭いパイプライン内に設置された、本来は荷物を固定するための「重力トラップ」を次々と起動させていく。

 「……っ、重力が狂う! 車体が、……浮き上がる!」

 タムがハンドルの手応えを失いかける。

 「エドワードさん、右舷の重量バランスを!」

 「フォッフォッフォ……お任せあれ。この老兵の体重、一時的に一トンほどにパッキング(加重)いたしましょう」

 エドワードが車内の重心を物理的に操作し、ガーディアンを強引に路面に叩きつける。その一瞬のグリップ力を逃さず、タムはアクセルを床まで踏み込んだ。

 漆黒のコンテナ車両との距離、残り五〇メートル。

 敵は焦ったのか、搬送路の非常隔壁を次々と閉鎖し、タムたちを「物理的にパッキング(閉じ込め)」しにかかる。

 「ゼロ、隔壁のロックを解除できないの!?」

 リナの叫びに、ゼロは歯を食いしばりながらコンソールを叩いた。

 「……ダメ、メインサーバーが物理的に切断されている! ……でも、……私の演算をなめないで! 隔壁が閉まる『速度』と『角度』、その一三ミリの隙間に突っ込めば……理論上は通り抜けられるわ!」

 「……信じます、ゼロさん!」

 タムは瞳を閉じ、ゼロから送られてくる「光の糸」のような軌跡だけを脳にパッキングした。

 閉まりゆく巨大な鋼鉄の門。火花が車体を削り、サイドミラーが吹き飛ぶ。だが、ガーディアンは文字通り「紙一重」の差で、閉塞空間を突き抜けた。

 「……しぶとい奴らだ。だが、これならどうかな?」

 コンテナ車両の操縦士――エリュシオンの反乱軍が、冷酷な笑みを浮かべてスイッチを入れる。

 搬送路の突き当たり。そこは、海上へと直接繋がる「荷物射出カタパルト」だった。

 

 漆黒のコンテナが、轟音と共に海面へと射出される。

 「逃がすかぁ!」

 カイトが叫ぶが、ガーディアンの目前で、最後の一枚の「完全閉鎖隔壁」が重く閉ざされた。

 「……パッキング解除(突破)失敗? ……そんな、ここまで来て……!」

 ゼロの声が絶望に震える。

 だが、暗闇の中、タムの瞳だけは死んでいなかった。

 「……いいえ、ゼロさん。……僕たちは配送員です。……道がないなら、……作ればいい」

 タムは、ガーディアンのダッシュボードに置かれた、あの壊れかけたオルゴールをそっと手にとった。

 その中で微かに光る「神晶」の破片を見つめる。

 「――アルウェン、お願いします。……僕たちの『想い』を、壁の向こうへ届けてください」

 隔壁の向こう、荒れ狂う夜の海へと消えていく敵の灯火。

 救出まで、あとわずか。

 だが、そのわずかな距離が、今は絶望的に遠く感じられた。

暗闇の海上都市での息もつかせぬカーチェイス。ゼロの精密な計算と、現場のメンバーの「意地」が火花を散らす展開となりました。敵のコンテナは海へと放たれ、タムたちの前には絶望的な壁が立ちはだかります。

しかし、彼らにはまだ「最後の手札」が残っています。

次回、第95話。

『奇跡のパッキング、あるいは海を駆ける巨人』。

隔壁を打ち破り、夜の海で繰り広げられる「最終決戦」。

タムの手が、ついにエレナ王女の元へと届きます。

犯人との追いかけっこ、そして絶体絶命の瞬間までを詳しく、迫力満点に描写いたしました。

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