表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/242

第91話:青き審判、あるいは海上都市の狂騒

 クレイエルの空とは違う、どこか塩気を帯びた魔法光が、海上浮遊都市アクア・パルスを青白く染め上げている。

 万国物流博覧会エキスポ。それは、単なる技術の競演ではない。国家の威信を懸け、物流という名の「世界の血流」を誰が支配するかを決定する、音なき戦争の舞台だ。

 スタートラインに並ぶのは、各国の巨万の富と軍事技術をパッキングした「化け物」たち。

 空を支配する帝国の飛翔重機、深海を蹂躙する連邦の潜水ポッド、そして物量で海を埋め尽くす交易都市のドローン群。

 その巨大な鋼鉄の影に挟まれ、ラストマイルのレガシー・ガーディアンは小さく、頼りなく見えるかもしれない。だが、その隣には、鋼の知性を宿したゼロの「アイギス・プロト」が、不敵な燐光を放って並び立っている。

 タムの抱く「届ける想い」と、ゼロが積み上げた「完璧な数式」。

 相反するはずの二つの正義が、クレイエル連合という一つのパッケージに詰め込まれたとき、海上都市の迷路は、もはやただの配送ルートへと変貌する。

 世界の頂を検品し、不可能という概念をパッキング解除(解体)するために。

 今、史上最も不合理で、最も完璧なレースの幕が上がる。

 海上浮遊都市アクア・パルスの中心部に位置する『第一中央発着場』。

 そこは、物流の概念を物理的に拡張しようとする怪物たちの巣窟だった。

 タムはガーディアンのコックピットで、窓の外に並ぶ競合他社の機体を、静かに、だが鋭く検品していた。

 右隣には、帝国の軍事技術を極限まで転用した「飛翔重機」が、重厚な魔導エンジンの唸りを上げている。左隣には、北方の連邦が誇る、流線型の極致を行く「潜水弾道ポッド」。それら最新鋭の機体群に挟まれたレガシー・ガーディアンは、まるで鋼鉄の巨人たちの中に迷い込んだ、場違いな骨董品のようにも見えた。

「……タム、見て」

 通信機から聞こえるゼロの声は、これまでにないほど冷たく、そして細かく震えていた。

「……アイギスのデータベースが、エラーを吐き続けているわ。あいつらの機体、積んでいる魔導演算機の処理能力が、私たちの規格を二世代は飛び越えている。……一秒間に数億回のルート計算? ……そんなの、物理法則への冒涜よ」

 ゼロはアイギス・プロトの狭いコックピット内で、自身の豊かな胸元が激しく上下するのを抑えられずにいた。彼女が一生をかけて積み上げてきた「合理性」という名の城が、世界の圧倒的な資金力と技術力という波に、なす術なく侵食されていた。

「……効率も、速度も、私が世界一だと信じていた。けれど、……ここにあるのは『暴力的なまでの正解』だけ。……私の数式なんて、……この海じゃゴミ同然ね」

 絶望がゼロの意識をパッキング(封印)しようとした、その時。

『ゼロ様。その推論には、重大な欠落バグがありますわ』

 通信回線に、澄み切った、それでいてどこかからかうような声が割り込んだ。セレスだ。

「……何よ。デバイスの分際で、私の演算を否定するの?」

『否定ではなく、検品です。リナさん、教えてあげてください。ラストマイルの「答え」の出し方を』

 ガーディアンの荷台から、リナが身を乗り出した。背負った大剣『黄昏の残響』が、海上都市の強い日差しを反射して鈍く光る。

「そうよ、巨乳の姉ちゃん。あんたの数字は綺麗すぎて、この泥臭い現場の『匂い』を計算に入れてない。……いい? 世界一ってのは、一番速い計算機を持ってる奴のことじゃない。……一番しぶとく、荷物を届けた奴のことだ」

「……リナさん。……カイト」

 タムが短く呼ぶと、屋根の上にいたカイトが、不敵な笑みを浮かべて親指を立てた。

「おう、分かってるぜ。……ゼロ、あんたの『鋼の目』が曇ってるなら、俺たちの『野性の目』を貸してやる。……前だけ見てろ。道は俺たちが作る」

 その時、スタジアムの全天を覆う魔法文字のカウントダウンが、ゼロを刻んだ。

『3――2――1――』

 ――激突スタート

 スタジアムを揺らしたのは、爆音でも歓声でもない。空間そのものが軋むような、巨大な魔導力の爆ぜる音だった。

 ゼロのアイギス・プロトは、半ば反射的に加速を開始した。だが、都市部へ突入する第一コーナーで、彼女は「世界の洗礼」を浴びることになる。

「……っ!? なに、これ……視界が、……座標が消える!」

 先行する北方連合の代表機から、目に見えない漆黒の魔導霧が噴射された。

 それは単なる煙幕ではない。空間の座標情報を乱し、魔導センサーに「存在しない壁」を投影させる、超高度なジャミング工作。

「計算できない! 最短ルートが、……迷路ノイズの中に溶けていく! ……アイギス、緊急停止パニック! ……ぶつかる、どこが……どこが本物の道なの!?」

 ゼロが恐怖に瞳を閉じ、操縦桿を握り締めたその瞬間。

 轟音と共に、彼女の横を「銀色の弾丸」が、迷いなく突き抜けていった。

「――お待たせ、ゼロ! セレス、パッキング解除(解析)開始!」

 リナの叫びが、ゼロの凍りついた思考を叩き割った。

 ガーディアンが、ジャミングの嵐の中に真正面から突っ込んでいく。

「セレス! 偽物の座標を全部焼き払って!」

『了解いたしました、リナさん。……魔導波形の逆位相を生成。……ゼロ様のアイギス・システムへ、強制的に「真実の視界リアル・パス」をパッキング(同期)します!』

 ゼロのモニターに、ノイズを切り裂くような真っ赤なラインが一本、鮮烈に走り抜けた。

 それは、セレスの冷静な分析と、リナが振り抜いた大剣の衝撃波が作り出した、数式を超えた「活路」だった。

「……見えた。……これが、……あなたたちの『道』……!」

 ゼロの指先が、再び魔法のような速さで鍵盤キーを叩き始める。

 絶望は、いつの間にか熱い高揚感へと変換されていた。


「……同期シンクロ完了! アイギス、再起動!」

 ゼロが叫び、操縦桿を限界まで押し込む。セレスから送られてきた「真実の座標」が彼女の脳内に直接パッキングされ、ジャミングで真っ白だった視界が、一転して鮮明な戦場へと変貌した。

 アイギス・プロトの四肢から青い魔導光が激しく噴射され、フリーズしていた機体が、獲物を追う猛獣のような速度で再加速を開始する。

「リナ! そのまま三〇メートル直進後、二時の方針へ! 偽装壁の裏に、緊急回避用の搬送路バイパスを検品したわ!」

「了解! まどろっこしい真似は抜きよ、セレス、出力を大剣に回して!」

『承知いたしました。……魔力収束率、一二〇パーセント。……「黄昏の残響」、パッキング解除(解放)!』

 リナの大剣が、紫電を纏って膨張する。

 都市部の狭い路地、北方連合の工作員たちが仕掛けた重力トラップが発動し、地面が底なしの沼のように歪む。しかし、リナはその歪みごと空間を叩き斬った。

 轟音と共に石畳が爆ぜ、衝撃波が物理的に「道」を平坦にならしていく。その瓦礫が沈むよりも速く、ゼロのアイギスがリナの背中を蹴り上げるようにして跳躍した。

「計算通りよ! リナが作った気流に乗れば、空気抵抗をゼロにできる!」

 ゼロは機体を反転させ、ビルの壁面を重力に逆らって疾走する。

 垂直の壁を走りながら、彼女は次々と各国の機体にハッキングを仕掛け、彼らの進路情報をパッキング(奪取)していった。

「……見つけた。帝国軍の飛行重機、最短ルートを確保するために、前方の商業ビルを破壊するつもりね」

『リナさん、警告です。三秒後に前方ビルが崩落。直撃コースですわ』

「はっ、上等じゃない! ゼロ、あんたの計算なら、崩れる瓦礫を足場にできるんだろ?」

「……正気なの? ……ええ、いいわ。最高に不合理で、最高に完璧なルートを組んであげる!」

 ゼロの指先が、計器の上で舞う。

 ビルが崩壊し、巨大な外壁が雨のように降り注ぐ死の空間。

 そこを、アイギス・プロトとガーディアンが、一糸乱れぬ連携で駆け抜けていく。

 ゼロが瞬時に計算した「瓦礫の着地可能点」が、光の点としてリナとタムの視界に共有される。ガーディアンは崩れ落ちるコンクリートの塊を、まるで階段を登るように跳ね、ゼロのアイギスはその間を縫うように、一〇〇分の一秒の隙間を突いて加速した。

「信じられない……。あいつら、崩落を加速装置にしていやがる!」

 背後で帝国の操縦士が絶叫するが、すでに二台の影は、粉塵の向こう側へと消えていた。

「港まで、残り八〇〇メートル! タム、準備はいい!?」

 リナの叫びに、これまで沈黙を守っていたタムが、静かに義手をハンドルへ固定した。

「……ええ。バトン、確実に受け取ります」

 都市部の迷路を抜け、視界が開けた先に、青く荒れ狂う海が見えた。

 そこでは、先に都市部を「強行突破」した数少ない怪物たちが、激しい波に翻弄され、立ち往生している。

 ゼロは、機体のハッチを強制解放した。風圧で彼女の長い髪が激しく踊り、豊かな胸元が荒い呼吸で波打つ。

「……これが、私たちのパッキングよ! 受け取って、タム!」

 ゼロが投げたのは、バトン代わりの魔導チップ。

 それは空中で美しい放物線を描き、タムの伸ばした義手へと吸い込まれるように収まった。

「パッキング、確認。……アルウェン」

「はい! 潮騒の精霊さん、道を開けて! ラストマイルの『想い』を、向こう岸まで届けて!」

 ガーディアンが桟橋を蹴り、海面へとダイブした。

 その瞬間、アルウェンの周囲から溢れ出した青白い光が、波を平伏させるように凍りつかせ、海の上に一本の「クリスタル・ロード」を生成した。

 ゼロは、港の縁で機体を止め、その光景を呆然と見送っていた。

 荒れ狂う海を、自分の計算にはなかった「祈り」と「精霊」の力が、物理的に制圧していく。

「……不合理。……非科学的。……そして、あまりにも美しいわ」

 ゼロは、自分の熱くなった頬に手を触れた。

 

 リナがガーディアンから飛び降り、ゼロの隣に並んで、去り行くタムたちに拳を突き上げる。

「見たかよ巨乳の姉ちゃん! これが私たちの『配送』だ!」

『ゼロ様。……わたくしのアーカイブに、新しいデータがパッキングされました。「友情」による出力増加係数……計測不能ですわ』

 ゼロは眼鏡をかけ直し、ふっと、柔らかい笑みをこぼした。

「……ええ、そうね。……次の区間、彼らが受領印をもらうまでの時間を計算しましょうか。……誤差は、一秒も許さないわよ」

 海上都市の第一種目、後半戦。

 クレイエル連合代表の真価が、今、世界の瞳にパッキング(刻み込まれ)ようとしていた。

リナの力技とゼロの知略が、海上都市の難関を「蹂躙」しました。彼女たちが築いた信頼の道は、今、タムとアルウェンによって海の上へと続いています。

次回、第92話。

海上を独走するタムたちの前に、世界一に最も近いと言われている名だたる物流会社が立ちはだかります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ