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第九話:綻びの正体

お読みいただきありがとうございます。

伝説の花『氷晶花』を持ち帰り、バラムの街へ帰還したタムたち。

しかし、そこで彼を待っていたのは、かつて共に召喚され、別の道を歩んだ「光」の存在でした。

聖騎士、カイト。

第一話で最高峰の適性を得て、王都の英雄となった彼が、なぜこの辺境の街に現れたのか。

傷だらけの「運び屋」と、黄金に輝く「聖騎士」。

交わることのなかった二人の運命が、再び交差します。

物語がいよいよ大きく動き出す、運命の第九話をお楽しみください。

 バラムの街の正門を、三人の影がくぐった。

 朝陽を背に受けて現れたその姿は、およそ「伝説の花を求めて旅立った者」の華やかさとは無縁だった。

 先頭を歩くリナは、機能美を誇っていた銀の鎧に無数の傷を刻み、返り血が乾いて黒ずんでいる。エドワードは杖を支えに、深い疲労を隠そうともせず歩を進める。

 そして中央に立つタム。彼の両手は、指先から肘までを血の滲んだ布で幾重にも巻かれ、背負い袋のベルトがその傷に食い込んでいる。だが、その瞳だけは、極限状態を乗り越えた者特有の、冷徹なまでの光を失っていなかった。

 ギルドの酒場に足を踏み入れた瞬間、喧騒が嘘のように止んだ。

 数日前、彼らを「死に損ない」と笑い飛ばしていた冒険者たちが、息を呑んで道を開ける。タムは無言で受付のカウンターへと歩み寄り、負傷した右手を庇いながら、左手で背中の荷物を降ろした。

「……依頼の品、『氷晶花』です。完品での配送を完了しました」

 タムの声は低く、掠れていたが、静まり返った館内に不思議なほどよく通った。

 受付嬢が震える手で、タムが差し出した透明な「梱包箱」を受け取る。中には、極低温を維持したまま、摘み取られた瞬間の鮮度を保って静止している、奇跡のように美しい花があった。

 ギルド全体が、言葉にならない戦慄に包まれた。誰もが不可能だと断じた依頼を、この「無能な運び屋」が、傷だらけの体で成し遂げてみせたのだ。

 ***

 宿屋の二階、タムたちの拠点となっている一室。

 ようやく訪れた休息の時間。エドワードが真剣な表情で、タムの両手に巻かれた血塗れの布を解いていく。

 布が剥がされるたびに、タムは奥歯を噛み締めて痛みに耐えた。手榴弾の爆発を真空梱包の膜越しに防いだ代償は、見るも無惨な火傷となって両手を覆っていた。

「……タム殿。君という人は、本当に……」

 エドワードの声には、呆れと、隠しきれない畏怖が混じっていた。

「治癒魔法で皮膚の再生を助けますが、神経のダメージまでは完全には取り除けない。しばらくは、重い荷物を持つのは禁物ですぞ」

「……配送期限は待ってくれませんよ」

 タムは自嘲気味に笑い、エドワードの手による治療を受けながら、膝の上に置かれたセレスの箱を見つめた。

 その時、箱の不透明な表面が、内側から激しく明滅した。

『……タムさん! 見せて……その手を、見せてください!』

 セレスの、泣き出しそうな声が脳内に直接響く。

(……お嬢様、大丈夫です。ただの火傷ですよ。これくらい、前世の繁忙期に比べれば……)

『嘘よ! 爆発の音がしたわ! あなた、私のために……また、そんな風に自分を壊して……!』

 箱がカタカタと震える。彼女が中で取り乱しているのが伝わってきた。タムは、エドワードが治療を終えたばかりの、真っ白な包帯が巻かれた手を、そっと箱の表面に添えた。

(……いいですか、お嬢様。俺にとって、荷物を「最高の状態」で届けることは、自分自身の存在価値を確認する作業なんです。火傷も、この痛みも、俺が仕事を完遂した証に過ぎない。……だから、自分を責めないでください。これは俺が、俺のために選んだ結果なんですから)

 タムの言葉は、冷たく、そして強固だった。セレスはしばらく黙り込んでいたが、やがて掠れた声で、静かに呟いた。

『……あなたは、本当に意地悪ね。……そんな風に言われたら、私は「ありがとう」以外の言葉を、全部飲み込むしかないじゃない……。……お願い、タムさん。……せめて、今は休んで。あなたの手が治るまで、私はどこへも行かないから……』

(……ええ。少しだけ、休みます。次の配送ルートを考えるために)

 ***

 タムが眠りについた後、エドワードとリナは部屋の隅で、回収した刺客の遺品を改めて分析していた。

 テーブルの上に置かれているのは、刺客のリーダーが身につけていた、黒鉄のメダルだ。

「……リナ殿、君の目から見て、この暗殺術はどうだった?」

 エドワードの問いに、リナは手入れ中の剣の手を休め、沈痛な面持ちで答えた。

「……異常でした。迷いがないのはもちろん、痛覚を遮断しているかのような動き。そして何より……あの『集団での沈黙』。王国の精鋭騎士団ですら、あそこまでの無音制御は不可能でしょう。……彼らは、人間を辞めているようにさえ見えました」

 エドワードはメダルを手に取り、古びた眼鏡の奥で眼光を鋭くした。

 メダルには、歪んだ円の中に、複数の眼が折り重なったような、おぞましい意匠が刻まれている。

「……私の知識は、クレイエル王国が建国される以前の歴史まで網羅している自負がある。だが、この紋章には見覚えがない。どの貴族家、どの宗教組織、どの隣国の諜報機関の記録にも、これに類する意匠は存在しないのだ」

「……エドワード殿でも、知らないと?」

「ええ。まるで、歴史の『外側』から降って湧いたかのような存在だ。刺客が使っていた武器の材質も、今の魔導工学では説明がつかない不純物の混ざり方をしている。……タム殿が戦ったあの手榴弾、あれも通常の火薬や魔石とは異なる、異質なエネルギー源を感じた」

 エドワードの言葉に、部屋に冷たい緊張が走った。

 彼らが戦っているのは、王室の政争という枠組みを超えた、もっと根源的で、この世界の理から外れた「何か」である可能性が浮上していた。

 ***

 翌日。タムは痛む体を引きずり、ギルドの支部長室へと向かった。

 そこには、昨日の快挙を受けて、渋面を崩せないでいる支部長が座っていた。

「……支部長。氷晶花は届けた。約束通り、王都への通行証を発行してもらいたい」

 支部長は長く溜息をつき、タムの前に一枚の書類を突き出した。

「……タム。お前の腕は認める。氷晶花を持ち帰った奴なんて、この街が開けて以来初めてだ。だがな……状況が変わった。王都は今、政変の予兆で完全に封鎖されている。今のお前が出せる『普通配送員』の資格では、門番に鼻であしらわれるのがオチだ」

「……どうすればいい」

「『特級配達員ロイヤル・ポストマン』の資格だ」

 支部長が提示した言葉に、タムの眉が動いた。

「この資格を持つ者だけは、国家間の争いから独立した『中立の運送者』として、いかなる関所も、王宮の最深部さえも通ることが許される。……魂を込めて荷を運ぶプロ中のプロにのみ与えられる称号だ。だが、この資格を得るには、ギルド本部があるセントラル・ハブで試験を受け、かつ過去の『未踏依頼』を複数完遂していなければならん」

「……未踏依頼……あの**『帰らずの森』**への配送も、その一つですか」

「ああ、そうだ。……だが、それ以前に、お前に会いたいという客が来ている。王都から派遣された、今を時めく『聖騎士団』の若き英雄だ」

 支部長室の奥の扉が開き、一人の青年が姿を現した。

 眩いばかりの金色の甲冑に身を包み、腰には国宝級の聖剣を帯びている。その顔立ちには、異世界転移直後の不安など微塵も残っておらず、選ばれた強者特有の傲慢さと自信が溢れていた。

「……久しぶりだな、タム。……いや、『梱包師』さんと言った方がいいか?」

 カイトだった。

 タムと共に召喚され、圧倒的な適性で「聖騎士」の座を射止めた男。タムが薄汚れた荷物を背負い、泥にまみれて雪山を登っていた間、彼は王都で喝采を浴びていたのだ。

「……カイトか。聖騎士団が、こんな辺境に何の用だ」

「用があるのは俺じゃない。俺の守護対象……王都の権力者たちが、お前の『梱包』に目をつけた。氷晶花を無傷で運んだという噂は、すでに王都まで届いている」

 カイトは蔑むような笑みを浮かべ、タムの包帯だらけの手を視線でなぞった。

「その無様な怪我を見ればわかる。お前のような底辺職が、背伸びをして伝説級の依頼を受けるからそうなるんだ。……いいか、タム。その花を俺に渡せ。俺なら、聖騎士の権限で安全に、かつ迅速に王都へ届けてやる。お前のような『運び屋』の真似事は、もう終わりだ」

 タムは、包帯に巻かれた両手を静かに握りしめた。

 カイトの言葉は、かつて前世の職場で、自分の積み上げてきた仕事を横から奪っていった「要領の良い同僚」たちの言葉と、面白いほどに重なっていた。

「……断る。これは俺が受けた『配送依頼』だ。ゴールに荷物を置くまで、所有権は俺にある」

「……相変わらず話の通じない奴だな。なら、実力で証明してみろ。お前が次に受けるという『帰らずの森』への配送……俺たち聖騎士団も、同じ目的地へ遠征する。どちらが先に、より完璧に任務をこなすか。……そこで勝負だ」

 カイトは踵を返し、不敵な笑みを残して部屋を去っていった。

 タムは、その背中を冷徹な目で見送る。

「……支部長。『帰らずの森』の依頼書を出してください。……最短ルートで、叩き潰してきますから」

 タムの瞳には、火傷の痛みさえも燃料に変えるような、歪んだ「プロの意地」が燃え上がっていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

ついに第一話で別れたカイトとの再会を果たしました。

相変わらずの自信家である彼に対し、タムが抱いた感情は「劣等感」ではなく「自分の配送ルートを邪魔されることへの不快感」でした。この歪んだまでのプロ意識こそ、タムの真骨頂です。

そして明らかになった、次なる目的地『帰らずの森』。

聖騎士団と運び屋、果たしてどちらが先にその深淵を制するのか。

「カイトを実力で黙らせてほしい!」「タムとセレスの絆を応援したい!」という方は、ぜひ下の【評価】や【ブックマーク】で応援をお願いします!

皆様の一票が、タムが傷ついた手で再びハンドルを、いえ、背負い袋を掴むための勇気になります!

次回、第十話。

森が「帰らず」と呼ばれる本当の理由、そして梱包スキルの新たな応用が試されます。

引き続き、よろしくお願いいたします!

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