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第86話:不合格の検問、あるいは最短ルートの強行突破

エリュシオン王国の感謝と、街道の村々からの温かな受領印を積み込み、ラストマイルは王都クレイエルへと帰還します。しかし、その正門を目前にして、旧来の物流秩序を守らんとする特級配送騎士団が立ち塞がりました。法を説き、権威を振りかざす彼らに対し、タムが下した判断は「交渉」ではなく「排除」。プロの邪魔をする不純物を、彼らは容赦なくパッキング解除(粉砕)していきます。

 レガシー・ガーディアンの車輪が、クレイエル王国の硬い石畳を軽快に叩いていた。

 車内には、村々でもらった新鮮な果実の香りと、仕事をやり遂げた者たちだけが持つ、穏やかで充実した空気が満ちている。

「……ふふ。……見て、タム。……もう王都の尖塔が見えるわよ。……今回の旅は、……なんだか、……あっという間だった気がするわね」

 リナが窓の外を見やり、心地よさそうに目を細めた。彼女の白銀の髪は、夕暮れの陽光を浴びて、宝石のように輝いている。

『……ええ、リナさん。……心なしか、……この「白銀の身体」も、……皆様の想いを受けて、……以前よりずっと、……馴染んでいる気がいたしますわ』

 セレスの意識が宿る魔導銀が、リナの鎖骨の上で、優しく、そして力強く脈動していた。

 タムは、一切の無駄がない動きでハンドルを操り、予定到着時刻を確認した。

「……予定より、……十五分早い。……これなら、……店に戻ってから、……エドワードさんに、……最高の祝杯を準備してもらう時間が、……十分にありますね」

「……フォッフォ。……すでにメニューは、……脳内のアーカイブに、……パッキング済みでございますよ、タム殿。……今夜は、……村でいただいたあの青い石の輝きに負けない、……極上の冷製スープをお出ししましょう」

 カイトは屋根の上で、流れていく景色を眺めながら、ふと視線を前方へと固定した。

「……おい、タム。……少し、……『予定』が変わるかもしれないぜ。……前方一キロ。……街道を、……真っ赤なゴミどもが塞いでやがる」

 タムが目を凝らすと、王都へと続く唯一のメイン街道に、異常な光景が広がっていた。

 深紅の鎧を纏った騎馬隊。その数、およそ五十。

 彼らは一糸乱れぬ陣形で街道を横一列に封鎖し、重厚な魔導障壁を展開していた。その中央には、クレイエル王国物流ギルドの最高権威を示す、金糸の刺繍が施された「天秤と剣」の旗が翻っている。

「……あれは、……特級配送騎士団『アブソリュート・ロジス』……。……ギルド本部直轄の、……いわば、……物流の番犬たちですね」

 エドワードがモノクルを光らせ、冷ややかに告げた。

「……かつて、……バルトロメイ子爵が、……自分の私兵のように使っていた連中の一部でもありますな。……おや、……中央にいるのは、……団長のヴィンセント。……潔癖症で、……自分たちの秩序以外は認めない、……面倒な男です」

 ガーディアンが接近するにつれ、騎士団の放つ威圧感が増していく。

 ヴィンセントが白馬を一歩前へ進め、右手を高く掲げた。

「――止まれッ!! 罪人共よ!!」

 その声は、魔導増幅によって街道全域に響き渡った。

「我らは王立物流ギルド本部直轄、特級配送騎士団! ラストマイル配送、貴殿らには、許可なき物資の無差別配布、および流通相場の撹乱、さらにはエリュシオン王家の権威を不当に利用した詐欺的配送の容疑がかかっている! 直ちに停車し、荷台を開封。全荷物を没収の上、身柄を拘束する!!」

 ヴィンセントの言葉に、騎士たちが一斉に槍を構えた。障壁の強度が上がり、空気がパチパチと放電し始める。

 だが、ガーディアンは減速しなかった。

 タムの表情は、怒りでも動揺でもなく、ただ「汚れた検品書」を見た時のように、ひどく冷めきっていた。

「……タム、どうする? ……あいつら、……やる気満々みたいだけど」

 リナが、大剣の柄に手をかけた。彼女の瞳には、かつての「聖騎士」としての迷いは微塵もない。今の彼女にあるのは、大切な荷物と仲間を守る「配送員」としての覚悟だけだ。

「……リナさん。……あの封鎖、……検品の結果はどうですか?」

 タムが静かに問いかける。

 リナは、ヴィンセントたちの布陣を一瞬で読み取った。

「……そうね。……配置はガチガチ。……でも、……物流のことが全然分かってないわ。……あんな風に、……街道の中央に魔力を集中させたら、……周囲の風の通りが悪くなって、……荷物の鮮度が落ちちゃうじゃない。……はっきり言って、……『不合格』よ」

『……左様ですわ、リナさん。……彼らの心には、……荷物を届ける喜びなど、……微塵もありません。……ただ、……自分たちのルールを、……押し付けたいだけの、……空っぽの鎧です』

 タムは、ガーディアンのスピードをさらに上げた。

「……カイト。……あの封鎖、……ルートの邪魔です。……最短ルートを、……確保パッキングしてください」

「……はっ、了解だ。……ガキの喧嘩に付き合ってる暇はねえんだ。……一瞬で、……『ゴミ収集』を終わらせてやるよ」

 カイトが屋根から飛び出した。

 それと同時に、リナがガーディアンの扉を蹴破るようにして飛び出し、白銀の光翼を最大まで展開した。

「なっ……止まれと言っているのが聞こえんのか!? 突撃用意! 秩序を乱す不逞の輩に、鉄槌を――」

 ヴィンセントが叫ぼうとした瞬間、彼の視界から、すべての「音」が消えた。

 ――カラン。

 

 カイトの抜刀は、もはや目に見えるレベルではなかった。

 彼は騎士団が展開していた「金剛の障壁」を、その支点となる魔導具ごと、紙のように切り裂いた。

「……物流の邪魔なんだよ。……どけ」

 

 続いて、リナが空中から急降下した。

 彼女の放つ白銀の魔力は、騎士たちが誇る深紅の鎧を、一瞬にして凍りつかせ、その動きを完全に封じた。

「……あんたたちの理屈は、……もう聞き飽きたわ。……私たちは、……エリュシオンの王女様から、……正式に『ラストマイル』として、……依頼を完遂してきたの。……それを邪魔するっていうなら、……それはエリュシオンへの、……そして、……私たちの『誇り』への反逆とみなすわよ!!」

 轟音。

 リナの大剣が地面を叩いた衝撃で、騎士団の馬たちはパニックを起こし、ヴィンセントは無様に馬から転げ落ちた。

「……ば、……馬鹿な……ッ! 特級騎士団の陣形が、……たった二人、……いえ、……一瞬で崩されるなど……!」

 タムは、ひっくり返ったヴィンセントの横を、ガーディアンでゆっくりと通り過ぎた。

 窓を開け、タムは冷徹な眼差しを、泥に塗れた「元・上官」の代理人たちに向けた。

「……ヴィンセント団長。……あなたのパッキング、……隙だらけです。……権威を守ることに必死で、……足元が、……まるで見えていない」

 タムは、懐からエレナ王女が発行した「最高位賓客証明書」と、今回の配送完了の「公印」がついた日誌を突き出した。

「……正式な依頼。……正式な完了。……これを『許可なき行為』と呼ぶなら、……あなたのギルドは、……他国との、……外交ルートをパッキング解除(断絶)したいということですか?」

「……ぐっ、……それは……」

 ヴィンセントは、言葉を詰まらせた。

 子爵のコネと、古いギルドの掟だけで生きてきた彼にとって、タムが手にした「実力で勝ち取った公的な力」は、想像を絶する重みを持っていた。

「……もう、……消えてください。……僕たちの予定時間は、……あなたたちの無意味な検問のせいで、……三十二秒も、……遅れています」

 タムは窓を閉め、アクセルを踏み込んだ。

 カイトとリナが、何事もなかったかのようにガーディアンに飛び乗る。

 背後では、エリート配送騎士団と呼ばれた者たちが、雪のように舞う白銀の魔力の残滓の中で、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 彼らが誇っていた「赤」は、今や無残に汚れ、その威光は完全に失われていた。

 王都の正門。

 かつては「犯罪者」として潜り込んだその門を、一行は堂々と、そして静かに通過した。

 街の人々は、ガーディアンの側面に刻まれた「ラストマイル」の文字と、エリュシオンの紋章を見て、歓声を上げた。

「……おい、……帰ってきたぞ! ……ラストマイルだ!」

「……エリュシオンとの仕事を、……やり遂げたんだってな!」

 王都店の前に到着したのは、タムが当初予定していた時刻の、わずか十秒後。

 騎士団の妨害を完全に無視し、むしろその時間を「調整」で取り戻した、完璧な定時到着オン・タイムであった。

「……配送完了。……荷物、……および仲間。……すべて、……異常なし(ノーダメージ)」

 タムは、日誌に最後の受領印――自社の完了印を、力強く押した。

 店の中に入ると、アルウェンが待ってましたとばかりに、花の香りで店内を満たした。

「……お帰りなさい、皆さん! ……最高の帰還ですね!」

「……ああ。……やっぱり、……ここが一番落ち着くわ」

 リナがソファに深く腰掛け、大きく伸びをした。

 エドワードが、厨房へと向かう。

「……さて。……三十二秒の遅れを、……取り戻す以上の、……最高の祝杯を始めましょうか。……タム殿、……今夜は、……本当の意味での、……『世界一への門出』ですぞ」

 窓の外。

 夕闇に包まれ始めた王都の裏通りで、ラストマイルの看板が、今までで一番明るく、そして静かに輝いていた。

 権威にも、法にも、武力にも屈せず、ただ「届ける」という一点において、世界で誰よりも誠実であること。

 そのことが、どれほど強く、尊いことなのか。

 

 泥を跳ね除け、光を纏って帰ってきた五人の姿は、すでに王都の伝説として、人々の心に深くパッキングされ始めていた。

「……よし。……明日からは、……もっと忙しくなるぞ。……世界一の配送会社には、……休息なんて、……似合わないからね」

 タムは、次の白紙のページをめくった。

 そこにはまだ、何も書かれていない。

 けれど、彼らの歩みは、すでに次の「奇跡」を、未来という名の受取人の元へと運び始めていた。

旧来の権威を、その実力と「仕事の正論」で一蹴した第86話。ヴィンセントたちの無様な姿は、もはやラストマイルが「一方的に迫害される存在」ではないことを決定づけました。王都の人々の歓声に包まれた凱旋。しかし、この圧倒的な成功は、より大きな、あるいはより「純粋な」意味での物流の競合相手を呼び寄せることになります。第87話、王都に現れるのは、タムと同じ「理想」を抱きながら、全く異なる手法で世界一を目指す、もう一人の梱包師。……物語は、真のライバルとの邂逅へ。

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