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第85話:凱旋のプロムナード、あるいは希望の旗印

エリュシオン王国の歴史を救ったラストマイル。王女エレナから贈られたのは、莫大な富ではなく、彼らの「名誉」を大陸全土に知らしめるための特別な任務でした。エリュシオンの支援物資を抱え、王都への帰路を辿るタムたち。かつて息を潜めて通った街道は、今や彼らを祝福する歓喜の道へと変わります。しかし、その輝かしい行進を、冷徹な視線で見つめる影が忍び寄っていました。

 エリュシオン王国の国境、白亜の門がゆっくりと開かれた。

 そこから現れたのは、かつてのボロボロの馬車ではない。

 磨き上げられ、陽光を跳ね返すレガシー・ガーディアンの車体。その左右には、エリュシオン王家の「奏でる竪琴と月」の紋章旗と、誇らしげに掲げられた『ラストマイル配送』の看板が並んで風に翻っている。

「……タム、見て。……門番の人たちが、……あんなに手を振ってるわ」

 リナがガーディアンの助手席から外を眺め、少し照れくさそうに呟いた。彼女の白銀の鎧は、朝日に照らされて神々しいまでの光を放ち、門を守る兵士たちは、かつて自分たちが「犯罪者」として追った相手に、最大級の敬礼を送っている。

『……ふふ。……リナさん。……わたくしたち、……もう隠れて走らなくてもいいのですね。……お天道様の下を、……こんなに堂々と』

 セレスの声も、春の陽だまりのように弾んでいた。

 タムは、しっかりとハンドルを握り、真っ直ぐな道を見据えていた。

「……エレナ殿下から預かったのは、……物資だけじゃない。……この国の『誠実さ』だ。……一粒の薬も、……一枚の毛布も、……完璧な状態で届けなきゃならない」

 今回の任務は、エリュシオン王国から隣国クレイエル、そして街道沿いの貧しい村々への「お裾分け」配送。冬の寒さが残るこの時期、医療品や食料を、エリュシオン王家が公式に依頼したラストマイルが届けるという、極めて政治的かつ人道的なプロモーションでもあった。

 最初の立ち寄り先は、国境を越えてすぐにある、小さな開拓村だった。

 かつてタムたちが追っ手を撒くために、泥に塗れて駆け抜けた村だ。当時はよそ者を見る冷たい視線しかなかったが、ガーディアンが村の広場に止まると、村人たちが何事かと集まってきた。

「……あ、あの……。……もしかして、……エリュシオンの紋章ですか?」

 村長とおぼしき老人が、恐る恐る尋ねる。

 タムは、ガーディアンの荷台を丁寧に開梱し、中から真っ白な毛布の束と、温かなスープの元になる乾燥野菜の箱を取り出した。

「……ラストマイル配送です。……エリュシオン王女、エレナ殿下からのご依頼で、……この村に冬の支援物資を届けに参りました。……これは、……皆さんのための『贈り物』です」

 村の中に、どよめきが走った。

 アルウェンが精霊の魔法を使い、物資の周りにふんわりとした花の香りを漂わせる。エドワードが、村の病人たちのために、エリュシオン特製の特級薬を丁寧に検品して手渡していく。

「……フォッフォ。……これはよく効きますぞ。……明日には、……お孫さんの熱も下がるでしょう」

 村人たちは、信じられないという顔で毛布を受け取り、その温かさに涙を流した。

「……ありがてぇ……。……今年はもう、……飢えて死ぬかと思っていたのに……」

「……ラストマイル……。……聞いたことがある。……王都で、……どんな想いも運んでくれるっていう、……あの伝説の配送屋さんだべ……?」


 村の広場に、タムが特製で作らせた「折り畳み式の簡易カウンター」が設置される。それは配送会社の受付窓口を模したもので、タムはそこに立ち、村人一人ひとりと対面した。

「……お婆さん。……この毛布は、……エリュシオンの王宮で使われているものと同じ、……防寒魔法が編み込まれた特別製です。……少し重いかもしれませんが、……一度包まれば、……朝まで魔法の温もりが、……あなたをパッキングしてくれます」

 タムは、毛布をただ渡すのではなく、お婆さんの震える肩に優しく掛け、その端を丁寧に整えた。その仕草は、まるで壊れやすい精密機械を梱包するかのような、極上の慎重さに満ちていた。

「……リナさん。……医療品の検品、……終わりましたか?」

「……ええ。……セレスが聖属性の魔力を微調整して、……薬の『鮮度』を最高まで引き上げておいたわ。……これなら、……多少古い傷でも、……一晩で塞がるはずよ」

 リナの傍らで、セレスの意識が宿る魔導銀が、淡く、清らかな光を放つ。その光に触れた村の子供たちが、不思議そうに指を伸ばすと、セレスは優しく笑うように光を明滅させた。

『……皆様。……これは、……エレナ様からの「忘れていませんよ」という、……贈り物です。……どうか、……お心を強く持ってくださいね』

 その時、村の一人の少年が、タムの裾を引っ張った。

「……あの、……お兄ちゃん。……僕、……お礼にこれをあげたいんだけど……。……でも、……こんなの、……エリュシオンのすごいお宝と比べたら、……ゴミだよね……」

 少年の手のひらにあったのは、この辺りでしか採れない、不格好だが透き通った青い石だった。

 タムは、その石を宝石鑑定士のような真剣な目で見つめ、右腕の義手でそっと包み込んだ。

「……いいえ。……これは、……僕の検品によれば、……『特級の感謝』という、……世界でここにしかない在庫です。……大切に、……僕たちの店まで配送させてもらいますね」

 タムは少年の前で、その小さな石を丁寧に高級な緩衝紙で包み、小さな箱に収めて、シリアルナンバーを書き込んだ。

「……案件番号017-B。……品名、……勇気の欠片。……確かに、……預かりました」

 少年の顔に、パッと花が咲いたような笑顔が浮かぶ。その光景を見ていた村人たちからも、自然と拍手が沸き起こった。


 村の子供たちが、ガーディアンの周りをはしゃぎながら走り回る。

 リナは、セレスと共に子供たちに囲まれ、少し戸惑いながらも、エリュシオンの甘い菓子を一人ひとりに手渡していった。

「……ほら、……喧嘩しないの。……みんなの分、……ちゃんとあるから」

 カイトは、村の壊れかけた柵や門を見つけると、無造作に剣を抜き、魔法の残滓で一瞬にして修理してしまった。

「……おいおい、……俺は護衛だぜ? ……大工仕事までさせるなよな、タム」

「……カイト。……ルートの整備も、……立派な配送の仕事だ。……次に来る時、……この村が元気なら、……それだけ配送効率も上がるからね」

 タムは、村長が差し出した、薄汚れた受領印用の紙を受け取った。

 そこには、正式な公印などない。

 ただ、震える手で書かれた「ありがとう」という、たどたどしい文字。

 タムは、その文字をじっと見つめ、自分の配送日誌にそっとパッキングするように書き記した。

 ――案件番号017:『開拓村への冬の灯火』。

 ――品名:エリュシオンの慈愛。

 ――受領確認:村人たちの笑顔。

「……リナさん。……これが、……僕たちの目指す『世界一』の風景かもしれないな」

「……ええ。……ただの物流王になるより、……こっちの方が、……ずっと似合ってるわよ、タム」

 一行は、村を出た後も、街道沿いの集落を一つひとつ丁寧に巡っていった。

 どこへ行っても、最初は驚き、次に疑い、そして最後には満面の笑顔で送り出される。

 ラストマイルの旗が通る場所は、かつての荒廃した街道ではなく、希望の光が繋がる「一本の糸」のように見えた。

 だが。

 その幸福なパレードを、冷徹な双眼鏡のレンズ越しに見つめる男たちがいた。

 クレイエル王国、物流ギルド本部直轄――特級配送騎士団『アブソリュート・ロジス』。

 金色の装飾が施された深紅の鎧を纏い、最高級の騎馬に跨った一団が、丘の上からガーディアンの行進を見下ろしていた。

「……報告にあった通りだな。……エリュシオンの権威を盾に、……勝手な振る舞いをしている」

 中央に立つ、冷徹な青い瞳の男――団長ヴィンセントが、不快そうに舌打ちした。

「……物流とは秩序であり、……管理だ。……あのような、……感情に流された『お裾分け』など、……物流の相場を荒らすだけのゴミ屑に等しい」

「……団長。……あの者たちは、……王女殿下の賓客だそうです。……不用意に手出しをすれば、……国際問題に……」

「……案ずるな。……我々が守るのは、……クレイエル王国の『物流の秩序』だ。……ギルドの許可なく、……勝手に物資をばら撒く行為は、……この国においては『不当競争』であり、……重大な規約違反だ」

 ヴィンセントは、双眼鏡を閉じると、背後の部下たちに命じた。

「……これより、……ラストマイルに対する『物流封鎖』の準備を始める。……彼らが王都に辿り着く前に、……物流の本質が『力』であることを教えてやろう」

 そんな敵意が向けられているとは露知らず、タムたちは夕暮れの街道を、穏やかな気持ちで進んでいた。

 エドワードがガーディアンの荷台で、村々で受け取った「お返し」の野菜を使って、豪快なシチューを作っている。

「……フォッフォ。……世界一の会社の賄い飯は、……世界一の食材でなければいけませんな」


アルウェンが奏でる竪琴に合わせ、リナとセレスが小声で歌を口ずさむ。

 カイトは屋根の上で、夜風を楽しみながら居眠りをしていた。


 夜の街道。焚き火の爆ぜる音が、静寂の中に心地よく響く。

 アルウェンが、村で貰ったハーブを煮出したお茶を全員に配りながら、ふと夜空を見上げた。

「……タムさん。……私、……今日、……少しだけ分かった気がします。……『世界一の配送会社』って、……きっと、……世界中で一番たくさん、……こういう夜を過ごす人たちの味方になるってことなんですね」

 カイトが、屋根の上から身を乗り出して、皮肉っぽく、けれど優しく笑う。

「……味方ね。……勇者だった頃の俺は、……『世界を救う』なんてデカいことばっかり考えて、……今日みたいに、……婆さんの肩に毛布を掛けてやる余裕なんて、……一秒もなかったぜ。……どっちが世界を救ってるのか、……分からなくなるな」

 エドワードが、空になったスープ鍋を磨きながら、重々しく頷いた。

「……物流とは、……血流でございます。……王宮という心臓にだけ血が巡っても、……今日立ち寄ったような末端の村々が壊死してしまえば、……世界という体は滅びる。……タム殿がやろうとしていることは、……この世界の『詰まり』を解消する、……究極の外科手術なのかもしれませんな」

 タムは、膝の上に置いた配送日誌の、今日押されたばかりの不揃いな受領印たちを見つめていた。

「……僕は、……ただの梱包師だ。……誰かが大切にしているものを、……壊さないように、……無くさないように、……次の場所に届ける。……それしかできない。……でも、……その『当たり前』を、……世界中で、……誰よりも完璧にやり遂げたいんだ」

 タムは立ち上がり、焚き火に薪をくべた。

「……リナさん。……セレスお嬢様。……僕は、……君たちの『居場所』も、……最高の状態で未来へ届けたい。……誰にも傷つけさせないし、……誰にも奪わせない。……それが、……僕の個人的な、……一番大きな配送依頼オーダーなんだ」

 リナは、炎に照らされて少し赤くなった顔を隠すように、膝を抱えた。

「……バカね。……その依頼、……もうとっくに引き受けてるじゃない。……最高の梱包師に頼んだんだから、……最後まで責任取ってもらうわよ」

『……はい。……タムさん。……わたくしも、……あなたという「配送先」に、……無事に届くその日まで、……ずっとお供いたしますわ』

 火を囲む五人の影が、街道の地面に大きく伸びる。

 その影は、もはや怯える逃亡者のものではなく、大地を力強く踏みしめ、未来を切り拓く開拓者たちの形をしていた。


 タムは、助手席に置かれた「世界地図」を広げた。

 そこには、自分たちが通ってきた道が、温かな光でマークされている。

「……あと少しで、……王都店だ。……みんな、……僕たちの店に帰ろう」

 エリュシオンからの凱旋。

 それは、彼らにとって最高に幸せな休日であり、同時に、これから始まる「物流の頂点」を懸けた、真の戦いへの序章でもあった。

 ラストマイルの看板は、夜の帳の中でも、消えることのない輝きを放ち続けていた。

 自分たちを信じて荷物を預けてくれた、あの人々の想いを守るために。

 梱包師タムの指先は、すでに次なる「完璧な仕事」を求めて、微かに震えていた。

エリュシオン王国の威光と、タムたちの誠実さが結びついた「凱旋の旅」。それは、物流が単なる物の移動ではなく、人の心を繋ぐものであることを証明するエピソードとなりました。しかし、その輝きが強ければ強いほど、既得権益を守ろうとする「物流ギルド本部」の影もまた、色濃く彼らを飲み込もうとします。次回の第86話、王都帰還を阻む、物流騎士団との「誇りを懸けた激突」が始まります。

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