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第79話:深淵の執行人、あるいは魂を繋ぐ白銀の涙

海溝の底『静寂の揺り籠』。そこは、光も精霊の囁きも届かぬ、静止した時間の墓場。リナとセレスを繋ぎ止める最後の希望『真実のピュア・ルナ』を求め、一行はついに最深部へと到達します。しかし、その聖域に立ちはだかったのは、旧聖騎士団の闇を監視し続ける「影の番人」となったガリア。男たちが手を出すことを許さぬ、誇りと情念に満ちた二人の女騎士による、魂を懸けた一騎打ちが幕を開けます。

 海溝の底は、静止した絶望の集積所だった。

 エドワードが展開した全方位魔導障壁に守られたレガシー・ガーディアンが、泥の堆積した海底へと着地する。ライトが照らし出したのは、珊瑚に侵食され、巨大な骨格のように横たわる旧聖騎士団の遺跡であった。

「……ふむ。……地上から隔離され、……海水の圧力によって『情報の流出』を物理的にパッキングされた場所。……ここが、聖騎士団の恥部を葬った墓場ですか」

 エドワードが、操縦席で深いため息をついた。彼の杖からは、水圧を押し返すための膨大な魔力が、絶え間なく青白い放電となって漏れ出している。

「……カイト殿。……準備はよろしいかな? ……ここから先は、……言葉よりも刃が、……論理よりも魂の熱量が、……道を切り拓く鍵となりますぞ」

 カイトは、折れた聖剣に「気」をパッキングし、蒼い光の刃を形成させた。

「……ああ。……勇者なんてガラじゃないけど、……仲間の『中身』を守るためなら、……悪魔にだってなってやるよ」

 カイトの瞳には、かつて率いた聖騎士団への未練はなく、ただ目の前の配送任務を完遂しようとするプロの意思が宿っていた。


 リナは一人、大剣を手に、泥にまみれた石畳を踏みしめて中央広場へと歩み出る。

 その時、闇の奥から、一筋の銀光が走った。

 ――キィィィィィィィン!!

 水圧を切り裂く金属音が響き、リナの漆黒の鎧に火花が散る。リナはその一撃を寸分違わず受け止め、剣圧の主を睨みつけた。

「……不器用な出迎えね。……でも、この剣の筋、……忘れるはずがないわ」

 闇の中からゆっくりと歩み寄ってきたのは、白銀の甲冑を纏った女騎士・ガリアであった。

 かつて関所で見せた凛々しさはそのままに、今の彼女の右半身からは、禍々しい魔導回路が脈打ち、周囲の海水を熱変性させるほどの殺気を放っている。彼女は一人で、この深海という隔離された牢獄で、聖騎士団の恥部を守り続けてきたのだ。

「……また会えたわね、リナ。……あの時、精霊の森へ送り出した『腐りかけの在庫』が、……まさかこんな深淵まで、……私を追いかけてくるなんて」

 ガリアの唇が、狂おしいまでの悦楽に吊り上がった。彼女の瞳には、かつてのライバルを見つけた悦びと、それを自らの手で屠らねばならないという守護者としての宿命が混ざり合っていた。

「……ねぇ、リナ。……その鎧の中身、……セレス様との『同梱状態』はどう? ……以前よりずっと、……甘く、重苦しく、……壊れそうに溶け合っているのが分かるわ。……私の鼻は、……あなたの匂いを片時も忘れたことはないのだから」

「……ガリア。……どうしてあなたがここにいるの」

 リナの問いに、ガリアは自嘲気味に笑い、右腕の魔導回路を光らせた。

「……あの日、あなたを通した罪で、私はここへ左遷されたわ。……聖騎士団の闇を監視し、……口封じの番人として生きるようにと。……でも、感謝しているのよ。……ここで一人、……あなたのことだけを考えて剣を振るう時間は、……私にとって至福の規律ルールだった」

 ガリアが剣を構える。その構えは、リナがかつて聖騎士団で最も高く評価していた、一点の隙もない「完璧な円」の姿勢そのものだった。

「……来なさい、リナ。……あなたの『中身』が、……本当にこの深海の水圧に耐えうるものなのか。……私が、……直接その鎧を剥ぎ取って、……検品してあげるわ!」

 激突が始まった。

 深海の静寂は、二人の女剣士が放つ衝撃波によって粉砕された。

 ガリアの剣は、リナの動きを完全に読み切っていた。かつての同期であり、ライバル。リナの癖、呼吸の間、体重移動のわずかな偏り……ガリアはその全てを、愛おしむように、そして執拗に切り刻んでいく。

「……遅いわ、リナ! ……セレス様の魔力に振り回されて、……あなた自身の『正しさ』が霞んでいるわよ! ……そんな鈍い刃で、……私を満足させられると思っているの!?」

 ガリアの猛攻に、リナの漆黒の鎧が悲鳴を上げる。

 リナは、内側から溢れ出すセレスの膨大な魔力と、自分自身の筋力を必死に同調させようとしていた。だが、水圧という外圧と、ガリアという情念の重圧が、彼女の精神を削っていく。

『……リナさん。……わたくしを「力」だと思わないでください。……わたくしは、……あなたの「心」です』

 胸元の魔導銀から、セレスの透き通った声が脳内に響く。

 その瞬間、リナの脳裏に、かつてガリアと共に訓練に明け暮れた日々がフラッシュバックした。規律を重んじすぎた自分と、それを見事にこなしながらもどこか不遜に笑っていたガリア。二人は正反対で、けれど誰よりも互いを必要としていた。

「……そうね、セレス。……あいつが求めているのは、……私の力じゃない」

 リナの翠の瞳に、静かな炎が宿る。

「……あいつが求めているのは、……かつてあいつが愛した、……『最高に可愛げのないリナ』よ!」

 リナは大剣を正眼に構え、漆黒の魔力を完全に内側へとパッキングした。

 爆発的な魔力の奔流を、あえて極限まで圧縮し、己の肉体という細い導管に流し込む。それは肉体を焼き切るほどの苦痛を伴うが、同時に、一瞬の爆発力を神速の域へと高めた。

「――『共鳴抜刀・断罪』!!」

 リナの姿が消えた。

 ガリアが驚愕に目を見開く。彼女がこれまで熟知していたリナの「速度」を、その一撃は遥かに凌駕していた。

 白銀と漆黒。二つの閃光が海底で交差し、一拍置いて、巨大な水柱が上がった。

 静寂が戻ったとき、ガリアの右腕の魔導兵器は根元から断ち切られ、彼女の剣は遠く海底の泥に突き刺さっていた。

 リナの大剣が、ガリアの首筋で静かに止まっている。

「……はぁ、……はぁ……。……私の勝ちよ、ガリア」

 リナの声は震えていたが、そこには揺るぎない確信があった。

 ガリアは壁に背を預け、崩れ落ちるように座り込むと、狂おしいほどに満足そうな笑みを浮かべた。

「……ああ、……最高だわ、リナ。……その顔。……その、……私を完全に見下したような、……傲慢で美しい瞳。……やっぱり、……中身は少しも腐っていなかったようね」

 ガリアの右腕から魔力が消え、彼女を縛り続けていた影の呪縛が解けていく。

 彼女は、自分の胸元から一つの鍵を取り出し、それをリナへと投げた。

「……行きなさい。……その先の祭壇に、……あなたが探し求めている『真実の涙』があるわ。……それを飲んで、……セレス様と、……本当の意味で一つになりなさい」

 リナは剣を納め、ガリアの前に膝をついた。

「……ガリア。……あなた、ずっとここで待っていたのね。……私が、……あなたを殺しに来るのを」

「……馬鹿なこと言わないで。……私は、……あなたが『私を超えていく』のを見届けたかっただけよ」

 ガリアは不器用そうにリナの頬に手を触れ、すぐにそれを離した。

「……さあ、……もう行きなさい。……配送員さんが、……退屈そうに待っているわよ」

 リナは頷き、ガリアに背を向けて祭壇へと向かう。

 その背中を見送りながら、ガリアは海底の闇に溶け込むように、静かに目を閉じた。

 リナが『真実の涙』を手にした瞬間、深海の底に、かつてないほど優しく、力強い光が溢れ出した。

 それは、二人の女剣士が分かち合った誇りと、魂の共鳴がもたらした、究極のパッキングの完成であった。

男たちの一切の干渉を許さない、女たちの誇りと情念が激突した海溝の決戦。リナはガリアという最大の壁を乗り越えることで、セレスとの共鳴を新たな次元へと引き上げました。手に入れた『真実のピュア・ルナ』。これによって、リナとセレスの身体はどのような変化を遂げるのか。そして、ガリアが守り抜いた「真実」は、世界に何を告げるのでしょうか。

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