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第77話:深淵の灯火、沈まぬ都市の検品

荒れ狂う冬の海を「海神のポセイドン・ドライブ」で突き進むレガシー・ガーディアン。目的地である海上都市アクア・リブラは、魔導炉の停止により浮力を失い、まさに深海へと没しようとしていました。海水との接触が即「消滅」を意味する「古代の炎の種」を抱え、タムたちは嵐の吹き荒れる着着艦デッキへと挑みます。一滴の水も許されない、極限の納品作業が幕を開けます。

 視界の全てを白濁した飛沫と、怒り狂う黒い波濤が埋め尽くしていた。

 エドワードの操るレガシー・ガーディアンは、十メートルを超える三角波の頂点を滑るように駆け抜けていたが、その機体には限界に近い負荷がかかっていた。四方の魔導反発円盤フロートは海水との摩擦で熱を持ち、紫紺の魔力光が不規則に明滅している。

「……タム殿、見えましたぞ。……我々の届けるべき『受取人』がな」

 エドワードが指し示した前方。そこには、荒波の中で巨大な墓標のように傾いた海上都市「アクア・リブラ」の姿があった。

 かつては宝石のように海面に輝いていたであろうその都市は、今や魔導炉の停止により全ての灯火が消え、浮力維持装置の機能不全によって、その基部を深海へと引きずり込まれつつあった。都市を支える巨大な支柱が、海水に侵食され、悲鳴のような金属音を轟かせている。

「……ひどい、……都市が半分沈んでるわ!」

 リナが手すりにしがみつき、叫ぶ。その視線の先では、着艦デッキさえも激しい波に洗われ、時折完全に海面下へと姿を消していた。

「……エドワードさん。……あんな場所に、この速度で突っ込むつもりですか?」

 カイトが冷静に問うが、その手は既に剣の柄に深く添えられていた。いかなる衝撃が来ようとも、タムを守り抜くという意思の現れだった。

「……カイト殿、……お言葉ですが、……『つもり』ではありません。……やるのです」

 エドワードは、セレスの座る防護カプセルを一度だけ振り返り、恭しく一礼した。

「……お嬢様。……ここからは、少々荒っぽい『お掃除』が必要となります。……わたくしが道を作りますゆえ、……タム殿への加護、……何卒よろしくお願い申し上げます」

『……わかっていますわ、エドワード。……あなたの背中は、わたくしが預かります。……ラストマイルの誇り、……その炎を消させはしませんわ』

 セレスの銀髪が魔力の高まりに激しく舞い、ガーディアン全体を包み込む「聖域」の障壁をより強固なものへと再定義した。

「……全出力開放。……タム殿、パッキングを最大密度に固定なさい!」

 エドワードの叫びと共に、ガーディアンが加速した。

 彼らが狙うのは、都市の最上部にある「第一緊急納品デッキ」。しかし、そこには都市の防衛システムが暴走した結果、無数の自動魔導砲が牙を剥いていた。都市の管理AIが、接近するガーディアンを「嵐に乗じた侵入者」と誤認したのだ。

「……不作法な歓迎ですな。……宮廷魔導流、……『六連・氷華のアイシクル・イージス』!!」

 エドワードが空中に描いた魔法陣から、巨大な氷の結晶体が噴き出し、飛来する魔導光弾を次々と相殺していく。彼は操縦レバーをミリ単位で操作し、傾斜したデッキへ向けて機体を「水平」に保ち続けた。

 

 ――ズ、ガ、ァァァァァァァン!!

 

 衝撃が走る。ガーディアンのフロートが、激しく揺れるデッキに接触した。摩擦で火花が散り、鋼鉄が削れる音が響く。

「……着地成功! ……タム殿、急ぎなさい! 都市の沈没まで、残り時間は五分を切っておりますぞ!」

 タムは、脇目も振らずに「炎の種」を抱えて飛び出した。

 デッキの上は、吹き荒れる暴風雨と、打ち寄せる高波で地獄のような様相を呈していた。一滴でも海水が箱に触れれば、その瞬間に全てが終わる。

「……カイト! リナさん!」

「分かってるわよ!」

「道を作る」

 リナが大剣を旋回させ、タムに降りかかる雨水を風圧だけで左右に弾き飛ばす。カイトは超神速の抜刀術により、タムの進路上に降り注ぐあらゆる障害物――折れた鉄骨や飛来する瓦礫を、粉々に粉砕して道を開けた。

 タムは都市の心臓部、大魔導炉の制御室へと駆け込んだ。

 そこには、凍え、絶望に震える都市の技術者たちが、力なく立ち尽くしていた。

「……誰だ、……こんな時に……」

「……梱包師です。……『炎の種』をお届けに参りました」

 タムは白銀の箱を、魔導炉の挿入口の前へ据えた。

 

 だが、問題が発生した。

 魔導炉の接続端子が、海水による腐食で固着し、通常の方法では開かないのだ。

「……くそっ、……ここまで来て……!」

 技術者が泣き崩れる。だが、エドワードが背後から静かに現れ、その端子にそっと手を触れた。

「……下がりなさい。……我々の『配送』に、……不可能という言葉はありませんぞ」

 エドワードは元宮廷魔術師としての指先を繊細に動かし、腐食した金属の原子構造を直接「調律」し始めた。

「……タム殿。……わたくしが端子を固定します。……その瞬間に、……結晶の『開梱』を行いなさい」

「……了解しました」

 タムは右腕の義手を、箱の封印へと添えた。

 

 今、この瞬間、タムの感覚は世界から切り離されていた。

 箱の中には、暴発寸前の「古代の炎」。

 外には、都市を飲み込もうとする「深海の闇」。

 その境界線に立つ梱包師として、タムは「炎」と「水」という、相反する概念を自らの肉体という緩衝材を通じて繋ぎ合わせる。

「――『概念融解コンセプト・アンパッキング』!!」

 タムの右腕から、凄まじい白銀の光が溢れ出した。

 彼は「炎の種」をただ取り出すのではない。その「熱量」を、都市の魔導炉の「構造」そのものに、直接パッキング(転写)したのだ。

 

 その瞬間。

 死んでいた都市の心臓部が、ドクン、と大きく脈打った。

 橙色の輝きが魔導炉の回路を駆け巡り、絶たれていたエネルギーが血管のように都市の隅々へと行き渡る。

 

 ――ギュ、ゥゥゥゥゥゥゥン!!

 

 停止していた浮力維持装置が再起動した。

 海に沈みかけていたアクア・リブラの巨躯が、激しい飛沫を上げながら、力強く海面へと押し上げられていく。

 波に洗われていたデッキが空へと戻り、消えていた街灯が一つ、また一つと灯っていく。

 

「……ああ、……光が……」

 技術者たちが呆然と見上げる中、タムは静かに白銀の箱を閉じた。

 その顔には、一仕事を終えた職人としての、深い疲労と、それ以上の充実感が滲んでいた。

 エドワードは、乱れた衣服を整え、再びセレスの隣へと戻った。

「……お嬢様。……これにて、……納品完了でございますな」

『……ええ。……見事でしたわ、エドワード。……そしてタムさん。……あなたたちの「仕事」が、……一つの世界を救いましたわね』

 セレスの慈愛に満ちた声が、静まり返った制御室に響いた。

 数時間後。

 嵐が嘘のように去り、アクア・リブラは穏やかな海の上に、再びその威容を取り戻していた。

 都市の市長や住民たちが、涙ながらにタムたちの元へ駆け寄り、感謝の言葉を重ねる。

「……あなたたちは救世主だ! どうか、この都市の英雄として留まってほしい!」

 

 だが、タムは微笑んで首を振った。

「……いえ。……僕たちは、ただ荷物を届けに来ただけですから」

 リナが「あーあ、英雄扱いされても一文にもならないわね」と冗談めかして笑い、カイトは無言でガーディアンの整備を始めていた。

 エドワードは、朝日を反射する海を見つめながら、誇らしげに顎髭を撫でた。

「……ふむ。……宮廷にいた頃よりも、……随分と美味しい空気が吸えている気がいたしますな。……お嬢様?」

『……そうね、エドワード。……次は、どんな「景色」を届けてくれるのかしら』

 タムは、自分の右腕を見つめた。

 「古代の炎」という呪いにも近いエネルギーを受け入れた義手は、以前よりも少しだけ、温かさを増している。

 

 梱包師としての旅は、まだ続く。

 世界にはまだ、凍えている誰かがいて、届けなければならない「火」があるはずだ。

 

 朝日の中、アクア・リブラを後にするレガシー・ガーディアン。

 その轍は、荒波を越えた伝説として、海の記憶に深く刻み込まれるのだった。

絶体絶命の沈没都市アクア・リブラを、タムとエドワードの「最強の連携」が救いました。一滴の水も許されない極限状態でのパッキング解除は、タムの能力を新たな次元へと引き上げました。英雄としての招聘を断り、再び「日常の配送」へと戻るラストマイル。しかし、今回の功績は、海の向こうの国々、そして再び動き出した王都の物流ギルドの耳にも届くことでしょう。物語はさらなる大冒険へ!

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