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第72話:不法投棄

王都の追っ手を退け、ついに国境「双子神の門」へと到達したタムたち。しかし、そこには王都物流ギルドと子爵が結託して築き上げた、物理と法の「絶対的な壁」が待ち構えていた。絶体絶命の封鎖を前に、タムが導き出した梱包師ならではの解答とは。常識をパッキング解除(破壊)する、前代未聞の国境突破が始まる。

 王都クレイエルと隣国エリュシオンを分かつ「双子神の門」は、その名の通り、二つの巨大な岩山を削り出して作られた鉄壁の要塞である。門の高さは五十メートルを超え、表面にはあらゆる魔術干渉を無効化する「禁魔の呪印」がびっしりと刻まれていた。

 この門を抜けるには、国王直筆の通行許可証か、物流ギルドの厳格な検品を通過した証明書が必要となる。今のタムたちにとって、そのどちらもが「物理的に入手不可能」な代物であった。

 レガシー・ガーディアンが門の前の広場に停止した時、そこには既に一個大隊規模の国境守備隊が展開していた。彼らの背後には、物流ギルドから派遣された監査官たちが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて控えている。

「……止まれ! それ以上の接近は宣戦布告と見なす!!」

 守備隊長が抜刀し、ガーディアンに向けて吠えた。

 リナが大剣の柄を握り、鼻で笑う。

「……タム、どうする? 門ごとぶっ飛ばしてあげるのは簡単だけど、それじゃ本当に国際問題になっちゃうわよ」

『リナの言う通りですわ。……わたくしの魔力で門の分子構造をパッキング解除すれば、砂の城のように崩すことも可能ですが……それは梱包師の流儀ではありませんわね?』

 セレスの冷静な念話に、タムは小さく頷いた。

 彼は右腕の義手を使い、門の構造と、周囲に展開されている結界の密度を「検品」し始める。

「……物流ギルドの監査官殿! 僕は梱包師のタムです! この荷物はバルトロメイ子爵より依頼された、隣国への正当な配送品です! 通してください!」

 タムがわざとらしく大声で叫ぶと、監査官の一人が進み出て、嘲笑と共に書類を突きつけた。

「……無駄だ、小僧! 子爵閣下からは既に『荷物に重大な欠陥が見つかったため、配送を無期限停止し、現行犯で全人員を拘束せよ』との特命が下っている! 貴様らは今この瞬間から、王都の法に背く逃亡犯だ!!」

 守備隊員たちが一斉に槍を構え、ガーディアンを囲い込む。

 カイトが冷ややかな視線を監査官に向け、剣の鯉口を切った。

「……法、か。……自分たちでルールを書き換えておいて、よく言うぜ」

「……タムさん、……どうしましょう。……精霊さんたちも、この門が放つ不自然な拒絶の力に怯えています……」

 アルウェンがタムの服を掴む。だが、タムの表情には一点の曇りもなかった。

「……エドワードさん。……『あれ』の準備、できていますか?」

「おう、言われた通り、昨夜の祝宴の合間に組んでおいたぜ。……まさか本当に使うことになるとは思わなかったがな」

 エドワードがガーディアンの背中にあるコンテナの側面に、巨大な四本の杭を打ち込んだ。それはガーディアンの出力を一箇所に集中させ、爆発的な反動を生み出すための「瞬間加速増幅器」だった。

「……皆さん、しっかり掴まっていてください。……検品の結果、この門を『通る』ことは不可能です。……物流ギルドの権限が及ぶのは、あくまで『道の上』だけですから」

 タムが右腕を天に掲げた。

 白銀の紋様が激しく明滅し、ガーディアンの巨躯と、そこに座る仲間たち全員を包み込むような、巨大な球状の結晶フィールドが形成されていく。

「……タム、まさか……!」

 カイトが驚愕に目を見開く。タムは不敵に笑った。

「……梱包師の奥義、……『一括配送バルク・ドロップ』。……要は、僕たち自身を一つの荷物としてパッキングし、目的地まで『投げ飛ばす』だけです」

「な、……何を言っている!? ……貴様ら、狂ったか!!」

 監査官の悲鳴のような声を無視し、タムは全魔力をガーディアンの脚部へと流し込んだ。

「――アルウェン! 風を! 重力をパッキングして、空気の抵抗をゼロにしてくれ!!」

「は、はい! ……精霊さん、……私たちを、……空の向こうへ!!」

 ガーディアンの排気孔から、紫紺と黄金の炎が爆発的に噴き出した。

 ――ズ、ガ、ァァァァァァァァン!!

 天地を揺るがす轟音と共に、重量数トンに及ぶレガシー・ガーディアンが、物理法則を無視した初速で垂直に跳ね上がった。

 

 門番たちの目の前で起きたのは、跳躍ではない。それはもはや、地から天へと放たれた「流星」だった。

「……飛んで、……飛んでるわぁぁぁぁぁッ!!」

 リナが絶叫しながらガーディアンの手すりにしがみつく。セレスの魔力障壁が摩擦熱から一行を守り、アルウェンの風が空気の壁を切り裂いていく。

 地上では、呆然と口を開けて空を見上げる守備隊と監査官たちの姿が、豆粒のように小さくなっていく。

「……あ、ありえん、……あんな巨体が、空を飛ぶなど……ッ!」

 監査官の叫びが遠ざかる。

 タムは高度数百メートルの絶景の中、冷徹に「着地点」を計算していた。

「……エリュシオン領内、……国境から三キロ地点の草原を確認。……あそこは、……隣国の第一王女殿下が管理する『私有地』だ。……そこへ僕たちが着陸すれば、……王都の法もギルドの権限も、……一切通用しない!!」

 空中でタムの右腕が再び光を放つ。

 彼は落下エネルギーそのものを「パッキング(保存)」し、着陸時の衝撃を無効化するための緩衝材へと変換し始めた。

 隣国の国境線を空中で跨いだ瞬間、一行の頭上を覆っていた「禁魔の結界」が、紙細工のように容易く突き破られた。

 

「――着陸体勢、……衝撃に備えて!!」

 

 エリュシオン領内のなだらかな草原。

 そこへ、空から巨大な銀色の質量が降り注いだ。

 ――ド、ガ、ァァァァァァン!!

 

 物凄い土煙が上がったが、タムが展開した「衝撃吸収梱包インパクト・パッキング」により、ガーディアンの機体にも、白銀の箱の中のオルゴールにも、一点の傷もついていなかった。

 ゆっくりと土煙が晴れていく。

 そこには、突然の「空からの訪問者」に驚き、散歩を中断して立ち尽くしている気品溢れる貴婦人と、その警護騎士たちの姿があった。

 

 タムは、泥だらけになった作業着の襟を正し、ガーディアンの背から優雅に(リナの目には、少しフラフラして見えたが)降り立った。

 そして、呆然とする貴婦人――エリュシオン第一王女、エレナ・ド・エリュシオンの前に跪き、完璧な所作で頭を下げた。

 

「……突然の『不法投棄』にて、……失礼いたしました。……僕は王都の梱包師、タムです。……本日は、……貴国との友好の証である『神晶のオルゴール』を、……最も迅速なルートでお届けに参りました」

 

 沈黙。

 そして、王女エレナが、思わずといった風に吹き出した。

「……ふ、……ふふふ。……空から荷物を届ける配達員なんて、……私の人生で初めてだわ。……王都のギルドは、……随分と独創的な人材を抱えているのね?」

 

「……いえ、……僕は、……ただのフリーランスの梱包師です」

 タムが不敵に笑い、右腕の義手をそっと箱に添えた。

 

 国境の向こう側では、今頃物流ギルドの連中が、法的に手出しができない「隣国の王女の私有地」で優雅に迎えられているタムたちを、地団駄を踏みながら眺めていることだろう。

 

「……検品、……完了。……エリュシオンへの納品ルート、……これにて開通です」

 

 朝日が、タムたちの背中を眩しく照らし出した。

 王都の権威を、空の上から文字通り飛び越えた「ラストマイル」。

 彼らの型破りな配送任務は、今、隣国という新しいステージで、さらなる喝采を浴びようとしていた。

国境という絶対的な壁を、物理的に飛び越えるという荒技で突破したタムたち。王女エレナとの衝撃的な出会いは、彼らの配送任務にどのような影響を与えるのでしょうか。物流ギルドの権限が及ばない新天地で、梱包師一行の快進撃は加速していきます。次回の「納品」、その先にある真実とは。物語はさらなる高みへ。

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