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第70話:絆の祝杯と、暁の轍

 かつての屈辱を晴らし、王都の権威を実力で黙らせた夜。

 路地裏の小さな店「ラストマイル」には、どんな高級料亭よりも温かで、誇らしい灯がともっていました。

 並べられたご馳走と、惜しみなく注がれる美酒。

 死線を共に越えた仲間たちだからこそ分かち合える、言葉にならない想いと、止まっていた時間を埋めるための語らい。

 それは、明日から始まる過酷な旅路を前に、神様がくれた短い休息のようなひと時でした。

 夜明けと共に、再び動き出す守護者のわだち

 絆という名の最強の緩衝材を纏い、一行は「不可能」のその先を目指して、王都の門を突き抜けます。

 バルトロメイ子爵邸の冷たい地下室から、白銀の箱に封じられた「神晶のオルゴール」を抱えて店に戻った一行を待っていたのは、路地裏の湿った空気さえも甘く感じられるほどの、確かな勝利の余韻だった。王都物流ギルドの重鎮たちが、タムの鮮やかな手並みの前で言葉を失い、まるで自分たちの権威そのものがパッキング解除(崩壊)していくのを見つめていたあの表情。リナは店に入るなり、鞘を投げ出すようにカウンターへ置き、弾けるような笑い声を上げた。

「見た!? あのバルトロメイの秘書の顔! まるで毒入りのパイを丸呑みしたみたいな顔してたわね! あぁ、せいせいしたわ!」

「全くだ。……タム、あんたのあの右腕の動き、あれは、職人の私から見ても芸術の域でしたよ。あんなに複雑な魔力の乱気流を、一瞬で位相ごとに切り分けるなんてなぁ」

 エドワードが豪快にタムの肩を叩く。タムは照れくさそうに微笑みながらも、全神経を研ぎ澄ませた後の心地よい疲労感に身を委ねていた。カイトは静かに荷解きを手伝いながら、かつての自分の「正体」を救い出してくれた親友の横顔を、誇らしげに見つめている。

「……さて! しんみりしてる暇はないわよ。今夜はあたしが腕を振るうんだから! アルウェン、そっちの野菜の皮剥きを手伝って。カイト、あんたはテーブルを完璧にセッティングしなさい。三ミリの狂いもなくね!」

「はいはい、了解ですよ、リナさん。……あはは、梱包の修行がこんなところで役に立つとはな」

 リナの号令が飛ぶと、店内の空気が一気に活気づいた。彼女はエドワードが「勝利の祝いだ」と言って買い込んできた高級な豚の塊肉や、王都の朝市で仕入れたばかりの瑞々しい冬野菜を手際よく捌いていく。カイトやタムがこれまで見てきた「荒っぽい戦士」としての姿からは想像もつかないほど、彼女の包丁さばきは繊細で、一切の迷いがない。

 キッチンからは、ニンニクとハーブが脂と弾ける香ばしい匂いが漂い始め、アルウェンが精霊の力を借りて育てた新鮮なハーブの香りが、それに華やかな彩りを添える。

「……はい、完成! 『ラストマイル特製、骨付き肉の赤ワイン煮込みと冬野菜のポタージュ』よ! さあ、冷めないうちに食べなさい!」

 大皿に盛られた料理がテーブルに並ぶと、一同から感嘆の声が上がった。肉はナイフを入れるまでもなくホロリと崩れるほど柔らかく煮込まれ、その濃厚なソースの香りは、空腹だった彼らの胃袋を激しく揺さぶる。

 カイトが真っ先に一口運び、その瞳を見開いた。

「……美味い。……リナさん、あんた、騎士団にいるより宮廷料理人になった方が良かったんじゃないか?」

「余計なお世話よ! ……でも、まあ、口に合うなら良かったわ」

 リナは少し照れくさそうに鼻先を指で擦り、自分の分を皿に分ける。その胸元の魔導銀からは、セレスの穏やかな、けれどどこか茶目っ気のある念話が漏れ出していた。

『……あら、カイトさん。リナの料理の腕は、わたくしが保証しますわ。かつて森でタムさんのおにぎりに感動していたあの子が、今やこれほどの献立を組めるようになったのですから。……タムさん、あなたも早く召し上がれ。あなたが美味しそうに食べる姿を見るのが、リナにとって一番の毒消し(癒し)なのですから』

「……セレス、余計なこと言わなくていいのよ!」

 リナが顔を赤くして反論する様子に、食卓は温かな笑い声に包まれた。

 エドワードが秘蔵の樽酒を全員のコップに注ぎ込み、タムが立ち上がってコップを掲げた。

「……みんな、本当にありがとう。僕一人じゃ、あんな理不尽な依頼、受ける勇気すら持てなかったと思う。……カイトが戻ってきてくれて、リナさんとセレスお嬢様が支えてくれて、エドワードさんの箱とアルウェンの祈りがあったから、僕は『梱包師』として胸を張ることができました。……僕たちの新しい門出に、乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

 琥珀色の酒が触れ合い、喉を焼くような熱さと共に、勝利の味が全身に染み渡る。

 酒が進むにつれ、話題は自然と「骸の森」での出来事へと移っていった。カイトは、自分の魂が収集家に囚われていた間の、断片的な記憶をぽつりぽつりと語り始めた。

「……あいつの中は、ひどく冷たくて暗い場所だった。でも、時折、光の糸みたいなものが届くんだ。それがタムの声だったり、リナさんの怒鳴り声だったりして……。俺、あそこで確信したよ。タムなら、絶対に見捨てないって。……だから、戻ってこれたんだと思う」

 カイトの言葉に、タムは静かに頷いた。言葉にすれば照れくさい想いも、この夜の温かな灯火の下では、自然と「パッキング」された記憶として共有されていく。アルウェンもまた、里を出てからの目まぐるしい日々を振り返り、瞳を潤ませていた。

「……私、里では『神の声を聴く者』として、いつも独りぼっちでした。でも、ラストマイルの皆さんと一緒にいると、精霊たちが以前よりも賑やかに、楽しそうに歌うんです。……皆さんと出会えて、本当に良かった」

 エドワードが豪快に笑い、アルウェンの頭を大きな手で撫でる。

「ああ、全くです。……私も、王国魔術師をやってた時より薄暗い工房で魂を削ってた頃より、今の方がずっと『生きてる』実感がありますな。……タム、隣国までの配送も、私が絶対守って見せますからな。安心して背中を預けてくださいな」

 笑いと、涙と、美味しい料理。

 それは、明日から始まる「神晶のオルゴール」配送という、命懸けの任務を前にした、束の間の奇跡のような安らぎだった。

 翌朝。

 暁の空が、濃紺から淡い朱色へと染まり始める頃。

 ラストマイル王都店の前には、昨夜の賑やかさが嘘のような、研ぎ澄まされた緊張感が漂っていた。

 タムは、白銀の箱に収められたオルゴールを、慎重な手つきでレガシー・ガーディアンの背中、最も振動の少ない「中心点」へと固定していた。

「……重心、確認。……位相の固定、異常なし。……ガーディアン、いけるか?」

 タムの問いかけに、ガーディアンは低い駆動音を鳴らして応えた。その機体は、エドワードの手によって隅々までメンテナンスされ、朝日を浴びて鈍い銀色の輝きを放っている。

 カイトが剣の帯を締め直し、リナが鎧の調子を確かめる。セレスの魔力は、リナの全身を包む不可視の障壁となって、既に臨戦態勢に入っていた。

「……王都の門が開くわ。……準備はいい、タム?」

 リナの問いに、タムは力強く頷いた。

 王都を出れば、そこからは無法の街道が続く。フェルナンドや物流ギルドが、この配送を黙って見過ごすはずがない。彼らの権威を守るためなら、手段を選ばない妨害が待ち受けていることは火を見るよりも明らかだった。

「……出発だ。……ラストマイル、配送開始ディスパッチ!!」

 タムの号令と共に、レガシー・ガーディアンが力強く地を蹴った。

 王都の石畳を鳴らす重厚な足音。早起きの市民たちが、その威容に驚き、そして「あの梱包師たちだ!」と歓声を上げる。タムは前だけを見つめていた。

 街道に出ると、ガーディアンはその速度を上げた。

 北へと続く街道の両脇には、深い霧が立ち込めている。その霧の奥から、複数の殺気が一行を射抜くのを感じたのは、王都を離れてから数時間が経過した頃だった。

「……タム、来たわよ。……右方の林に三、左の岩陰に五。……隠れる気もないみたいね」

 リナが不敵な笑みを浮かべ、大剣の柄に手をかけた。カイトもまた、ガーディアンの背の上で重心を低く保ち、風を読み始める。

「……物流ギルドの雇った私兵、あるいは暗殺者か。……タム、あんたは荷物を守ってろ。……掃除は俺たちの役目だ」

 カイトの言葉が終わるか終わらないかのうちに、霧の中から無数の黒い影が飛び出してきた。彼らは馬ではなく、魔力で強化された特殊な小型の高速車両に乗り、ガーディアンを囲い込もうとする。

 だが、タムは慌てない。

「……ガーディアン、回避は最小限でいい! ……揺れは僕が右腕で吸収パッキングする!! ……みんな、……頼んだぞ!!」

 タムの右腕が白銀に輝き、ガーディアンの機体全体を覆うような「緩衝フィールド」を展開する。

 襲いかかる刃、放たれる矢。それらはタムの展開したパッキング・フィールドに触れた瞬間、その運動エネルギーを奪われ、力なく地面に落ちていく。

「……おっと、儂を忘れてもらっちゃ困る!!」

 エドワードがガーディアンの背から、自作の投擲爆弾を次々と投げつける。それは殺傷能力よりも「騒音と衝撃」に特化しており、暗殺者たちの高速車両を次々と転倒させていく。

 アルウェンが祈りを捧げると、街道の草木が意思を持ったように伸び、暗殺者たちの足を絡め取った。

「……しつこい連中ね!! ……セレス、出力を上げて!!」

『……了解しましたわ、リナ。……不敬な輩には、ふさわしい「梱包」を施して差し上げましょう』

 リナの胸元から溢れ出した白銀の魔力が、大剣の刀身を巨大な光の刃へと変える。一閃。

 街道を横切るような巨大な衝撃波が、追撃してくる暗殺者たちの車両をまとめて吹き飛ばした。

 だが、タムの表情は依然として険しいままだった。

 右腕を通じて感じる「神晶のオルゴール」の鼓動が、先ほどから微かに、不気味に早まっている。

 外部の戦いそのものが、オルゴールにとっての「刺激」となり、閉じ込めたはずの不協和音が、再びタムの精神を浸食し始めていたのだ。

「……くっ。……位相が、……歪み始めてる……!?」

 タムは、自分の右腕が、オルゴールの放つ冷たい魔力に侵食され、感覚が麻痺していくのを感じた。

 配送任務は、まだ始まったばかり。

 王都から隣国へ至る「呪われた街道」は、一行に真の絶望を見せつけようとしていた。

「……負けない。……必ず、……届けるんだ!!」

 タムは血を吐くような思いで、右腕の紋様をさらに激しく燃え上がらせた。

 ガーディアンは霧を突き抜け、血と火に彩られた街道を、止まることなく突き進んでいく。

 その背中には、世界で最も重く、そして最も尊い「仲間の絆」が積まれていた。

 第70話「絆の祝杯と、暁の轍」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

 リナさんの手料理に舌鼓を打ち、これまでの苦難を笑い飛ばす一夜。そして、一転して戦火の街道へと踏み出す緊迫感。五人と一体、それぞれの持ち味が最大限に発揮された配送劇をお届けいたしました。

 特級配達員としての自覚を持つタムさん、親友の盾となるカイトさん、そして攻守に渡ってパーティーを支えるリナさんとセレス様のコンビ。新メンバーのエドワードさんとアルウェンさんも加わり、最強の「ラストマイル」が完成しつつあります。

 しかし、神晶のオルゴールの真の恐怖は、物理的な妨害だけではありません。タムさんの精神を蝕み始める不協和音と、ギルドが隠し持っている「最後の切り札」。

 次回、第71話。

 霧の街道の果てに現れる、ギルド最強の「強制解体師アンパッカー」。

 タムさんのパッキングを物理的に破壊しようとする強敵に対し、一行はどう立ち向かうのか。


お楽しみに。

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