表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/246

第68話:再開の鐘と、冷徹な招待状

 深い眠りから覚めた王都店に、再び活気の灯がともります。

 骸の森での死闘を乗り越えた「ラストマイル」一行。五人と一体という新しい形で迎える営業再開の朝は、かつてないほどの熱気と、懐かしい笑顔に満ちていました。

 特級配達員となったタムさんの洗練された手つき、仲間の成長、そしてアルウェンさんが初めて触れる「王都の日常」。路地裏の小さな店は、再び世界の「想い」を運ぶ拠点として、力強く鼓動を始めます。

 しかし、その賑わいを冷たく見つめる影がありました。

 夕暮れ時に現れたのは、タムさんの過去を、そして「梱包師」という職能そのものを否定し続けてきた、王都の古い権威。

 突きつけられたのは、一時の再会を祝う暇も与えない、呪われた家宝の配送依頼でした。

 それは、過去の絶望を塗り替えるための切符か、あるいは全てを奪い去るための罠か。

 梱包師としての誇りと、守るべき仲間たちの未来を懸けた、新たな配送任務ミッションが始まります。

 王都クレイエルの路地裏に、久しぶりに快い鐘の音が響き渡った。ラストマイル王都店、営業再開。その報せは、まるで風に乗った精霊の噂のように瞬く間に広がり、開店の朝日が昇る頃には、店の前には待ちわびた人々が行列を作っていた。

 タムは馴染みの作業着に身を包み、カウンターの奥で一人一人の依頼人と向き合っていた。その指先は、骸の揺り籠での激闘を経たことで、以前よりもさらに繊細に、かつ迷いなく動いている。

「特級配達員タムさん、本当にお帰りなさい! あなたがいなくて、みんな困っていたんですから。この壊れやすいハーブの苗、遠くの村まで運んでもらえますか?」

「お任せください。根の湿土が乾かぬよう、呼吸する梱包ブレス・パッキングで仕上げます。アルウェン、苗の生命力を維持する補助をお願いできるかな」

「はい、タムさん! 精霊たち、この小さな命を優しく見守ってあげて」

 タムの隣で、アルウェンが楽しげに杖を振るう。彼女が撒き散らす精霊の粉は、店内に森の爽やかな香りを運び、依頼人たちの心を癒していく。彼女にとって王都での初仕事は、驚きと喜びに満ちていた。

 一方で、店の奥からは威勢のいい金属音が響いている。エドワードが「ラストマイル専用コンテナ」の量産に励んでいるのだ。

「おい、カイト! そっちの留め金が甘いぞ! 俺の作った箱は、ドラゴンの足蹴りにも耐えなきゃならねえんだ。もっと気合を入れて締めろ!」

「分かってますって、エドワードさん! ……ふぅ、梱包の基礎も大変だけど、この箱自体の強度計算も奥が深いな。……よし、これで三ミリの狂いもない!」

 カイトが汗を拭いながら、誇らしげに完成した箱を積み上げていく。かつての傲慢な聖騎士の姿はどこにもなく、そこには一人の「配送のプロ」としての情熱を燃やす若者の姿があった。

 リナはと言えば、その高い身体能力を活かして、店内の荷物の仕分けと、押し寄せる客の整理を完璧にこなしていた。彼女の胸元の魔導銀からは、時折、客たちの些細な嘘を見抜くようなセレスの鋭い念話が届く。

『リナ、そちらの御婦人、中身は香水だと仰っていますが、微かに可燃性の高い薬草の匂いがしますわ。危険物区分でのパッキングをタムさんに伝えて差し上げて』

「了解、セレス。……ちょっと奥様、こちらの中身、もう一度詳しく検品させてもらってもいいかしら?」

 リナの鋭い指摘に、客がタジタジとなる。セレスとリナ、二人の意識が一体となった防犯能力は、王都のどの商店よりも優れていた。

 五人と一体。それぞれの個性が歯車のように噛み合い、ラストマイル王都店はかつてないほどの熱気に包まれていた。タムは、かつて自分が一人で立ち上げ、必死に守ろうとしていたこの場所が、今やこれほどまでに頼もしい仲間たちの手で彩られていることに、深い幸福を感じていた。

 しかし、そんな祝祭のような空気は、陽が大きく西に傾いた頃、不吉な音と共に塗り替えられた。

 ――ギィ、……ギィィィ……。

 路地裏にはおよそ似つかわしくない、贅を尽くした黒塗りの馬車が、店の正面にぴたりと停まった。漆黒の木材に金細工が施され、御者は紋章入りの重厚な制服を纏っている。

 店内に残っていた客たちが、その威圧感に気圧されて逃げるように去っていく。

 馬車から降りてきたのは、磨き上げられた革靴を鳴らす、一人の男だった。年の頃は四十半ば。冷徹な細い瞳と、剃刀のように鋭い髭を蓄えたその男は、周囲を汚物でも見るような目で見回しながら、一歩、また一歩と店内へ踏み込んできた。

 タムはその顔を見た瞬間、指先がわずかに凍りつくのを感じた。

 忘れるはずもない。数年前、王宮の鑑定の間。水晶玉に「梱包師」という文字が出た瞬間、タムを指差し、「物流を汚す無能」と断じて放逐を決定した鑑定官の一人――バルトロメイ子爵の筆頭秘書、フェルナンドだった。

「……随分と賑やかなゴミ溜めだな。王都の美観を損なうような場所で、コソ泥のような真似をしていると聞いて来てみれば」

 フェルナンドの声は、不快なほどによく通った。カイトが即座に反応し、冷ややかな殺気を放ちながら男の前に立ち塞がる。

「……何者だ。ここはラストマイル。依頼がないなら、今すぐ立ち去れ」

「ほう、元聖騎士のカイト卿か。没落した挙句、無能なガキの腰元に成り下がるとは。主人の教育が行き届いていないようだが」

 フェルナンドはカイトを鼻で笑い、カウンター越しにタムを射抜くような視線を向けた。リナの胸元の魔導銀が、怒りに呼応するように激しく明滅し、店内にはパチパチと静電気のような緊張が走る。

 だが、タムは静かに深く息を吸い込み、完璧なポーカーフェイスで応えた。

「……いらっしゃいませ。配送のご依頼でしょうか? それとも、過去の鑑定結果の訂正にいらっしゃったのですか?」

「増長するなよ、梱包師。貴様のような出来損ないの技術が、王都の物流ギルドを混乱させているという苦情が絶えんのだ。本来ならば即刻営業停止に追い込むところだが……バルトロメイ子爵閣下は、慈悲深い御方だ。お前に、汚名を返上する『最後の一回』を与えてくださるという」

 フェルナンドがカウンターに叩きつけるように置いたのは、深紅の蝋で封印された、重厚な招待状だった。

「子爵閣下の令嬢が、隣国の王太子へ嫁がれる。その祝言の品として贈られるのが、我が家の家宝『神晶のオルゴール』だ。……お前も、その名くらいは聞いたことがあるだろう?」

 タムの眉が、ピクリと動いた。

 神晶のオルゴール。それは太古の魔導技術で作られた「歌う呪具」とも呼ばれる逸品だ。周囲の魔力を乱気流のように吸い込み、そのエネルギーで天上の音楽を奏でる。だが、その内部構造は極限まで不安定であり、わずかな振動や外部からの魔力干渉を受けるだけで、吸収したエネルギーを爆発的に放出する。過去に何度も輸送が試みられたが、そのたびに爆発、あるいは奏者が狂い死に、現在では「配送不可能」の代名詞となっていた。

「これを三日以内に、隣国まで無傷で届けろ。梱包の中身に一筋の亀裂も、音色の狂いも許されん。……もし成功すれば、お前の『梱包師』という職を王都で正式に認めさせてもいい。だが――」

 フェルナンドが、歪んだ笑みを浮かべる。

「失敗すれば、お前たちは不敬罪で即刻投獄。この店は没収、貴様ら全員の職能を剥奪し、一生、地下墓地の荷運び人として朽ち果ててもらう。……どうだ? 無能に与えられた、分不相応な名誉だろう?」

「……タム、受ける必要はないわ! こんなの、最初から罠じゃない!」

 リナが叫ぶ。彼女の背後でセレスの魔力が渦巻き、店内の棚がガタガタと震え始めた。エドワードも金槌を握りしめ、「ふざけた真似しやがって……」と、今にもフェルナンドを叩き潰さんばかりの迫力で歩み寄る。アルウェンは、男から放たれる漆黒の悪意に怯えながらも、タムの服の裾をぎゅっと握りしめていた。

 フェルナンドは、自分に向けられた殺気を楽しむように、優雅に身を翻した。

「返事は明日までに、子爵邸へ持ってこい。……まあ、怖気づいて夜逃げするなら今のうちだぞ。梱包師という名の、ただの包み屋君」

 フェルナンドは嘲笑を残し、黒塗りの馬車と共に路地裏を去っていった。

 静寂が戻った店内で、タムはカウンターに置かれた赤い封筒を、じっと見つめていた。その指先は、恐怖ではなく、かつてない高揚感で微かに震えていた。

「……タムさん」

 カイトが、心配そうに声をかける。タムはゆっくりと顔を上げ、白銀の瞳を仲間たちに向けた。

「……みんな、ありがとう。怒ってくれて。……でも、僕は、……嬉しいんです」

「嬉しい!? 何言ってるのよタム、あいつ、あんたのことを――」

「ええ。……でも、彼らがこれほどまでに卑怯な罠を仕掛けてくるのは、僕たちの『梱包』が、彼らの古い常識を脅かしている証拠だからです。……無視すれば、この店はいつか別の理由で潰されるでしょう。……なら、ここで証明するしかありません」

 タムは、赤い招待状を力強く掴み取った。

「梱包師タム。……この依頼、謹んで受理します。……神晶のオルゴール、僕たちが完璧にパッキングして、隣国まで配送してみせましょう」

 その言葉に、仲間の瞳に再び火が灯った。

 不可能を可能にするのが、ラストマイル。

 タムを切り捨てた王都の権威たちを、その圧倒的な「納品」で絶句させるための、新たな配送任务レスキューが、今ここに幕を開けた。

 タムは作業室へ向かい、メンテナンスを終えたばかりの右腕をそっと掲げた。

 かつての「無能」は、もういない。

 ここには、最高の仲間と、世界を包み込む力を得た、一人の梱包師がいる。

 

「……よし。……配送ルートの検品を始めるぞ。……全神経を、この一個のオルゴールにパッキングするんだ!!」

 タムの咆哮が、王都店の夜を熱く震わせた。

 第68話「再開の鐘と、冷徹な招待状」を最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

 営業再開の喜びも束の間、タムさんの過去に深く関わる因縁の相手、フェルナンドが登場いたしました。かつて彼を「無能」と断じた者たちからの、理不尽かつ極めて難易度の高い配送依頼。それは、タムさんの成長を証明するための、避けては通れない試練でもあります。

 「神晶のオルゴール」という、物理的にも魔力的にも不安定な「荷物」を、タムさんがどのようにパッキングし、隣国までの過酷な道を切り拓いていくのか。五人と一体、それぞれのスキルを総動員した、極限の配送劇が始まります。

 次回、第69話。

 子爵邸へ向かったタムさんたちが目にする、オルゴールの真の「おぞましさ」。

 そして、配送を妨害しようとする王都物流ギルドの刺客たちが、一行に牙を剥きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ