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第66話:完全梱包

本物の光が、今、闇を切り裂きます。

 

 魂を取り戻したカイト。満身創痍ながらも瞳に炎を宿すタム。

 偽物の皮を剥がされ、醜悪な本性を現した収集家に対し、梱包師一行の総力戦が始まります。

 

 奪われた誇り、弄ばれた絆。その全てを清算するため、タムは自らの右腕に「城一つ」を丸ごと梱包するほどの全魔力を集約させます。

 

 骸の揺り籠という名の悪夢を終わらせるための、最後の配送任務レスキュー

 本当の仲間が揃った今、不可能な梱包など存在しません。

 カイトの魂を奪い返された瞬間、これまで優雅な貴族のごとく振る舞っていた「収集家」の輪郭が、墨汁を落とした水面のように激しく掻き消えた。親友の皮を剥がされ、内側から溢れ出したのは、どろどろとした漆黒の泥。それは数千年もの間、この城が啜り続けてきた「未練」と「執着」がパッキングされ、意志を持った呪いの塊そのものだった。

「……ありえない、ありえない、ありえないッ!! 私の、私の完璧な美学が、あんなちっぽけな梱包師の小細工で汚されるなど……ッ!!」

 泥の怪物から発せられる声は、もはやカイトの爽やかな響きではなく、数千、数万の人間の断末魔を一つに凝縮したような、不快な共鳴音へと変わっていた。収集家は、周囲の棚に並べられた魂の瓶を一斉に自身の体内に吸い込み、その巨躯を膨張させていく。

 魂を燃料にして肥大化する泥は、儀式の間を埋め尽くさんばかりの漆黒の触手へと姿を変え、その先端からはかつての犠牲者たちの顔が浮かび上がっては消える。

「……いい気味ね。化けの皮が剥がれて、やっとその醜い中身がお似合いの姿になったじゃない」

 リナが、折れかけた大剣を杖代わりに立ち上がる。彼女の全身を包む結晶武装は、カイトの帰還という「希望」に呼応し、先ほどまでの沈黙が嘘のように激しい蒼光を放ち始めていた。

「タム、無理をしないでください。……貴方の身体はもう……」

 アルウェンがタムの肩を支えるが、彼女自身の魔力も残り少ない。それでも、その瞳からはもう迷いは消えていた。

 その時、タムの肩を、温かく、そして力強い手が叩いた。

「……悪いな、タム。あとは、俺が道を作る」

 カイトだった。

 魂を戻された直後とは思えないほど、その動きには淀みがない。彼は拾い上げた聖剣の柄を軽く一閃させると、溢れ出す漆黒の触手を、目にも止まらぬ速さで斬り捨てた。

「……カイト、……いけるか?」

 タムが血を拭い、笑みを浮かべる。

「ああ。あいつの中に閉じ込められている間、ずっとお前たちの戦いを見てた。……お前の右腕が何を狙っているか、手に取るように分かるぜ」

 二人の視線が交差する。

 出会ったあの日から、何度も共に危機を乗り越えてきた二人。一人は荷物を守るために盾となり、一人は荷物を届けるために道を切り拓く。その役割分担パッキングは、たとえ死の淵を彷徨った後でも、一瞬で噛み合った。


 泥の怪物が咆哮を上げ、数千の触手を一斉に放った。一本一本が「死」そのものを運ぶ触手の嵐。だが、カイトはその嵐の中へと、迷いなく飛び込んでいった。

「――『神速・燕返し』!!」

 カイトの身体が残像となり、空間そのものを切り刻むような剣閃が、タムの周囲を完璧にガードする。触手がタムの肌に触れるよりも速く、カイトの刃がそれをパッキング解除アンパックするように分解していく。

 その間に、タムは右腕の義手を地面に深く突き立てていた。

 義手に刻まれた黒い紋様が、床を通じて広間全体の「構造」を読み取っていく。

(……見つけた。……あいつの核は、泥の底じゃない。……今、吸い込んだ魂たちの中心、一番『寂しがっている』場所だ!!)

 タムの検品結果が、カイトの脳内に直接共有される。

「リナさん、アルウェン! あいつの左側、三枚目の触手の付け根を狙ってください! そこが、魂の循環が滞っている『継ぎ目』だ!!」

「任せなさい!!」

 リナが、自身の生命力を結晶に変え、巨大な槍のような一撃を放つ。

「精霊たちよ、……これが最後の祈りです!!」

 アルウェンが放つ極彩色の雷鳴が、泥の怪物の左側面を激しく焼き尽くした。

 一瞬、泥の防壁が剥がれ、その奥に潜む「核」――世界中の魂を閉じ込めている、巨大な黒い結晶――が露わになった。

「今だ、タム!!」

 カイトがタムの身体を抱え上げ、爆発的な加速で空へと躍り出た。

 カイトのライトセーバー状の剣が道筋にある触手を次々と斬り伏せ、タムの右腕を、その核の直近へと送り届ける。

「……これが、……僕たちの……『最終配送』だ!!」

 タムの右腕が、黒い結晶に触れた。

 その瞬間、タムの全身に、収集家に囚われていた数千の魂の「記憶」が、濁流となって流れ込んできた。愛し合った記憶、成し遂げたかった夢、そして何より、この城から「外の世界」へ帰りたいという、切実な願い。

「……検品……完了!! ……お前の中にある魂は、……お前のコレクションじゃない! ……みんな、……待っている場所があるんだよ!!」

 タムが、リンの短剣を核の隙間へとねじ込んだ。

 義手の黒い紋様が、かつてないほど巨大な光の渦を描き出す。

 それは破壊の光ではない。収集家という名の「間違った梱包」を全て解き、魂を元の持ち主へと正しく送り届けるための、壮大な再配送の光だった。

 ――ズ、ガ、ァァァァァァァァン!!

 収集家の体内から、まばゆいばかりの魂の光が、何百、何千という流星となって吹き出した。

 その光の奔流の中に、タムは、まだ目を覚まさない「エドワードの魂」の輝きを見つけた。


 タムの右腕から放たれた解放の光が、泥の怪物の核を貫き、数千の魂が流星となって夜空へと還っていく。その光の濁流の中で、ひときわ重厚で、煤と鉄の匂いがするような黄金の輝きが、一つの「器」へと吸い込まれていった。

 棚の最上段に横たわっていたエドワードの巨躯が、にわかに熱を帯びる。

「……あ、あ、……あああッ!!」

 収集家の核となっていた泥が、自身の「所有物」が奪われることに狂乱し、残った全ての質量を触手へと変えて、エドワードの肉体を握り潰そうと殺到した。

 だが、その触手が触れるよりも早く、空気が震えた。

 ――ド、ン!!

 重厚な、腹の底に響くような衝撃音。

 エドワードの右手が、傍らに転がっていた愛用の金槌――彼が自らの魂を込めて打ち直した業物を、迷いなく掴み取っていた。

 目を見開いたエドワードは、そのまま横一線に金槌を振り抜く。ただの質量武器ではない。王国魔術師改め魔道具職人として「物のことわり」を知り尽くした彼の一撃は、迫り来る呪いの触手を、その根源的な結合部から粉砕した。

「……随分と長く……、変な夢を見させてもらったな、色男……!」

 エドワードが、岩が擦れるような低い声で吼えた。

「俺たちの絆を『ガラクタ』呼ばわりした罪……、この金槌で、粉々に打ち直してやる!!」

 エドワードが床を叩くと、衝撃波が城の構造そのものを震わせた。カイトがその隙を見逃さず、収集家の本体へと肉薄する。リナの結晶大剣が泥を切り裂き、アルウェンの精霊魔法が再生を阻む。

 五人と一体。かつてないほど完璧に噛み合った「機能」が、収集家を追い詰めていく。


 収集家は、もはや形を保つことすらできず、広間を埋め尽くす真っ黒な池のような姿へと崩れ落ちた。だが、その泥は城の壁を伝い、骸の揺り籠そのものと一体化しようとしていた。

「……逃がさない。……この城ごと、……全部終わらせる」

 タムが、自らの右腕を天空へと掲げた。

 

 右腕の紋様は、今やタムの皮膚を焼き切らんばかりに脈動し、紫紺の光が城の天井を突き抜けて天に届く柱となっていた。

 梱包師としての最終奥義。それは、目に見える物だけでなく、そこにある「空間」や「呪い」といった目に見えない概念そのものを、一つの箱へと詰め込む、禁忌に近い技術。

「ガーディアン!! 座標固定アンカー!! みんなを……出口まで運んでくれ!!」

 タムの叫びに、損傷激しいレガシー・ガーディアンが咆哮で応えた。ガーディアンはリナ、アルウェン、カイト、エドワードの四人をその巨大な手に収め、崩落を始めた城の出口へと全速力で滑走する。

「タム!! 貴方はどうするの!?」

 リナの叫びが遠ざかる。

「……僕は、……こいつを最後まで……パッキング(見送り)しなきゃならないんだ!!」

 タムの周囲で、空間がぐにゃりと歪み始めた。

 城を構成する無数の頭蓋骨、呪われた石材、そして収集家という名の泥。その全てが、タムの右腕が作り出した「無限の容量を持つ見えない箱」の中へと、掃除機に吸い込まれるように収束していく。

 

「――『概念梱包・骸の揺り籠(イデア・パッキング:アイギス・エンド)』!!」

 タムの全魔力が、一辺五センチほどの小さな「結晶の箱」へと凝縮された。

 数千年もの間、人々の魂を食らい続け、生者を拒んできた巨大な古城が、音を立てて内側から折り畳まれていく。石材がパッキングされ、空間がパッキングされ、収集家の絶望さえもが、その小さな箱の中へと強制的に「整理」されていく。

 光が爆発し、次の瞬間、そこには何もなかった。

 ただ、荒れ果てた断崖絶壁の上に、タムが独り、膝をついて座っているだけだった。

 タムの手のひらの上には、鈍く黒く光る小さな箱が一つ。

 この中には、かつて世界を震撼させた呪いと、一人の収集家の歪んだ夢が、二度と開くことのないよう完璧に封印パッキングされている。

 遠くで、ガーディアンから飛び降りた四人が、こちらへと駆け寄ってくるのが見えた。

 朝日が、水平線の向こうから顔を出し、色彩を失っていた骸の森に、再び柔らかな光を与え始めている。

「……検品、……完了。……納品先は、……虚無の彼方だ」

 タムは、その箱を崖の下、雲海の中へと静かに放り投げた。

 それは、二度と届くことのない配送。梱包師として、最も正しく、最も残酷な「処置」。

「タム!!」

 一番に駆け寄ってきたリナが、泥と血にまみれたタムの身体を、壊れ物を扱うように抱きしめた。

「……バカ。……本当に、バカなんだから……」

 リナの涙が、タムの頬に落ちる。カイトが笑いながらタムの頭を乱暴に撫で、エドワードが太い腕でタムの背中を叩き、アルウェンが安堵の祈りを捧げる。

 梱包師一行。

 欠けていたピースが全て揃い、彼らの配送任務(冒険)は、ここからまた新しくパッキングされていく。

 タムは、仲間の温もりを感じながら、初めて本当の意味で深く、長い呼吸を繰り返した。

 第66話「完全梱包」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

 エドワードの復活、そしてタムの最終奥義による「城まるごと梱包」という壮大な決着を描かせていただきました。

 

 絶望の象徴だった「骸の揺り籠」は消え去り、一行は再び一つになりました。

 次回、第67話。

 戦いを終えた一行の休息。そして、今回の事件を経てタムの右腕に起きた「ある変化」と、新たな旅の目的地が明らかになります。


お楽しみに。

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