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第65話:偽物の終着点

 魂を抜かれたはずのカイトの肉体が流した、血の涙。

 それは「収集家」という名の怪物に寄生された親友の、消えかけた自我が上げた最期の悲鳴でした。

 しかし、その抵抗は収集家の歪んだ独占欲にさらなる火をつけます。

 玩具の反抗を許さない怪物は、棚に眠る膨大な「コレクション」を解き放ちました。

 

 リナが憧れ、騎士としての規範とした伝説の聖騎士。

 アルウェンが敬愛し、一族の始祖として崇める初代最長老。

 

 歴史に名を刻んだ偉大な魂の「抜け殻」たちが、意思を持たぬ操り人形として一行を包囲します。

 それは誇りを踏みにじり、精神を破壊する、骸の揺り籠における最悪の「展示会」でした。

 カイトの姿をした収集家が、不快そうに顔を歪めた。

 自分の背後で、魂を抜いたはずの肉体が指を動かし、血の涙を流している。それは彼にとって、完璧に管理されたコレクションに生じた「致命的な汚れ」に他ならなかった。

「……目障りですね。せっかく綺麗に中身を空にして、私の鑑賞に堪えるようパッキングしてあげたというのに。……壊れた玩具は、一度解体して整理し直す必要があるようです」

 男がパチン、と指を鳴らした。

 その乾いた音が収蔵庫の静寂に響き渡った瞬間、棚に並んでいた無数のガラスケースが、一斉に内側から粉砕された。

 

 ガシャァァァァァァァァァン!!

 

 降り注ぐ破片と共に、棚の奥から「それら」が這い出してきた。

 それは、人間の形をしてはいるが、生きた人間とは決定的に異なる何かだった。関節があり得ない方向に曲がり、皮膚は蝋細工のように不自然な光沢を放っている。魂を抜かれ、代わりに収集家の魔力という泥を詰め込まれた「英雄たちの残骸」だ。

 リナが、息を呑んだ。

 最前列に立ちふさがったのは、白銀をさらに超えた、眩いばかりの純金オーラムの鎧を纏った騎士だった。

「……そんな、……嘘でしょ。……初代聖騎士、……ガウェイン卿……!?」

 リナの震える声に、収集家が嬉々として答える。

「ええ、その通り。聖教国の建国神話に記された、伝説の英雄です。……彼の『誇り』という魂は、今でもあちらの瓶の中で美しく輝いていますよ。……今ここにいるのは、その輝きを失い、ただ私の命令に従って剣を振るうだけの、よくできた肉の塊ですがね」

 黄金の騎士が、音もなく剣を構えた。

 魂はない。だが、肉体が記憶している絶技はそのままに、機械的な冷酷さでリナに襲いかかる。

 一方、アルウェンの前には、緑の長衣を纏った、透き通るような肌を持つ老エルフが立ちふさがっていた。その周囲には、現在のアルウェンが操る精霊とは比較にならないほど強大で、かつ「汚染された」精霊たちが、黒い煤のような風を巻き起こしている。

「……始祖、様……。エルフの郷を、……作られた……」

 アルウェンは杖を抱えたまま、膝をつきそうになった。

 彼女にとって、目の前の存在は神にも等しい。その尊厳が、これほどまでにおぞましい「操り人形」にされている光景は、彼女の精神を内側から崩壊させるのに十分な破壊力を持っていた。

「さあ、始めましょう。……歴史を彩った英雄たちに殺される気分は、いかがですか? ……大丈夫、安心してください。君たちが死んだ後、その絶望に染まった魂は、私が一番目立つ棚に、丁寧に、丁寧にパッキングしてあげますから」

 カイトの姿をした収集家は、棚の特等席に腰を下ろし、まるでお芝居を楽しむ観客のように足を組んだ。

 黄金の騎士の剣が、リナの結晶武装を容易く切り裂く。

 初代最長老の放つ黒い雷が、アルウェンの防御障壁を紙のように焼き切る。

 

 圧倒的な力量差。

 それ以上に、自分たちのルーツを汚されることへの精神的な摩耗が、二人の動きを鈍らせていた。

 

 タムは、地面に這いつくばったまま、その地獄のような光景を網膜に焼き付けていた。

 右腕の義手は未だに煙を上げ、全身の激痛は収まる気配がない。だが、彼の「梱包師の目」だけは、この絶望の展示会の中に、たった一つの「矛盾」を見つけ出していた。

「……検品、……継続……。……お前、……やっぱり……分かってない……」

 タムが、血の混じった唾を吐き捨てる。

 

「……あいつらは、……ただの……抜け殻じゃない。……エドワードさんが、……いつも、……言ってたんだ。……『道具には、作った者の魂が宿る』……ってな……」

 

 タムの視線は、収集家の背後、魂を抜かれたカイトの肉体へと向けられた。

 

「……英雄たちの皮を……どんなに集めても、……お前は……ただの……空き巣だ。……今から、……本当の……『魂の配送』を……見せてやる……」

 タムが、震える手でリンの短剣の柄を握りしめた。

 短剣の結晶刃が、収集家の体内に隠された「カイトの魂」と、箱の中で泣いている「カイトの肉体」を繋ぐ、細い、けれど決して切れない因果の糸を捉えた。


 広間に響くのは、英雄たちの無機質な足音と、リナたちが流す苦悶の吐息だけだった。

 黄金の騎士ガウェインが振るう大剣は、一太刀ごとに空間を断裂させ、リナの結晶武装を粉々に粉砕していく。それはリナが幼い頃から騎士団の教本で学び、憧れ、血の滲むような修行の果てに追い求めた「理想の剣」そのものだった。

「……ガウェイン卿……、お願い、……止まって……!」

 リナの叫びは、魂を抜かれた黄金の兜に吸い込まれ、霧散する。返ってくるのは、一切の手加減も慈悲もない、死の切っ先のみ。

 一方、アルウェンの周囲では、初代最長老が操る「汚染された精霊」たちが、黒い蔦となって彼女の四肢を縛り上げていた。エルフの始祖が放つ魔力は、アルウェンの清らかな魔力を毒液のように侵食し、彼女の精神を内側から腐らせようとしている。

「……あ、……ぁ、……お爺様……」

 精神的な支柱を失い、泣きじゃくるアルウェンの姿を見て、収集家はカイトの顔で下卑た笑い声を上げた。

「いいですね、実に見事な絶望の色だ。伝説の英雄に殺される名誉、そして自らのルーツに裏切られる恐怖。……これこそが、私のコレクションに深みを与える最高のスパイスですよ」

 タムは、その嘲笑を全身で浴びながら、右腕の黒い紋様を床に押し当てていた。

 視界が真っ赤に染まるほどの激痛。だが、タムの脳内では、かつてないほど冷静な「検品作業」が進行していた。

 

(……見えた。……偽物の身体の中で、……あいつの魂が、……泣きながら怒ってる……)

 収集家の体内にパッキングされたカイトの魂は、ただ閉じ込められているわけではなかった。それは、自分の姿を借りて仲間を傷つける怪物への、激しい拒絶反応を起こしていた。収集家がカイトの技を完璧に使えるのは、その魂を完全に制御しているからではない。カイトの魂が、仲間を護るために研鑽してきた「記憶」を、収集家が無理やり掠め取っているに過ぎない。

「……お前、……重大な検品ミスをしてるって……言ったよな」

 タムが、震える足で立ち上がった。

 全身の傷口から血が滴り、右腕からはバチバチと青白い火花が吹き出す。

「……カイトの魂は、……お前みたいなクズに、……パッキングされるような……ヤワなもんじゃないんだよ……ッ!!」


 タムがリンの短剣を、己の右腕の義手へと突き刺した。

 金属と結晶が噛み合い、凄まじい魔力の共鳴波が広間を揺らす。

 

「――『深層接続・魂の再配送リ・ディスパッチ』!!」

 タムの右腕から放たれたのは、攻撃の波動ではない。それは、収集家の体内に閉じ込められた「カイトの魂」と、背後の箱の中で泣いている「カイトの肉体」を繋ぐ、運命の伝票ルートだった。

 

 収集家がカイトの姿で驚愕に目を見開く。

「……な、……何を!? 私の体内の魂が、……勝手に、……引きずり出される……!?」

「……梱包師の仕事は、……荷物を……あるべき場所へ……送り届けることだ! お前の中にあるのは、……お前の私物じゃない! ……あいつの、……居場所なんだよ!!」

 タムの右腕が、目に見えない「糸」を力任せに引き寄せた。

 収集家の口から、まばゆいばかりの黄金の光が溢れ出す。それは、収集家が喉の奥深くに隠し、自分の力として利用していたカイトの純粋な魂だった。

 

「やめろ……! 離せ! 私の、私のコレクションだぞ!!」

 収集家がカイトの姿を維持できなくなり、その輪郭が泥のように崩れ始める。

 だが、タムは止まらない。リナとアルウェンも、その光を見て全てを悟った。

「……タム! やれぇぇぇぇぇッ!!」

 リナが黄金の騎士の攻撃を捨て身で受け止め、道を切り開く。

「……精霊たちよ! 私に力を……最後の一滴まで、……彼の道を照らす光を!!」

 アルウェンの祈りが、黒い蔦を焼き切り、タムの背中を押し上げた。

 タムは、引きずり出した「カイトの魂」を右腕で掴み取り、そのまま背後の梱包箱へと叩きつけた。

「――『納品完了デリバリー・コンプリート』!!」

 光が、空っぽだったカイトの肉体へと吸い込まれていく。

 その瞬間、世界から音が消えた。


 一秒、あるいは永遠のような静寂。

 

 カチリ、と。

 梱包箱の中で、カイトの指が動いた。

 そして、その瞳に、かつてないほど激しく、かつてないほど温かな「光」が灯った。

「……ふぅ。……悪いな、タム。……ちょっと、……寝坊しすぎたみたいだ」

 その声は、紛れもない、本物のカイトの声だった。

 箱を蹴破り、立ち上がったカイトは、落ちていたショートソードを流れるような動作で拾い上げた。その背中には、もう絶望も空虚もない。

「……さあ、……俺の姿を使って、……俺の可愛い妹分たちを泣かせた罪。……たっぷりと、……パッキングしてやるよ、収集家コレクター

 一方、魂を引き抜かれた収集家は、カイトの姿を保てなくなり、どろりとした黒い泥のような異形の姿へと成り果てていた。

 彼が操っていた英雄たちの「皮」もまた、中核となる魔力の供給を断たれ、ただの骸へと戻っていく。

 

「……ありえない、……私の、……私の完璧なコレクションが……ッ!」

 泥の怪物が叫ぶが、そこにはもう、誰も怯える者はいなかった。

 

 タム、リナ、アルウェン。そして、魂を取り戻したカイト。

 四人と一体の視線が、一箇所に集まる。

 

「……検品の結果、……お前は『廃棄処分』だ」

 タムの宣言と共に、四人の一斉攻撃が、収蔵庫の闇を切り裂いた。

第65話「偽物の終着点」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

 収集家の悪趣味なコレクションを打ち破り、タムの「魂の再配送」によってカイトが真の帰還を果たすシーンを描写させていただきました。英雄たちの皮という絶望を乗り越え、本物の絆が偽物の狂気を凌駕するカタルシスを、地の文の積み重ねでパッキングいたしました。

 

 ついに四人が揃いました。しかし、まだエドワードの魂が、この収蔵庫のどこかに眠っています。そして、本来の姿を露わにした収集家との最終決戦が、ここから始まります。

 次回、第66話。

 カイトとタムの共闘。そして、エドワードの魂を救い出し、この骸の揺り籠そのものを「最終梱包」するための、総力戦が幕を開けます。

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