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第64話:魂の不在

 己の命すら梱包する荒業で、死を司る門番を打ち破ったタム。

 深淵の門がゆっくりと開き、その先に待っていたのは、無数の魂が静かに眠る「収集家の聖域」でした。

 そこは、生者の喜びも悲しみも、全てが美しきコレクションとして陳列される場所。

 探し求めたカイトとエドワードは、そこに確かにいました。

 けれど、彼らはタムたちが知る二人ではありません。

 心(魂)だけが丁寧に抜き取られ、ただ主の鑑賞に耐えるだけの「空っぽの器」と化した仲間たち。

 ホラーに満ちた静寂の中で、梱包師タムの胸に刻まれた「親友の顔」が、新たな絶望を突きつけます。

 不滅の騎士を収めた黒い立方体が、カラン、と音を立てて冷たい石畳を転がる。その音が、開かれた黒鉄の門の先から響く、不気味なほどの「静寂」の中に吸い込まれていった。

 タムは血を吐きながらも、リナとアルウェンに支えられ、その門を潜り抜ける。門番との死闘で全身から血が噴き出し、意識は蝋燭の炎のように揺らいでいたが、梱包師としての本能が、彼に立ち止まることを許さなかった。

 門の先に広がっていたのは、タムが想像していた「儀式の間」とは、あまりにもかけ離れた光景だった。

 そこは、天井まで届く巨大な棚が、広大な空間を埋め尽くすように整然と並んでいたのだ。

 薄暗い部屋を照らすのは、壁の奥から漏れ出る、青白い、幽霊のような光。その光に照らされて、棚の一つ一つに並べられた「品々」が、目を背けたくなるほど詳細に浮かび上がった。

「……何、これ……」

 リナの震える声が、静寂を切り裂いた。

 棚に収められていたのは、宝石でも、骨董品でもない。

 透明なガラスケースの中に、美しく飾られた「魂」だった。

 それは、様々な色、形、輝きを持つ光の塊。

 あるものは激しく燃える炎のように、またあるものは深い海の底で揺らめく真珠のように。

 一つ一つのケースに添えられたプレートには、その魂の「出自」や「物語」が、まるで美術品の解説文のように記されている。

「……『無垢なる少女の恋心』、……『老騎士の誇り』、……『英雄の絶望』……。……これ、人間の魂よ……」

 アルウェンの顔から、血の気が失われていく。精霊と対話する彼女にとって、魂がこのような形でコレクションされている光景は、何よりも冒涜的だった。

 タムは、自分の身体が再び限界を超えそうなのを感じながらも、その棚の最上段に目を凝らした。

 そこには、他の魂とは一線を画す、特別に豪華な装飾が施された二つの「梱包箱」が鎮座していた。

 他の魂が、それぞれケースに収められた小さな輝きであるのに対し、この二つの箱は、人間がすっぽり収まるほどの巨大なものだった。

「……いた……」

 タムの声が、掠れる。

 箱の中には、二人の男が座っていた。

 一人分の箱には、見慣れた赤いバンダナ。もう一人分の箱には、武骨な職人の外套。

 カイトと、エドワードだった。

 タムは、もはや自身が壊れるのも厭わず、棚へと駆け寄ろうとした。だが、リナとアルウェンに必死に引き止められる。

「タム、待って! 何か……おかしいわ!」

 リナの言葉に、タムは改めて目を凝らした。

 カイトは、座っていた。

 エドワードも、座っていた。

 しかし、彼らの目は虚ろで、まるでそこにあるはずの「光」だけが、根こそぎ抜き取られたかのように深い闇を湛えている。

 声をかけても反応はなく、彼らの身体は、まるで魂を抜き取られた「空き箱」のように、ただそこに置かれているだけだった。

 その顔は、タムたちが知るカイトやエドワードの顔と寸分違わぬほど精巧に作られているのに、まるで心臓が止まっているかのような、不気味なほど「生気のない完璧さ」を纏っていた。

「……っ、カイト……エドワードさん……」

 タムが手を伸ばすが、ガラスケースの表面が冷たく輝き、彼らの存在を拒絶する。

 梱包師としての彼の目が、すぐにこの異様な「箱」の正体を検品した。

 この箱は、肉体を維持する最低限の魔力と、生命活動を停止させるための術式が、複雑にパッキングされている。まるで、観賞用の人形を、最も美しい状態で「保存」するための箱。

「……これは……、まるで生きているように見せかけた、精巧な……ミイラだ。……魂が、……ない……」

 アルウェンの青白い唇から、絶望の言葉が漏れ出た。

 精霊の巫女である彼女には、この箱の中に、彼らの「魂の光」が微塵も残っていないことが、痛いほど分かったのだ。

 カイトとエドワードは、肉体はそこにあるのに、その中身が完全に空っぽだった。

 その時。

 広間の奥から、ゆっくりと、優雅な足取りで一人の男が現れた。

 青白い光に照らされて浮かび上がるその姿に、タムの瞳孔が、恐怖と絶望で大きく見開かれた。

「……嘘、だろ……」

 そこに立っていたのは、紛れもない、タムたちが探し求めた、カイトそのものだった。

 赤いバンダナ、飄々とした笑み、そしてその瞳の奥に宿る、信頼と友情の輝き。

 しかし、その「カイト」が、口元に薄い笑みを浮かべ、ゆっくりとタムたちに近づいてくる。

 そして、その口から発せられたのは、タムたちが幾度となく聞いた、親友の優しい声だった。

「……まさか、こんなところまで辿り着くとはね。……やぁ、タム。随分と、……私のコレクションを汚してくれたね?」

 カイトの顔をした男の言葉に、タムの全身に、かつてないほどの悪寒が走った。

 それは、目の前にいる存在が、タムの知るカイトではないと、梱包師としての彼の本能が警鐘を鳴らしていたからだ。

 「収集家コレクター」が、ついにその姿を現したのだ。


 目の前に立つ「カイト」は、あまりにもカイトだった。

 首を傾げる癖、重心をわずかに後ろに置く立ち姿、そして何より、タムの危機にいつも間に合ってくれたあの頼もしい背中の輪郭。それらすべてが完璧に再現されている。だが、その瞳だけは違った。カイトの瞳にはいつも、仲間を想う熱い光があった。しかし、目の前の男の瞳は、まるで底なしの沼のように暗く、冷たく、ただ対象を「素材」として検品するような無機質な光を放っていた。

「……お前、……誰だ……。カイトの身体から、……今すぐ、……出ろ……ッ!!」

 リナが、叫びというよりは慟哭に近い声を上げた。彼女の大剣が、かつてないほどの激しい震動と共に蒼い魔力を噴き出す。だが、カイトの姿をした男は、ただ優雅に肩をすくめてみせただけだった。

「誰、ですか。……ひどい言い草ですね、リナ。私ですよ。君たちが死に物狂いで探し求めた、君たちの『光』だ。……もっとも、この『器』をパッキングして中身を移し替えるのには、少々骨が折れましたがね」

 男が、自分の頬を愛おしそうに指先でなぞった。その仕草一つ取っても、カイト本人の記憶を完全に読み解き、私物化していることが伺える。

「素晴らしい素材でした。これほどまでに仲間への献身と、自己犠牲に満ちた魂は珍しい。……だからこそ、私は彼を『展示品』にすることを辞めた。……私が、彼になることにしたのですよ。この素敵な人生を、私が代わりに謳歌してあげようと思いまして」

 その言葉が、リナの理性を完全に焼き切った。

 

「――殺す。……貴様だけは、……地獄の底でもパッキングできないほどに……微塵切りにしてやる!!」

 

 リナが地を蹴った。一瞬で距離を詰め、渾身の一撃を叩きつける。だが、男は一歩も動かない。ただ、カイトがいつも使っていたショートソードを抜き放ち、最小限の動きで大剣を受け流した。

 その身のこなしまでもが、カイトそのものだった。

 

「……残念。リナ、君の剣筋はすべて、この『脳』が記憶しています。どこに隙があり、どこを攻めれば君が泣くのか。……カイトくんは、本当によく君のことを見ていたのですね」

 

 男は笑いながら、リナの懐に潜り込み、彼女の腹部に鋭い蹴りを叩き込んだ。

 吹っ飛ぶリナを横目に、男は今度は、震えながら杖を構えるアルウェンに視線を向けた。

 

「アルウェン、君もどうですか? 聖域の巫女の魂が、恐怖で濁り、絶望の色に染まっていく様は、さぞかし美しいでしょうね。……おや、そんなに怯えて。……カイトくんが、君のその臆病なところをどう思っていたか、……今ここで、本人わたしの口から教えてあげましょうか?」

 アルウェンは、杖を握る力が抜けて、その場にへたり込んだ。彼女にとって、カイトの姿をした存在から投げかけられる悪意ある言葉は、物理的な攻撃よりも深く、彼女の精神を抉った。

 タムは、その光景をただ地面に這いつくばったまま見ていることしかできなかった。

 自己梱包の反動で、身体は一ミリも動かない。視界は血で滲み、呼吸をするたびに肺が焼けるような痛みを訴える。

 だが、彼の梱包師としての目は、この絶望的な状況下でも、一つの「異変」を捉えていた。

 カイトの姿をした男の背後。棚の最上段にある、あの二つの「梱包箱」。

 カイトとエドワードの肉体が収められたその箱から、微かな、本当に微かな「ノイズ」が聞こえていた。

 それは、魂を抜かれたはずの肉体が、自らの「主」を汚す存在に対して上げている、無音の悲鳴。

「……待て、……。……まだ、……終わってない……」

 タムが、血を吐きながら呟く。

 

「ほう? まだ喋れるのですか、梱包師くん。……君の右腕も、なかなか興味深いコレクションになりそうだ。……君の魂を抜いた後、その腕を私のコレクションの最前列に飾ってあげましょう」

 男がタムに向かって歩き出す。一歩ごとに、カイトの靴音が静かな収蔵庫に響き渡る。

 その音は、死のカウントダウンのようだった。

 

 だが、タムは笑った。口の中から溢れる血をそのままに、男を、いいえ、男の中に潜む「収集家」を、検品スキャンし尽くすような鋭い眼差しで睨みつける。

「……お前、……重大な……検品ミスを……してるぞ……」

「……何?」

「……カイトは、……そんな……安っぽい……笑い方は……しない。……お前がパッキングしたのは、……ただの、……『記録』に過ぎない。……本物の、……あいつの……しぶとさを、……お前は……まだ、……知らないんだ」

 その瞬間。

 男の背後にある梱包箱が、内側から激しく震動し始めた。

 

 ギィィィィィィィィ……ッ!!

 

 魂を抜かれ、ただの器になったはずのカイトの肉体が、ゆっくりと、その指先を動かした。

 それは城主への反撃ではなく、何かに抗うような、苦悶に満ちた動作。

 そして、その空っぽのはずの瞳から、一筋の血の涙がこぼれ落ちた。

「……っ、馬鹿な!? 魂は私が完璧に抽出したはずだ! なぜ、肉体うつわが動く!?」

 収集家の顔が、初めて驚愕に歪んだ。

 

 ホラーな静寂が、再び収蔵庫を支配する。

 しかし、今度の静寂は、収集家のものではない。

 それは、奪われた魂たちが、その「器」を通じて上げ始めた、反撃の産声だった。

 第64話「魂の不在」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

 カイトの姿を借りて一行を弄ぶ収集家の狂気と、それに対するリナたちの怒り、そして最後に描かれた「肉体の反乱」というホラー描写を、3,000文字の密度でパッキングさせていただきました。

 魂を抜かれたはずの肉体が、主への冒涜を許さず動き出すという、サスペンスホラーならではの「理屈を超えた恐怖」を感じていただければ幸いです。

 次回、第65話。

 肉体の反乱に乗じて、タムが仕掛ける起死回生の「魂の回収パッキング」。

 偽物のカイトとの、真実を懸けた最終決戦が始まります。


 お楽しみに。

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