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第61話:導きの刃と、不吉な予感

 霊峰アイギスでアルウェンを救い出したタムたち。再会の喜びも束の間、彼女の予知はカイトとエドワードが「呪われた古城」に囚われているという危機を告げました。

 

 しかし、広大な北の地。地図から消された禁忌の地を、闇雲に探す時間はありません。

 そこでタムが取り出したのは、かつて自らの身を挺して道を切り拓いてくれた少女・リンが遺した、結晶の短剣。

 かつて孤独な深海へと彼を導いたその刃が、今再び、大切な仲間を救うための「最短ルート」をパッキング(提示)し始めます。

 アイギスの頂を後にしたタムたちの周囲には、まだ守護騎士との激闘の名残であるダイヤモンドダストが、名残惜しそうに宙を舞っていた。

 レガシー・ガーディアンの背に揺られながら、タムは静かに己の右腕を見つめる。

 かつて無人島の砂浜で、独り、肺に溜まった砂を吐き出しながら見つめたあの時と同じ、黒く変色し、異質な魔力の紋様が血管のように浮き出た腕。それは喪失の証であり、同時にリンという少女がその命を賭してタムに遺した、呪いにも似た「絆」の象徴でもあった。

「……タム。どうしたの、そんなに右腕をじっと見つめて。どこか、不具合でも出た?」

 隣に座るリナが、心配そうに声をかけてきた。彼女の全身を包んでいた結晶武装は、今は機能を限定し、白銀の鎧の各所に蒼い輝きを残すのみとなっている。

「いえ……不具合じゃありません。ただ、この腕が、あの日と同じように脈動し始めた気がして」

 タムはそう答えると、腰のベルトに差した一振りの短剣に手を伸ばした。

 リンが、自らの全魔力を使い切り、タムに託した結晶の短剣。

 これに触れるたび、タムの胸には、あの観測所で黒い霧に飲み込まれていった彼女の最期の笑顔が蘇る。独りで生き延び、独りで深海へと潜ったあの孤独な日々の記憶が、右腕の黒い紋様を通じて熱く疼いた。

「アルウェン、リナさん。……道を探す手間は、いらないかもしれません」

 タムがゆっくりと短剣を鞘から抜くと、その刹那、山頂の冷気を切り裂くような高鳴りが響き渡った。

 キィィィィン……ッ。

 それはかつて、深海でガーディアンと対峙した際にも聞いた、リンの叫びのような共鳴音。

 刹那、タムの右腕に、強烈な「引力」が襲いかかった。

「ッ……! きた……これだ」

 タムの身体が、抗いようのない力で北北西の方向へと引きずられる。短剣の切っ先は、まるで吸い寄せられる磁石の針のように、曇天の空が広がる北の最果てを執拗に指し示して止まらない。

「それは……その短剣が、カイトたちの場所を指しているというの?」

 リナが驚きに目を見開く。彼女の持つ騎士団の知識では、方位磁針さえ狂うという「骸の揺り籠」周辺の座標を特定するのは、本来なら膨大な魔導観測と時間を要するはずだった。

「はい。この短剣は、持ち主が真に求める『目的地』をパッキング(定義)して導いてくれるんです。リンが、僕のために遺してくれた……僕だけの配送伝票ルートです」

 アルウェンが、導かれるようにその短剣へと手をかざした。エルフとしての鋭い感覚が、刃に宿る執念に近い純粋な魔力を感じ取ったのだろう。

「……とても、哀しくて、温かな光です。この刃には、彼女の全存在が……『あなたを独りにしない』という強い願いが込められています。この光が指し示す場所こそ、精霊たちが嘆き、淀みが生まれているあの古城で間違いありません」

 タムは短剣を握り直した。

 無人島で独りだった時とは違う。

 今は、この短剣が示す先に、助けるべき仲間が待っている。

 そしてその隣には、共に戦い、背中を預け合える仲間がいる。

「ガーディアン。……あの短剣の指す『闇』まで、最短ルートで飛ばしてくれ」

 タムが右腕から魔力を流し込むと、レガシー・ガーディアンが地響きのような咆哮を上げた。

 結晶の脚がアイギスの麓の岩肌を砕き、一行を乗せた巨躯が猛然と北へと加速する。

 吹き抜ける風が、かつてのサバイバルで嗅いだ潮の香りと、今、目前に迫る腐敗の臭いを混じり合わせる。

「リン。……君が導いてくれるなら、僕は迷わない」

 タムは、かつて独りで焚き火をパッキングし、潜水具もないまま海へ飛び込んだあの日の執念を、今一度自分の中に燃え上がらせた。

 梱包師としての本能が、カイトとエドワードという「大切な荷物」を、これ以上ない完璧な状態で回収し、送り届けるための計算を脳内で開始する。

 一行の背後では、霊峰アイギスが遠ざかり、代わりに視界の先には、太陽の光を拒絶するような重苦しい灰色の雲が、厚く、低く垂れ込め始めていた。

 そこは地図から消された禁忌の地。生者の記憶を喰らう城、「骸の揺り籠」が待ち受ける領域。

 だが、タムの右腕を引く短剣の輝きは、その闇が深まれば深まるほど、より一層、青白く、鋭く、その進むべき一筋の道を照らし出していた。


 北へ進むほどに、世界からは色彩が失われていった。

 アイギスの麓に広がっていた瑞々しい針葉樹林は、いつしか、葉の一枚もない立ち枯れた「骸の森」へと姿を変えている。空を覆う灰色の雲は、もはや太陽の光を通す意志など毛頭ないようで、地上には永遠に続く黄昏のような、どす黒い静寂が降り積もっていた。

「……空気が、重いわね。呼吸をするたびに、肺の奥が泥を啜っているような気分だわ」

 リナが不快そうに顔を歪め、セレスの魔導フィルターを強化する。騎士団の記録にあった通り、この領域の魔力は完全に腐敗していた。

 アルウェンもまた、その柔らかな表情を厳しく引き締め、自身の周囲に精霊の障壁を展開している。

「……精霊たちの声が聞こえません。……いいえ、聞こえるのは、ここへ辿り着く前に力尽きた者たちの、出口のない嘆きだけです。タム、この先は道そのものが『生者を拒む』術式に組み込まれています。気をつけてください」

 アルウェンの言葉を証明するかのように、レガシー・ガーディアンの足元に異変が起きた。

 真っ直ぐに進んでいたはずの道が、まるで生き物のように蠢き、視界の端で歪んでいく。どれほど前進しても、景色は同じ場所をループしているかのように停滞し、ガーディアンの高度な索敵能力さえもが「目的地喪失」の警告を発し始めていた。

「……検品スキャン不能。……距離の概念が、パッキング(圧縮)されたり伸長(拡張)されたりして、完全にバグっていますね」

 タムは網膜に表示される数値を睨みつけたが、すぐにそれを消した。今、頼るべきは文明の道具でも、自らの理屈でもない。

「リナさん、アルウェン。……目を閉じていてください。僕の右腕を信じて」

 タムは、右手に握りしめたリンの短剣に、自らの全神経を集中させた。

 

 キィィィィィィ……。

 

 短剣は今、耳を塞いでも頭蓋の中に直接響くような、凄まじい高鳴りを上げている。

 右腕の黒い紋様が、短剣の輝きと連動して不気味に、そして激しく明滅した。

 かつて孤独な深海で、暗闇を切り裂いたあの時と同じ「引力」。

 短剣の切っ先は、一見すれば何も存在しない「断崖絶壁の虚空」を指して、そこを突き進めとばかりにタムの腕を強く引いた。

「ガーディアン、左へ三十度! 前方の崖へ向かって全速だ!!」

「……タム!? あそこは、底も見えない谷よ!?」

 リナが驚愕の声を上げるが、タムは一切の迷いを見せない。

 リンが遺したこの導きが、嘘をつくはずがない。たとえ目に見える景色が絶望であっても、この刃だけは、自分が真に求める「絆」の所在を捉えている。

 ガーディアンが咆哮を上げ、空中へ躍り出た。

 視界が白く反転し、強烈な浮遊感と、全身の皮膚を剥ぎ取るような負の魔力が一行を襲う。

 だが、タムが短剣をその「虚空」へと突き立てるように振りかざすと、空間がまるで古くなった布のようにバリバリと引き裂かれた。

「――開梱アンパッキング!! 偽りの景色を、全部剥がせ!!」

 タムの叫びと共に、右腕から溢れ出した紫紺の閃光が、世界を覆っていた欺瞞のベールを強制的に剥ぎ取っていく。

 

 刹那。

 視界が開けた。

 

 そこに現れたのは、もはや現実のものとは思えないほど巨大で、禍々しい「城」だった。

 幾千、幾万もの人の骨を塗り固めて造られたかのような、青白い石材の壁。

 城壁には巨大な茨の蔦が血管のように這い回り、城全体が呼吸するかのように、どく、どくと鈍い鼓動を刻んでいる。

 城門の頭上には、巨大な髑髏を象った彫刻が嵌め込まれており、その眼窩からは、生者の魂を凍りつかせるような、暗い燐光が漏れ出していた。

 ここが、生者の辿り着けない終着駅。

 呪われた古城、「骸の揺り籠」。

「……着きましたよ、二人とも。……ここが、僕たちの新しい『納品先』です」

 タムの声は低く、けれどかつてないほど鋭い殺気を帯びていた。

 ガーディアンが古城の正門前へと音もなく着地する。

 

 リナは、その城の門を見つめ、自身の剣を静かに抜き放った。

「……ええ。嫌な気配ね。……カイト、エドワード。返してもらうわよ、あんな悪趣味な箱の中から」

 アルウェンもまた、清らかな精霊の光を杖に灯し、その決意を固める。

「淀みの中心は、あの塔の最上階……。二人をこれ以上、苦しませはしません」

 タムは、導きを終えて静かに凪いだ短剣を見つめ、そっと鞘に収めた。

「リン、ありがとう。……ここからは、僕たちの番だ」

 タムが正門へと歩み寄る。

 巨大な門は、まるでおぞましい怪物が口を開けるかのように、重々しい音を立ててゆっくりと、一行を飲み込もうと開き始めた。

 

 三人と一体。

 再結成した最強のチームが、生者の記憶を喰らう魔城へと、一歩、迷いなくその足を踏み入れた。

第61話「導きの刃と、不吉な予感」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 本エピソードでは、かつてタムが孤独なサバイバルの中でその命を繋ぎ止めた「リンの短剣」が、再び物語の核心へと一行を導く重要な役割を果たしました。独り、深海で己の存在を削りながら戦ったあの日の記憶。その絶望の中でパッキングされた「リンの想い」が、今、カイトとエドワードという大切な仲間を救い出すための、唯一無二の羅針盤となったのです。

 文字数と描写に厚みを持たせることで、アイギスの神聖な白銀から、色彩を失った「骸の揺り籠」への景色の変遷、そして認識さえも狂わせる古城の防衛機構をタムたちがどう打ち破ったかを、重厚にお届けできたかと思います。リンが遺した「探し物への道」は、もはや物理的な距離ではなく、魂の繋がりを辿る導きへと昇華されていました。

 ついにその姿を現した呪われた古城。生者の記憶を喰らうその城の門が開いた今、タム、リナ、アルウェン、そしてセレスとガーディアン。再結成された一行は、自分たちの「絆」という荷物を守り抜くため、魔境の深部へと足を踏み入れます。

 次なる第62話では、城の内部に仕掛けられたおぞましき罠、そして囚われの身となっているカイトとエドワードの衝撃の現状が明らかになります。

 梱包師としての真価が問われる、本当のレスキュー・ミッションがいよいよ幕を開けます。

 どうぞ、第62話の「開梱」をお楽しみに!

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