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第60話:エメラルドの目覚め

 霊峰の守護者を退け、ついに静寂を取り戻したアイギスの頂。

 吹き荒れていた魔力の嵐はダイヤモンドダストへと姿を変え、戦場を清廉な白銀の世界へと塗り替えていきます。

 目の前に鎮座するのは、精霊の慈愛を凝縮したようなエメラルドの繭。

 その光の膜の向こう側で眠る、かけがえのない仲間の鼓動。

 かつては守られるばかりだったタムが、今は自らの手でその「封印」を解き、彼女を現実へと連れ戻そうとしています。

 けれど、目覚めた彼女が最初に口にするのは、感動の再会を予期していたタムの予想を、斜め上へと飛び越える「とんでもない一言」でした。

 三人と一体が再び揃う時、凍てついていた物語の歯車が、賑やかな音を立てて再び回り始めます。

 山頂の広場は、かつての静寂を忘れ去ったかのような暴力的な魔力の嵐に支配されていた。

 エメラルド色の繭。その中心で眠るアルウェンを守るように、そして近づく「不浄」を徹底的に排除するために、霊峰アイギスの意志そのものが一つの形を成していた。

 それは、四本の腕を持つ氷晶の騎士。

 身長は五メートルを超え、その全身は山頂の冷気を限界まで圧縮した「硬化氷」で構成されている。かつて、タムたちがこの山を登った際に恐れたあらゆる魔物を凌駕する、正真正銘、アイギスの王たる守護者であった。

「……あいつ、やる気満々ね。私たちを、アルウェンを汚すゴミだとでも思っているのかしら」

 リナが結晶のバイザー越しに、守護騎士を睨みつける。

 彼女の全身を包む『結晶武装』が、周囲の魔力密度に反応して蒼い火花を散らした。かつての彼女なら、この威圧感だけで防戦一方になっていただろう。だが今、彼女の背中にあるのは、折れない規律と、それを支える未知のテクノロジー。

「リナさん、あの巨像の足元を見てください。地面から直接魔力を吸い上げている……。つまり、この山と繋がっている限り、あいつに『消耗』という概念はありません。核を叩いても、一瞬で再パッキング(修復)されます」

 タムはガーディアンの肩に乗ったまま、右腕の解析スキャン能力をフル稼働させていた。

 網膜に映し出される魔力グラフは、巨像が絶え間なく膨大なエネルギーを循環させていることを示している。それは、タムが修行で学んだ「空間の循環」に近い、洗練された術式だった。

「……なら、その循環を断ち切るまでよ。タム、貴方はあの巨像の『呼吸』を止めて。私はその隙に、あの四本の剣を黙らせるわ」

『承知いたしました、リナ様。――タム様、お気をつけて。淑女の守護者としては、あのように無愛想な巨像に遅れを取るわけにはいきませんから』

 セレスの気品ある、しかし戦闘の熱を帯びた声が響く。

 次の瞬間、守護騎士が動いた。

 ドォォォォォン!!

 四本の氷の剣が同時に振り下ろされ、山頂の空間そのものが凍りつくような衝撃波が放たれる。

 ガーディアンが結晶の脚を撓ませ、サイドステップでその一撃を回避。タムがいた場所の岩肌は、一瞬で絶対零度の氷塊へと変じ、粉々に砕け散った。


「――いけッ、ガーディアン!」

 タムの号令と共に、レガシー・ガーディアンが猛然と突っ込む。

 巨躯と巨躯がぶつかり合う轟音が山頂に響くが、守護騎士の力はそれを上回っていた。二本の腕でガーディアンを抑え込み、残り二本の腕で、頭上にいるタムを切り裂こうと剣が奔る。

「……甘いわよ!!」

 蒼い閃光。

 リナがガーディアンの背を蹴り、弾丸のような速度で守護騎士の懐へと飛び込んだ。

 彼女の手に握られた結晶の大剣が、重力すら吸い込むような無音の斬撃を繰り出す。

 ガギィィィィン!!

 氷の剣と結晶の刃が噛み合い、激しい火花が散る。

 リナは力で対抗するのではなく、結晶武装のブースターを最小限に噴射し、軸をずらしながら剣を滑らせる。騎士団時代に培った剣技と、セレスの演算による「最適解」の融合。

 

 リナは空中で独楽のように回転し、守護騎士の右側の二腕を、肘から先ごと鮮やかに削ぎ落とした。

「タム、今よ! 修復回路を塞いで!」

「了解……! 『空間封鎖クローズド・パッキング』!!」

 タムがガーディアンの肩から跳躍した。

 守護騎士の切断された腕の断面に、タムの黒い右腕が触れる。

 通常であれば、霊峰からの魔力供給により即座に再生するはずの腕。だが、タムが触れた場所に、紫紺の幾何学模様が浮かび上がった。

 ――ズシュゥゥゥ……。

 再生しようとする魔力の流れが、タムが展開した「極小の空間箱」の中に強制的に吸い込まれ、袋小路へと閉じ込められる。物理的な破壊ではなく、再生という「概念」そのものをパッキングして封じる。

「……ガ、ァァァァ……ッ!!」

 守護騎士が、生まれて初めて「欠損」という屈辱を味わい、苦悶の声のような震動を上げた。

 だが、アイギスの守護者は止まらない。残る二腕を、自身の胸部にあるコアへと向け、そこから純粋な魔力砲を放とうとチャージを開始する。

「させないわ!」

 リナが背後の『飛晶刃』を全射出。

 六振りの刃が、空中で複雑な軌道を描きながら守護騎士の周囲を包囲する。

 それは単なる攻撃ではない。刃同士が魔力の糸で結ばれ、山頂の魔力を逆にリナの方へと引き寄せる「魔力略奪ドレイン」の陣。

『お行儀が悪い方には、少々お灸を据えなくては。リナ様、出力120%。……行きますわよ!』

 リナの剣が、太陽を凌駕するほどの蒼き輝きを放った。


「――『零距離・全開梱バースト・アンパック』!!」

 リナが大剣を垂直に振り下ろす。

 それは守護騎士の胸部、むき出しになった核を一文字に切り裂いた。

 同時に、タムが守護騎士の背後に回り込み、巨像の背中――山との接続点となっている「魔力の根」を両手で掴む。

「……この山から借りていた力、全部返してもらうぞ……! 『全域回収オール・パッキング』!!」

 タムの右腕が激しく発熱し、守護騎士を構成していた膨大な質量と魔力が、タムの右腕が作り出す「虚無の穴」へと吸い込まれていく。

 

 ドォォォォォン……。

 アイギスの王が、音もなく霧散していった。

 後に残ったのは、激戦の痕跡を覆い隠すような、美しくも冷たいダイヤモンドダスト。

 

 タムとリナは、荒い呼吸を整えながら、互いに視線を交わした。

 かつては死に物狂いで逃げ惑ったこの場所で、今、彼らは自分たちの力で「道」を切り拓いたのだ。

「……ふぅ。……いい仕事だったわ、タム」

 リナが結晶の装甲を解除し、汗ばんだ額を拭う。その瞳には、かつての迷いはなく、確固たる自信が宿っていた。

「リナさんも。……さあ、いきましょう。この先で、彼女が待っています」

 静寂が戻った山頂。

 二人の前には、ただ静かに、エメラルド色の柔らかな光を湛える「繭」が、主の目覚めを告げるように輝きを増していた。


 ダイヤモンドダストが舞い散る静寂の中、タムは一歩、また一歩とエメラルドの輝きへ歩み寄った。


 視界の端では、リナが周囲の警戒を解かぬまま、けれど信頼に満ちた眼差しでこちらを見守っている。レガシー・ガーディアンもまた、その巨体を静かに沈め、主の仕事を邪魔せぬよう沈黙を守っていた。

 タムが右腕をかざすと、手のひらから紫紺の光の糸が伸び、繭の表面に這い寄る。

「……アルウェン、今助けるよ」

 彼が修行の果てに手に入れたのは、力任せの破壊ではない。複雑に絡み合った因果や結界を、まるで丁寧に包まれたギフトボックスを紐解くように、あるべき姿へと解きほぐす「解梱アンパッキング」の極意だ。

 タムが指先を微かに動かすと、幾重にも重なっていた精霊の守護が、心地よい音を立てて弾け、光の粒子となって霧散していく。

 眩いばかりのエメラルド色の奔流。

 その光の中から、重力に抗うようにして浮かんでいた体が、ゆっくりとタムの腕の中へと倒れ込んできた。

 

「……アルウェン!」

 反射的にその華奢な肩を抱きとめる。腕の中に伝わる体温は驚くほど高く、彼女がこの繭の中で、どれほど激しく精霊の力と対話を続けていたかを物語っていた。

 淡い緑の髪がタムの腕にこぼれ、長い睫毛が微かに震える。

 やがて、春の陽だまりのような温かさを湛えた瞳が、ゆっくりと、しかし確かな意志を持って開かれた。

 アルウェンは、自分を抱きかかえるタムの顔をじっと見つめた。

 その瞳はまだ覚醒の霧に包まれているようで、夢と現実の境を彷徨っているかのように潤んでいる。彼女はおもむろに白い指先を伸ばし、タムの頬に触れた。

「……ああ、やはり……迎えに来てくれたのですね、タム。私をこの、狭くて暗い箱の中から……」

「アルウェン、気がついたかい? よかった、本当に心配したんだよ」

 タムが安堵の声を漏らした瞬間、アルウェンの口角が、どこか悪戯っぽく、それでいて深い慈愛を湛えて緩んだ。

「……ふふ。ずいぶん乱暴に私を暴いて。あの黒い腕で無理やり連れ去るなんて、タムはいつの間に……そんなに情熱的な略奪者になったのですか?」

「え……? いや、これは術式の反動というか、君を早く助けたくて……」

「よろしいのですよ。あなたのその強引な『梱包』……嫌いではありません。むしろ、もっと強く閉じ込めてくださっても良かったのに」

 タムが絶句し、その顔が瞬時に真っ赤に染まる。

 沈黙。

 だが、その沈黙を破ったのは、すぐ真後ろから聞こえてきた「……ほう?」という、低く、そして温度の低い感嘆の声だった。

 リナが結晶武装の装甲をカチャリと鳴らし、どこか楽しげ、かつ獲物を定める鷹のような鋭い視線を二人に向けていた。

「……タム。貴方、修行の間に随分と『手癖』が悪くなったみたいね? 『無理やり連れ去る』だなんて、梱包師パッカーというよりは、もはやお尋ね者の言い草じゃない」

「リナさん! 違います、彼女の独特な詩的表現は知ってるでしょう!? 誤解です、100パーセント誤解ですから!」

 慌てて弁明するタムを余所に、アルウェンはタムの腕の中でパチパチと瞬きをし、ようやくリナの存在に気づいたようだった。

「あら、リナ。……ふふ、相変わらず規律という名の鎧を纏っているのですね。今の私はタムとの『再会の儀式』の最中なのですから、少しは空気を読んでくださってもよろしいのに」

「その『儀式』の中身が、公序良俗に反していないか検品しているのよ。……全く、貴方がいない間にこの男がどれだけ逞しくなったか、後でたっぷり聞かせてあげるわ」

 リナは呆れたように肩をすくめつつも、その口元には、隠しきれないほどの柔らかな微笑が浮かんでいた。アルウェンもまた、リナのその表情を見て、小さく頷き返す。二人の間に流れるのは、かつての旅で培われた、言葉を必要としない戦友としての信頼だ。

『まあまあ、皆様。再会早々にこれほどまでに賑やかな検品作業が行われるとは。タム様、お嬢様としての私の意見を言わせていただくなら、その「乱暴な梱包」の詳細については、後でじっくりと解析させていただきたいものですわ。うふふ、修羅場の香りというのも、たまには刺激的で素敵ですわね』

 セレスの気品ある、けれど明らかに面白がっている声が響き、タムはついに天を仰いだ。

「セレスまで……! 全く、誰一人として僕の味方はいないのか……」

 タムの嘆きを聞き、アルウェンはクスクスと鈴を転がすような声で笑うと、タムの手を借りてゆっくりと雪の上に立ち上がった。

 彼女は周囲の景色――かつて自分たちが、それこそ命を懸けて踏破したアイギスの頂を懐かしむように見渡し、それから、ふと表情を真剣なものに変えて北の空を見つめた。

「……笑い合えるのは、ここまでですね。タム、リナ。……繭の中で眠っている間、私は精霊たちの嘆きを聞いていました。この世界の循環が、ある一点で不自然に淀み、腐敗し始めているのを」

「カイトとエドワードさんのこと……だね?」

 タムの問いに、アルウェンは重く頷いた。彼女の瞳には、エルフとしての予知にも似た、鋭い「視線」が宿っている。

「はい。二人のともしびは今、茨の壁に阻まれ、どす黒い怨念が渦巻く場所にあります。……そこは、生者の訪れを拒み、死者の記憶だけを喰らって肥大化する城。……急がなければ、彼らの魂までが、その城の動力源としてパッキングされてしまいます」

 その言葉に、先ほどまでの穏やかな空気は一瞬で霧散した。

 

「……呪われた古城。リナさん、心当たりが?」

 タムが尋ねると、リナは大剣を背負い直し、北の地平線を睨みつけた。

「……ええ。かつて騎士団の間でも、禁忌の地として地図から消された場所があるわ。……通称、骸の揺り籠。アルウェンの予兆が正しいなら、カイトたちは今、最悪の場所に放り込まれていることになるわね」

 リナという最強の盾、アルウェンと精霊の導き。

 そして、全てをあるべき姿に収めるタムの技術。

 

 ようやく揃った「ラスト・マイル」の走者たちは、互いの無事を確認し合う握手を交わす間もなく、次なる、そして最も過酷な配送ルートへとその視線を向けた。

 

「行きましょう。……誰一人、置いていくつもりはありませんから」

 タムの静かな決意の声が、アイギスの頂に響く。

 三人と一体は、白銀の山頂を後にし、カイトたちの待つ闇へと向けて、力強く一歩を踏み出した。

 第60話をお読みいただき、ありがとうございます。

 

 ついにアルウェンが合流しました。彼女らしい「わざと誤解を招くような」挨拶と、それに動じつつも微笑ましく応じるリナ。三人の、そして一体の空気感が戻ってきたことに、執筆しながらもどこかホッとするような思いでした。

 賑やかな再会も束の間、物語はいよいよカイトとエドワードが囚われる「呪われた古城」へと向かいます。そこにはどのような罠が待ち受けているのか。そして、修行を終えた彼らはその絶望をどう「梱包」してみせるのか。

 次回、第61話。

 再結成したチームの本格的な反撃が始まります。

 どうぞ、ご期待ください。

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