第45話:巨獣の遺産
砂漠の覇者を退けた一行の前に残されたのは、お父様がかつて「非効率」と切り捨てた原生の巨獣の残骸でした。
過酷な天空の山脈を越えるため、老賢者エドワードがその老練な腕を振るいます。
解体作業の中で語られるのは、三十年前にこの世を去った師・大賢者カリンの面影。
かつてカリンが遺したトランク。そこから見つかった日誌と、お父様直筆の手紙……。
それらは、セレスの秘められたルーツを紐解くための、唯一の道標でもありました。
原生の素材と、失われた魔導理論の融合。
アルウェンに授けられる「羽衣の軽装甲」、リナとカイトの装備のさらなる覚醒、そして馬車に施される驚異の「山岳仕様」へのパッキング。
お父様という巨大な壁を乗り越えるため、ラストマイルは新たな力を纏います。
不毛の砂漠の終わり。そして、雲を突き抜ける垂直の旅路が今、始まろうとしています。
砂漠の熱気は、巨獣の死と共に不気味な静寂へと変わっていた。
砂海大百足の巨大な死骸からは、未だに体内の高圧炉が発する微かな余熱が陽炎となって立ち上り、周囲の砂をガラス状に変質させている。
「……さて、タム君。この『不良在庫』を、我らの未来を拓く『最高級の素材』へとパッキングし直そうかの」
エドワードが、日差しを避けるように深く被った帽子を直し、愛用の工具カバンを叩いた。その目は、老賢者のそれではなく、かつて大賢者カリンに師事した若き日の職人のように鋭く輝いている。
タムは無言で頷くと、右手の義手から精密解体用のカッターを展開した。カイトの放つ「光の刃」が鱗の隙間を慎重に割り、タムがその隙間に義手のワイヤーを滑り込ませて、強靭な筋肉と外殻を切り離していく。
「カチ、カチ……。……外殻の裏層、熱伝導率が極端に低い層を確認。……エドワードさん、ここですね」
「そうじゃ。その層を慎重に剥ぎ取れ。お父様の工廠製ギミックは、確かに精密だが『遊び』がない。だが、この原生の命が八百年かけて練り上げた鱗甲には、あらゆる環境に適応する柔軟な理がパッキングされておる」
エドワードは、タムの手元を見守りながら、ふと遠い目をした。
彼の脳裏に浮かぶのは、三十年前にこの世を去った師、カリンの姿だ。
「……私の師、カリン様はよく言っておられた。『物の価値は、その成り立ちではなく、誰がどう包み直すかで決まる』とな」
「カリン先生……。あの、トランクを遺された方ですね」
タムの手が一瞬止まった。三年前、カイトが仲間に加わって間もない頃、一行はエドワードが大切に保管していたカリンの遺品――厳重に施錠された古びたトランクを開錠した。
タムの超絶技巧をもってしても数日を要したその「梱包」の中身は、数冊の黄ばんだ日誌と、一本の万年筆。そして、セレスの家紋と酷似した「紋章」が描かれた羊皮紙だった。
日誌に記されていたのは、現代の魔導理論を根底から覆す『保存魔法』。そして羊皮紙には、今や世界の支配者となった「お父様」の直筆による、友への親愛の情が綴られた手紙……。
セレスがその筆致と紋章に強い既視感を覚え、彼女の本当の父親が伯爵家ではなく、他にあるのではないかという疑念が、この旅の真の始まりだった。
「……お父様とカリン先生が、かつての友だったとは。……皮肉なものですね」
「フォッフォ。二人とも、この世界を『美しく保ちたい』という想いは同じだったのかもしれん。ただ、パッキングの手法が、あまりにも違いすぎたのじゃろうな」
エドワードは寂しげに笑い、解体されたばかりの、しなやかで透明感のある薄い鱗を手に取った。
「よし、タム君。この鱗をさらに薄く削ぎ、アルウェンのお嬢さんのための『法衣』を編む。精霊の声を遮らず、かつ砂漠の熱を循環の糧に変える、羽衣のような軽装甲じゃ。お父様の監視網さえも透過するような、究極の隠密パッキングを目指そうかの」
「……了解しました。……カリン先生の遺した理論を、今ここで具現化します。……リナさんの鎧の排熱改善も、同時並行で行いましょう」
タムの義手が、砂漠の熱風の中で銀色の軌跡を描く。
師から弟子へ、そして次代の梱包師へ。
お父様という巨人の影を追うための「新たな牙」が、原生の巨獣の死骸の中から、一つずつ丁寧に取り出されていく。
解体作業の傍らで、リナは胸元のセレスに触れ、複雑な表情で地平線を見つめていた。
(……お父様。貴方はどうして、カリン様にあの手紙を書いたの? 私と貴方は、本当はどういう関係なの……?)
砂漠の熱は引かず、しかし一行が纏う空気は、確実に変わり始めていた。
手にした素材は、ただの鎧ではない。それはお父様という巨大な謎を解き明かすための、自分たちだけの「正解」への鍵であった。
***
砂漠の夜は、凍えるような静寂と共に更けていく。焚き火の代わりに、エドワードが即興で作り上げた魔導炉が青白い火花を散らし、巨獣の鱗を熱していた。
「カイト君、光の刃の出力を最小限に絞れ。……そう、そのまま鱗の縁をなぞるように焼くのじゃ。アルウェンさん、冷気の循環を。急激な収縮で素材の強度を固めるぞ!」
エドワードの鋭い指示が飛ぶ。砂漠の真ん中に広げられたのは、梱包師の作業場というよりは、伝説の武具を生み出す鍛冶場のようであった。
まずはアルウェンのための『砂海の法衣』が姿を現した。
それは、サンド・ギガ・センチピードの鱗の中でも、最も薄く透明に近い部位を、カリンの遺した『保存魔法』の術理で編み上げたものだった。羽衣のように軽く、それでいて物理的な衝撃を精霊の力へと変換して受け流す。アルウェンがその法衣を身に纏うと、銀色の鱗が彼女の肌に吸い付くように馴染み、月光を浴びて淡く発光した。
「……信じられません。精霊たちが、まるでお互いの声を響き合わせるように、私の周囲で『循環』しています。これなら、どんな過酷な環境でも、私は私でいられる」
「フォッフォ、お嬢さんによく似合っておる。それはただの防具ではない。周囲の毒や熱を濾過し、純粋な魔力として包み直す『動く聖域』なのじゃよ」
次にタムが取り掛かったのは、リナの鎧への追加パッキングだった。
巨獣の排熱孔の構造を模した銀色のフィンが、リナの肩口から背中にかけて増設される。それはセレスという「魂」が発する過剰な熱を、外部へと効率よく逃がすための排熱システムだ。
「……リナさん、内部回路のノイズが消失しました。……演算速度、通常時の三倍。……これなら、全力の『共振粉砕』を放っても、リナさんの身体を焼くことはありません」
「すごい……。身体が、羽が生えたみたいに軽いわ。セレス、これならあのお父様のオートマタ相手でも、遅れは取らないわね!」
「……肯定します。……リナさん、今の私は、かつてないほど『鮮明』です」
そしてカイトの聖剣の柄には、巨獣の神経束を特殊な術式で編み込んだグリップが装着された。
カイトが柄を握り、魔力を込めると、放たれる光の刃が、以前よりも遥かに密度を増して凝縮された。さらに、カイトの意志に応じて、刃が鞭のようにしなり、あるいは放射状に拡散する。
「……『光のパッキング』の制御。……カイトさん、その柄はもはや単なる持ち手ではありません。あなたの意志を増幅し、光を『固定』するための触媒です」
「へへっ、最高だぜ。これなら、遠くの敵もまとめてパッキングしてやれる!」
最後に、タムは馬車の改造を仕上げた。
車輪のリムに、巨獣の脚の動きを模した、伸縮自在の魔導スパイクをパッキングしたのだ。それは平地では滑らかに回転し、岩場や絶壁では、生き物のように地表を掴んで離さない。お父様の「舗装された道路」を走るためだけの機械とは違う、荒野を征くための「野性の足」だ。
夜明け。
黄金色の太陽が地平線を割り、砂漠の終わりを告げる光を投げかけた。
「……準備、完了しました。……全装備、検品通過。……配送を再開します」
タムが御者台に座り、新調された手綱を握る。
砂漠の熱を克服し、新たな力を纏った一行を乗せた馬車が、砂を蹴り上げて走り出した。
行く手にそびえ立つのは、雲を突き抜け、もはや空そのものの一部と化した天空の山脈。その頂へと続く『絶壁の回廊』が、白く輝く道標のように彼らを誘っている。
「……待っていてください、お父様。……あなたの遺した至宝を、私たちが正しくパッキングし直してみせます」
タムの静かな独り言は、砂漠の風に溶け、しかし力強く、天の高みへと響いていった。
砂漠という名の試練を越え、一行はついに、世界樹の根元で見つけた『原初の粘土』を携え、第二の至宝――『恒星の脈動』が待つ神域へと足を踏み入れる。
第45話をお読みいただき、ありがとうございます。
巨獣の素材による「装備新調回」となりました!
エドワードの職人技とカリンの遺産が、タムたちの力として結実する様子を描かせていただきました。特にアルウェンの羽衣や、カイトの光の刃の強化は、今後のバトルに大きな彩りを与えるはずです。
カリンとお父様の因縁、そしてセレスのルーツ。
多くの謎を抱えたまま、物語はついに高度数千メートルの天空ステージへと突入します。
次回、第46話。
馬車が「壁」を登り、酸素の薄い極限地帯でのパッキングが始まります。
どうぞ、ご期待ください!




