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第41話:拒絶の化身(アビス・ドラグーン)

 世界樹の最深部にて、ラストマイルを待ち受けていたのは、森が800年かけて育て上げた「拒絶の化身」でした。

 かつてお父様の最高傑作・アレスに完敗したあの日から3年。

 リビルドされた聖剣、進化した魔道具、そして鉄壁の絆を武器に、一行は究極の生体兵器へと挑みます。

 かつての敗北をパッキングし、今、新生ラストマイルの真価が問われる総力戦が幕を開けます。

 世界樹の最深部――そこは、地上の喧騒も光も届かぬ、生命の根源がおりのように積もる『泥の空洞』だった。

 空洞を支える巨大な根の合間からは、幾千年もかけて濾過された精霊の滴が、静かな水音を立てて滴り落ちている。その中心、古びた祭壇のように盛り上がった場所で、それは輝いていた。

 『原初の粘土』。

 形を成さぬまま、黄金の燐光を放つその至宝は、見る者の魂を鏡のように映し出すという。その神々しさに、荒い呼吸を繰り返していたカイトたちも、一瞬だけ言葉を失い、武器を下ろしかけた。

 だが、聖域は「外敵」を許さなかった。

 ズズ……と、大地が震える。

 最初は微かな脈動だった。しかしそれは瞬く間に、空洞全体を揺らす地響きへと変貌した。

 「……来る。検品が必要なのは、どうやら至宝だけではないようです」

 タムが義手の眼鏡の位置を直し、低く警告する。

 空洞の壁面を成していた無数の巨大な根が、まるで断末魔のような軋み声を上げながら、一点へと収束し始めた。

 樹皮が剥がれ、新たに硬質な鱗となって重なり合う。腐った大気を浄化するための「肺」は、侵入者を焼き払うための「炎」を宿す器官へと変異した。

 そこに現れたのは、美しくも禍々しい、森そのものが意志を持った巨躯――**『深淵竜アビス・ドラグーン』**だった。

 四つの瞳が、エメラルド色の殺意を放ち、一行を射抜く。

 それはかつてお父様が世界樹に刻んだ「傷跡」という名の記憶が、二度とあのような「災厄」を入れぬために作り出した、究極の免疫反応。

 そのランクは、かつて一行を絶望の底に突き落としたお父様の最高傑作・アレスに比肩、あるいはこの森の加護下においてはそれを凌駕する。

 「……ヴォォォォォォォォンッ!!」

 ドラゴンの咆哮が、物理的な衝撃波となって一行を襲う。

 3年前なら、その威圧感だけでカイトは剣を落とし、リナは恐怖に膝を突いていたはずだった。

 だが、彼らが過ごした3年間は、ただの逃亡期間ではなかった。


 「セレス、解析は!? この程度のプレッシャー、パッキング(拒絶)してやるわ!」

 リナが叫ぶ。彼女の纏う『意思持つ鎧』セレスの表面に、魔導銀の回路が赤く、熱く発火する。

 『了解、リナさん。……深淵竜の魔力パターンを検知。濾過プロセス、反転開始!』

 深淵竜が口を開き、高濃度の精霊魔力を圧縮した「腐食ブレス」を放った。

 触れるものすべてを分解し、肥料へと変える死の霧。

 だが、リナが前に掲げた大盾が、目にも止まらぬ速さで展開する。

 お父様の設計をタムが独自の視点でリビルドしたその盾は、受けた魔力を防御するのではなく、その「極性」を瞬時に書き換え、外部へ反射する**『反転装甲リバース・パッキング』**。

 緑のブレスが大盾に触れた瞬間、パァンという乾いた音と共に、それはドラゴンの周囲へと跳ね返り、逆にドラゴンの足元の根を腐食させた。

 「……守るだけなら、3年前に飽きたのよ。今の私たちは、やり返すわよ!」


 「リナ、サンキュー! ……ここからは俺の番だ!」

 リナの背後から、影が跳ねる。

 カイトだ。彼の手にあるのは、かつてアレスの拳に無残に折られた、勇者の聖剣の「柄」だけだった。

 だが、彼が柄を握り、自らの魂を燃やすように魔力を注ぎ込むと、そこから純粋な、極薄の光の刃が噴出した。

 『リビルド・ブレード』。

 物理的な強度が不要な、純粋なエネルギーの刃。

 カイトは空中を蹴り、深淵竜の首筋へと肉薄する。

 「あの日、俺は剣が折れたから負けたんじゃない。お父様の『力』に、心が折れたから負けたんだ! ……この剣は、もう折れない!」

 ヒュン、という澄んだ音と共に、光の刃がドラゴンの堅牢な樹皮を、バターのように容易く焼き切った。

 切断された断面は、高熱によって炭化し、再生の暇を与えない。

 3年をかけて磨き上げたカイトの剣技は、もはやお父様の工廠が生み出した機械人形を凌ぐ速度へと到達していた。


 「フォッフォ! 若い衆ばかりに格好いいところをさせるわけにはいかんの」

 エドワードが杖を大きく旋回させる。

 彼の周囲には、自律浮遊する六基の魔導ポッドが展開していた。

 お父様の「科学」とエドワードの「魔術」を、タムが無理やり繋ぎ合わせた、最新鋭の遠隔攻撃システム。

 ポッドから放たれるのは、深淵竜の多角的な触手(蔓)攻撃を、ミリ単位の精度で迎撃する魔導機雷だ。

 「タム君、計算通りじゃ。この魔物、攻撃の起点に必ず『精霊の淀み』が生じるわい!」

 エドワードは戦場全体をパッキングするように、魔導障壁を張り、仲間たちの足場を空中に固定する。

 科学による精密さと、魔術による直感。その二つが組み合わさった時、賢者の力はもはや軍隊一つに匹敵していた。


 勇者の剣がドラゴンの喉元を裂き、聖騎士の盾が猛攻を霧散させ、賢者の弾幕が四方を固める。

 3年前なら一瞬で全滅していたはずの『終焉の化身』を相手に、今のラストマイルは、確実にその喉元へと手を届かせていた。

 タムは御者台から、その光景を静かに見守っていた。

 緑の光を放つ義手が、周囲の魔力の流れ(レイライン)を細かく制御し、仲間たちの消耗を最小限に抑え、敵の再生を阻害する。

 「……皆さん、実に見事なパッキングです。……3年前の『不良品』だった私たちは、今、ようやく一人前の『配送員』になった」

 だが、タムの表情は晴れない。

 ドラゴンの傷口が、カイトの光刃による炭化すら力ずくで引き剥がし、より醜悪で、より強大な形へと膨れ上がっていくのを見ていたからだ。

 深淵竜アビス・ドラグーンの四つの瞳が、かつてないほど激しく発光する。

 それは、世界樹という名の「大地そのもの」が、侵入者に対してさらなる本気の拒絶をパッキングし始めた証だった。

 「……アレスが『暴力』の最高傑作なら、この魔物は『拒絶』の最高傑作。……力で挑めば挑むほど、この壁は高く、厚くなる」

 空洞内の空気が、酸素を失い、高濃度の毒素へと変容していく。

 絶望的なまでの拮抗。

 その最中、タムは静かに馬車の手綱を放した。

 戦いは、一見すればラストマイルの優勢に見えた。

 カイトの『リビルド・ブレード』がドラゴンの胴体を横一文字に両断し、巨大な巨躯が地面を震わせながら崩れ落ちる。エドワードの魔導ポッドが、追い打ちをかけるようにコアらしき発光部を爆撃した。

 「やったか……!?」

 カイトが肩で息をしながら、光の刃を下ろす。

 だが、その安堵は一瞬でかき消された。

 「……ヴォォォォォォォォォッ!!」

 崩れたはずの樹木が、重力を無視して空中で結合し始める。

 それだけではない。壁一面の根から、無数の魔力が奔流となってドラゴンへと流れ込み、その体躯は瞬く間に以前の倍以上に膨れ上がった。

 アレスが持っていた「自己修復機能」が、お父様自身のエネルギーに依存していたのに対し、この深淵竜の背後には、世界樹という無限のバッテリーが存在しているのだ。

 「キリがないわ……! 切っても切っても、世界樹そのものを相手にしてるみたいじゃない!」

 リナが絶叫する。

 セレスの装甲からも、オーバーヒートを知らせる蒸気が激しく噴き出していた。

 『……リナさん、周囲の魔力密度が臨界点を超えました。……これ以上の戦闘継続は、私たちの魂(回路)自体を焼き切ります』

 深淵竜が、最後通告のように巨大な翼――何千もの葉が集まってできた緑の盾――を広げた。

 その翼が羽ばたくたびに、空間から酸素が奪われ、代わりに肺を焼くような高濃度の精霊毒が充満していく。

 カイトの膝が、ガクリと折れた。

 「……クソっ、身体が……動かない……」


 「……皆さん、十分です。道は拓けました」

 絶望が空洞を支配しかけたその時、タムの声が静かに、だが確かな強度を持って響いた。

 彼は御者台からふわりと飛び降り、ゆっくりと、ドラゴンの前へと歩み出た。

 「タム!? 下がりなさい! そんな丸腰で近づいたら、一瞬で肥料にされるわよ!」

 リナが叫び、無理やり盾を構えようとするが、タムはそれを手で制した。

 彼は右手の義手を覆っていた予備の装甲すらも外し、剥き出しの回路が緑に輝く「腕」だけを露わにした。

 「……お父様と同じやり方では、この荷物は届けられません。……力でねじ伏せようとするから、拒絶が返ってくる。……ならば、すべきことは一つです」

 タムは、ドラゴンの巨大な爪が今まさに振り下ろされようとする、死の直下へと歩みを進める。

 恐怖はない。ただ、一人の職人として、目の前にある「巨大な不良在庫」を正しく整えたいという純粋な意志だけがあった。

 「……あなたは、守っているのですね。……800年前に刻まれた、あの痛みを」


 深淵竜が、目の前の無謀な「異物」を粉砕せんと、その巨腕を振り下ろした。

 カイトが叫び、リナが目を背ける。

 だが、ドラゴンの爪は、タムの頭上数センチのところでぴたりと止まった。

 いや、止まったのではない。

 タムが掲げた義手から放たれる『循環』の光が、ドラゴンの放つ『拒絶』の波動と、波長の極限で同期シンクロしたのだ。

 「……これは『攻撃』ではありません。……受容パッキングです」

 タムの指先が、湿った、それでいて鋼よりも硬いドラゴンの樹皮に触れた。

 その瞬間、タムの全身を、かつてないほどの衝撃が貫いた。

 「――――ッ!!」

 脳が焼けるような情報の濁流。

 タムの意識は、肉体を離れ、世界樹が抱える「800年前の記憶」へとダイブした。


 そこに見えたのは、地獄だった。

 

 空を埋め尽くす、お父様の鋼鉄の艦隊。

 無機質な光線が森を焼き、精霊たちが叫びながら消滅していく。

 その中心で、世界樹の根に直接「杭」を打ち込み、魔力を無理やり抽出するお父様の冷酷な姿。

 

 「……非効率な自然だ。私の手で、最も効率的な『エネルギー源』にパッキングし直してあげよう」

 

 お父様の声が、800年の時を超えてタムの鼓膜を震わせる。

 世界樹は、ただ奪われるだけだった。その痛み、その恐怖、その未練。

 それが結晶化し、生まれたのが目の前の『深淵竜』だった。

 「……そうか。あなたは、怖かったのですね」

 タムの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 それはタム自身の感情か、それとも世界樹の代弁か。

 

 タムの義手が、ドラゴンの深部へと深く潜り込んでいく。

 彼の『循環型魔導回路』が、800年分蓄積された「拒絶」を、自分の義手をフィルターにして強制的にパッキング(受容)し始める。

 義手の過負荷を知らせるアラートが、タムの脳内で狂ったように鳴り響く。

 「……ああ、熱い。……でも、大丈夫です。……私が、すべて受け持ち(パッキングし)ます」

 タムの身体が、ドラゴンの緑の光に飲み込まれていく。

 背後でカイトたちが叫ぶ中、タムの意識は、さらに深い記憶の底――お父様が唯一手に入れられなかった『原初の粘土』の、本当の誕生の瞬間へと近づいていった。

 第41話をお読みいただき、ありがとうございます。

 

 カイトのライトセーバーやエドワードの新兵器など、3年間の修行成果がようやく披露されました。

 ですが、相手は世界樹そのものの免疫機能。アレスに比肩する深淵竜を相手に、力押しでは限界があることも浮き彫りになります。

 そんな中、タムが選んだのは「戦い」ではなく「パッキング」。

 

 次回、第42話。

 深淵竜の記憶の底でタムが見たものは。

 そして、ついに『原初の粘土』へと手が届くのか。

 どうぞ、ご期待ください!

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