第40話:循環の胎動
エルフの郷で迎えた、波乱の朝。
一晩中、1人で「ある作業」に没頭していたタムは、心身共に限界を迎えた姿で仲間たちの前に現れます。
彼の口から漏れる、あまりにも無防備で、あまりにも誤解を招く「衝撃の告白」。
リナとセレスの精神的パッキングが崩壊の危機に瀕する中、物語はエルフの最長老との対面により、一気にシリアスな局面へと突入します。
語られるのは、800年前にお父様がこの地で見捨てた「魂」の真実。
己の無力さを突きつけられた梱包師が、自らの義手に刻み込む「新たな回路」とは――。
エルフの郷に、清冽な朝の光が差し込む。
宿舎として提供された木造コテージの扉が開き、ふらふらとした足取りで一人の男が姿を現した。
「……カチ、カチ……。……いや、ここの『溜め』が、まだ……」
タムだった。
その顔は、幽霊と見紛うほどに青白い。眼鏡の奥の瞳には血走り、目の下には消し炭のような濃い隈が刻まれている。
彼は右手の義手を、まるで何かの感触を確かめるように、異様なリズムで小刻みに動かし続けていた。
「タム!? あんた、その顔……一体、昨夜は何があったのよ!」
馬車の横で野宿同然の警戒を続けていたリナが、飛び起きるようにして詰め寄った。その隣では、セレスの鎧もまた、一晩中稼働し続けていた排熱ファンを激しく回している。
タムは焦点の定まらない目でリナを見ると、枯れた声でポツリと漏らした。
「……あの、エルフ(アルウェン)さんのせいです。……昨夜は、一睡もできませんでした」
「…………は?」
リナの思考が停止した。
「……あの、指の動かし方。……奥まで入り込んでくる、あの熱の逃がし方。……思い出すだけで、私の疑似神経がゾワゾワと泡立って……。……一晩中、彼女の残した感触を、こう……自分の中で再現しようと、指を動かし続けていたのですが……。……やはり、素人(人間)のパッキングでは、あの『回し方』には届かない……」
「…………」
リナの顔から、急速に血の気が引いていく。逆に、その額には青筋がミミズのように浮き上がった。
『タ、タムさん……? 今、なんと……? 「奥まで入り込んでくる熱」……「指を動かし続けていた」……?』
セレスの鎧から、蒸気機関のような悲鳴(排熱音)が上がる。
『リナさん……私の聴覚ユニットの故障でしょうか。それとも、タムさんの倫理回路が、あのエルフの女性にパッキング崩壊されてしまったのでしょうか……!?』
「タム、あんたぁぁぁッ!!」
リナの叫びが、静かな郷に木霊した。
「配送員は身持ちが大事だって、昨日あんなに言ったじゃない! あの女、本当に『続き』をしに来たのね!? あんたも、なんでそんな、研究熱心な顔して事後報告してくるのよ! 最低! 変態! 梱包バカ!」
「……? 何か、誤解を招く表現がありましたか?」
タムは、リナの怒号に首を傾げた。
彼が昨夜行っていたのは、アルウェンの「魔力循環」を、自身の魔導回路でシミュレートするという過酷な精神集中だった。
エルフの指先が教えてくれた「捨て場のない熱を動力へ回す」という指使い。それを再現しようと、一晩中、魔力を指先に集中させては暴走させ、指を痙攣させるほどの特訓をたった1人で繰り返していただけなのだが――。
「……リナさん。彼女の技術は、お父様のそれとは根本的に『パッキングの密度』が違うんです。……あの絶妙な締め付け……いや、制御、と言い換えるべきでしょうか。……とにかく、私は今、猛烈に彼女に『指導』されたい気分です」
「もう黙れぇぇぇッ!!」
リナの拳が、タムの頬をかすめて馬車の壁にめり込んだ。
「……フォッフォ。朝から元気なことじゃな」
そこへ、騒ぎを聞きつけたエドワードと、そして――優雅に微笑むアルウェンが現れた。
アルウェンは、ボロボロのタムと、憤死寸前のリナを見て、すべてを察したようにくすくすと笑う。
「あら、お熱いわね。……でもパッカーさん。その顔を見る限り、私の教えた『循環』の入り口で、一晩中迷子になっていたようね?」
「……アルウェンさん。……おっしゃる通りです。……自力での再現には、限界がありました」
タムが真面目な顔で頭を下げると、リナとセレスの殺気はついに臨界点に達した。
だが、アルウェンの瞳は、すぐに悪戯な笑みを消し、タムの義手に宿る「微かな変化」を鋭く見抜いた。
「……でも、収穫はあったようね。……あなたの音から、お父様の『不協和音』が、少しだけ消えかけているわ」
彼女の言葉と共に、広場の奥から、一人の老いたエルフがゆっくりと歩み寄ってきた。
「……『ラストマイル』の梱包師よ。……お前のその、愚直なまでの『中身』への執着。……それが本物か、私が検品してやろう」
郷の最長老・イシュタル。
彼女の登場に、郷の空気が一瞬で引き締まった。
最長老イシュタルの眼差しは、タムの肉体ではなく、その奥にある「設計思想」を透かし見ているようだった。
彼女はセレスの鎧の前に立つと、しわがれた手でその冷たい金属に触れた。
「……800年。あの男(お父様)は、この娘を『死なせない』ことには成功した。だが、『生かし続ける』ことには失敗したようじゃな」
『……失敗、ですか?』
セレスの声が、鎧の奥で震える。
「魂とは、磨り減るもの。注ぎ込むだけの魔力では、その綻びは繕えん。……あの男は、エルフの『循環』を低効率だと切り捨てた。だが、巡らぬ命はやがて澱み、腐る。……お前の魂は今、限界まで薄く引き伸ばされた硝子細工のようなものだ」
長老の言葉に、場に冷たい沈黙が降りた。
タムは、一晩中の特訓で震える右手を強く握りしめた。梱包師として、中身が時間と共に劣化し、壊れていくという事実は、敗北に等しい。
「……長老。……その綻び、私の『梱包』で防いでみせます」
タムが、一歩前に出た。
「ほう? お父様の設計を否定し、書き換えるというのか。人間に、我らエルフの理が扱えると?」
「扱えるかどうかではありません。……届けるために、必要なんです」
タムはアルウェンに向き直った。
「アルウェンさん。……昨夜の『循環』、最後のピースを私に貸してください。……私の義手には、まだ熱を捨てるための『排気口』があります。それを、命を回すための『吸気口』にパッキングし直したい」
アルウェンは、試すような、けれど慈しむような笑みを浮かべた。
「……いいわ。あなたの壊れかけた音を、私が整えてあげる」
アルウェンがタムの義手に両手を重ね、エルフの精霊銀の糸を回路へと織り込んでいく。
タムは工具を取り出し、自らの手で義手の装甲を剥ぎ取った。剥き出しになった魔導回路に、エルフの緑の光が混ざり合っていく。
「……リナさん、セレス様。……少し、騒がしくなります」
タムが精神を集中させた瞬間、義手から凄まじい風圧が巻き起こった。
これまでは「カチカチ」と不連続だった駆動音が、滑らかな、まるで呼吸のような低い唸り声へと変わる。
捨てられるはずだった熱が、精霊銀の糸を伝って再び動力源へと還流していく。お父様の「奪う技術」と、エルフの「巡る知恵」が、タムという歪な梱包師の中で一つに溶け合った。
「……熱の還流、安定。……排気損失、ゼロ。……パッキング、完了です」
タムが顔を上げると、その右腕は緑がかった銀色の輝きを放っていた。
それはお父様の模倣ではない。世界で唯一、タムだけが辿り着いた**『循環型魔導回路』**のプロトタイプだった。
「……信じられん。本当に、自らの中に取り込んでしまうとはな」
イシュタルは感心したように頷き、世界樹の方向を指差した。
「合格じゃ。……アルウェン、この者たちを『脈動』へ案内せよ。……お父様が効率悪いと切り捨てた、森の近道だ」
新しくなった義手を馬車の手綱に繋ぐと、馬車全体がエルフの緑の光に包まれた。
馬の足が地を離れ、車輪が空気を掴む。
「……凄い、馬車が、浮いてる……?」
リナが驚愕に目を見開く。
「……いえ、浮いているのではありません。森の呼吸に、馬車ごとパッキングしただけです」
タムは、寝不足の目を擦りながら、前方の虚空を見据えた。そこには、エルフにしか見えない「光の轍」が世界樹の根元へと伸びていた。
「……出発します。……予定より大幅に早く、中身を届けてみせます」
嫉妬も、驚きも、全てを置き去りにして。
緑の閃光となった馬車は、お父様ですら辿り着けなかった「最短ルート」へと突入した。
第40話をお読みいただき、ありがとうございます。
タムの義手、ついに劇的な進化を遂げました!
お父様の「強欲な設計」に、エルフの「慈悲深い循環」を組み合わせることで生まれた、世界で唯一の回路。それは、壊れゆくセレスの魂を繋ぎ止めるための、唯一の希望でもあります。
朝の誤解(?)もどこへやら、物語は世界樹の核心へと超加速していきます。
次回、第41話。
光の轍の果て、ついに世界樹の根元へ。
しかし、そこに待ち受けていたのは、お父様が800年前に置き去りにした「最悪の守護者」で――?
物語はいよいよ、第一の至宝を巡るクライマックスへ。
どうぞ、ご期待ください!




