表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

第四話:解けない梱包、届かない祈り

お読みいただきありがとうございます。

ついに辿り着いた、王国内でも有数の治癒院。

「ここでなら、彼女は救われる」

そう信じて疑わなかったタムを待ち受けていたのは、非情な現実でした。

梱包師として誇り、頼りにしてきた自分のスキルが、彼女を苦しめる「檻」となっている。

専門家によって突きつけられる「死の宣告」を前に、タムはどう向き合うのか。

主人公にとって最大の試練となる第四話、ぜひ心してお読みください。

城塞都市バラムの中央区、白亜の石造りが目を引く大聖堂の一角に、その治癒院はあった。

 エドワードの必死の交渉と伯爵家の裏紋章の提示により、一行は「一般の患者」をすべて遠ざけた奥の特別診療室へと通された。

 そこには、クレイエル王国でも五指に入るという最高位治癒師、カトリーヌが待ち構えていた。

 タムは、腕の中に抱えた布包みの重みが、ようやく報われるのだという確信に近い安堵を感じていた。

「さあ、タム殿。お嬢様を、その『箱』からお出しなさい。ここから先は、我々プロの領域です」

 エドワードが促す。その声もどこか震えていた。

 タムは頷き、額の汗を拭った。森での連戦による魔力切れの眩暈はまだ残っていたが、心地よい達成感がそれを上書きしていた。

「……わかりました。解梱包アンパックを――」

「待ちたまえ!」

 タムが意識を集中させようとした瞬間、カトリーヌの鋭い叫びが部屋に響いた。

 彼女は片手に持った「真理の天秤」と呼ばれる鑑定用の魔道具をタムの腕に向けていた。天秤は激しく揺れ、不気味な黒い煤のような煙を吐き出している。

「解いてはならん。今すぐその思考を止めなさい!」

「……え? でも、治療をしないと、彼女は……」

「解いた瞬間に死ぬと言っているのだ!」

 カトリーヌはタムの腕を乱暴に掴み、彼を箱から引き剥がすように突き放した。

 診察台の上に置かれた、布に包まれた立方体。

 カトリーヌは深呼吸を一つし、幾重もの防御魔法を自分にかけた後、震える手で鑑定の魔法を箱の中へと流し込んだ。

 十数秒の沈黙。部屋の中を、針が落ちる音すら聞こえそうな静寂が支配する。

 やがて、カトリーヌの顔から血の気が失せていき、彼女は力なく椅子に座り込んだ。

「……何という、残酷な真似を……」

「どういうことですか、カトリーヌ先生! お嬢様は、タム殿の奇跡の力で守られたはずだ!」

 エドワードが詰め寄る。だが、カトリーヌは力なく首を振った。

「エドワード、貴方は魔導師だろう。この箱の中の『術式』が見えないのか? ……これは奇跡などではない。単なる『存在の強制凍結』だ」

 カトリーヌはタムを射抜くような鋭い視線で睨みつけた。

「君、自分のしたことがわかっているのか? 君は彼女を救ったのではない。彼女を『死の瞬間』という檻に、無理やり閉じ込めただけだ」

「……何、を……」

「鑑定によれば、彼女の心臓は既に呪いによって物理的に損壊している。本来なら、あの森で一分と保たずに事切れていたはずだ。だが君は、その『死』という結果が確定する直前の、わずか数ミリ秒の時間を無理やり固定した」

 カトリーヌは、診察台の上の箱を忌々しそうに指差した。

「今の彼女は、絶命する瞬間の激痛と、内臓を焼き潰される呪いの熱、そして意識が遠のく極限の恐怖……そのまっただ中で固まっている。君がこの箱を解けば、止まっていた因果が一気に流れ出す。私が治癒の呪文を唱え終えるより先に、彼女の心臓は破裂し、魂は霧散するだろう」

 タムの頭を、冷たい鉄の棒で殴られたような感覚が襲った。

 自分がしたのは救済ではなかったのか?

 彼女を苦痛から解放したつもりでいたが、実際には彼女に「永遠の絶命の瞬間」を味わわせ続けているというのか。

「……じゃあ、箱の上から治癒魔法をかければ……」

「無駄だ。君のこの力……『梱包』と言ったか? これは外部からのあらゆる干渉を遮断している。魔力、エーテル、因果律。すべてがこの膜に弾かれる。私の最高位治癒魔法ハイ・ヒールですら、この箱には傷一つつけられない」

 カトリーヌは冷酷に事実を突きつける。

「救いようがないのだ。箱を解けば即死。解かなければ、彼女は箱の中で永遠に死ぬことも、眠ることもできず、ただ意識だけが死を待ち続ける。……これは治療ではない。ただの残酷な拷問だ」

「そんな……嘘だろ……」

 タムの膝が崩れた。

 床に手をつくと、視界が涙で歪んだ。

 現代日本で、ただ荷物を効率よく運ぶことだけを考えてきた「梱包師」のプライドが、粉々に砕け散っていく。

 

 自分が得意げに、あるいは必死に「梱包」してきたものは、セレスティアという一人の人間ではなく、彼女の「不幸」そのものだったのだ。

「……解決策はないのですか。この世界の、どこを探しても」

 エドワードの絞り出すような声に、カトリーヌは深い溜息をついた。

「神話の時代の失われた魔法ロスト・マジックか、あるいはこの呪いを放った本人による呪縛解除……それ以外にはあり得ない。だが、どちらも今の王国には存在しない。……エドワード、気の毒だが、彼女はもう『死んでいる』と定義するしかない。この箱は、動かない死体を保存している棺と同じだ」

 棺。

 その言葉が、タムの心に深く突き刺さった。

 ***

 治癒院を追い出されるように出たタムは、降り出した雨の中、バラムの裏路地を彷徨っていた。

 腕には、再び布で包んだ「箱」を抱えている。

 重い。先ほどまで感じていた「命の重み」は、今や「罪の重み」へと変わっていた。

(俺が……俺が彼女を、こんな目に合わせたんだ)

 もしあの時、梱包なんてせずに彼女を看取っていたら、彼女は少なくとも、数ミリ秒の苦痛のループに閉じ込められることはなかったはずだ。

 自分が良かれと思ってしたことが、最も愛する人を最も残虐な方法で傷つけている。

 その事実が、タムを絶望の淵へと叩き落としていた。

 雨は次第に激しさを増し、タムの作業着を重く濡らす。

 体温が奪われ、魔力切れによる頭痛が再び激しくなってきた。

 いっそ、このままこの箱を川にでも投げ捨ててしまえば、自分は楽になれるのではないか。そんな卑怯な考えが頭をよぎり、タムは自分の浅ましさに吐き気を覚えた。

 路地裏のゴミ溜めの傍らで、タムは力なく座り込んだ。

 箱を地面に置き、布をめくる。

 不透明になった箱。その奥にいるセレスは、今もあの瞬間の激痛に耐えているのだろうか。

「……ごめん。……ごめんな、セレス……」

 タムは箱に額を擦り付け、子供のように泣きじゃくった。

 優秀な梱包師? 笑わせるな。

 中身の状態も把握できず、ただ外側だけを綺麗に整えて、配送先に届けることさえできない。

 自分は、ただの「死神」の片棒を担いだだけではないか。

 その時だった。

『……タムさん。……そんな顔、しないで……』

 脳裏に響いたのは、雨の音さえ突き抜ける、驚くほど透き通ったセレスの声だった。

 いや、それは声というより、彼女の魂が直接、タムの絶望に触れてきたような感覚だった。

「セレス……? わかるのか? 今、先生が言ったことが……」

『……ええ。……少しだけ、聞こえていたわ。……私が「棺」の中にいるって……』

 彼女の声には、恨みも、苦しみも、驚くほどに混ざっていなかった。

『……でもね、タムさん。……先生は間違っているわ。……私、熱くないの。……痛くも、ないのよ』

「……え?」

『あなたが……あなたが、私の痛みを、箱の「外側」に追い出してくれたから。……今、私はとても、静かな場所にいるの……』

 タムは息を呑んだ。

 それは彼女の優しさがつかせた嘘なのか、それともタムのスキルが、無意識のうちに因果だけでなく「感覚」さえも梱包していたのか。

『タムさん。……私は、あなたに「梱包」されて、初めて安心できた。……暗い森で、一人で消えていくのが、あんなに怖かったのに……』

『……あなたが私を抱きしめて、必死に走ってくれている……その鼓動が、箱を通して伝わってくるの。……それだけで、私は今、生きてるって思えるのよ』

 セレスの念話が、凍りついたタムの心を優しく溶かしていく。

『だから、諦めないで。……世界中の誰もが「無理だ」と言っても……私を包んだあなただけは、私を「荷物」だなんて、思わないで……』

 タムは、震える手で箱を抱きしめた。

 雨水が箱の表面を伝い、タムの涙と混じり合う。

 

 挫折。

 自分の無力さを知り、己のスキルの残酷さを突きつけられた。

 だが、その残酷な箱の中にしか、彼女の居場所はないのだ。

「……ああ、わかったよ、セレス」

 タムは立ち上がった。

 その瞳から、迷いが消えていた。

 代わりに宿ったのは、静かで、冷徹なまでの決意。

「治せないなら……この世界の魔法が、あんたに届かないって言うなら……」

 タムは箱を強く、壊れ物を扱うように、しかし決して離さないという執着を込めて抱いた。

「俺が、あんたを包み続けてやる。……この世界の常識を、魔法を、全部『梱包』してでも……あんたが、本当の意味で笑える日まで、俺が運び続けてやるよ」

 それは、聖職者が聞けば眉をひそめるような、傲慢で呪いじみた宣言だった。

 だが、一人の「梱包師」が、本当の意味で異世界のプロフェッショナルとして覚悟を決めた瞬間でもあった。

 雨が上がる。

 バラムの街灯が、濡れた石畳を反射して輝き出した。

 タムは、エドワードが待つ宿屋へと向かって、力強く一歩を踏み出した。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

治すために包んだはずが、その「梱包」こそが救済を阻んでいた。

皮肉で残酷な事実を知ったタムの絶望は、筆者としても書いていて胸が締め付けられる思いでした。

ですが、箱の中のセレスだけは、彼の「鼓動」を聴いていました。

誰もが「死」と定義しても、タムだけが彼女を「生」と定義し続ける。

この挫折を経て、タムはただの異世界人から、本当の意味で覚悟を持った「梱包師」へと変わりました。

どん底に落ちたタムが、これからどうやって世界の理に抗っていくのか。

もし今回の展開に心揺さぶられましたら、評価(☆☆☆☆☆)やブックマークで応援いただけると、今後の執筆の大きな力になります!

次回、第五話。

救いがないなら、自分で創る。タムの「プロとしての仕事」が再び始まります。

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ