表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/145

第39話:共鳴する指先

 過酷な試練を乗り越え、一行が偶然辿り着いたのは、地図にない秘境『エルフの郷』でした。

 安息の地か、あるいは新たな檻か。

 緊張が走る一行の前に現れたのは、森の生命の調和を司るエルフの謡い手、アルウェン。

 彼女の視線は、タムが身に纏う「不自然なノイズ」を鋭く射抜きます。

 郷への滞在を賭けた、あまりにも密着した、官能的な「検品」。

 梱包師としての理性が、エルフの奔放な生命の奔流に激しく揺さぶられることになります。

 「……動くな。それ以上足を進めれば、精霊の矢が貴様らの心臓を射抜くぞ」

 静謐な広場に、鈴を転がすような、けれど刃物のように冷たい声が響いた。

 弓を番えたエルフの戦士たちが、木々の影から音もなく現れる。その中心に、ひときわ長い銀髪をなびかせた一人の女性がいた。

 アルウェン。彼女が手を挙げると、戦士たちの矢先が、タムの眉間へと正確に固定された。

 「……人間がこの郷に辿り着くなど、数百年ぶりの不祥事だわ。しかも、その身に纏っているのは……」

 アルウェンは目を細め、一行を品定めするように見つめる。彼女の視線が、カイトの聖剣やリナの重厚な鎧を通り過ぎ、最後にタムの義手と、その後ろにあるリンの「繭」で止まった。

 「ひどいノイズ。……鉄と魔導の、腐ったような不協和音がする。特にその義手の男、あなたの存在自体が、森の旋律を汚しているわ」

 「……不快な思いをさせたなら、お詫びします。ですが、私たちは侵略者ではありません」

 タムは、眉間に矢を突きつけられたまま、眼鏡の位置をミリ単位で直した。

 「……私たちは『ラストマイル』。目的地まで荷物を届けるのが仕事です。この郷を汚す意図も、長居するつもりもありません。……ただ、過酷なパッキング(試練)を終えたばかりで、仲間が疲弊しています。一時の休息を認めていただけませんか」

 「……パッカー(梱包師)、と言ったかしら?」

 アルウェンはタムの言葉に、わずかな興味を示した。彼女はしなやかな動作で歩み寄り、タムの至近距離で足を止める。

 「……あなたの音を、もう少し近くで聞かせなさい」

 緊張が走る中、彼女はタムの返事も待たず、その細い指先をタムの首筋へと伸ばした。

 「……っ!?」

 タムが息を呑む。

 エルフの指先が触れた瞬間、そこから流れ込んできたのは、攻撃的な魔力ではなく、脳を直接震わせるような「甘い共鳴」だった。

 「あら……。外側は無機質な鉄の塊なのに、内側ではこんなに激しい旋律が流れているのね」

 アルウェンは愉しげに唇を吊り上げると、タムの首筋から指を滑らせ、魔導銀の義手との接続部――生身の肌が露出している境界線へと、這うように潜り込ませた。

 「……アルウェン、さん……、これは……っ」

 タムの喉が、無意識に鳴った。

 常に冷静な数値を弾き出していた彼の脳が、彼女の肌の熱さと、耳元で囁かれる吐息の情報処理に追いつかず、激しいエラーログを吐き出し始める。ドクン、ドクンと、普段の1.4倍まで跳ね上がった心拍音が、エルフの鋭い聴覚にはっきりと届いているのが分かった。

 「ちょっとおぉぉ! 何やってるのよ、あんた!!」

 静寂を切り裂いたのは、リナの悲鳴に近い怒声だった。

 リナは顔を真っ赤にし、カイトを突き飛ばさんばかりの勢いで二人の間に割って入ろうとする。

 「休息をお願いしたのはこっちだけど、そんな密着取材みたいなこと頼んでないわよ! その女、タムの首筋に何してるの!? 聖騎士団の規律……じゃないわ、とにかく、配送員への過剰な接触は私が許さないんだから!」

 『……リナさん、私の内部モニターにも異常な熱源が感知されています……!』

 セレスの鎧もまた、関節部から『プシューッ』と激しい排熱音を上げ、ガタガタと震えていた。

 『タムさんのバイタルが、見たこともない乱れ方を示しています! あの女性、タムさんの大事な……大事な「中身」に、直接干渉しようとしています! これは侵略です、リナさん! 排除、いえ、引き離すべきです!』

 「タム! あんたもあんたよ! なんでされるがままになってるのよ! ……ちょっと、今、鼻の下伸びなかった!?」

 リナの追及に、タムは眼鏡を押し上げようとしたが、指先がわずかに震えて定まらない。

 「……いえ、リナさん……。これは、エルフ独自の魔力検品による……不可抗力的な共鳴、で……」

 「嘘おっしゃい! 完全に動揺してるじゃないのよ!」

 タムの、普段の「鉄面皮」がわずかに剥がれ落ち、困惑と熱に浮かされた「一人の男」の顔が覗く。

 それを見て、アルウェンは勝利を確信したように、さらに深く、タムの胸元に指先を沈めていった。


 「……ふふ、面白いわ。あなたの鼓動、まるで壊れかけた時計みたいに速くなっている」

 アルウェンの指先が、タムのシャツの隙間から胸元へと滑り込む。エルフの体温は人間よりもわずかに高く、その接触面から流し込まれる魔力は、タムの神経系を直接愛撫するように掻き乱した。

 「……アルウェン、さん……。その『検品』は、もう、十分かと……っ」

 タムは必死に理性をパッキングしようとした。だが、彼女が義手の接合部にある「魔力バイパス」を優しくなぞった瞬間、全身に甘い痺れが走り、膝の力が抜けそうになる。

 だが、その極限の混濁の中で、梱包師としての彼の脳は、一つの異変を正確に捉えていた。

 (……熱が、消える……?)

 彼女の指が触れている場所から、義手の駆動で発生していた過剰な廃熱が、まるで吸い込まれるように消失していく。いや、吸い込まれているのではない。彼女の魔力の「流れ」に導かれ、熱がエネルギーへと変換され、再びタムの体内を**「循環」**し始めたのだ。

 「……これ、は……」

 タムの瞳に、知的な光が戻る。

 お父様の技術は、魔力を消費し、熱を捨てる「不可逆」なものだった。だが、エルフの指先が教えているのは、捨て場のない熱すらもパッキングし、再び動力へと回す「円環の理」。

 「……なるほど。注ぐのではなく、回す。……これが、永遠に動き続けるための、ミッシングリンク……!」

 「あら、こんな時まで研究のこと? 本当に可愛くない男ね」

 アルウェンが少しだけ不満そうに唇を尖らせ、さらに密着しようとしたその時――。

 「そこまでよッ!!」

 リナの限界が来た。彼女はタムの腕を力任せに掴むと、アルウェンの腕の中から強引に引き剥がした。

 「いい加減にしなさい! タム、あんたも! なんでそんな、蕩けたような顔で『インスピレーションを得ました』みたいな顔してるのよ! 恥ずかしくないの!?」

 「リナさん、私はあくまで技術的な……」

 「うるさい! 鼻の下、まだ0.5ミリくらい伸びてるわよ!」

 『……リナさん! 私のセンサーも、タムさんの皮膚表面温度の異常な上昇を記録し続けています!』

 セレスの鎧が、ガシャンガシャンと足踏みをしながら抗議する。

 『アルウェンさん! 梱包物の「中身」に無断で指を突っ込むのは、重大な規約違反です! 以降、タムさんへの接触は、この私が厳重にパッキング(ガード)します!』

 「ふふ……。随分と賑やかな荷物ね」

 アルウェンは名残惜しそうに指先を舐めると、ゆっくりと立ち上がった。

 「いいわ。あなたの『音』の正体はだいたい分かった。……今夜は、その熱を冷ますために、特別な香油を用意させてあげる」

 アルウェンは去り際、タムの耳元に口を寄せ、リナたちには聞こえない音量で囁いた。

 「……続きは、月が一番高くなった頃に。……まだ『回し方』の半分も教えてあげていないもの」

 「……っ」

 タムの背筋に、再びゾクりとした震えが走る。

 「……ちょっと、今なんて言われたの!?」

 リナが詰め寄るが、タムは眼鏡を拭くふりをして視線を逸らした。

 「……いえ。……明日の配送ルートの確認を、と言われただけです」

 「絶対嘘だわ! セレス、今夜はタムの部屋の前で徹夜よ!」

 『了解しました、リナさん! 物理的、魔導的なあらゆる侵入をパッキング(阻止)します!』

 エルフの郷での第一夜。

 タムが手にした「永遠」へのヒントと、女子陣の燃え上がるような独占欲が、静かな森の空気を熱く焦がしていた。

 第39話をお読みいただき、ありがとうございます。

 

 エルフの謡い手・アルウェンによる、濃厚な「循環」のレッスン。

 タムは梱包師としての新たな地平(永遠のオートマタへのヒント)を見出しましたが、同時にリナとセレスという、世界で最も頑丈な「ガード(嫉妬)」を敵に回してしまったようです。

 

 お父様が成し得なかった「魔力の循環」。その答えは、案外、エルフの官能的な指先の中に隠されていたのかもしれません。

 

 次回、第40話。

 郷の長老との対面。そして、アルウェンの囁いた「夜の続き」は訪れるのか?

 一つ目の至宝『原初の粘土』を巡る旅は、エルフの郷の深部へと進みます。

 どうぞ、ご期待ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ