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第38話:共有される覚悟

 精霊の森が突きつけた二つ目の試練。それは、仲間の抱える「魂の痛み」を強制的に共有させられる、残酷な共鳴でした。

 リナの孤独、セレスの恐怖、カイトの重責。

 他人の地獄に飲み込まれ、窒息しかける一行。

 しかし、彼らが選んだのは、痛みを捨てることではなく、共に背負うことでした。

 タムが見守る中、チームとしての真の絆が試されます。

 『鏡合わせ』の試練を越えた先。森の霧は白から、底の見えない深い碧へと色を変えていた。

 一行を待ち受けていたのは、巨大な二本の巨樹が寄り添うようにして作る、生きた「門」だった。そこを通り抜けようとした瞬間、世界から音が消え、視界が歪んだ。

 『……問おう。……お前たちは、一人で歩いているのか。それとも、その荷を分かち合っているのか』

 精霊たちの声は、もはや耳には届かない。それは魂の深層に直接打ち込まれる、鋭い楔だった。

 「……っ!? 何だ、これは……!?」

 カイトが呻き、胸を押さえて膝を突いた。

 『魂の荷分け(ソウル・ソーティング)』。

 それが、森が突きつけた二つ目の試練だった。

 一行の精神が強制的に接続リンクされ、各自が抱える「最も深い傷」が、一つの巨大な濁流となってチーム内を循環し始める。

 「がっ……、あ、あああああッ!!」

 最初に悲鳴を上げたのは、カイトだった。

 彼の脳内に流れ込んできたのは、リナの過去――かつての部下たちに蔑まれ、信じた正義が裏切られ、雪の降る戦場でただ一人、誰にも見られず凍えていた時の「絶対的な孤独」だった。

 勇者の光が届かないほどの、深い、深い、魂の凍土。その寒さに、カイトの精神は急速に体温を奪われ、歯の根が合わぬほど震え上がる。

 「……リナ、お前……、いつもこんな、冷たい場所に……っ! 息が、できない……!」

 カイトの指先が、苦痛に地面を掻き毟る。

 一方で、リナもまた、かつてない絶望の淵に立たされていた。

 彼女に流れ込んだのは、鎧の中のセレスが抱える「消滅への恐怖」だ。

 いつか、この自我がデータの彼方に霧散し、温もりを知った心がただの「鉄の塊」に戻ってしまう。その、暗黒の虚無へと吸い込まれる感覚。

 「嫌……。消えたくない、まだ、ここに……!」

 リナは自分の体を抱きしめるようにして蹲った。それはセレスの悲鳴であり、同時にリナ自身の喉を焼く絶望だった。

 エドワードもまた、老いた顔を歪め、脂汗を流していた。

 「……フォ……。若者たちの……人生は、……これほどまでに、……重いものか……っ」

 数百年を生き抜いた老魔導師ですら、全員の「生きてきた重み」が一度に流れ込む負荷に、魔導回路が焼き切れる寸前まで追い詰められていた。

 誰もが、他人の人生という地獄に飲み込まれ、窒息しかけていた。

 だが、その地獄の中心で、たった一人。

 馬車の手綱を握ったまま、一歩も引かずに立ち続けている男がいた。

 タムだ。

 彼の脳内にも、カイトの重責、リナの孤独、セレスの虚無が、等しく流れ込んでいる。

 義手の魔導銀が、過負荷によって赤く熱を持ち、肉体的な苦痛が神経を焼き焦がしている。

 しかし、タムの瞳に映っているのは、絶望ではなく「数値」だった。

 「……検品、開始。……精神的負荷、想定値内。……魔力の揺らぎ、許容範囲。……各自の覚悟の重量、再パッキングの必要なし」

 タムは、あえて感情を切り離し、梱包師としての冷徹な観察眼でその苦痛を「計量」していた。

 「タム……っ、お前……、平気なのかよ……! こんな、頭が割れそうな……ッ」

 カイトが血の混じった唾を吐きながら、信じられないものを見る目でタムを仰ぎ見る。

 タムは、眼鏡の奥にある静かな双眸を動かし、仲間の惨状を淡々と見下ろした。

 「……平気なはずがありません。……私の義手は、さっきから臨界温度を越えています。……ですが、これは最初から分かっていたことです。……皆さんの人生という名の荷物が、これほど重く、これほど価値があるものであることは。……この程度の重量、予定通りです。……検品(覚悟)は、とっくの昔に終わっています」

 タムは一歩、重圧を押し返すようにして、ぬかるんだ土を踏みしめた。

 「……誰一人、荷解き(リタイア)は許可しません。……この重みごと、私が目的地まで運んでみせます。……ですから皆さん、……その地獄を、しっかりと『抱えて』おいてください」

 タムのその、あまりにも事務的で、けれど絶対的な「信頼」を孕んだ言葉が、崩れかけていたチームの境界線を、辛うじて繋ぎ止めていた。

 だが、試練はここからが本番だった。

 精神のリンクがさらに深まり、個々の意識が完全に一つに溶け合おうとしたその瞬間――。

 リナたちの耳に、仲間の苦悶の声ではない、**「別の何か」**の声が、微かに響き渡った。


 意識が混濁し、自分と他人の境界が溶け落ちていく。

 あまりの苦痛に、カイトの視界は白濁し、握りしめた剣の重さすら忘却の彼方へ消えようとしていた。

 だが、その暗闇を切り裂いたのは、隣で泥に塗れながら、それでもなお消えずにいた「リナの孤独」そのものだった。

 「……っ、ふざけるな……!」

 カイトが吠えた。彼は震える腕に力を込め、無理やり立ち上がる。

 「リナ……。お前、ずっとこんな暗い場所にいたのか。……だったら、俺がその横で焚き火を焚いてやるよ! 俺は勇者なんだ。これくらいの寒さ、俺の光で温めてやるって決めたんだよ!」

 

 それは、痛みを消し去る魔法ではない。ただ、相手の地獄に共に居座るという、無謀なまでの宣言だった。

 その言葉に呼応するように、リナもまた、セレスの虚無を抱きしめたまま顔を上げた。

 「……セレス。あんたがいつか消えるのが怖いなら、私がその記憶を全部刻み込んでおいてあげる。……あんたをただの『物』としてなんか、絶対に扱わせない。……私が、あんたを最高の相棒としてパッキングし続けてあげるわよ!」

 各自が、自分の苦痛を「排除」するのではなく、「受け入れる」覚悟を決めた。

 他人の痛みを引き受けることは、悍ましく、恐ろしい。けれど、それを分かち合った瞬間に生まれる熱が、凍りついた足を一歩前へと踏み出させた。

 「フォッフォ……。まったく、若者たちの熱量には当てられるわい」

 エドワードが杖を突き、震える膝を叩いて立ち上がる。

 「……このジジイも、もう少しだけ……この重荷の片隅を、担がせてもらおうかの」

 タムは、その様子を無言で見守っていた。

 義手からは未だに煙が立ち上り、脳を焼くような数値の羅列は止まっていない。だが、彼の目の前にいる「中身なかま」たちは、もはや彼が手を貸す必要のないほど、強固にパッキングされていた。

 「……配送再開。……全員、その足で歩いてください」

 タムの指示に、誰一人として文句は言わなかった。

 彼らは血の味を噛み締めながら、地獄のような共有意識を耐え抜き、一歩、また一歩と森の深部へと踏み込んでいく。

 その瞬間だった。

 パチン、と糸が切れるような音がして、全身を苛んでいた激痛が嘘のように消失した。

 それと同時に、視界を塞いでいた碧い霧が、まるでカーテンを開くように左右へと割れていく。

 「……え?」

 リナが呆然と声を漏らした。

 そこには、これまで体験してきた「試練の森」の地獄とは、あまりにもかけ離れた光景が広がっていた。

 巨樹の合間に編み込まれたような美しい木造の住居。

 至る所に灯る、魔導具とは異なる柔らかな精霊の灯。

 そして、静謐な空気が流れる広場の中央で、弓を携えた数人の人影が、驚愕の表情で一行を見つめていた。

 「……人が、いる……?」

 カイトが剣を下げ、呆然と呟く。

 

 透き通るような肌と、尖った耳。

 歴史の表舞台から姿を消し、お父様の工廠ですら「希少なサンプル」としてしか扱っていなかった種族――。

 「……偶然とはいえ、とんでもない場所に迷い込みましたね」

 タムが、煤けた眼鏡を拭きながら淡々と告げる。

 「……検品はまだ終わっていませんよ。……ここは、エルフの郷です」

 試練を乗り越えた先に待っていたのは、安息ではなく、未知なる種族との緊張感に満ちた遭遇だった。

 第38話をお読みいただき、ありがとうございます。

 

 各自が自分の力で他人の苦しみを受け止め、地獄に居座る覚悟を決める――。言葉以上に重い「信頼の形」を描かせていただきました。

 

 そして、試練を抜けた先で一行が偶然辿り着いたのは、地図にも載っていないエルフの郷。

 一息つく間もなく、新たな出会いが物語を動かします。

 あの瞬間に聞こえた「謎の声」は何だったのか? それはタムの記憶の底にパッキングされたまま、物語の深層へと沈んでいきます。

 次回、第39話。エルフたちとの奇妙な共同生活(?)が始まります!

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