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第35話:再配達のリスト(極北からの脱出)

 アレスという「完成された絶望」を南の果てへ送り出し、一行は工廠からの脱出を開始します。

 ボロボロになった身体、壊れかけた義手、そして明らかになったセレスの残酷な真実。しかし、極北の雪原で彼らの目に飛び込んできたのは、かつて共に歩み始めた「始まりの霊峰」の姿でした。

 三年前の絶望を乗り越えた今、彼らが手にしたのは逃亡のパスではなく、未来を再定義するための「再配達のリスト」。

 新たな旅の目的、そして「繭」の中に眠る少女リンの真実を抱え、チーム『ラストマイル』は次なる配送ルートへと漕ぎ出します。

 アレスを南の果てへと強制転送し、工廠の最深部で「セレスの設計図」という呪わしい、けれど希望に満ちた真実を手に入れた一行は、限界に近い体を引きずりながら地下通路を抜けていた。

 「……待ってください、カイト。足音が乱れています。……少し、歩度を落としましょう」

 タムが声をかける。彼の右腕――かつて精緻な魔導銀で造られた義手は、アレスとの激闘で外装が剥がれ、内部の魔導回路が剥き出しになって火花を散らしている。タムはその痛みを、まるで他人のことのように冷徹に「パッキング(無視)」していた。

 「……悪いな、タム。お前のその腕の方こそ、もう限界だろうに。……あのアレスって野郎、俺たちの三年間を鼻で笑い飛ばしやがった。……正直、生きてここを出られるなんて思ってなかったよ」

 カイトが、折れた聖剣の柄を握りしめながら自嘲気味に笑った。光の聖剣を全開放した反動で、彼の腕は今も細かく震えている。

 「……笑わせておけばいいわ。あいつには、私たちの三年間がどんな中身ものだったか、これっぽっちも分かっちゃいないんだから」

 カイトの肩を借りて歩くリナが、毅然と言い放った。彼女の纏う黒い鎧は、アレスの衝撃波をまともに受けてひび割れている。だが、その胸元にある魔導核は、かつてないほど温かい鼓動を刻んでいた。

 『……そうですよ、カイトさん。アレスという男は、私たちを設計図通りの「資材」としてしか見ていませんでした。……でも、今の私たちはもう、誰かの書き込んだレシピ通りには動きません』

 鎧の中から響くセレスの声は、以前よりもずっと力強い。彼女はもう、自分が造られた存在であることに怯えていなかった。タムが示した「肉体を取り戻すための旅」という新たな納品書オーダーが、彼女の魂を繋ぎ止めていた。

 一行の後方を守るエドワードが、重い足取りながらも、大きな背負い箱を大切そうに揺らした。

 「……ああ、そうだ。わしらの旅は、これからが本番じゃ。……特に、このお嬢ちゃんをいつまでもこのままにしておくわけにはいかんからのう」

 エドワードの視線の先――彼の背負い箱の中で、銀色の糸が幾重にも重なり合った「繭」が静かに脈動していた。

 リン。カイトやタムと共にこの世界へ召喚され、そのあまりに強大すぎる魔導の才能ゆえに、この世界の「禁忌」に触れてしまった少女。

 精神が壊れ、廃人のようになって雪山を彷徨っていた彼女を、タムが『魔導銀の繭』にパッキングしてから数日が経つ。彼女の脳内に流れ込み続ける「世界の毒」を遮断し、その魂を守るための、タムにしかできない究極の処置だった。

 「……リン様は、この世界の真実を一人で背負いすぎた。……彼女を『開梱(解放)』するには、セレス様の再生と同様に、強力な魔力触媒が必要になるでしょう」

 タムは、工廠の最奥から持ち出した中枢キーを、唯一残った生身の左手で固く握った。

 「……セレス様の肉体、そしてリン様の精神。……二つの重要な『未完の荷物』を抱えての旅になります。……ルートは過酷になりますよ、エドワードさん」

 「フォッフォ、望むところよ。わしの特製狙撃銃も、もう少し改良の余地があるわい。……アレスの野郎が南から戻ってくる前に、まずはこの極北の寒さからおさらばしようじゃないか」

 一行は、工廠の裏口にある貨物搬出用の大扉へと辿り着いた。

 タムが中枢キーを差し込むと、重苦しい音を立てて扉が開き、真っ白な雪原と、どこまでも続く冬の青空が視界に飛び込んできた。

 「……カイト、リナさん。準備はいいですか。……ここから先、私たちの旅は、王国からも、あのお父様からも、アレスからも逃げ隠れしない『公式の配送』となります」

 「ああ。……今度こそ、誰も欠けさせやしない」

 カイトが雪を踏みしめ、先頭に立つ。

 「規律よりも大事なものを、全部パッキングして持って行くわよ!」

 リナが続き、セレスが笑う。

 タムは、最後に一度だけ工廠を振り返った。

 ボロボロの右手、消えたリンの笑顔、そして歪な絆。

 それらすべてを「今、ここにある在庫」として受け入れ、彼は力強く扉を閉めた。

 「……チーム『ラストマイル』、出発です。……最初の目的地、世界樹の根元へ」

 極北の風が、彼らの背中を押し出すように吹き抜けていった。


 ***


 工廠を後にした一行は、膝まで埋まる深雪を掻き分けながら、緩やかな下り斜面を進んでいた。

 背後にそびえる鉄の城塞が、吹雪の向こうに小さくなっていく。アレスという嵐が去った後の雪原は、耳が痛くなるほど静かだった。

 ふと、先頭を行くリナが足を止めた。

 「……見えるわ。懐かしいわね」

 彼女の視線の先、遥か東の空に、雲を突き抜けて輝く白銀の巨峰があった。

 「あれは……霊峰『アイギス』か?」

 カイトが眩しそうに目を細めて問いかける。

 「ええ。私とタムたちが初めて出会った場所よ。……あの時は、まさかこんな異形の鎧を着て、世界を敵に回すような旅をすることになるなんて、夢にも思わなかったわ」

 リナが自嘲気味に、けれどどこか愛おしそうに呟く。

 「フォッフォ、そうじゃったな。あの頃のリナ坊は、今よりもずっと顔が険しくて、絵に描いたような『堅物女騎士』じゃったわい。わしが少し軽口を叩いただけで、今にも首を撥ねそうな勢いで睨んできたもんじゃ」

 エドワードが背負い箱を揺らしながら、楽しそうに笑う。

 「……仕方ないでしょう。あの任務は『音を出さずに戦える騎士』が条件だったんですもの。規律第一の私に白羽の矢が立つのは当然よ。……でも、まさかスカウトに来たのが、得体の知れない老人と、妙に丁寧すぎる口調の梱包師だなんて思わないじゃない」

 『ふふっ、リナさん。あの時のタムさんは、今よりもずっと「無機質」でしたよね』

 リナの胸元から、セレスの懐かしむような声が漏れる。

 『私の魂を三十センチの魔導箱コンテナの中にパッキングして、背中の隙間にぴったり収めて……。冷たい風が入らないように、寸分の狂いもなく梱包の紐を締めてくれたのを覚えています』

 カイトが驚いたように目を丸くした。

 「えっ、セレス。お前、最初はそんなに小さな箱に入ってたのか?」

 「……はい。当時の私の技術では、セレス様の不安定な霊子構造を維持するには、容積を最小限に圧縮し、物理的な衝撃を完全に遮断するしかありませんでしたから」

 タムが、壊れた右手の義手を庇いながら静かに言葉を添える。

 「霊峰『アイギス』に咲く『氷晶花』。その採取任務こそが、私たちの物流ルートが初めて重なった地点でした。リナさんは、セレス様が入った箱を『壊れ物』としてではなく、命として守り抜いてくれた。……だからこそ、私は彼女を検品し、このチームの『守護役』として信頼したのです」

 「……へぇ。俺が騎士団でふんぞり返ってた間に、お前らはそんな極寒の山で、花一輪のために命を懸けてたんだな」

 カイトは遠くに見えるアイギスの山影を見つめ、少しだけ悔しそうに、けれど敬意を込めて鼻を鳴らした。

 「俺たちの旅はバラバラに始まったけど……今は、一つのパッキングに収まってるってわけか」

 「……上手いことを言うようになったわね、カイト。……さあ、湿っぽい話はここまでよ。アレスが戻る前に、まずは人里まで降りるわよ」

 数時間の行軍の末、一行は極北の麓にある小さな宿場町『スノー・ヘイヴン』へと辿り着いた。

 ここは工廠への物資の中継点でもあり、アレスの影響力が微かに及ぶ場所ではあったが、今はそのアレスが不在だ。一行は顔を隠し、古い酒場の隅にあるテーブルを陣取った。

 「……さて。傷の手当ても必要じゃが、まずは次なる配送ルートの確定じゃな」

 エドワードが、机の上に煤けた世界地図を広げた。

 タムが、中枢キーから読み取った情報を地図上の特定の地点へ指し示す。

 「……目標は東の果て、聖域の森に鎮座する『世界樹の根元』。……そこにあるとされる『原初の粘土エーテル・クレイ』を確保します。……問題は、ここからの距離と、立ち塞がる関所です」

 タムが指でなぞったルートには、王国の直轄領がいくつも重なっていた。

 「聖騎士団の検問があるわね。……今の私は、反逆者扱いでしょうし、正面突破は消耗が激しすぎるわ」

 リナが地図を睨みつける。

 「……いえ。リナさん。……逆転の発想で行きましょう。……私たちは『逃亡者』としてではなく、あくまで『特級配達員』として動きます。……エドワードさん、バラムで使っていた『偽造の送りギルド・パス』の予備は?」

 「フォッフォッフォ! 抜かりはないわい! お主がセレスの設計図を検品しとる間に、わしはこの町の伝書鳩ギルドから最新のスタンプをちょいと拝借しておいた」

 エドワードがニヤリと笑い、懐から数枚の公文書を取り出した。

 「……完璧です。……私たちは、お父様直轄の『最重要物資の緊急運送』を装い、王国の街道を最短距離で駆け抜けます。……中身の検品(正体)を疑われる前に、目的地へと滑り込む。……時間との勝負になります」

 カイトが腰の折れた聖剣を見つめ、力強く頷いた。

 「面白そうじゃねぇか。お父様の名前を隠れ蓑にして、お父様の計画をぶち壊すための資材を取りに行く。……これ以上の皮肉はねぇ」

 「……リナさん、セレス様。……そしてカイト。……旅の荷物は、かつてないほど重くなっています」

 タムの視線が、エドワードの傍らで眠る『魔導銀の繭』――リンへと向けられた。

 「……ですが、届かない荷物はありません。……明日、早朝。……世界樹の根元へ向けて、配送を開始します」

 酒場の窓の外、極北の夜空にはオーロラが揺れていた。

 それは、アレスが南から戻ってくる前触れか、あるいは彼らの前途を祝す光か。

 ボロボロになった身体に、安酒の温もりと、新たな希望がパッキングされていく。

 

 チーム『ラストマイル』の新章。

 それは、世界を騙し、神に抗う、前代未聞の「偽装配送」から幕を開ける。

 第35話をお読みいただき、ありがとうございます。

 

 今回は、激闘の後の静かな決意を描く回となりました。

 かつて三十センチの箱に梱包されていたセレスと、規律に縛られていた騎士リナ。霊峰『アイギス』を望む追憶のシーンでは、彼らが積み上げてきた月日の重みが、新参者のカイトにも伝わったことでしょう。

 

 そして、物語は新たな章へ。

 「セレスの肉体再生」と「リンの救済」。二つの重大な荷物を守るため、タムが選んだのは、敵であるお父様の権威を逆手に取った『偽装配送』という大胆不敵なルートでした。

 次回、第36話。

 最初の関所で彼らを待つのは、リナの過去を知る因縁の相手。

 世界を相手取った、嘘と真実のデリバリーが始まります。

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