第34話:強制運送(トランスポート)
本気になったアレスの猛攻により、崩壊寸前のラストマイル。
しかし、彼らが用意していたのは「打倒」だけではありませんでした。エドワードが三年の月日をかけて完成させた「最高傑作」と、梱包師タムの隠された職能が重なる時、戦場に新たなロジックが生まれます。
そして戦いの後、工廠の最深部で一行が目にしたのは、セレスの存在を根底から揺るがす「ある設計図」でした。
工廠の心臓部に、アレスの咆哮が木霊していた。
全身から黒銀色の魔力を噴き上げ、瓦礫を宙に浮かせながら立ち上がるその姿は、まさに怒れる神そのものだ。
「カカカ……! 認めてやると言ったな、タム! 修正だ! 貴様らはもはや、生贄(資材)ですらない! 私の歴史から消去すべき、最大最悪の『不備』だ!!」
アレスが『真理の定規』を振りかざす。空間そのものが悲鳴を上げ、彼を中心とした全ての法則が書き換えられていく。
対するラストマイルの面々は、満身創痍だった。
タムは右腕の義手を失い、全身から立ち上る魔力の煙に包まれている。カイトは光の聖剣を維持できず、膝を突き、リナは鎧のショートによる激痛に喘いでいた。
絶体絶命。だが、その状況下でタムだけが、血に濡れた口元を微かに歪ませた。
「……検品、完了。アレス、あなたの『外装』には、今、明確な亀裂が入りました」
「何だと……?」
「三年前のあなたなら、私の攻撃などパッキングして無効化できたはず。ですが今のあなたは、私の『全在庫解放』を受け、存在の安定性が著しく損なわれている。……物流において、不安定な荷物は『積み替え』の対象です」
タムが背後を振り返らずに叫ぶ。
「エドワードさん! 納品を!!」
「おうよ! 待たせおったな、この化け物めが!!」
ホールの入り口付近、ガラクタの山に隠れていたエドワードが、巨大な魔導狙撃銃――『超空間梱包筒』を担いで姿を現した。
その銃身には、エドワードが三年間、王宮魔導師としての全知識を注ぎ込んで精錬した、深紅に輝く弾丸が装填されていた。
「タム! お主の言った通り、アレスの野郎、魔力の防壁がズタズタじゃ! これなら、わしの特製コンテナも『中身』まで届くわい!!」
アレスの瞳が驚愕に見開かれる。
「……狙撃だと? 貴様ら、最初からこれを狙って……!」
「……二段構え(ダブル・チェック)は基本ですよ、アレス」
タムが静かに、だが重く告げる。
「倒せるなら、それが最良。ですが、あなたの強さが私たちの想定を上回るなら、次点の配送ルートへ切り替える。……それが、ラストマイルの流儀です」
「ふざけるなッ! 貴様ら如きが、この私をどこへ送るというのだ!!」
アレスが地を蹴り、エドワードを目掛けて突進する。その速度は、音速を遥かに超えていた。
「させないわよ……!!」
リナが立ち上がる。鎧の各所からパチパチと火花を散らしながら、彼女は残された全魔力をセレスへと託した。
『セレス、最後の一仕事です! アレスの足を、一秒だけパッキングして!!』
『了解です、リナさん! 概念拘束・最大展開!!』
アレスの足元から、無数の光の鎖が噴き出す。それはダメージを与えるためのものではなく、彼の「座標」をその場に固定するためだけの、純粋な拘束魔導。
「ぬ……おぉぉぉ! 鬱陶しい小細工をォ!!」
アレスが鎖を力任せに引き千切る。だが、その「一秒」が、物流の神髄を分ける決定的な時間となった。
「カイト!!」
タムの声に応え、カイトが最後の力を振り絞って跳躍した。
折れた聖剣の柄を逆手に持ち、アレスの死角からその首筋に「光の楔」を打ち込む。
「……これで、照準は固定だ!!」
アレスの体が、光の楔によって一瞬だけ硬直する。
その瞬間を、エドワードは逃さなかった。
「赤石保、第三の職能――『運送』! エドワード流・特級配送コンテナ、発射ァァ!!」
轟音と共に、深紅の弾丸が放たれた。
それはアレスの『真理の定規』をすり抜け、彼が三年前から一度も他者に触れさせなかった胸の正中へと直撃した。
「……パッキング、受領(受理)されました」
タムが残された右の手のひらを、アレスに向けて突き出した。
弾丸がアレスの体内で弾け、彼を包み込むように巨大な「空間の箱」が形成される。
「な、これは……空間が、私の存在を拒絶して……!? 貴様、私をどこへやるつもりだッ!!」
タムは冷徹に、その配送先を宣告した。
「……現在地、極北。……対極となる配送先は、世界南端、灼熱の砂塵が吹き荒れる『忘却の死海』。……配送料金は、あなたの自尊心で精算済みです」
「タム……貴様ァァァァァァ!!」
アレスの絶叫と共に、空間の箱が急激に収縮し、一筋の光となって南の空へと消失した。
静寂。
あれほど狂暴な魔力を撒き散らしていたアレスの気配が、工廠から完全に消失していた。
「……呼、……ふぅ…………」
エドワードが巨大な銃を投げ出し、その場にへたり込んだ。
「……やったぞ。……わしの造った器が、あの化け物を運び出しおった……」
「タム……」
カイトとリナが、フラフラになりながらタムの元へ歩み寄る。
タムは、アレスが消えた虚空を見つめたまま、静かに呟いた。
「……配送完了。……ですが、これはあくまで『一時的な再配達』に過ぎません。……彼が南の果てから戻ってくるまで、おそらく数時間。……その間に、私たちはこの工廠の真実を『検品』しなければならない」
タムの視線は、工廠のさらに奥、まだ見ぬ「お父様」が待つ最深部へと向けられていた。
アレスを退けた。だが、ラストマイルの本当の目的地は、まだその先にあった。
アレスという巨大な圧力が消え、工廠のホールには静寂が戻った。
カイトがエドワードを、タムがリナの肩を貸し、満身創痍の『ラストマイル』はアレスが吹き飛んだ先の、さらに奥へと歩を進める。
いくつもの隔壁を越え、地下深くのアーカイブへと降り立った一行。そこには、オイルの臭いすらしない、冷徹なまでに整理された「記録室」があった。
「……何なの、ここ。不気味なほど静かじゃない」
リナが、鎧のバイザー越しに周囲を警戒する。彼女は元聖騎士。その鋭い観察眼は、ここにある記録のすべてが「誰かの人生を管理するためのもの」であることを瞬時に見抜いていた。
タムが中央の大型モニター、魔導記憶石の投影機に触れた。
「……検品を開始します。……品名、個別アーカイブ『セレス』」
「! 私の……名前?」
鎧の中から、セレスの驚愕の声が響く。投影されたのは、彼女がまだ伯爵令嬢として穏やかに暮らしていた頃の隠し撮り写真と、その背後に記された膨大な魔力波形のデータだった。
「……セレス様。あなたとお父様に接点はなかったはずだ。だが、この記録を見てください。……日付は七年前。あなたが十歳の頃から、お父様はあなたの魔力特性を『定期検品』していたようです」
「そんな……。私は、お父様に会ったことなんて一度も……」
タムは淡々と、だが残酷な事実をスクロールしていく。
「……お父様にとって、高貴な血筋や魔力を持つ人間は、最初から『天然の資材』に過ぎなかった。……ここにある設計図は、あなたを人間として描いたものではない。……死後、いかに効率的に魂を抽出し、魔導兵器のコアとして『パッキング(固定)』するか。そのための加工手順書です」
リナが、設計図に記された「魂の圧縮率」や「感情の遮断回路」という文字を見て、激しい怒りに肩を震わせた。
「……ふざけないで。セレスはこの三年間、誰よりも人間らしく、私と一緒に戦ってきたわ。規律しか知らなかった私に、笑うことを教えてくれた。それを……資材? 加工手順?」
リナにとって、セレスはかつての騎士団で得られなかった「真の戦友」だった。三年前、偶然にも生き残った二人が、生き延びるために一つの鎧となった。それが、実はすべて「お父様」という発送人が用意していた、予定通りの『部品の組み合わせ』だったという事実。
「……リナさん。お父様は、あなたのことも計算に入れていた」
タムが別の図面を示す。
「……『厳格すぎる騎士』という特性。それは、セレス様という不安定な霊体を制御するための、最も堅牢な『容器』になる。……二人が三年前、あの戦場で出会い、協力することを選んだことさえも……お父様にとっては、上質な資材同士を『同梱』したに過ぎないのです」
『……私は、リナさんと出会えて幸せだったのに……。これも、あのお父様って人の、計算だったの……? 私の心も、リナさんへの信頼も、全部……パッキングされた偽物なの……?』
セレスの声が、今にも消えそうなほど細くなる。
投影された設計図を前に、リナは絶望に沈み、セレスの魂は己の存在意義に震えていた。
だが、タムだけは違った。彼は義手の端子をデータバンクに接続したまま、血走った眼で膨大な文字列を追い続けていた。
「……待ってください、リナさん。セレス様。……パッキングを解くにはまだ早すぎる」
「タム……? 何を言っているのよ。こんな、人を道具扱いするような記録、これ以上見て何になるっていうの」
リナの声には、隠しきれない怒りと悲しみが混じっていた。
「……いいえ。発送人(お父様)の意図は最悪ですが、この『梱包技術』自体に罪はありません」
タムの指が、高速でデータをスクロールさせる。
「……見てください。ここに記されているのは、魂を器に固定するための『接続術式』の極致です。……これがあれば、セレス様の魂を今の『鎧』という仮初めの箱から、血液の通う『生身の肉体』という本来の箱へ……安全に『積み替える』ことが可能になります」
『……え? 身体を……取り戻せる……?』
セレスの声に、わずかな希望が宿る。
「……ただし。この設計図通りに『造る』だけでは、お父様が意図した通りの『意思なき人形(兵器)』に戻ってしまいます。……彼が用意した資材は、どれも代替可能な『安物』ばかりだ」
タムは画面を指差し、検品結果を宣告するように告げた。
「……お父様の設計図をベースに、中身(セレス様)に見合うだけの『最高級の資材』を揃えれば、不備のない完全な復活が可能になります。……それには、この工廠にも存在しない三つの特殊資材が必要です」
タムは、設計図の余白に、新たな「必要資材リスト(オーダーシート)」を書き加えた。
『原初の粘土』:魂の形状を記憶し、肉体を形作るための基礎。世界樹の根元にあるとされる。
『恒星の脈動』:肉体に生命の循環(物流)を促すための永久駆動心臓。
『真実の涙』:人工物と魂を完全に癒着させるための、高純度の魔力触媒。
「……これらを集め、この設計図の術式を『正しく書き換えて』適用すれば、セレス様は再び、リナさんの隣で歩けるようになります。……これは、お父様が意図した『兵器化』へのカウンター……私たちの手による『真の納品』です」
カイトが、タムの肩を叩いた。
「……なるほどな。あいつの遺したクソみたいな計画を、俺たちの手で『希望』に書き換えてやるってわけか。……面白いじゃねぇか、タム!」
リナは、投影されたセレスの設計図をじっと見つめた。
先ほどまでは呪わしい紙屑に見えていたものが、今は親友を救い出すための「地図」に見えていた。
「……タム。その三つの資材があれば、本当に……?」
「……ええ。梱包師として約束します。……セレス様という尊い荷物を、本来あるべき『人間の姿』という目的地まで、必ず私が送り届けてみせる」
『……タムさん……。リナさん……。私……頑張ります。もう一度、リナさんの手で、鎧越しじゃない温かさを感じたいから……!』
セレスの決意に呼応するように、鎧の魔力回路が、これまでになく穏やかで温かい光を放った。
「……パッキング、方針変更です。……工廠の最深部で、この設計図を動かすための『中枢キー』を奪取しましょう。……その後、私たちは世界を巡り、セレス様の身体を取り戻すための資材を回収します」
タムの言葉に、満身創痍だった一行の瞳に、再び強い目的の炎が灯った。
アレスという強敵を退け、お父様の真実を知り。
そこから始まったのは、単なる逃走でも復讐でもない。
失われた一人の少女を「完成」させるための、世界を股にかけた壮大な物流(旅)の始まりだった。
タムが、リナの鎧の胸元に、残された右手を静かに置いた。
「……資材がどこから来たか、どのように用意されたかは、配送の本質ではありません。……三年間、あなたがリナさんを支え、リナさんがあなたを守り抜いた。……その間に積み上げられた『絆』という在庫は、お父様の設計図には一行も記されていません」
リナは、深呼吸をして姿勢を正した。かつての騎士としての誇りと、三年間で培った「セレスとの絆」が、その瞳に強い光を宿す。
「……ええ、そうね。規律よりも大切なものを、私はこの三年間でもう受け取っているわ。……セレス、行くわよ。私たちのパッキングは、あんな男に解かれるほど柔じゃないわ!」
『……はい、リナさん! 私も、もう迷いません!』
第34話をお読みいただき、ありがとうございます。
エドワードとタムによる、物流の意地を懸けた「場外配送」はいかがでしたでしょうか。倒すのではなく「飛ばす」という戦略的な勝利は、まさに彼らならではの決着と言えます。
しかし、その後に明かされたセレスの設計図という真実は、あまりに重く残酷なものでした。
「設計図を書き換え、失われた身体を取り戻す」。絶望を希望へとパッキングし直したタムの言葉が、物語を新たな旅へと導きます。
次回、第35話。一行は工廠を脱出し、三つの至宝を巡る「再生の物流」へと漕ぎ出します。どうぞご期待ください。




