第33話:完成品(アレス)の称賛
極北工廠の心臓部。
そこには、三年前の絶望をそのまま具現化したような男、アレスが待っていました。
修行を経て「最強の配送チーム」となったはずのラストマイル。しかし、アレスの『真理の定規』の前には、光の聖剣も、精密な魔導演算も、まるで子供の遊びのように扱われてしまいます。
「完成品」を自称するアレスの、底知れない暴力。
仲間たちが倒れ伏す中、梱包師タムが選んだのは、自身の命さえも資材とする「禁忌の全解体」でした。
一筋の血が、アレスの顔を伝うとき。
神の如き強者が、初めて「敵」として彼らを認識します。
極北工廠の巨大な正門が、まるで巨大な獣が顎を開くかのように、重々しい金属音を立てて左右に分かれた。
門を潜った先に広がっていたのは、想像していたような血生臭い作業場ではない。そこは、静謐なまでの空気に満ちた、広大な円形ホールだった。壁面には、かつてこの国で失われたはずの古代魔導具や、精緻極まる歯車を覗かせる自律兵器の試作品が、標本のように整然と並べられている。
その空間の中央。山のように積み上げられた、かつて勇者候補たちが使っていたであろう折れた剣や砕けた盾。その「ガラクタの玉座」に、一人の男が不遜に足を組んで座っていた。
「――ハハハハハ! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ、『ラストマイル』!」
男が立ち上がり、両手を大きく広げた。その声はホール全体に反響し、物理的な圧力となってカイトたちの鼓動を叩く。
アレス。
三年前、タムの腕を、リナの肉体を、カイトの誇りを、紙屑のように無造作に引き裂いた、お父様の最高傑作。
「聞こえていたぞ、外の喧騒が! 私が退屈しのぎに配置した掃き溜めの塵どもを、一〇分と経たずに『清掃』してのけるとはな! よもや三年前の壊れかけのゴミどもが、これほどまでに上質な『素材』へと打ち直されて戻ってくるとは、このアレス、感極まって涙が出そうだぞ!」
アレスはニヤリと唇を吊り上げ、愉悦に満ちた瞳で一行を見渡す。その口調は大仰で、どこまでも相手を見下した、強者ゆえの傲慢さに満ちていた。
「アレス……っ!」
カイトが低く唸り、聖剣の柄を握る。その全身から、怒りと共に磨き上げられた光の魔力が溢れ出した。
「よせ、カイト。……検品通りに」
タムが短く制止する。アレスの視線が、そのタムへと注がれた。
「ほう、タム……貴様が一番『ひどい』な。その左腕、その眼光。自らの内側にどれほどの絶望をパッキングすれば、これほどまでに歪な、そして美しい『欠陥品』になれる? お父様が泣いて喜ぶぞ。完成を拒んだ出来損ないが、自ら完成へと近づこうとするその滑稽な足掻きをな!」
「……称賛、痛み入りますよ。ですがアレス。あなたの言う『完成』が、ただの『静止』だというのなら――」
タムが静かに一歩を踏み出す。
「――私たちは今日、その梱包を解きに来た」
「抜かせ! さあ、見せてみろ! 貴様らが積み上げた三年という『努力』という名のガラクタが、私の『完成』にどれほどの傷をつけられるのかをな!!」
アレスの咆哮と共に、戦闘の火蓋が切られた。
先陣を切ったのはカイトだった。
「光刃展開!!」
黄金の光が瞬時に凝縮され、アレスの視界を真っ白に染め上げる。カイトの踏み込みは三年前のそれとは比較にならない。摩擦を「梱包」して消し去った極限の加速が、一瞬でアレスの懐を捉えた。
「死ねッ!!」
聖剣の光刃が、アレスの喉元へと叩き込まれる。
だが。
キンッ、という、硬質な音がホールに響いた。
アレスは避けてすらいなかった。彼は右手の二本の指だけで、熱線そのものであるはずの光刃を「摘んで」止めていた。
「ハハハ! 鋭い! 良いぞカイト! この光の密度……もはや聖剣の枠を逸脱しているな。三年前なら、この指ごと私の首は飛んでいただろう。……だが、足りん! パッキングが甘いのだよ!」
アレスが指先に力を込めると、カイトの光刃がガラスのように砕け散った。
「っ……!? 光を、物理的に砕いたのか!?」
「驚くには値せん! 私にとって、この程度の出力は、ただの『柔らかすぎる包装紙』に過ぎない!」
間髪入れず、リナとセレスが動く。
「出力全開! セレス、最大演算をパッキングして!!」
『了解です、リナさん! 術式『焦熱の檻』、即時展開!!』
アレスの周囲を、巨大な六芒星の魔導陣が包囲する。それはリナの魔力とセレスの演算能力が完全に同期した、極大魔法の「同時梱包解放」だった。
轟音と共に、アレスを中心とした半径十メートルが、太陽の表面にも等しい超高温の業火に包まれる。
「やったか……!?」
カイトが距離を取りながら叫ぶが、爆煙の中から返ってきたのは、相変わらずの不遜な笑い声だった。
「カカカ! 熱いな、実に熱い! リナ、セレス! 二つの魂を一人の女に詰め込むという、タムの悪趣味な『工夫』、私は嫌いではないぞ! 互いの欠陥を補い合い、一つの完成品に近づこうというその執念……素晴らしい、実に見事な工夫だ!」
煙が晴れる。そこには、服の裾すら焦げていないアレスが立っていた。
彼の周囲には、目に見えないほど薄く、だが絶対的な強度を持つ「空間の歪み」が展開されていた。リナたちが放った熱量のすべては、その歪みの中に「パッキング」され、無力化されていたのだ。
「だが、教えなかったか? 二つの不備を合わせても、出来上がるのは『大きな不備』に過ぎんとな!」
アレスが指をパチンと鳴らす。
その瞬間、リナたちが放ったはずの業火が、そっくりそのまま逆流して彼女らを襲った。
「きゃああっ!?」
リナが吹き飛ばされ、セレスの防御障壁が火花を散らす。
「……注文と違いますね、アレス」
その背後。いつの間にかアレスの死角へと回り込んでいたタムが、黒鉄の義手を突き出していた。
「あなたの『完成』。……少しだけ、中身を拝見させてもらいます」
タムの義手がアレスの背中に触れる。
『衝撃梱包――臨界突破』。
タムがこれまでの道中で「在庫」として貯め込んできた、数千、数万の敵から受けた衝撃のすべて。それを一点に凝縮し、アレスという「コンテナ」の内部へと無理やり流し込む。
ドンッ!!
アレスの体が、初めて揺らいだ。
彼の足元の石床が耐えきれずに砕け散り、ホールの壁面に亀裂が走る。
アレスの口端から、一筋の鮮血が伝い落ちた。
「……ハハ。……ハハハハハハ!!」
アレスは血を拭い、ゆっくりと振り返った。その顔は、怒りではなく、狂気に近い歓喜に染まっている。
「面白い……。面白いぞタム! 私の皮膚という、この世で最も堅牢な『外装』を無視し、内部に直接衝撃をパッキングしたか! 貴様、この三年間、どれだけの理不尽をその身に詰め込み、耐えてきた!?」
アレスの魔力が、一気に膨れ上がる。
先ほどまでの「余裕」という名の薄い膜が剥がれ落ち、その下に隠されていた「本物の暴力」が露わになる。
「認めよう、ラストマイル! 貴様らはもはや、ただのゴミではない! 私という完成品に捧げられる、最高級の『生贄(資材)』だ!!」
アレスがゆっくりと腰の剣に手をかける。
「見せてやろう。貴様らがどれだけ箱を磨こうと、どれだけ丁寧に包もうと……その中身が『虚無』であれば、私の前では無に等しいということをな!」
アレスが剣を抜く。ただそれだけの動作で、ホール内の空気が凍りついた。
彼が見せたのは、まだほんの「片鱗」。
しかしそれだけで、カイトたちの本能が「死」という不在届を突きつけていた。
アレスが腰の剣を抜いた。
それは剣と呼ぶにはあまりに異質で、あまりに美しい「銀色の棒」だった。刃もなければ、鍔もない。ただ、そこにあるだけで周囲の空間を歪ませ、光を吸い込むような絶対的な密度を感じさせる。
「見ろ、これが私の愛用品――『真理の定規』だ」
アレスがその銀色の棒を軽く一振りした。
ただそれだけの動作だった。
だが、カイトとリナは反射的に飛び退いた。彼らが一瞬前まで立っていた場所の「空間」が、まるで紙をハサミで切り抜いたかのように、円柱状に消滅していた。風の音すらしない。ただ、存在そのものがそこから「欠落」したのだ。
「避けたか。素晴らしい反応だ! だが、次はどうかな?」
アレスが地を蹴る。速い。三年前の彼ですら、今のラストマイルなら捉えられたはずだった。だが、今のアレスは「移動」という工程すらパッキングして省略したかのような、因果を無視した速度でカイトの眼前に現れた。
「カイト、お前の光は美しい。だが――完成された闇を照らすには、いささか光量が足りん!」
銀色の棒がカイトの腹部を薙ぐ。
カイトは咄嗟に柄から最大出力の光を放ち、それを盾のように固めて防ごうとした。三年前、王女を守り切れなかったあの日の絶望を糧に、三年間一秒も欠かさず磨き続けた、彼にとっての「最強の梱包(防御)」だ。
だが、アレスの『定規』が光の盾に触れた瞬間――。
バリンッ! という、陶器が割れるような乾いた音が響いた。
「なっ……光の盾が、粉々に……!?」
「形あるものは、いつか壊れる。それが不備というものだ。だが私の攻撃は、不備そのものを『修正』する。つまり、消滅させるのだよ!」
衝撃波だけでカイトの体は後方の壁まで吹き飛ばされ、深紅の血が石畳に飛び散った。
「カイト!!」
リナが叫び、漆黒の鎧の全魔導回路を臨界まで回す。
「セレス! 七二〇〇の演算を一点に! 物質崩壊!!」
『やってます! でも、アレスの周囲の空間が……パッキングが固すぎて、術式が入り込めません!!』
リナの両手から放たれた消滅の奔流。だがアレスはそれを左手で受け止め、まるで粘土をこねるように、その強力な魔力の塊を掌の中で「小さな球体」へと圧縮していった。
「リナ、お前の魔法は『丁寧』すぎる。整えられた術式は、一度綻べばただのノイズだ」
アレスが、リナ自身の魔法を圧縮した球体を、彼女に向けて投げ返す。
「しまっ――」
ドォォォォォン!!
自身の魔法による爆発がリナを襲う。セレスが咄嗟に物理防護を最大にしてリナの肉体を守ったが、それでもスーツの各所からパチパチとショートする火花が上がり、彼女は膝を突いた。
圧倒的。
修行を終え、自分たちは強くなったと確信していた。実際、アレスのオートマタ軍団を塵に変えるほどに。だが、目の前に立つこの男は、そもそも「強さの単位」が違う。
「……やはり、中身が詰まっていませんね」
爆煙の中、タムが一人、立ち尽くしていた。
彼の黒鉄の義手からは、自身の肉体を締め上げる「衝撃梱包」の黒い糸が、血管のように噴き出している。
「ほう、タム。まだ立っているか。私の攻撃を『梱包』して、内部で耐えたか? 面白い……実にお前は面白い資材だ!」
アレスが愉快そうに笑いながら、タムに向かって歩み寄る。
「アレス。……あなたの強さは、『他者の否定』に基づいている。……相手を不備と決めつけ、自分だけが完成品であると錯覚している。……だが、物流において一番の不備は何か、知っていますか?」
タムが義手を構え、自身の心臓の位置に右の指先を突き立てた。
「……それは、『代替品が存在しない』ということです。……あなたに代わる存在はこの世界にいない。だからあなたは、自分が壊れることを想定していない。……パッキングに余裕がないんですよ」
「ハハハ! 壊れる? この私がか!? 言ってみろ、壊れかけの梱包師よ! 貴様が、この私をどうやって壊すというのだ!」
タムの指先が、自分の胸元に深く食い込む。
「……お見せしましょう。……『全在庫解放』。……私という資材を、すべて燃やして届ける、最後の配送料です」
タムの全身から、黒い魔力の霧が噴き出した。それは霧というより、あまりに高密度な衝撃の「粉末」だ。三年間、そして先ほどアレスから受けた衝撃のすべてを、自身の命という梱包材で無理やり繋ぎ止め、一つの弾丸へと凝縮していく。
タムの皮膚が裂け、鉄の義手から赤い高熱の光が漏れる。
「タム、やめて! それはあなたの命を――!」
リナの叫びも、今のタムには届かない。
「アレス。……受け取ってください。……これが、三年前の『不在届』に対する、私たちの返答です」
タムの姿が消えた。
アレスの瞳が、初めて驚愕に見開かれる。
「な――速いッ!?」
タムの右拳。それはもはや拳ではない。三年間の執念、仲間への想い、そして自分の人生すべてをパッキングした「質量」そのもの。
アレスは『真理の定規』を盾にしようとした。だが、タムの拳は定規そのものを「梱包」し、その硬度さえも自身の威力の一部として取り込みながら、アレスの胸板へと突き刺さった。
カハッ、とアレスの口から大量の血が噴き出す。
「……ぐ、おぉぉぉぉぉ!!」
アレスの巨躯が、初めて「恐怖」を伴って後方へと吹き飛んだ。ホールの壁を何枚も突き破り、工廠の奥深くまで消えていく。
静寂が訪れた。
タムは、その場に棒立ちのまま、動かない。
彼の左腕の義手は砕け散り、全身から立ち上る魔力の煙が、彼の「中身」が空っぽになりつつあることを示していた。
「……タム! タム!!」
カイトとリナが駆け寄る。
タムは視線を動かさず、虚空を見つめたまま、絞り出すような声で言った。
「……検品……完了。……ですが、まだ……届いていない。……奴は、これしきの衝撃では……『開梱』ない」
工廠の奥。瓦礫の山が弾け飛び、凄まじいプレッシャーがホールへと逆流してくる。
「――カ……カカ……ハハハハハ!! 最高だ! 最高だぞタム!!」
立ち上がったアレスの姿は、ボロボロだった。自慢の服は裂け、胸部には歪な拳の痕が刻まれている。だが、その瞳に宿る光は、先ほどまでの「玩具」を見る目ではない。
「認めよう! お前たちはゴミではない! 私の完成を脅かす、唯一の『不備』だ!!」
アレスの魔力が、黄金から禍々しい黒銀色へと変質していく。
「さあ、始めようか。……ここからは、お遊びではない。……真の『地獄の検品』をな!!」
絶望は、終わらない。
だが、タムの一撃は、確かに「完成品」に亀裂を入れた。
ボロボロになったラストマイルと、初めて本気になったアレス。
工廠の心臓部で、本当の死闘が、今、始まる。
第33話をお読みいただき、ありがとうございます。
アレスの圧倒的な強さ、いかがでしたでしょうか。
光を摘み、魔法をこねる。そんな理不尽なまでの格差を描きましたが、それでもなお、タムの「物流の意地」がアレスに一矢報いる瞬間に全力を注ぎました。
タムが放った『全在庫解放』。これは、彼がこれまでの人生で溜め込んできた「丁寧さ」という名の重圧をすべてぶつけたものです。
しかし、アレスはこれで倒れる男ではありません。むしろ、ダメージを負ったことで彼の「本能」が目覚めてしまいました。
次回、第34話。
本気になったアレスの猛攻。
そして、空っぽになりつつあるタムを救うため、カイトとリナ(&セレス)が、さらなる連携の極致「ラストマイル・パッキング」を披露します!
命を懸けた配送の結末は、果たして。
どうぞ、ご期待ください。




