第32話:死の表参道
極北工廠へと続く、死の表参道。
「お父様」が配置した五〇〇体の廃棄鎧、実体なき水銀騎士、そして丘の上からの超長距離狙撃。
三年前の彼らなら一分と持たずに塵となっていたであろう絶望的な包囲網を、新生チーム『ラストマイル』は冷酷なまでの効率で「処理」していきます。
カイトの黄金の刃が空を裂き、リナとセレスの青い火花が大地を焼き、タムの黒い衝撃が理不尽を飲み込む。
人間であることを辞め、最強の「配送員」へと変貌した彼らの、圧倒的な初陣の記録です。
極北工廠へと続く唯一の街道。かつては王国の巡礼者も通ったその道は、今や「お父様」が創り出した異形の軍勢が跋扈する、文字通りの地獄と化していた。
「……来ますよ。前方から高密度の魔力反応。……敵の在庫(物量)、推定五〇〇」
タムの冷徹な声が、凍てつく空気の中に響く。
視界の先、雪煙の向こうから現れたのは、かつてこの地で命を落とした兵士たちの鎧に、魔導核を無理やりパッキングした自律型オートマタ――『廃棄鎧』の軍団だった。
「五〇〇か。……三年前なら、絶望して逃げ出してた数字だな」
カイトが不敵に笑い、腰の柄に手をかける。
「だが、今の俺たちは『配送期限』にうるさいんだ」
カイトが踏み出す。
「パッキング、展開!」
シュンッ、という高周波の音と共に、柄から黄金の光が噴き出し、一メートル弱の長さに固定される。光の聖剣。
カイトは群れの中に単身飛び込むと、円を描くように一閃した。
かつての剣であれば、鎧を断つたびに衝撃が手に伝わり、速度を殺していただろう。だが、光の刃に摩擦は存在しない。触れた鋼鉄を原子レベルで「開梱(崩壊)」させ、熱線がバターを焼くように滑らかに通り抜ける。
一瞬。カイトの周囲にいた数十体の廃棄鎧が、自重に耐えかねるように崩れ落ちた。
「次は私よ、セレス!」
『了解です、リナさん! 出力、全開!!』
リナが大地を蹴る。漆黒の鎧の背面から、超電導の蒼い火花が噴き出した。
空中に跳び上がった彼女の周囲に、巨大な魔導陣が幾重にもパッキングされる。
「魔導演算、完了。……『精密破砕』!」
放たれたのは、数千もの魔力針。セレスが生成した膨大な熱量を、リナが針の先一点に凝縮し、パッキング。
降り注ぐ光の雨は、廃棄鎧の最も脆い関節部、魔導核の接合部を正確に貫いていく。狙撃の精密さと、絨毯爆撃の広範囲。一〇〇体を超える敵が、一斉に内部から爆発した。
「……素晴らしい連携です。ですが、荷物はまだ積み上がっていますよ」
タムが義手を構える。
地響きと共に現れたのは、巨大な岩石と鉄屑をパッキングした「不備の魔物」――『破砕獣』。身長五メートルを超えるその巨躯が、ラストマイルの進行を阻むように立ち塞がる。
「カイト、リナさん、そのまま直進してください。……こいつの『始末』は、私がやります」
タムは避けることなく、破砕獣が振り下ろした巨大な拳を、左腕一本で受け止めた。
凄まじい衝撃波が周囲の雪を吹き飛ばす。本来なら、タムの腕は千切れ、全身の骨が砕けているはずだった。
だが、タムの肌を、黒い魔力の糸が血管のように走り抜ける。
(……衝撃、梱包完了。……内部在庫へ変換)
タムは、受け止めた拳のエネルギーを、自身の肉体に「パッキング(保存)」した。
「……受取拒否です」
右腕の黒鉄の義手を、破砕獣の腹部へと叩き込む。
保存していた衝撃に、タム自身の義手の出力を上乗せした倍加の打撃。
ド、ォォォォン!!
巨大な破砕獣の巨躯が、内側から弾け飛ぶように粉砕された。
「……さて、ルートの清掃を続けましょうか」
タムは返り血を拭うこともなく、再び歩き出す。
だが、街道はまだ長い。
廃棄鎧の群れを越えた先には、空を覆い尽くすほどの『翼刃兵』――魔導機を翼に変えた人工の怪鳥たちが待ち構えていた。
「カイト! 上よ!」
「わかってる! リナ、背中を貸せ!」
「ええ、最高の土台をパッキングしてあげるわ!」
リナがリフトアップするようにカイトの足を支え、セレスが推進力をブーストする。
空高く射出されたカイト。その黄金の光刃が、冬の曇り空を切り裂くように奔った。
空を埋め尽くした『翼刃兵』の残骸が、鉄の雨となって降り注ぐ。
だが、カイトが着地した瞬間、街道の先から不気味なほどの「静寂」が押し寄せてきた。
「……来るぞ。今までの『廃棄物』とは、パッキングの密度が違う」
エドワードが背負い箱から巨大な魔導望遠鏡を取り出し、眉をひそめた。
雪原の向こうから現れたのは、半透明の銀色に輝く液体金属で構成された人型――特化型オートマタ『水銀騎士』の精鋭部隊だった。
彼らには実体がない。物理的な打撃はすり抜け、魔法もその流体ボディに拡散されてしまう、対人戦闘における「詰みの解答」の一つだ。
「カイト、下がれ! お前の光刃でも、核を捉えなきゃ空振りに終わるわ!」
リナが前に出るが、水銀騎士たちは一瞬で液体状に崩れ、波のようにリナを包囲せんと迫る。
「……注文通りですね。エドワードさん、例の『急速冷却材』を」
タムが冷静に指示を飛ばす。
「おうよ! 特製の『絶対零度梱包』、受取りやがれ!」
エドワードが投げつけたのは、一見するとただの銀色の円筒形コンテナだった。
タムが義手でそれを空中で掴み、水銀の波のど真ん中へ叩きつける。
「開梱!」
その瞬間、コンテナにパッキングされていた超低温の冷気が爆発的に解放された。
一瞬で周囲の水分が凍りつき、流体だった水銀騎士たちは、蠢く姿勢のまま「銀色の彫像」へと凍結・固定される。
「今よ、セレス! 構造解析完了、共振粉砕!!」
リナが凍りついた騎士たちの中心に掌をかざす。セレスが鎧の出力を一気に振動エネルギーへと変換した。
パリンッ、という硬質な音と共に、数十体の水銀騎士が砂のように砕け散った。
『リナさん、ナイスパッキングです! ……でも、休む暇はありませんよ! 四時の方角、二キロ先から超高出力の熱反応!』
セレスの警告と同時に、遠方の丘から極太の熱線が放たれた。
超長距離狙撃型オートマタ『陽炎眼』。アレスが「侵入者を一歩も近づかせない」ために配置した、表参道の番人だ。
「……逃がしません。カイト、リナさん、私の影に隠れてください」
タムが前に出る。彼は避ける素振りも見せず、迫りくる熱線に対して右の義手を突き出した。
「……衝撃、及び熱量。……一括パッキング」
本来なら蒸発してもおかしくない熱線が、タムの義手の前に展開された「黒い魔力の渦」に吸い込まれていく。タムの全身が赤く熱を帯び、血管が浮き出る。
「……あ、が…………っ!」
「タム!」
カイトが叫ぶが、タムは踏み止まる。自身の肉体を「高圧コンテナ」とし、本来なら一キロの範囲を焼き尽くす熱量を、その小さな体内に無理やり押し込めたのだ。
「……リナさん。……射出台を」
タムの絞り出すような声に、リナが即座に反応する。漆黒の鎧の脚部が変形し、タムを前方に弾き飛ばすための電磁加速レールを形成した。
「行って、タム!!」
『ブースト、全開!!』
リナの加速と、タム自身の義手から噴き出す推進力。
タムは一筋の黒い流星となり、二キロの距離を一瞬で詰め、丘の上の狙撃兵の眼前に現れた。
「……先ほどの熱量、……利子を付けて返却します」
タムの右拳が、保存していた全エネルギーを解放する。
『崩壊梱包』。
丘そのものを消滅させるほどの巨大な火柱が上がり、陽炎眼は塵一つ残さず消滅した。
爆煙の中から、タムが静かに歩いて戻ってくる。その右腕からは、過負荷による火花が散っていた。
「……ふぅ。……これでおおよその『障害物』は排除しました。……検品を続けます」
カイト、リナ、セレス、エドワード。
そしてタム。
三年前は逃げることしかできなかった道に、今や累々とオートマタの残骸が積み上がっている。
「……なあ、タム。俺たち、本当に強くなったんだな」
カイトが光の聖剣を収め、遠くに見える『極北工廠』の巨大な門を見据えた。
「いいえ、カイト。……私たちはまだ、荷造りを終えたばかりです」
タムは義手を修復しながら、かつてないほど鋭い眼差しを向けた。
「門の先……。そこには、アレスが丹精込めてパッキングした『地獄』が待っていますから。……気を引き締めなさい。ここからが本当の『ラストマイル』です」
一行は、累々たる鉄の死骸を乗り越え、ついに工廠の正面へと辿り着く。
巨大な門が、重苦しい音を立ててゆっくりと開き始めた。
第32話をお読みいただき、ありがとうございます。
ラストマイルの連携、いかがでしたでしょうか。
個々の強さはもちろん、エドワードの特殊冷却材やリナの加速レールといった、チーム全体での「物流ロジック」による戦闘描写を詰め込みました。
物理無効の敵や狙撃兵といった厄介なギミックを、タムの「衝撃梱包」が力技で解決していく様は、まさに修行の成果と言えるでしょう。
しかし、表参道の敵をこれほど鮮やかに全滅させたことで、奥に潜むアレスもまた、彼らの「成長」を確信したはずです。
次回、第33話。
工廠の門を潜った先に広がるのは、アレスが支配する鉄と血の工房。
そこで一行を待っていたのは、三年前よりもさらに冷酷に、さらに美しく磨き上げられたアレス本人でした。
再配達の受取人との、再会の時。
どうぞ、ご期待ください。




