第30話:長期在庫の再設計(リビルド)
城塞都市バラムの地下。
そこには、かつて「勇者」と呼ばれた少年も、「魔導師」と呼ばれた少女もいませんでした。
あったのは、梱包師タムによる、徹底的な「自己の解体と再設計」の日々。
カイトは折れた聖剣を「光の刃」へとパッキングし、リナとセレスは一つの「生ける鎧」として対話を深め、エドワードは誇り高き魔法を「兵器の整備」へと注ぎ込みました。
そして、タム自身もまた、人知れず自分の肉体を「衝撃を包み込むコンテナ」へと造り替えていました。
三年の月日が満ち、扉が開くとき。
人間であることを辞め、最強の「配送チーム」へと変貌した彼らの、反撃の火蓋が切って落とされます。
城塞都市バラムの地下、封印指定演習場。
三年の月日は、かつて「希望の旅」を謳歌していた少年少女たちの面影を、跡形もなく削り取っていた。そこにあるのは、血と鉄、そして焦げた魔力の臭いだけが漂う、閉ざされた「工場」の風景である。
「エドワードさん! 第三回路の熱伝導率が落ちています! 再パッキングをお願いします!」
漆黒の防護外装を纏ったリナが叫ぶ。彼女の鎧の各所からは、オーバーヒート一歩手前の青白い蒸気が噴き出していた。
「やかましいわい! 今、カイトの『柄』の圧縮弁を調整しておるんじゃ! 順番を待て!」
工房の隅から怒鳴り返したのは、かつての賢者の面影を完全に失った、煤まみれのエドワードだった。
彼はこの三年間、一度も髭を剃らず、一度もまともにベッドで眠っていない。タムが設計図を書き、エドワードがそれを形にする。高潔な王宮魔法など、ここでは何の役にも立たない。彼がやっているのは、魔力という荒れ狂うエネルギーを、いかに「漏らさず、効率的に、残酷なまでに凝縮して箱(兵器)に詰めるか」という、魔法の解体作業だった。
「……よし、カイト! 受取れ! 逆流抑制を強化した。これなら、お主の無茶な魔力供給でも、柄が爆発することはないわい!」
エドワードが放り投げたのは、黒い包帯が巻かれた、飾り気のない一本の「柄」だった。
カイトはそれを空中で掴み、即座に構える。
「……パッキング、展開!」
カイトが魔力を流し込むと、折れた聖剣の断面から、視界を焼くほどの黄金の光が噴き出した。だが、その光は以前のように霧散することはない。タムから教わった【空間梱包】の意識。カイトは溢れ出す光を、長さ一メートルほどの透明な「檻」に閉じ込め、物質的な実体を持つまでの密度へと圧縮した。
シュン、という高周波の音が地下室に響く。
それは、折れてなお輝きを失わない、純粋なエネルギーの刃――「光の聖剣」だった。
「……タム、見てろよ。今度こそ、届けてやる」
カイトが踏み込む。かつての勇者のような大振りの剣筋ではない。最短距離を、最小の予備動作で。光の刃が石壁を掠めた瞬間、そこには切り口さえも蒸発した、完璧な「破壊」の痕跡が刻まれた。
「……いいでしょう。速度は及第点です」
演習場の隅で、腕を組んでそれを見守る男がいた。
タムだ。
彼の右腕は、三年前の瓦礫の腕とは比較にならないほど、精密かつ強固な「黒鉄の義手」へと更新されている。エドワードが心血を注いで造り上げた、梱包師専用の最高級資材。
タムは、リナとカイトの動きを検品するような冷徹な眼差しで見つめながら、手帳にデータを書き込んでいく。
「リナさん、お嬢様。……二人の同期に〇・〇二秒の遅れがあります。セレスお嬢様の熱量を、リナさんの神経系が『拒絶』している。……もっと深く、お互いをパッキングしなさい。個としての意識を捨て、一つの『事象』になりなさい」
『タムさん、言われなくてもわかってますよー! リナさん、もう一度です! 私が全出力を回しますから、リナさんは照準だけに集中して!』
鎧の中から響くセレスの声は、以前よりもずっと重厚で、戦士の響きを帯びていた。
「わかってるわ、セレス。……エドワード、次の演習用に『標的』をパッキングしておいて。今の私たちは、前の私たちじゃない……。止まったら、そこで納期が終わるのよ」
エドワードは、ふんと鼻を鳴らした。
「やれやれ……。わしも、王宮を追い出された時はどうなるかと思ったが……。まさか、この歳で『化け物の巣作り』を手伝うことになるとはな」
彼は再び溶接機を手に取り、眩い火花の中に消えていった。
三人の修行は、苛烈を極めた。
だが、その指導を行うタムだけが、自らの戦う姿を一切見せていなかった。
カイトは時折、不安に思うことがあった。
「タム……あんた、自分はどうなんだよ。俺たちを鍛えるのはいいけど、あんたは戦えるのか?」
タムは、薄く、どこか歪な笑みを浮かべた。
「……心配には及びません。……私は、夜間に『自主的な残業』をこなしていますから」
地下演習場の灯りが落ち、カイトやリナたちが泥のような眠りに就いた深夜。
静寂に包まれた工房の片隅で、たった一人、自らの肉体を「検品」し続ける男がいた。
梱包師、タム。
彼は上半身を脱ぎ捨て、エドワードが造り上げた大型の魔導固定台に自らの体を縛り付けていた。
「……さて。今日の分の、パッキングを始めましょうか」
タムが黒鉄の義手を操作すると、その指先から細く、鋭い黒銀の針が数本突き出した。彼はそれを躊躇うことなく、自分の左腕、そして脇腹の肉へと深く突き刺した。
「――っ、ぐ、…………!!」
声にならない絶叫がタムの喉を焼く。
彼が自分に施しているのは、カイトやリナに教えたような「技術」ではない。自らの筋肉、骨格、そして内臓の配置を、梱包師の魔力糸で「物理的に締め上げ、固定する」という、常軌を逸した自己改造だった。
アレスという暴力の最高傑作。その一撃は、人間の肉体という「柔な容器」では受け止めることすら叶わない。
ならば、自分自身を「衝撃をパッキングするための高圧コンテナ」に造り替えるしかない。
タムは、自分の肋骨を魔力糸で補強し、心臓の鼓動さえも一定の圧力下に「梱包」した。これにより、彼はアレスの一撃を受けても内臓が破裂することなく、その衝撃を「内部在庫」として一時的に保存し、次の打撃へと上乗せして撃ち返すことが可能になる。
「……私は、配送員にはなれない。……ですが、この世界に……届けられない荷物など、あってはならない」
三年間、彼は毎夜この激痛に耐え続けてきた。右腕の欠損という「不備」を、全身を梱包材へと変えることで克服し、むしろ人知を超えた「物流の化け物」へと昇華させていたのだ。
やがて、運命の朝が訪れる。
バラムの北門。三年前、ボロボロの姿で辿り着いたあの日と同じように、冷たい風が吹き抜けている。
門の前に立つ一行の姿に、門番たちは言葉を失い、後退りした。
先頭に立つのは、カイト。
かつての勇者の甲冑は捨て、軽快な黒の旅装を纏っている。腰にあるのは、光の刃を閉じ込めた「柄」のみ。だが、その佇まいは、鞘に収まった抜き身の刀のような鋭さを放っていた。
その隣には、リナ。
漆黒の防護外装は、今や彼女の一部となっていた。リナが歩くたびに、鎧の隙間から「セレスの気配」が青い光となって溢れ出す。
『タムさん、準備はバッチリです! 私たち、もう「荷崩れ」なんてしませんから!』
鎧から響くセレスの声は、以前よりもずっと重厚で、かつ自信に満ち溢れていた。
そして、それらを背後から見守るエドワード。
「ふん、この三年の間に、わしの最高傑作がどれだけ通用するか……。アレスという男に、特大の請求書を叩きつけてやらんとな」
彼は、タムが持ち込んだ巨大な「配送用背負い箱」を背負い、不敵に笑った。
最後に、タムが静かに一歩前へ出た。
彼の見た目は、三年前よりもさらに「普通の男」に近づいていた。狂気や殺気を、すべて内側にパッキングし尽くした証だ。
「検品、オール・グリーン。……長期在庫の期間は終わりました」
タムは、白く煙る北の平原を見つめた。
「これより、アレスという名の『物流障害』を排除し、お嬢様という荷物を、完全な形へと配送します。……カイト、リナさん。配送ルートの確保を」
「了解だ、タム!」
「……ええ、道は私たちがパッキング(制圧)してみせるわ」
カイトが柄に手をかけ、一瞬で「光の刃」を顕現させた。
リナの鎧が激しく明滅し、セレスの魔力が大気を震わせる。
かつてすべてを奪われた雪原へ。
欠陥品と呼ばれた者たちが、世界で最も過酷な「再配達」を開始した。
第30話をお読みいただき、ありがとうございます。
三年にわたる地獄の修行編、完結です。
カイトの「光の聖剣」、リナとセレスの「生ける鎧」、エドワードの「狂った整備魂」、そしてタムの自らをコンテナ化する「自己パッキング」。それぞれが人間であることを辞め、アレスという絶望を打ち砕くための「凶器」へと変貌を遂げました。
しかし、牙を研ぎ終えた彼らに必要なのは、今度は心を整える時間かもしれません。
次回、第31話。
一行は寄り道をせず、最終目的地『極北工廠』を真っ直ぐに目指します。その道中、中継地点として立ち寄るのは、山あいにひっそりと佇む登山者用の小さな宿場町。
三年間、地下の暗闇で鉄と魔力にまみれてきた彼らにとって、それは久しぶりの外の空気と、束の間の休息となります。
変わり果てた彼らが、穏やかな時間の中で何を感じ、何を語るのか。
嵐の前の静けさのような、優しいひととき。
どうぞ、ご期待ください。




