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第3話:梱包されたお嬢様は「不審物」ですか?

お読みいただきありがとうございます。

ついに『帰らずの森』からの脱出を試みるタムたち。

しかし、そこは名に違わぬ魔境でした。

慣れない連戦、そして初めて訪れる「限界」。

梱包師としての意地と、腕の中に抱えた消えゆく命の重み。

タムがその身を削って掴み取る、街への第一歩をぜひ見届けてください。

 深い。あまりにも深すぎる。

 『帰らずの森』という不吉な名は、決して虚飾ではなかった。

 タムがセレスの入った「箱」を抱え、エドワードと共に歩き出してから、かれこれ数時間が経過していた。その間、平穏な時間は一分としてなかった。森は、侵入者を逃がすまいとする意志を持っているかのようだった。

「……また来ます! 右、木の上です!」

 タムの叫びに合わせ、エドワードが鋭く杖を振る。

 頭上から襲いかかってきたのは、体長二メートルを超える巨大な毒蜘蛛『タランチュラ・ギガス』だった。エドワードの放つ火球がその胴体を焼き払うが、次から次へと茂みの奥からカサカサという不気味な足音が響いてくる。

「タム殿、下がって! 奴らは群れで動く!」

 エドワードの戦いは、まさに熟練の技だった。彼が杖を一振りするたびに、空気が震え、幾何学的な魔法陣が展開される。そこから放たれる業火や衝撃波は、本来なら軍隊一つを相手にできるほど高密度なものだ。

 だが、先ほどの襲撃で負った疲労と、何よりお嬢様を守らねばならないという極限のプレッシャーが、老いた彼の肩を重く沈ませていた。

 タムは、戦えない自分を呪った。自分にできるのは、抱えたセレスを守ること。そして、迫りくる個体を「梱包」して無力化することだけだ。

「……梱包パック!」

 タムが手をかざすと、指先から走る光の帯が、飛びかかってきた蜘蛛を空中で捕らえ、透明な立方体へと閉じ込める。

 一回、二回、三回……。

 最初はスムーズだった。だが、十回を超えたあたりから、タムの体に異変が起き始めた。

(……なんだ、これ。急に、頭が重い……)

 肺が焼けるように熱い。心臓は爆音を立て、視界の端がチカチカと明滅し始める。

 タムは知らない。今の彼が、この世界の人間が言うところの『魔力枯渇マナ・ドレイン』という、死の一歩手前の状態にあることを。

 ただのサラリーマンだったタムには、魔力なんて概念はわからない。ただ、ひたすら激しい「貧血」と「立ちくらみ」が同時に襲ってきたような感覚に、必死で耐えるしかなかった。奥歯を噛み締めすぎたのか、口の中に鉄の味が広がる。

 そんな時、森の空気が一変した。

 カサカサという蜘蛛の足音が止まり、静寂が訪れる。だがそれは安息ではなく、より強大な「捕食者」の登場を告げる沈黙だった。

 森の出口を塞ぐように、これまでとは比較にならないプレッシャーを放つ個体が現れた。

 影のように真っ黒な、双頭の豹。森の守護者とも呼ばれる『影豹シャドウ・パンサー』だ。

 影豹が低く唸ると、周囲の空間が歪んだように見えた。影から影へと音もなく移動するその姿は、物理法則を無視している。

 エドワードの顔が引き攣る。

「……まずい、ここでコイツが出るか……! タム殿、お嬢様を抱えて走れ! ここは私が――」

「無理ですよ、置いていけるわけないだろ!」

 タムはふらつく足で前に出た。

 豹が動いた。一瞬、姿が消えたかと思うと、タムの目の前に双頭の牙が迫っていた。エドワードが咄嗟に放った防護壁を、豹は鋭い爪の一撃でガラス細工のように粉砕する。

「ああ、クソ……包め……! こいつを包まなきゃ、全部終わるんだ……!」

 タムは、意識が真っ白になりそうなのを、自身の魂を削り出すような感覚で食い止めた。

 脳内にある「梱包」のインターフェースが、警告を発するように赤く明滅する。

 

『――魔力供給不安定。強制圧縮モードを開始します』

 その瞬間、タムの全身から、これまでとは質の違う眩い光が溢れ出した。

 光の帯は、影豹を完璧な立方体へと閉じ込め――そのまま、タムの荒い呼吸に同期するように、極小のサイズまで一気に圧縮された。

 パチンッ、という、空間が弾けたような軽い音。

 あとに残ったのは、地面に転がるサイコロほどの黒い結晶だけだった。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 タムはその場に膝をついた。鼻から、熱い液体が滴り落ちる。鼻血だ。

 意識が遠のく中、脳内に直接セレスの声が響いた。

『……もう、やめて、タムさん……。……私のために、あなたが壊れてしまう……』

「……平気、ですよ……。梱包師は……荷物の、無事が……最優先、ですから……」

 タムは掠れた声で笑い、なんとか立ち上がった。

 ようやく木々の隙間から、森の外の眩しい光が見えていた。

 ***

 森を抜け、ようやく見通しの良い街道へ出たところで、一行はしばしの休息を取った。

 タムの様子を観察していたエドワードは、その表情を驚愕に染めていた。

「タム殿……君のその体、一体どうなっているんだ」

「……どう、とは?」

「君の魔力回路だよ。今の戦いで、君は少なくとも上位魔導師数人分に匹敵する魔力を短時間で放出した。本来なら、人間なら即死……良くて廃人になるレベルだ。だが君は、鼻血を出してふらついているだけで済んでいる」

 エドワードはタムの手首を掴み、その脈動を確認する。

「……枯渇しているのは間違いない。だが、君の魂そのものが、周囲の大気から無理やり何かを引き寄せて補填しようとしている……。そんな『梱包』の使い方は、歴史上のどの英雄譚にも載っていないぞ」

「……俺には、魔力とか難しいことは分かりませんよ。ただ、無理に詰め込もうとすれば、どこかが軋む。それだけのことです」

 タムは自嘲気味に答えたが、エドワードの懸念は深まるばかりだった。この青年が、自覚のないままに「世界の理」を削って奇跡を起こしているのだとしたら、その代償はいつか取り返しのつかない形で現れるのではないか。

 街道をさらに歩くと、地平線の先に巨大な石造りの城壁が見えてきた。

 城塞都市バラム。

 タムは、布で厳重に包んだ「箱」を腕に抱き直し、再び歩みを進めた。

 一歩歩くごとに、頭痛がひどくなる。

 特に、腕の中にあるセレスの「箱」から伝わってくる異常な圧迫感が、タムの精神を削り続けていた。森での連戦を経て、タムはスキルの「差」を肌で感じていた。

(……あの豹も、巨大蜘蛛も、豆粒みたいにできた。なのに……)

 セレスを包んだこの箱だけは、どれほど強く念じても、一辺三十センチメートル程度で「見えない壁」に突き当たったように止まってしまう。

 それ以上縮めようとすると、箱の中から凄まじい熱量のようなものが逆流し、タムの脳を直接殴りつけてくるのだ。

(彼女自身のせいじゃない。……あの傷口から出ていた、紫色の光だ。あいつが、俺のスキルを内側から押し返してやがる)

 あの豹をも子供扱いするような、この呪いは強大で、異質だ。

 タムはそれを、腕に伝わる「反発」の強さだけで理解していた。

『……タムさん、ごめんなさいね。私、わがままで重たい荷物でしょう?』

 脳内に、セレスの申し訳なさそうな念話が響く。

「……気にしないでください。これくらい、仕事で運んでた割れ物注意の段ボールに比べれば軽いもんです」

『ふふ、嘘つき。……あなたの呼吸、さっきからずっと浅いわよ。……緊張してるのね?』

「そりゃそうですよ。不審者だと思われて、中身を確認されたら一貫の終わりだ」

 都市の正門には長い検問の列ができていた。

 エドワードは伯爵家の紋章旗を隠し持っているが、今はそれを出せない事情があった。お嬢様を狙った黒幕が街の中に潜んでいる可能性があるからだ。

 つまり、タムたちは「ただの旅人」として、この怪しい立方体を抱えたまま門を突破しなければならなかった。

 ついに彼らの番が来た。

 銀色の胸当てに身を包んだ、恰幅の良い門番が、鋭い視線で一行をねめつける。

「おい、次だ。……そこの老人と、妙な格好の若者。身分を証明できるものを出せ」

 エドワードが「私は旅の薬師で、この者はその助手です」と書類を差し出す。門番はそれを乱暴に受け取り、ジロジロと眺めた後、タムの腕にある布包みに目を留めた。

「……そっちの四角い包みは何だ。見せろ」

 タムの心臓が、耳元で鳴っているかのように激しく打った。

「これは……その、割れ物で。非常に高価な薬草の触媒なんです」

「触媒? 妙に角張っているな。……おい、布をどけろ。確認させてもらうぞ」

 門番がタムの腕に手を伸ばす。

 タムは反射的に箱を抱きしめ、一歩退いた。

『タムさん、落ち着いて……。……箱の表面に、意識を向けて。……私が、少しだけ細工をするわ……』

 セレスの静かな声が、パニック寸前のタムを繋ぎ止めた。

 タムは言われるがまま、箱を包む「梱包の膜」に意識を集中させた。すると、透明だった箱が、彼女の魔力に反応して、一瞬で不透明な曇りガラスのような質感に変貌した。

「……中身を見せろと言ったんだ。聞こえないのか!」

 門番が強引に布を剥ぎ取る。

 現れたのは、淡い光を放つ不透明な、ただのクリスタルの塊に見える代物だった。

「これは……ただの石か?」

「……はい。中には、鮮度を保つための特殊な溶液が入っています。光に当てすぎると中身がダメになってしまうので、こうして不透明にしているんです」

 タムは、前世で培った口上を思い出しながら、必死に言葉を絞り出した。門番が疑わしげに目を細める。

 そこへ、エドワードが熟練の動作で、門番の手元に数枚の銀貨を滑り込ませた。

「役人殿。この若者は修行中の身でしてね。どうか、この年寄りに免じて……」

 門番は銀貨の重さを確かめると、ふん、と鼻を鳴らした。

「……チッ、近頃の薬屋は苦労するな。行け! 次がつかえてるんだ!」

「……あ、ありがとうございます」

 タムは足の震えを隠しながら、エドワードと共に門をくぐり抜けた。

 人混みに紛れ、建物の影に入ったところで、タムは大きく息を吐き出した。

 鼻血を袖で拭い、もう一度セレスの箱を抱きしめる。

『……お疲れ様、タムさん。……素晴らしい対応だったわよ』

「……対応じゃありませんよ。本当に、死ぬかと思いました」

 タムは、不透明になった箱を見つめた。

 腕に伝わる強烈な反発。

 森で倒したどんな魔物よりも凶悪な何かが、今も箱の中で暴れている。

 

「……エドワードさん。急ぎましょう。……もう、俺の腕が保ちそうにない」

 タムは、自分の限界を予感していた。

 活気に満ちたバラムの街並みを、タムは朦朧とする意識で突き進んでいった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

森の守護者すら「梱包」してしまったタムですが、本人は魔力切れを「ひどい立ちくらみ」程度に思っています。この無自覚な危うさが、エドワードだけでなく筆者としても心配なところです……。

そして何とか辿り着いた城塞都市バラム。

セレスの機転とタムの口上で検問を抜けましたが、箱の中の「反発」は刻一刻と強まっています。

果たして、街の治癒師たちは彼女を救うことができるのか?

それとも、さらなる試練が待ち受けているのか……。

少しでも「タム、休ませてあげたい」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆を★★★★★に!)で応援いただけると、執筆の速度がぐんと上がります!

次回、第四話「解けない梱包」。

物語はさらに核心へと迫ります。お楽しみに!

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