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第29話:禁忌の共鳴(リ・パッキング)

 絶望の三日間。城塞都市バラムの地下で、一行は命の灯火が消える瞬間を待っていました。

 しかし、帰還した梱包師タムが提示したのは、平穏な死ではなく「禁忌の共生」でした。

 魂を失いゆくセレスと、魔力を焼かれたリナ。

 二つの欠陥品を、一つの漆黒の外装スーツへと包み上げる、梱包師の執念の極致。

 「二人で一つ」の力を手に入れた少女たちと、己を廃材に変えた男、そして誇りを折られた少年。

 アレスという絶対的な「完成品」に挑むため、彼らは人間としての人生を捨て、最強の「凶器」へと自分たちを再設計する日々へと身を投じます。

 聖カトリーヌ治癒院の地下。そこはかつて、重罪人を解剖し、魔力の根源を解明するために使われていたという曰く付きの場所だった。清潔な白を基調とした地上の診療室とは対照的に、湿った苔の匂いと古びた魔導具の錆びた臭いが充満している。

 中央に据えられた冷たい手術台。その上に横たわるリナの体は、もはや生きている人間というより、壊れかけた精巧な人形に近かった。肌は青白く透け、全身の毛細血管はアレスによって叩き込まれた「否定の魔力」によってどす黒く浮き出ている。

 その隣には、無残にひび割れたセレスのポッドが、最後の呼吸を刻むように弱々しく明滅していた。

 「カトリーヌさん。……執刀は私がやります。貴女の治癒魔法は、今は『生命の維持』だけに集中させてください」

 タムの声が、地下室の冷たい壁に反響した。その声には、一切の迷いも、あるいは人間的な躊躇いすらも含まれていなかった。

 カトリーヌは、王国有数の治癒師としてのプライドをかなぐり捨て、ただ震える手で法衣を握りしめていた。

 「タム……貴方のやろうとしていることは、魔導の倫理を超えているわ。死にゆく者の魂を、生きながら回路を焼かれた者の肉体に縫い合わせるなんて。それは救済じゃない、永遠の呪いになりかねないのよ」

 「呪い、結構です。……納期を破る屈辱に比べれば、呪いなど安い資材だ」

 タムが右腕を持ち上げた。

 そこにあるのは、もはや人間の腕ではなかった。神殿の廃材、アレスとの戦いで砕けたレアメタルの破片、それらをタム自身の血と魔力で強引に凝固させた「瓦礫の義手」。指先が動くたびに、錆びた金属が擦れ合うような嫌な音が周囲に響く。

 タムは、左手でセレスのポッドから「核」を取り出した。

 アレスに踏み潰され、熱変性を起こしたレアメタル。かつては究極の純度を誇った超電導の心臓も、今はどろりと溶けた鉛のような不気味な光を放っている。

 「お嬢様……痛いでしょうが、我慢してください。……貴女を、最高の『梱包材』として再定義します」

 タムの義手から、漆黒の魔力の糸が噴き出した。

 それはかつての彼が使っていた、荷物を優しく守るための透明な膜ではない。対象を束縛し、因果をねじ伏せ、物理的な法則を強制的に書き換えるための、黒ずんだ「概念の針」だった。

 「リナさんの回路が死んでいるなら、お嬢様の魂を『外部動力源』として接続する……。お嬢様の魂そのものを、リナさんを包む生きた外装へとパッキングする。……これより、禁忌工程『共鳴梱包』を開始する」

 タムの義手から伸びた黒い糸が、リナの皮膚を躊躇なく貫いた。

 「あ……、あ、ああああああああああっ!!!」

 意識のないはずのリナの体が、手術台の上で弓なりに跳ね上がった。全身の毛穴から血が噴き出し、タムが埋め込んだレアメタルの破片が、彼女の神経系と無理やり同化を始める。

 「タム! リナが……リナが壊れちまう! やめろ!」

 カイトが叫び、飛び出そうとする。だが、エドワードがその肩を必死に抑え込んだ。

 「動くな、カイト! 今止めても、残るのは二つの死体だけじゃ! あやつを、あの梱包師の執念を信じるしかない!」

 タムの視界は、自身の出血によって赤く染まっていた。

 右腕の義手からは、常に過負荷による警告のような熱が発せられ、彼の脳を焼き続けている。だが、タムは止まらなかった。

 彼は、リナの全身を「梱包」していた。

 ただ守るためではない。アレスという、完成された暴力の最高傑作に対抗するため、一人の少女の肉体を、一個の「兵器」として、あるいは「最強のコンテナ」として造り替えていく。

 「……接続率シンクロ、40パーセント。魔力バイパス、安定。……熱量を逃がすな。すべてを、リナさんの皮膚の下に閉じ込めろ。一滴の魂も、漏らすことは許さない」

 タムの義手が、リナの四肢を、胴体を、そして首筋を黒い魔法膜で覆っていく。

 それはかつてのリナが纏っていた優雅な魔導師の法衣ではない。筋肉の動きに合わせて蠢き、セレスの魂の拍動に合わせて青白く発光する、漆黒の「防護外装スーツ」だった。

 リナの肉体の中で、セレスの魂が激しく暴れていた。

 器を失い、霧散しようとするエネルギー。それをタムの黒い糸が強引に捕まえ、リナの神経節に一つずつ繋ぎ止めていく。

 「……お嬢様、聞こえますか。……リナさんの手を、取ってください。……二人で、一つの『荷物』になるんです。……世界で最も強固で、最も美しい、欠陥品たちの結晶に……!」

 タムが最後の一片――最も純度の高いレアメタルの心臓部を、リナの胸元、心臓の真上に叩き込んだ。

 ドクン、という巨大な鼓動が地下室全体を揺らした。

 リナの皮膚の下を這っていた幾何学模様が、一気に表面に浮き上がり、鎧の紋章として固定される。

 黒い膜はリナの輪郭をなぞり、セレスの蒼い魔力の光が、その境界線を縁取っていく。

 「……接続パッキング……完了」

 タムはそう呟くと、義手から魔力の供給を断ち、その場に膝を突いた。

 義手の廃材がパラパラと床に落ち、タムの呼吸は血の泡を噛んでいた。

 地下室に、完全な沈黙が訪れる。

 手術台の上。漆黒の鎧に身を包まれたリナの胸が、ゆっくりと、しかし力強く上下し始めた。

 その様子を見守るカイトの瞳には、安堵よりも先に、人知を超えた何かへの「畏怖」が宿っていた。

 「……おい、起きてくれよ……。リナ、セレス……」

 カイトの呼びかけに呼応するように。

 漆黒の防護外装の隙間から、青白い蒸気が噴き出した。

 そして、ゆっくりと。

 リナの瞼が、持ち上がる。


 静寂が、地下室の冷たい空気を支配していた。

 手術台の上に横たわる少女――リナ・クレイエル。彼女を包む漆黒の防護外装スーツの隙間から、プシュッという音と共に青白い蒸気が排気される。それは、タムが強引に繋ぎ合わせた「肉体」と「魂」の熱量が、臨界点を超えて混ざり合った証だった。

 「……ん……っ、あ……」

 リナの指先が、痙攣するように動いた。

 カイトが思わず一歩踏み出し、その名を呼ぼうとした瞬間、リナの瞼がゆっくりと持ち上がる。

 だが、その瞳を見たカイトは息を呑んだ。

 リナの右目は、彼女本来の知性的な翠色。しかし、左目は――まるで深い海底から発光する宝石のように、透き通った超電導の蒼色に染まっていた。

 「……私、は……」

 リナの声が、地下室に響く。

 その声は、リナ・クレイエルという少女の凛とした響き。だが、彼女が言葉を発したのと同時に、その唇からは「別の意志」が重なるように響き渡った。

 『……あ……。リナさん、起きましたか?』

 「えっ……セレス!?」

 リナが弾かれたように上半身を起こす。彼女は自分の喉元に手を当て、次に自分の全身を覆う「黒い皮膚」のような質感の鎧を見つめた。

 リナの頭の中、そして彼女を包み込むこの「防護外装」そのものが、震えるような喜びを伴って語りかけてくる。

 『リナさん、ここですよ! 私、消えなくて済んだみたいです……。タムさんが、私とリナさんを、一つのスーツの中にパッキングしてくれたんです!』

 「私の中に……セレスがいるの……?」

 リナが呆然と呟く。

 それは、今までの彼女が知る魔法の常識を根底から覆す感覚だった。

 魔力回路が焼かれ、虚無の暗闇に堕ちていたはずの肉体に、いま、爆発的な「熱」が流れ込んでいる。セレスの魂そのものが燃料となり、リナの欠損した神経系をバイパス(代替路)として駆け巡っているのだ。

 「……信じられない。魔力の出力が、以前の数倍……いえ、計算不能なレベルまで跳ね上がっているわ。それに、私の意識の隣に、セレスの思考が並列して走っている……」

 リナが思考を巡らせるたび、黒い鎧の表面を青い回路図のような紋章が走り、バチバチと放電を起こす。

 『そうなんです! リナさんが「こう動きたい」って思うより先に、私が魔力をブーストして、鎧を動かせるんです。……まるで、二人で一つのダンスを踊っているみたい!』

 「ふっ……ダンスにしては、少し重すぎる衣装ね」

 リナは、不自由なはずの義手を軋ませているタム、そして折れた剣を抱えるカイトに視線を向けた。

 彼女の翠の瞳には、かつての冷徹な分析力だけでなく、セレスの持つ純粋な「意志」の炎が灯っている。

 タムは、膝をついたまま、血の混じった呼吸を整えて口を開いた。

 「……リナさん。お嬢様。……その状態は、私が施した禁忌の『梱包』によるものです。……お嬢様の魂は、リナさんの肉体を『最高のコンテナ』として利用し、リナさんはお嬢様の魔力を『最強の動力』として利用する。……これは共生であり、同時に……互いを削り合う共食いです」

 タムは、自分の瓦礫の腕を持ち上げ、二人に突きつけた。

 「アレスは言いました。……私たちの工夫は、ゴミの上に飾られたリボンに過ぎないと。……なら、見せてやりましょう。ゴミと廃材を繋ぎ合わせ、魂を犠牲にして造り上げたこの『欠陥品ニコイチ』が、完成品を噛み殺す様を」

 『……はい! タムさん! 私は、リナさんと一緒に、アレスをパッキングし返してやりたいです!』

 セレスの勇ましい声が、リナの肉体を通じて部屋全体に響く。リナもまた、自分の胸元に刻まれた、セレスの心臓コアが埋まった紋章を強く撫でた。

 「カトリーヌさん。……もう三日の納期は終わりましたが、ここからの『配送準備』には、もっと長い時間がかかります」

 タムが立ち上がり、地下室の奥にある、さらに重厚な鋼鉄の扉を指差した。

 「カイト、お前もだ。……勇者の剣が折れたのなら、その『折れた剣』をどう届けるかを考えろ。……武器を振るうのではない。お前自身が、お嬢様という最強の荷物を、アレスの心臓まで届ける『弾丸』になるんだ」

 カイトは、無言で折れた聖剣の柄を握りしめた。

 これまでの彼は、選ばれた勇者として「力」を与えられるのを待っていた。だが、目の前のタムを見ろ。右腕を瓦礫に変え、仲間を化け物に変えてまで、一歩でも先へ進もうとしている。

 「……わかってるよ、タム。……勇者なんて名前、もう捨てた。……俺は、あんたの最高にヤバい配送員になってやる」

 カトリーヌが、呆然としながらも、二つの声を持つリナと、化け物じみた執念を見せるタムを見つめていた。

 「……貴方たちは、もう戻れないわね。……人間としての、安らかな人生には」

 「……結構です。……私は最初から、誰からも選ばれない不良在庫でしたから」

 タムは、瓦礫の義手で地下の扉を開いた。

 「……リナさん、お嬢様、カイト。……これより、年単位の『長期在庫(修行)』に入ります。……自分という資材を、最高純度の凶器へと磨き上げる……。配送再開のその日まで、一秒たりとも休ませませんよ」

 地下の暗闇へと、三人の足音が消えていく。

 リナの肩に乗るようにして響く、セレスの明るい笑い声。

 カイトの、低く決意に満ちた呼吸。

 そして、タムの義手が立てる、不快で、しかし力強い金属音。

 クレイエル王国最高位の治癒院の地下で。

 世界で最も不合理で、最も残酷で、そして最も「丁寧」な……反撃のための梱包が、いま、静かに完了した。

 第29話をお読みいただき、ありがとうございます。

 

 ついに「リナ&セレス」のバディ形態が誕生しました。

 リナの肉体と冷静な演算能力、そして彼女を包む鎧に宿ったセレスの意志と莫大な魔力。怪獣8号の「10号スーツ」のように、二人が軽口を叩き合い、時に反目しながらも、一つの「最強の荷物」として機能していく姿は、今後の戦いにおいて大きな希望となります。

 

 しかし、喜びも束の間。タムが突きつけたのは、敗北を受け入れた上での過酷な「長期在庫(修行)」の宣告でした。

 圧倒的な完成品であるアレスに対し、今の彼らはあまりに脆い。だからこそ、彼らは人間としての人生を一時停止し、地下の闇の中で自分たちという資材を徹底的に叩き直すことを選びました。

 

 次回、第30話。

 舞台は数年後のバラム、あるいは過酷な修行の日々へ。

 瓦礫の腕を持つタム、折れた剣を抱えるカイト、そして二人で一つの鎧を纏うリナとセレス。

 「丁寧な梱包師」が、いかにして仲間たちを「アレスを噛み殺す凶器」へと再パッキングしていくのか。

 地獄の修行編、いよいよ開幕です。

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