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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第三幕:技術屋メイの物語

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第110話:鋼の指先、泥に咲く技術者魂

 「動かない機械は、ただの鉄屑だ。」

 メイが用意した試験機「テツクズ号」が沈黙する中、立ち上がったのは無骨なつなぎに身を包んだ一人の女性、アイシャ。

 大男を軽々とあしらい、髪留め一つでエンジンの鼓動を呼び覚ます彼女の指先には、荒野で生き抜いてきた職人の執念が宿っていました。

 理論のメイと、現場のアイシャ。二人の技術者魂が共鳴し、大地を穿つ咆哮がレゾナンスに響き渡ります。

 フラウロスが仕掛けた「音の迷宮」の狂乱が、ルサニコフとエルの合格という形で幕を閉じた直後。レゾナンスの中央広場には、別の種類の、より重苦しく、より金属的な熱気が立ち込め始めていた。

 広場の中央に鎮座するのは、メイが不眠不休でリペアし続けた、この街の希望の象徴。

 ――土木用重機「テツクズ号」。

 賊のバギー三台分のエンジンを強引に連結し、廃材の油圧シリンダーを継ぎ接ぎしたその姿は、お世辞にも美しいとは言えない。剥き出しの配線、煤けた排気筒、そして先端に取り付けられた、荒野の岩盤を砕くための巨大な「石刃」のツルハシ。それは、メイの技術と執念が結晶化した、醜くも力強い「鉄の怪物」だった。

 「……さて。次は、私の番だね。」

 メイは作業服の袖で額の汗を拭うと、テツクズ号の操縦席の横に立った。

 彼女の膝の上には、相変わらずフェネクスが尊大に居座っている。緋色の瞳を細め、広場に集まった「腕自慢」の志願者たちを、まるで動かない部品の山でも見るかのような冷徹な眼差しで眺めていた。

 「……メイ。……あそこに並んでいる連中のベクトルは、……どれもこれも、……単なる破壊の衝動に過ぎんぞ。……機械を支配しようとする傲慢さと、……機械を恐れる臆病さが、……ひどいノイズとなって混ざり合っている。」

 「……そうかもね。でも、この重機は、ただ力が強いだけじゃ動かせない。……機械の声が聴ける『礎』が、どうしても必要なんだ。」

 メイが宣言すると同時に、志願者たちの列から一人の大男が歩み出た。

 身長はメイの倍近くあり、丸太のような腕には古傷が刻まれている。元・武装集団の用心棒だったというその男は、鼻を鳴らしながらテツクズ号のレバーを乱暴に掴んだ。

 「ヘッ、要はこいつで目の前の岩をぶち壊しゃいいんだろ? んなもん、力一杯レバーを引けば済む話だ。どけよ、お嬢ちゃん!」

 男が咆哮と共にエンジンを始動させる。

 ドォォォン!! という爆発音と共に、テツクズ号から黒煙が噴き上がった。だが、その直後――。

 ガガガッ、カカッ、と、金属同士が悲鳴を上げるような嫌な音が響き、重機は激しく震動して沈黙した。

 「あぁ!? なんだこのガラクタ! 壊れてんじゃねえか!!」

 男が苛立ちに任せ、操縦パネルを拳で叩きつける。その瞬間。

 「……おい、その汚い拳をどけな。機械が泣いてるのが聞こえねえのか?」

 冷たく、けれど地面の底から響くような、ハスキーな女の声が広場に響いた。

 志願者の列から、ゆっくりと歩み寄る一つの影。

 使い古された無骨なつなぎを腰で結び、上半身は汗を吸ったタンクトップ一枚。首には油汚れのひどいタオルを巻き、その肩には巨大なレンチが「相棒」のように鎮座している。

 ――アイシャ。

 乱雑に切り揃えられた黒髪の隙間から覗く瞳は、飢えた野良犬のような鋭さと、研ぎ澄まされた職人の知性を同時に宿していた。

 「あぁん? なんだと、この女……!」

 大男が振り向く。だが、アイシャは男の威圧など微塵も感じていない様子で、真っ直ぐにテツクズ号へと歩を進めた。

 「……メイ。あんた、こいつの三番シリンダーに、わざと砂を噛ませたね? それに、油圧のバイパスを一本閉じてある。……機械を知らない奴を、その瞬間に振り落とすための『足切り』だ。」

 メイは息を呑んだ。試験官である自分が仕込んだ「隠しギミック」を、見ただけで、あるいは音だけで見抜く者が現れるとは。

 「……よく、分かったね。……あなたは?」

 「アイシャだ。エデンの外周区で、動かなくなった鉄屑に息を吹き込んで食いつないできた、ただの修理屋だよ。」

 アイシャはそう言うと、立ち塞がる大男の胸元を、一瞥もせずにその細い指先で突いた。

 「邪魔だよ、デカブツ。機械の機嫌も取れない不器用は、あっちで泥遊びでもしてな。」

 「て、てめぇ……女の分際でなめてんのか!!」

 激昂した大男が、丸太のような腕をアイシャの肩にかけ、力任せに吹き飛ばそうとした。

 広場にいた住人たちが悲鳴を上げる。

 だが、次の瞬間、起きたのは信じられない光景だった。

 アイシャは男の腕に触れるか触れないかのうちに、腰を低く沈め、男の「重心」が前に傾いた一瞬の隙を突いた。

 彼女の細い腕が、男の肘の裏を軽く押し込み、自重を利用して回転させる。

 

 ドォォォン!!

 地面が揺れるほどの衝撃音と共に、吹っ飛んだのは大男の方だった。

 アイシャは、自分が投げ飛ばした男を見下ろすことさえせず、首のタオルで顔の油汚れを拭った。

 「……力学のベクトルを読み違えるなよ。……デカいだけのガラクタが。」

 アイシャの呟きに、メイの膝の上でフェネクスが「ほう……」と黄金の瞳を輝かせた。

 「……メイ。……面白い『部品』が紛れ込んでいたな。……あの女、……自分の肉体という機械の熱効率まで、……完璧に計算し尽くしているぞ。」

 アイシャは、呆然とする大男と住人たちを背に、メイを見つめた。

 「……試験官。……このガラクタの機嫌、私が直してやるよ。……だから、その操縦席、空けな。」

 アイシャの指先が、テツクズ号の煤けた外装に触れる。

 それは、恋人に触れるような慈しみと、獲物を解体するような冷徹さが同居した、本物の技術者の手つきだった。

 レゾナンスの「礎」を巡る、熱く、泥臭い選別試験が、今、アイシャという名の旋風によって激変しようとしていた。


 大男が砂埃の中に沈み、広場を静寂が支配する。誰もが、目の前の細身の女性――アイシャから放たれる圧倒的な威圧感に気圧されていた。彼女のそれは、アスタロトのような「守護」の重圧ではなく、極限の荒野で「生きるための牙」を研ぎ続けてきた者だけが持つ、鋭利な冷たさだった。

 アイシャは倒れた男を一顧だにせず、テツクズ号のエンジンカウルに飛び乗った。

 その身のこなしは軽やかで、まるで使い慣れた自身の四肢を動かすかのような無駄のなさ。彼女は腰に下げた工具袋から、油にまみれたレンチを抜き取ると、迷うことなく吸気系のボルトを緩め始めた。

 「……メイ。あんたのこのリペア、嫌いじゃないよ。エデンの上品な技師連中なら、マニュアルにない連結だなんだと抜かして匙を投げるだろうね。……だけど、この三番シリンダーの『詰まり』……これじゃあ機械が窒息して死ぬのを待ってるようなもんだ。」

 メイはアイシャの背中を見上げ、息を呑んだまま動けなかった。

 「……アイシャさん。そこ、燃料の供給ラインと、バイパスが複雑に絡んでるはず。……解体するだけでも、普通なら数時間は……。」

 「時間はねえんだよ、現場には。……砂嵐が来る前に、道を拓かなきゃならねえ時はね。」

 アイシャは不敵に笑うと、乱雑にまとめていた自身の黒髪から、一本の金属製の髪留めを引き抜いた。

 「……いいかい。機械ってのは、理屈じゃねえ。『動きたい』って意思を、こっちがどう汲み取ってやるかだ。」

 アイシャは髪留めの先を器用に曲げると、燃料ノズルの僅かな隙間に差し込んだ。

 「……フラウロスが音を聴くなら、私は『振動』を診る。」

 彼女はもう一方の手をエンジンのブロックに密着させた。目をつむり、金属の奥底から伝わる微かな「震え」に意識を集中させる。

 フェネクスがメイの肩に飛び乗り、その光景を黄金の瞳で凝視した。

 「……メイ。……観測しろ。……あの女、……熱の対流と圧力の不一致を、……その掌の感覚だけでマッピングしている。……マクスウェルの悪魔である私に近い、……物理現象への直感的な『共鳴』だ。」

 「……見つけたよ、ここだね。」

 アイシャが髪留めを鋭く突き刺し、一気に引き抜いた。

 カラン、という軽い音と共に、シリンダー内に混入していた小さな石の破片と砂が排出される。さらに彼女は、閉ざされていた油圧バイパスのバルブを、レンチの柄で力任せに――だが正確な角度で――殴りつけた。

 ガキンッ! という乾いた金属音が響き、固着していた弁が悲鳴を上げて開放される。

 「……さあ、起きな。お前の役割(仕事)を思い出させてやるよ。」

 アイシャが操縦席に飛び込み、始動スイッチを叩く。

 ドォォォォォンッ!!

 先ほどの大男が鳴らしたものとは、明らかに「質」の違う重低音が響き渡った。

 テツクズ号の心臓部が、メイが想定した以上の出力を叩き出し、排気筒から力強い青白い煙が吐き出される。それは、機械が苦しみから解放され、歓喜の咆哮を上げているかのようだった。

 アイシャは操縦席に深く腰掛けると、剥き出しのレバーを自身の腕の延長であるかのように、しなやかに操り始めた。

 「……いい、メイ。……この重機は、あんたが作った『作品』かもしれない。……だけど、これを荒野の王(開拓者)にするのは、現場の血と油の匂いだ。」

 アイシャはテツクズ号の先端にある「石刃」のツルハシを天高く掲げた。

 「……メイ! 試験官! ……目標の岩盤は、あの丘の向こうのデカいやつでいいんだね!?」

 「……うん! ……お願い、アイシャさん! あなたの技術リペアを見せて!!」

 メイの声に応えるように、アイシャはアクセルペダルを床まで踏み込んだ。

 地響きが広場を震わせる。

 重厚なクローラーが砂を蹴り上げ、テツクズ号が猛然と加速を開始した。

 立ち塞がる小さな岩や残骸を、アイシャは操縦技術だけで軽々と回避し、あるいはその圧倒的な質量で粉砕していく。

 「……見な、アスタロト。……あんたの部下たちが泥にまみれて数日かけていた仕事を、……アタシの相棒が、たった数分で終わらせてやるからさ!」

 アイシャが不敵な叫びを上げ、巨大な岩盤へと肉薄する。

 操縦席に座る彼女の背中は、メイの目には、どんな巨大な鉄壁をも穿つ、最高に格好良い「礎」の姿として映っていた。

 「……ふん。……ベクトルの収束、……完璧だ。」

 フェネクスが満足げに喉を鳴らす。

 次の瞬間、テツクズ号の石刃が、空を切り裂いて振り下ろされた。


 「――逃げな、石塊いしくずども! ……アタシとこいつが、新しい『道』を通してやるよ!!」

 アイシャの咆哮が、テツクズ号の暴力的なエンジン音を突き抜けて響き渡った。

 操縦席でレバーを握る彼女の腕には、細身ながらも鋼のような筋が浮き上がり、機体から伝わる激しい振動を、力ねじ伏せるのではなく、しなやかに受け流している。

 アイシャの指先は、メイが組み上げた複雑な油圧系統の「呼吸」を完全に掌握していた。彼女がレバーを一センチ動かすたびに、テツクズ号の巨大なアームは、まるで生き物の筋肉が膨張するように、凄まじい圧力を溜め込んでいく。

 ターゲットは、街道整備の最大の障害となっていた、高さ三メートルを超える巨大な堆積岩の塊。これまで騎士団が数人がかりで鶴嘴つるはしを振るっても、表面を僅かに削るのが精一杯だった絶望の象徴。

 アイシャは、アクセルを床まで踏み込んだ。

 「……メイ! 観てな、あんたが作ったこの『鉄の爪』……本当は、こうやって使うんだよ!!」

 アイシャは突進の慣性を殺さぬまま、機体を急停止させ、その反動をすべてアームの振り下ろしへと転換させた。

 ドォォォォォンッ!!

 鼓膜を震わせる大音響。

 テツクズ号の先端に装備された、エデンの廃材をリペアして造られた「石刃」が、岩盤の最も脆い「脈」へと正確無比に突き刺さった。

 「……砕けなッ!!」

 アイシャがさらに、油圧のバイパスレバーを力任せに引き絞る。

 先ほど彼女が髪留め一つで「息を吹き返させた」シリンダーが、限界を超えた圧力を解放した。

 バリバリバリッ!! という、大地が悲鳴を上げるような破壊音。

 次の瞬間、あの巨大な岩盤が、まるで乾いたクッキーのように中央から真っ二つに割れ、無数の破片となって四散した。

 広場を埋め尽くしていた住人たちは、言葉を失い、ただ呆然とその光景を眺めていた。

 砂塵がゆっくりと晴れていく中、真っ二つになった岩の間に、真っ直ぐな、一点の曇りもない「道」が拓かれていた。

 その中心で、アイシャはテツクズ号のエンジンをアイドリング状態に落とし、操縦席からひらりと地面に飛び降りた。

 彼女は首のタオルで顔の泥を乱暴に拭うと、足元に転がっていた「自分の髪留め」を拾い上げ、再び無造作に黒髪をまとめ上げた。

 「……ふぅ。……いい機体ガラクタだよ、メイ。……エンジンの癖は強いし、油圧のレスポンスも少し遅い。……だけど、こいつには『魂』が宿ってる。……あんたの、……絶対にこの荒野を拓くっていう、……クソ真面目なリペアの跡がね。」

 アイシャは、歩み寄ってきたメイに対し、不敵で、けれどどこか温かい笑みを浮かべた。

 メイは感極まったように、アイシャの油まみれの手を両手で握りしめた。

 「……すごい。……すごかったよ、アイシャさん! ……私、……自分で作ったのに、……この子がこんなに強く動けるなんて、……知らなかった……!」

 「……アタシ一人じゃ無理さ。……あんたが『骨』を作り、……アタシが『血』を通わせる。……それで初めて、……機械は『生き物』になるんだ。」

 メイの膝の上に戻っていたフェネクスが、満足げに喉を鳴らした。

 「……ふん。……メイ、……ようやく貴様の隣に、……観測に足る『礎』が立ったな。……この女のベクトルは、……泥を啜る現場でこそ、……最も美しく収束する。……合格だ。」

 「――当然だよ。……アタシを落としたら、……この街の道は永遠に繋がらないよ。」

 アイシャは、メイの肩越しにフェネクスを挑発するように見上げ、ニヤリと笑った。

 メイは大きく頷き、広場に集まった全員に聞こえるような、弾んだ声で宣言した。

 「……土木・工機団、……第一号合格者! ……アイシャさん!! ……これからのレゾナンスの足腰は、……あなたに任せてもいいかな!?」

 「……任せな。……どんな鉄屑でも、……アタシが叩き直して、……この荒野を平らげてやるからさ!」

 アイシャの力強い言葉に、広場からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 それは、自分たちの力で大地を穿ち、道を拓いていけるという、物理的な「希望」への確信だった。

 アイシャは、自分を囲もうとする男たちを「邪魔だよ!」と片手でなぎ払いながら、メイの横にどっしりと腰を下ろした。

 「……さて。……次は、……あの盾を持った姉ちゃんの番かい?」

 アイシャが顎で示した先。

 広場の対角線上、アスタロトが待つ「騎士団」の試験場へ向かって、一人の女性が、足音一つ立てずに歩き出していた。

 超寡黙な大盾の女、グロリア。

 彼女の背中を見送りながら、アイシャはメイの肩をポンと叩いた。

 「……面白くなってきたじゃない。……メイ、……アタシたちが拓く道の先を守るのが、……あんなに骨のある連中なら、……アタシも安心してハンマーを振るえるってもんだ。」

 レゾナンス。

 新たな「礎」であるアイシャが加わったことで、この街のリペアは、加速する。

 黒煙を上げるテツクズ号の横で、二人の技術者が交わした握手は、鋼よりも固い、未来への誓約となった。

 ご愛読、ありがとうございました!

 アイシャお姉さんの「力学のベクトルを読み違えるな」という一喝、痺れましたね。

 メイが作った「骨」に、アイシャが「血」を通わせることで、レゾナンスの開拓はもはや止めることのできない奔流へと変わりました。

 専門家たちが揃い、組織が形を成していく高揚感。

 次回、第111話「不動の盾、沈黙の誓約」。

 寡黙な大盾使い・グロリアが、アスタロトの放つ圧倒的な威圧に挑みます!

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